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42話 一人で出かけるときは用心しましょう

 ペンドリー辺境伯襲撃事件から、数日がたった。


 未だに世間には、ろくに情報が回ってこない。被害者側のペンドリー辺境伯も、情報収集に苦慮しているのか、使いの人がやってくるなどのコンタクトもなかった。


 カイルさんが作ってくれた、マシュデルの毛糸を使った布団はとても気持ちが良くて温かくて、大満足なのだが。話が進展しないせいで、ずっともやもやしていてすっきりしない。



「あれ……? カイルさんは?」



 〈カモミール亭〉で食事を終え、一人用を足して戻ると、先程までいたはずのカイルさんがいなくなっていた。



「体動かしてくるって。いつもの〈鍛錬場〉じゃない?」


「そうです、か……」



 ティムさんが、すました顔でティーカップを傾けながら教えてくれた。同時に、カタカタとテーブルが小刻みに揺れる音――彼が貧乏ゆすりをしている音がした。


 なんでもないふりをしていても、やはりどうにも落ち着かないのだろう。


 そのティムさんとオリヴィアさんと一旦別れ、カイルさんを追いかけるために一人で出かけた。


 外に出た瞬間、冷たい風が吹きつけてきた。寒くてつらいけれど、カイルさんが心配だ。一人で暴走して、ケガでもしなければいいのだが。急ごう。



「マリネかい?」



 魔物嫌いの人と鉢合わせないように、用心して隠れながら歩いていたつもりだったが、誰かに見つかった。おそるおそる振り返る。



「えっ……トリスタンさん?」


「やはりそうだったか。いや、先日は世話になったね」



 ロングコートのような上着にベストを着た、喫茶店にいるときとは少し違った印象のトリスタンさんがいた。そばには、騎士団の制服を着た人が一人、後ろで控えている。規定の背が高めの帽子を目深にかぶっているせいで、その顔は見えない。



「お出かけですか? っていうか、お体はもういいんですか?」


「おかげさまでね。ちょっと気晴らしに散歩に出てみたんだ。にしても……」



 トリスタンさんは、背後の騎士を一瞥した。



「まさか、騎士団から護衛がつくとはね。とりあえず、これでまた襲われる心配はほぼなくなったと言っていい……のかな?」


「当然だ! このお――私がついているのだか……!」



 トリスタンさんが半信半疑といった様子で言うと、護衛役の人が声を荒らげた。しかし、不自然なところで言葉を切って、横を向いた。


 今の声は、どこかで聞いた覚えがある。だが、騎士団の人で関わりがある人なんて、限られている。先日の第二分隊の人たちを除くと、あとは「例の人たち」しかいない。



「あ」


「……っ!」



 下から顔を覗きこむと、たちまち不快そうに顔を歪めた彼と目が合った。


 予想的中。その人は、昇格試験に乱入してきた一団のリーダー、サイラスさんだった。



「やっぱり、あなただったんですね」


「触るな、ケダモノが!」



 触手で彼の足に触れようとしたが、彼は足を引いてすごい勢いで拒絶した。



「……知り合いかい?」


「はい。昇格試験のときに、それはそれは大層()()()()なりまして」



 お世話に、の部分を強調して言うと、サイラスさんは鉄でも飲みこんだかのように、「ぐっ」と声を詰まらせた。


 あの乱入事件の後、カイルさんたちがつけた条件が正常に履行されたのだとすれば、サイラスさんは上司にきつくお灸をすえられたはずだ。トリスタンさんの護衛役についたのも、その一環かもしれない。


 ペンドリー辺境伯は、カイルさんとの約束をちゃんと守ってくれたようだ。やはり、いい人だ。



「よりにもよってこの私が、平民の護衛など……!」



 サイラスさんは、不満げにぶつぶつと呟いていた。人に対する態度に関しては、まだあまり直っていないようだ。そこはどうしようもないのかもしれない。



「帝国との決戦が近いかもしれないときに……これでは武勲を挙げる術が……っ」


「…………」



 聞かなかったことにしておいた方がいいだろうな。うん、そうしよう。


 トリスタンさんとは、そこで別れた。しばらく二人の背中をぼんやりと見つめ、長く息を吐くと、再び〈鍛錬場〉へと急いで向かった。



「見ろよ。騎士団の行列だ!」


「本物じゃねぇか……一体なにがあったってんだ?」



 うん? 騎士団の行列?


 道行く人の会話が気になり、物陰からそっとメインストリートを覗いてみた。馬に乗った騎士数人が、町の通りを堂々と進んでいる。通りの端には、それを物珍しそうに見ている野次馬が集まってきた。



「エリオット様よ……!」


「なんて素敵!」


「ああっ! 今目が合ったわ!」


「嘘よ! あんたなんて眼中にないわよ!」


「なによ!? そういうあんたこそ!」



 女性同士のいざこざは、怖いです。はい、以上。


 まるで、アイドルを出待ちしているファンたちみたいだ。否、彼らはアイドルではなく騎士。この国の防衛に力を注いでいる人たちだ。常に鍛えているはずなので、筋骨隆々でとてもアイドルなんていう見た目ではないはず。



「……わあ」



 先頭を進む人を見て、思わず声が出た。


 ポニーテールにしたきれいな長い金髪。青い瞳。整った顔つき。そして、体。純白の軍衣にたくさんの勲章。


 鎧を着ていないおかげでよく分かるのだが、あまりがっしりとはしておらず、バランスよく筋肉がついているようだ。俗にいう細マッチョだろうか。数多の女性を虜にするのも頷ける。


 なんて、見とれている暇はない。早いところカイルさんと合流しなければ。



「きゃあ! エリオット様がこっちに来るわ!」


「嘘でしょ……!? どうしよう! 心の準備が!」



 ファンサービスですか。この寒い中素晴らしい。どうぞ、一生懸命血税を払ってらっしゃる市民の方々を大事にしてくださいな。


 その場を立ち去ろうと踵を返したが、背後から誰かに体を持ち上げられた。



「昇格試験の際は、我が愚弟が失礼をした」



 近くで声が聞こえて、ぞわりと背筋に悪寒が走った。嫌な予感。


 振り返ると、その予感は的中した。目の前に、あの整った王子様スタイルの「エリオット様」とやらの顔があった。彼の背後にいる女性たちは、近づきたいが近づけずにもどかしそうにしていて、中にはこちらを睨みつけている人さえもいる。



「……えっ?」



 ワッツ? なんですか、この状況。どうして? 一体?


 軽く言語崩壊を起こすほど、頭が混乱した。




 ◇◇◇




「重要な話がある。ここでは目立ちすぎるので、ついてきてくれないか」



 そう言われ、とてもではないが「NO」とはいえない雰囲気に押し負け、思わず頷いた僕。なんてちょろい。


 そして、「しばし辛抱してくれ」と言われ、麻袋に詰めこまれて運ばれている。一体どこまで行くのだろう。景色が見えないので、さっぱり分からない。不安しかない。


 騎士団の、おそらく高い地位の人が、他人を唆して乱暴するとは思えなかったのだが、浅はかだっただろうか。そもそも、僕は人ではなく魔物だった。


 なんとかして外が見えるようにと、頭を突き出して目の下まで外に出した。やはり、見慣れない景色。


 レンガ造りの建物に囲まれている。前方には塔があり、てっぺんに鐘らしきものがついている。教会のようにも見えなくはない。



「ここは……?」


「我ら第一分隊の駐屯所だ」



 第一分隊の駐屯所!? なぜそんなところに!? え、これもしかして僕、ピンチ?



「ここならいいだろう」



 エリオット様が、袋に入ったままの僕をどこかに置いて、袋をめくった。


 そこは、薄暗い納屋のような場所だった。干し草がうず高く積まれていて、周囲に人の気配はない。あの暖かそうな干し草の山に思いきりダイブしたら、とても気持ちよさそうだ。



「窮屈な目に遭わせてしまい、すまなかった」


「いいえ。ええと……討伐、しますか?」


「なにをだ?」



 エリオット様が、眉間に皺を寄せて首を傾げる。この反応なら、大丈夫だよな?



「……そうだな。確かに、団員たちの中には魔物を毛嫌いしている者が多い」


「そ、そうです、よね」


「だが、安心してくれ。君には伝言役という大事な役目を負ってもらいたく、ここに招いた次第だ」


「……伝言役?」



 エリオット様が、真剣な眼差しを向けながら頷いた。



「私は、エリオット・パルマローザ。フェンネル騎士団の副団長をやっている者だ」


「よろしくお願いします。僕はタコのマリネといいます」



 冷静沈着を装いつつも、心の中は修羅場だった。


 ふくだんちょう!? 副団長って、ナンバーツーじゃないか! 確か、騎士団創設者の家系であるパルマローザ家の嫡男だったはず。へたをすれば、ペンドリー辺境伯とも肩を並べるほどのお偉いさんでは!? うわあああ! なんて人についてきてしまったんだろう!



「手短に話す。レックス氏に会っていただきたい」


「……は……えっ?」



 れっくすしにあっていただきたい?……な、なんだって!?


 目の前のエリオットさんは、至極当然だとでも言っているかのように、真面目な顔をしていた。そのせいで、こちらはさらに混乱する。



「まま、待ってください? レックスさんて……えっ!?」


「落ち着いてくれ」


「すみません、落ち着けません! レックスさんて、こないだ逮捕されて――」


「そうだ。先日、取り調べが行われたばかりだ。そのときに、彼がとんでもない供述をしたと報告を受けたのだ」


「とんでもない供述……とは?」



 エリオット副団長さんは、一度言葉を切り、目を閉じた。


 なんとなく、聞きたくない……しかし、聞かなければ話が進まない。複雑な想いを抱えながら、彼の言葉を待った。



「聖女ウェンディを殺したのは、自分だと」


「……!」



 血の気が引く感覚がした。


 そんな。そんなはず、ない。だって、レックスさんとウェンディさんは、大事な仲間で。手をかけるなんて、そんなわけがない。そうだ。絶対に!



「……すみません。お尋ねしてもよろしいでしょうか」


「なんだ?」


「ウェンディさん――聖女様の死因は、分かったんでしょうか」


「ああ。どうやら、毒を盛られたらしい」


「毒……」



 疑問が、一気に噴出する。再びエリオット様に尋ねた。



「こんなことを尋ねるのは、とてもとても失礼だとは分かってます。けど、あえてお尋ねします。例えば……拷問などをして、やってもいないのに無理矢理自白させた、なんていう可能性は、まったくないんでしょうか?」



 エリオットさんは、不快そうに眉間に皺を寄せた。すぐに、「ごめんなさい」と言って土下座した。



「この件は、へたをすれば国家に大きな影響を及ぼす可能性がある重大案件だ。取り調べは慎重を期して、私の信頼できる部下を見張りとして同行させた上で行っている。私自身も、供述の信憑性を確かめるために直接牢まで話を聞きにいった。だから、間違いはない」


「そうでしたか。大変失礼いたしました」



 答えを聞き、再び土下座した。顔を上げると、エリオット様が軽く詰め寄るように、こちらに顔を近づけてきた。



「なぜ、そう考えた?」


「い、いえ……ウェンディさんの死因が毒を盛られたのなら、レックスさんが殺したなんてありえないと思ったから、です」



 レックスさんは、腐ってもSランクの冒険者で、剣の達人だ。カイルさんを負かすほど強い彼が、人を殺すのに毒なんていう手段を使うだろうか? 本気で殺そうと思ったのなら、一太刀浴びせるだけで済む話ではないか。



「……理由が、少し分かった気がする」


「へっ?」



 エリオットさんが、一瞬だけ微笑んで、すぐに表情を引き締めていた。



「実は、私もそこが引っかかっていたのだ。それで直接会うべきだと思った。大して話はできなかったが……」



 エリオット様が、まっすぐ僕を見た。



「『カイル』と『マリネ』……それから、かすかに『会いたい』とも言っていた」


「え……」


「仮に、彼の供述が事実だとしても、どうしてそうなったのかを知る必要がある。だから……どうか、彼に会ってもらいたい」



 副団長ともあろう高い地位の人が、僕のような魔物に頭を下げるなんていうありえない光景。そして、レックスさんが名指しで僕とカイルさんに「会いたい」と言ったこと。なにもかもが衝撃的すぎて、僕はすっかり言葉を失った。

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