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オクトパス・クライシス! 〜異世界でタコに転生しました。しょうがないので伝説の魔物目指します〜  作者: 手羽本 紗々実(てばもと ささみ)
第3章 不穏編

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44話 交渉するときは妥協せず思いきって臨みましょう

 投獄中のレックスさんとの面会の日がやってきた。


 カイルさんは、その日の朝はいつもより早く、ストレッチだけでなく町内一周ランニングまでこなすほどだった。


 約束の時間の昼までは、全員そろって〈鍛錬場〉に入り浸り、簡単に昼食を済ませてから支度をした。



「頼んだぞ」


「世間話しただけで終わった、なんてことにならないようにしろよな」


「分かってる。じゃあ……行ってくる」



 オリヴィアさんとティムさんに見送られて、カイルさんと僕は待ち合わせ場所の〈ローレル大聖堂〉へと向かった。


 大聖堂前には、今も祈りを捧げる熱心な信者が集まっている。彼らの横を通り過ぎ、大聖堂の裏手に回った。


 人一人がやっと通れるほどの狭い道――雪が積もったまま残っている――があり、すでに先客がいた。貧しい農民が着るような、ツギハギだらけの粗末な服を着たその人は、警戒して剣の柄に手をかけたカイルさんに対して、騎士団のシンボルが彫られたバッヂを出して見せてきた。



「……あんたが案内役か?」



 カイルさんの問いに、その人は無言で頷き、歩きだした。カイルさんは、数歩遅れでその人についていった。


 曲がりくねった道を進んでいく。曲がり角を右に曲がったり左に曲がったり、あるいはまっすぐ行ったり。もう一度同じ道を通ってみろと言われても、たぶん無理だ。


 歩きはじめて十分ほどたっただろうか。やっと、開けた場所に到達した。



「ここは……」



 カイルさんと同じように、高くそびえたつ建物を見上げた。


 東西南北それぞれの方向に、高くそびえたつ塔がくっついた平屋の建物があった。外から見る限りでは、それぞれ独立しているようにみえる。僕らが今いるのは、その建物たちに囲まれた中央のなにもない場所だ。


 案内役は、さらに進んで北側にある建物の前で止まった。重厚な鋼鉄製の分厚い扉を数回、リズミカルに叩くと、まもなくその扉が開いた。



「副団長様の用件で参った」


「承知している。では、こちらへ」



 案内役の人は下がって、扉を開けた鎧をまとった別の人――おそらく看守のような役割の人――に交代した。彼についていくと、さらにまた別の扉の前についた。扉といっても、鍵も取っ手もなくはめ殺しになっているようだ。



「ここで武器はすべて預からせてもらう」


「……はいはい」



 カイルさんは、少し躊躇いつつも背中の大剣と腰のダガーナイフを看守に渡した。そして、念のためとして身体検査をされた。あちこち触られて若干不快そうではあったが、なんとか無事に通過した。



「そなたには、こちらを」



 次は僕。がま口ポーチを外して預けると、指輪のようなものを渡された。人の親指にも楽々入りそうなほど、輪が大きい。



「これは?」


「魔力封じの指輪だ。はめるとその指のサイズにまで縮まる」



 感心しつつ、指輪を触手の一つにはめた。瞬間、彼が言ったとおり、触手の太さに沿うようにひとりでに輪が引き締まった。


 よくできている……けれど、痺れなどの異常はなく、魔力を封じているようには感じないのだが。なんとかフィールドを全開にもできなそうだ。


 すべての準備が終わったようで、改めて看守が僕とカイルさんと向き合った。



「本来、この北の塔に収容された者との面会は、誰であろうと許されない決まりになっている。ただし、今回は副団長殿の判断により特例で行なう。故に、くれぐれも妙な気は起こさないように」



 その説明に、僕とカイルさんはほぼ同時に頷いた。


 看守がそれを確認すると、扉の方を向き、なにかをぶつぶつと唱えた。直後、扉が引き戸のようにスライドして開いた。はめ殺しではなく、合言葉か呪文のようなものを唱えると開く仕組みだったようだ。


 扉の先は、すぐに階段になっていて、上へとのびている。カイルさんは、看守に目線で促され、その階段を一歩ずつゆっくりと上っていった。すぐに、背後の扉が重い音を響かせてしまる。



「さ、寒い、ですね」


「だな……」



 息が白い。こんなところにレックスさんがいるのか? いくらなんでも環境が劣悪すぎないか?



「……聞いたことあんな」


「なにをですか?」


「〈カレンデュラ監獄〉。罪人が送り込まれる場所で……罪の重さでどこに入るか振り分けられるとかなんとか」


「じゃあ、ここはもしかして――」


「重罪人が入るとこだろうな」



 北は、陽が当たらないので特に冬はこのとおり寒々しい。ここに入れられた時点で、罰を受けたようなものだ。


 レックスさんが心配だ。暖なんてとれていないかもしれないけれど、せめて食事は少しでもとれているといいのだけれど。


 果てしなく続いているように感じられる階段を上っていくと、やがて先程の看守と同じく鎧をまとった人と会った。その背後に、階段の入り口にあったのと同じ扉がある。



「名は」


「カイルとマリネだ。レックスに会いにきた」



 二人目の看守は、名乗ったカイルさんと僕をじろじろ観察した後、扉に向かってなにか呟いた。今度は上方向にスライドして、扉が開いた。



「次に扉が開くときが合図だ。そのときは、速やかに出るように。共に閉じこめられたくなければな」



 さっさといけ、とばかりに手でジェスチャーする看守に言われるがままに、中へと入る。軽く鼻で笑ったようにも見えたが、今は一々気にしている場合ではない。


 中に入って扉がしまってから、その部屋を見回した。石で組まれた無機質な部屋で、右手に鉄格子がはまった牢がある。その中は暗く、よく見えない。



「来てくれたのか……お前たち」


「……!」



 牢の中から、声がした。


 目を凝らすと、暗い牢の中にうずくまっている人がいるのが見えた。カイルさんがギリギリまで近づくと、それは紛れもなくレックスさんだった。


 髪はボサボサ、縛らずに垂らしたまま。目も虚ろだ。頬がこけていて、とても健康そうには見えない。両手両足に手枷がはめられていて、思わず目をそらしたくなった。



「レックス……! お前……っ」


「……最後に会うとしたら……お前らがいいと思って、副団長殿に伝えたが……まさか本当に叶うとはな」


「っざけんなよ……! 最後ってなんだ! 一体なにがあったってんだよ!」



 カイルさんが、鉄格子を両手でつかんで叫ぶ。


 レックスさんが、俯いたまま深く息を吐いた。



「俺らと別れて、〈エキナセア〉に行く途中で! ウェンディは誰に殺された!? ブルーノとリザは!? 言えよ! なぁ!?」


「……俺だ」



 カイルさんが叫んだ後、静まり返った牢の中に、レックスさんの低い声が響いた。



「俺が、ウェンディを殺した」


「……は……?」



 レックスさんが、投げやり気味にかすかに笑いながら言うと、カイルさんは狼狽えて、数歩後ろへ下がった。


 しばらく呆然としていたが、歯を食いしばった彼は再び鉄格子に飛びついた。



「ふざけんな……! っざけんなよ!! そんなわけねぇだろうがよ!!」


「…………」


「俺を見ろよ!! ちゃんと、俺を見てもう一度言ってみろ!!」



 カイルさんは興奮して、びくともしない鉄格子を揺らそうとしている。


 レックスさんがそう供述していた件は、カイルさんたちには伝えていない。とても伝える勇気がなかったのだ。だが、その必要はなかった。


 レックスさんは、間違いなく嘘をついている。


 確信を持ち、カイルさんの肩から床に下りて、レックスさんに近づいた。



「レックスさん。本当のことを言ってください」


「……今のが、すべてだ」


「いいえ、違います。絶対に」


「…………」



 レックスさんは、ちっとも目を合わせようとしない。僕は息を大きく吐いてから、触手を二本伸ばして鉄格子をつかんだ。


 死ぬほど冷たい! でも、我慢我慢。



「カイルさん、離れてください」


「……? なにする気だよ」


「ここ、開けます」



 カイルさんが目を丸くして、レックスさんは少しだけ顔を上げた。



「本当のことを話してくれないなら、無理矢理でもここから連れ出します。いいですよね?」



 見上げて聞くと、カイルさんが不敵な笑みを浮かべた。



「……そうか。その手があったな」


「ばか言うな……どうやってこの牢を開けるっていうんだ」


「『オープンザドア』――僕の鍵開けスキルを使えば、わけないです」


「無駄だ……ここは、〈カレンデュラ監獄〉だぞ。脱獄予防のための魔法が、あちこちにかけられてる。お前さんみたいなチビに――」


「僕は『巨大化』できる魔物ですよ。ハンパな魔法なんて効きませんし、なんならこんな塔、ぶち壊すのもわけないです」



 遮って言った瞬間、レックスさんが息をのんだ。


 魔力封じの指輪と言われてつけているこれも、効いている気配ないしな!



「『巨大化』……? お前が? まさか」


「本当です。目撃者だっていっぱいいますから。ね、カイルさん」



 一旦振り返ってカイルさんを見ると、彼は腕組みをして頷いた。



「……だとしても……どうする? どこへ逃げる?」


「どこへでも逃げます」


「ティムやオリヴィアはどうする……他にも、お前らがよく行く店の奴らにだって、迷惑がかかるぞ」


「別に気にしねーよ。あいつらなら分かってくれるだろうし、自分の身は自分でなんとかするだろ」


「…………」



 呆れたように首を横に振るレックスさんを見て、一つ悪いことを思いついた。



「いっそ、僕らも隣の国に逃げるっていうのもありじゃないですか? ()()()()()()()()()()



 レックスさんが、不自然にぴたりと動きを止めた。そして顔を上げ、驚愕に満ちた表情を向けてきた。



「お前たち……知って、いたのか」


「なにをだよ?」



 力を抜いて項垂れたレックスさんだが、カイルさんが聞き返すと、再び顔を上げて訝しげにこちらを見た。



「知ってたって、なにをだ」



 カイルさんがしゃがみこんで、真剣な表情でレックスさんをまっすぐ見つめて聞いた。


 直後、レックスさんは一瞬だけ目を大きく開き、手枷の鎖を揺らしながら手で目を覆った。くつくつ、と小さな笑い声がした。



「お前……カマかけやがったのか……」



 レックスさんは、そう言った後しばらく沈黙した。僕とカイルさんは、彼の言葉を静かに待った。



「……ウェンディは、俺が殺した」



 カイルさんが、舌打ちをしながら立ち上がった。抗議しようと口を開きかけたが、レックスさんに鋭い視線を向けられて、止めた。



「俺が飲むはずだった水を飲んで……死んだ。だから……俺が殺したようなもんだ」


「……っ水?」



 レックスさんが飲むはずだった水を、ウェンディさんが飲んだ? それって、まさか。



「その水を仕込んだのは……ブルーノ、さん?」



 おそるおそる聞くと、レックスさんは目を閉じ、頷いた。



「お前たちの、予想どおりだ。ブルーノは……セントジョーンズワート帝国皇帝・エルダーお抱えの、諜報員だ」


「……っ!」



 つい先程まで魂の抜け殻のようだった姿から一変し、生気が宿るキリっと引き締まった表情になったレックスさんの言葉が、重く僕らにのしかかった。

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