43話 パーティーを脱退するときはよく考えてからにしましょう
帰りは、エリオットさんの部下に元いた場所まで送ってもらった。馬の整えられたたてがみに埋もれてみると、とても温かくて気持ちが良――なんて、言っている場合ではない。
レックスさんとの面会の日時については、また追って部下の人が連絡を届けてくれるそうだが、本当に実現するのだろうか。エリオットさんを疑うわけではないけれど、もしも上からの許可が下りなかったら、ふりだしに戻るようなものだ。そのときの落胆具合は、計り知れない。
いやいや、今はそんなネガティブに考えていても仕方ない。ひとまず、伝言役を任された身としては、今聞いた話をきちんとカイルさんたちに伝えるのが先決である。
日の高さから考えて、今は昼を過ぎた頃。カイルさんは仕事に出ているだろうか。だとすれば、夕食時に落ち合ったときに話した方がいいだろうか。
「マリネー!」
触手を絡めて腕組みのようなポーズで考えこんでいると、元気な声で名前を呼ばれた。振り返ると、眩い光を放ったスキンヘッドの人物――ボリスさんが、手を振りながら駆け寄ってくるのが見えた。
「ここにいたのかー! 探したぞ! 無事か!?」
「へっえ……は、はい」
ボリスさんは、僕を両手でつかんで持ち上げ、顔に近づけた。その気迫により、小さく返事をするので精一杯だった。
「そうかよかった! また会えて嬉しいぞ、我が二番弟子!」
「いえ、あの……そんなご無沙汰ではない気がするんですが」
ウェンディさん殺害事件が発生してからは、なかなか行けなかったけれど。それ以前は、カイルさんに付き添ってちょくちょく顔を出していたはずだ。
「カイルがな、お前がいなくなったっつって血相変えて騒いでたから、一緒に探してたんだよ。いやぁ、何事もなくてよかったよかった!」
「え……」
ボリスさんが満面の笑みで言った話に、衝撃を受けた。
いや、そうは言っても半日程度だぞ。それで行方不明なんて騒ぎになるか? なるのか? なってしまった、のか?
◇◇◇
その日の夜、とある宿で一匹のタコが干物になろうとしていた。
「ごめんなさいぃ……」
「…………」
いつものように〈夜魔の歌声〉に宿をとって、部屋に入ったところまではいい。カイルさんは、おもむろに部屋の天井に紐をつるして、その先を僕の触手にきつく結んで吊るしたのだ。その間、一言も話さなかった。そして、今も。
カイルさんは、自分のベッドの上でストレッチをしていて、向かい側のベッドのティムさんは本を読んでいる。こちらには一切目もくれない。
「許してくださいぃ」
「うっせ、ばーか。ずっとそうしてろ」
久しぶりにかけてくれた言葉がそれとは。なんてむごい。
ボリスさんに連れられて再会したとき、カイルさんたちは信じられないといわんばかりに驚いていた。
エリオットさんに会って、レックスさんと面会してほしいと言われた旨を話したのだが、なぜかまったく信じてもらえなかった。「そんなことあるわけねーだろ!」とか、「嘘つくならもっとましな嘘つきなよ」とか、「それはさすがに看過できないぞ」とか。散々な言われようだった。
心配をかけてしまったのは、本当に悪いと思っている。だから、嘘をついてまでごまかそうなんて思うわけがないのに。なぜだ。
そのうち、二人は寝支度をして、明かりを消して就寝してしまった。
え、本当に一晩このままですか? 冗談抜きで干物になってしまうじゃないか! 否、その前に氷漬けか!? 美味しくないぞ、凍ったタコなんて! ちゃんと解凍してください!?
二人から寝息が聞こえてきた頃、せめて逆さまの状態を解消しようと、無事な触手を伸ばして天井から伸びている紐をつかんで、体を起こした。
「ふへえ……」
少し楽になった。しかし、紐の結び目は固く、バランスをとりながらではどうにもほどけない。カイルさんの怒りの度合いが分かるようだ。
ずっとこうしているのもつらいし、かといってまた逆さ吊りになるのはもっとしんどい。そして、寒い。一体どうしろと。
そのとき、ふと部屋の外を見ると、誰かが通る気配がした。深夜に廊下を歩き回るなんて、彼しかいない。
「ウルフさん! ウルフさん助けてください!」
カイルさんとティムさんを起こさないように、見回りにきたウルフさんに向けて小さい声で助けを呼んだ。オオカミに似たルルフェンの彼なら、耳がいいはずなのでこの悲痛な声も拾えるに違いない。
「ウルフさん! ここです!」
もう一度呼ぶ。しかし、ウルフさんは部屋の前で止まったようだが、すぐにまた歩いて去ってしまった。
気づかなかったわけではない。わざと見逃したようだ。みんなしてひどい。
結局、凍えながら一晩過ごすはめになった。朝日がカーテンの隙間から漏れてきたのを見たときは、本気で感動した。
「うええん……」
嬉しくて、泣かずにはいられなかった。拭う余裕もなく、涙が床に落ちていく。
カイルさんは、いつも起きる頃より早く起床した。涙で水たまりを作っている僕を見て、舌打ちをしながら起き上がる。
「ったく……」
おもむろに天井から伸びている紐をつかんで、彼の武器の一つであるダガーナイフで切断。重力に従って落ちた僕は、ぺちょりと音を立てて着地した。
しっかりした足場を確保できたおかげで、固かった結び目をほどくのに成功した。きつく結ばれていたため、その箇所から先はうっ血してどす黒い色になっていて、戻る気配がない。これは、かじってちょん切るしかないな。
うっ血した箇所に歯が当たるように触手をくわえて、思いきって噛みちぎる。そして、すぐに『自己再生』。これで元どおりだ。
昔、なかなか食べ物が見つけられなくて困ったときを思い出す。まもなく餓死してしまうほど切羽詰まったときの最終手段なのだが、当然ながら自分の腕なんて美味しいものではない。
つらい思い出に浸りながら顔を上げると、こちらの一連の行動を見ていたらしいカイルさんが、この世の者とは思えないなにかを見たような、驚きの表情を浮かべていた。
「なんですか?」
「……別に」
尋ねると、すぐにそっぽを向いて部屋を出ていった。まだ怒っているようだ。
どうすれば、エリオットさんからの伝言を信じてもらえるのだろうか。後日届くはずの連絡を待つしかないのか? となると、それまでは「大ウソつき」なんて不名誉なレッテルを貼られたままだ。
気が重くなってため息をつくと、誰かがどたどたと廊下を無遠慮に走る大きな音が聞こえてきた。その足音は、この部屋の前で止まり、すぐにドアが勢いよく開いた。
「マリネっ!」
足音の犯人――カイルさんが詰め寄ってきた。
「なんだよ……朝っぱらからうるさ――」
「お前っ! あの話、本当だったのか!?」
まだ眠っていたティムさんが、起こされて目をこすりながら文句を言う。しかし、カイルさんはそれを無視して、僕を揺さぶりながら聞いてきた。
あの話? まさか、もう連絡がきたのか? それにしても早いな。
「あの話って、なんですか」
「昨日の話に決まってるだろ! さっきこれ渡されたんだよ!」
目をそらしてとぼけてみせると、カイルさんは手にしていた丸く巻かれた紙を突き出してみせた。それを、未だ半分寝ぼけた様子のティムさんが受け取って、読んだ。
「『面会は明後日の昼。案内役を送るので、大聖堂裏手の道まで来てほしい。貴殿らを、決して他言はしないと信じた上でお伝え申す。エリオット・パルマローザ』……って」
カイルさんと、完全に目が覚めた様子のティムさんが、目を見開いて驚き一色に染まった顔で見てきた。
書面には、騎士団の徽章、エリオットさんのサインと押印があった。偽造文書だとは思えない。
つまり、エリオットさんは僕と会ってすぐに、面会の日時調整に走ってくれたのだろう。さすが副団長――なんて言ったら失礼か。
「どうです? 信じていただけました?」
とどめとして、胸を張ってそう言うが、なおも二人は唖然として僕を見つめていた。
◇◇◇
朝食を済ませて、それぞれの仕事に出かける頃になっても、三人の間にはどこか気まずい空気が流れていた。
「どうかしましたか?」
「いや、どうかって……お前……」
「はい?……あ、緊張してるんですか?」
「……してねぇ」
わけが分からない。
目を合わせようともせず、歯切れの悪い答えばかりを繰り返すカイルさんに、首を傾げるしかなかった。
これは、なにかパーッと気分が晴れるようななにかをするべきか。なにかあるだろうか?
辺りを見回して、ふと離れたところにかすかに見えた看板に目がとまる。
「カイルさん、スティーヴさんの武器屋に行きません?」
「武器屋? なんか用でもあんのか?」
「クジ引きましょ。景気づけに。あと僕、ノボリさんにも会いたいですし」
「……まぁ、いいけどよ」
ノリは悪かったが、とりあえず提案は飲んでくれるようで、〈ルドルフの武器屋〉へと方向転換した。
「いらっしゃ――げっ」
「げ、はねぇだろうがよ」
店に入った途端、カウンターの中にいたスティーヴさんが顔を引きつらせていた。それを見て、カイルさんが眉間に皺を寄せて詰め寄る。
ケンカにならないよう注視しつつ、スティーヴさんの足元にいるノボリさんに近づいた。
「ノボリさん、こんにちは」
「……よく来たな」
前に見たのと同じ険しい顔で、歓迎してくれた。やはり元々こういう顔なのだな。
「こないだは散々世話焼いてやったのに、はした金置いて逃げるたぁいい度胸だな?」
「はした金とはなんだ! 正当な報酬だろうが!」
「自分から依頼して、報酬はずむとか言ったくせに! 転移魔法タダでやってもらえるって知った途端さっさと帰りやがって!」
「悪かったって。このとおりだっ」
「それのどこが謝ってる奴の態度だよ!!」
スティーヴさんは、顔の前で合掌しつつウインクをした。中年オヤジのウインクほど気色悪いものはないかもしれない。当然、カイルさんにとっては火に油を注いだだけだ。
「あーもう、分かった分かった! じゃあほら、そこのクジ。タダで一回引かせてやるよ」
「そんなんで許せるわけねーだろ! 二回にしろ!」
回数の問題なんでしょうかね。
結局、ごねたおかげで二回分のクジがタダになった。さっそく一回目、カイルさんが引いた結果。
「…………」
ゴボウに似た木の枝が当たった。よくしなるが、すぐ折れそうだ。攻撃力は低い。
「……そんな目で俺を見るなよ! おめーのクジ運が悪いだけだろ!?」
「ちくしょー! マリネ、次はお前が引けっ!」
「え? 僕ですか?」
「どうせ俺が引いたって、こんなゴミしか当たんねーよ」
「ゴミとか言うな! 立派な景品だっつーの!」
カイルさんとスティーヴさんがやいのやいの口ゲンカしている傍ら、ノボリさんがクジの箱を持ってきて、無言で差し出してきた。
「いいんですか?」
「お前の主人が、いいと言っている……引け」
ノボリさんに促され、もう一度カイルさんを見て――まだスティーヴさんとケンカしていた――箱の中に触手を入れた。
中に入っているたくさんの紙の中から、一枚選んで引く。ストレートに商品名が書いてある〈コーデリア商店〉のクジとは違い、こちらは様々な色で「〇」や「△」などの記号が書いてあるだけので、引いた時点ではなにが当たったのかは分からない。
「はいっ」
引いた紙をノボリさんに渡し、ノボリさんはそのままスティーヴさんに渡していた。
「緑の△な……えーっと……じゃあ、これだな」
スティーヴさんは、奥の棚から茶色くて縦長の小さな壺を出してきた。
「……なんだ、それ」
「壺だよ。見りゃ分かるだろ」
「どこが武器なんだよ」
「こいつで殴れば、まあまあ痛いんじゃねぇか?」
「…………」
さっそくその壺でスティーヴさんに殴りかかろうとしたカイルさんを、ノボリさんと協力して止めた。
何はともあれ、カイルさんの調子が戻ったようなので、よしとしようか。




