39話 新しい情報源を見つけましょう①
大勢の尊い命が失われた事故現場である、〈エキナセア坑道〉。
そんな事故が起こるかもしれないと予見していた人は、少なからずいたはずだ。それでも、掘削は行われてしまった。すなわちそれは、間違いなく人災である。
トリスタンさんが、「ダンジョンと呼ばれるのは好ましくない」と言っていた理由が、よく分かった。
「その後の〈エキナセア〉は、知ってのとおりだよ。領主は、責任追及されるのを恐れて事故後すぐに失踪した。領民も同じく、逃げるように次から次へと他の領地へ移住して、すっかり荒れ果てた土地になってしまった。それから……どれくらいかな。何年かたった後で、〈クローブ金山〉の閉山が決まったと同時に、〈エキナセア〉も立入禁止区域となってしまった……というわけだよ。今は一応、隣町の〈バレリアン〉が管理しているが、不法に立ち入る者がいないかと見張り台から監視しているだけらしい」
「……そうかよ」
カイルさんは、やっとといった様子で、声を絞り出した。
この事実が広く知れ渡れば、安易に「〈エキナセア〉は未知のダンジョン」などと言う人はいなくなるだろう。だが、これはあまりにも重すぎる。
「悪かったね。君たちから初めて〈エキナセア〉について聞かれたときに、きちんと話すべきだった。だけど、どうしても無理だったんだ……〈クローブ〉で生まれ育った身としてはね。恩恵を受けておきながら、その末に起きた事故の犠牲者を見殺しにしていたなんて……あまりにも、むごいだろう」
「…………」
誰も、なにも返事できなかった。
どうすることもできなかったのだから、仕方ない。そんな安易な言葉で片づけていいはずがない。トリスタンさんからは、そういった想いが感じとれた。
顔を俯けて考え、口を開いた。
「レックスさんたちが〈エキナセア〉に向かったのは……鎮魂のため、ですか?」
「そう。ウェンディが前から希望していたらしく、ずっと前から立ち入るための許可申請をしていたそうだ」
「それが、つい最近やっと下りて、あの日行くことになった……」
ティムさんがまとめると、トリスタンさんが静かに頷いた。
「カイル……ティム、オリヴィア。それに、マリネ。くれぐれも用心してくれ。次に狙われるのは……君たちかもしれない」
「はっ?」
トリスタンさんの警告に、全員そろって顔をぱっと上げた。
「レックスたちがいない今、この町にいる冒険者の中で一番力を持っているのは、Aランクの君たちだ。僕がこうして襲われた事実を考慮すれば……その危険は十分あると思う。事実、君たちはレックスたちの行方を追っているわけだから」
「っだからって、なんで……」
「実は以前、レックスから相談を受けていたんだ」
「相談?」
トリスタンさんは、カイルさんに聞き返されて頷いた後で、周囲を警戒するかのように目を動かした。
「……ブルーノがペンドリー辺境伯に会うふりをして、国境を越えて帝国に出入りしているようなんだが、どうしたものかとね」
「帝国に……って、それがなんなんだよ? 帝国とうちって、別に敵対してるわけじゃねぇだろ?」
「僕もそう言ったんだけど、こそこそと行き来しているのがひっかかると、レックスは妙に気にしていたんだ。なにか……冒険者としての勘が、どこかおかしいと言っているかのようだった」
カイルさんたち三人が、険しい顔をして考えこんだ。カイルさんは腕組みをして、ティムさんは顎に手を添えて、オリヴィアさんはじっと顔を俯けている。
「ブルーノは、帝国に探りを入れてたとでも? それを、誰かに依頼されてたのか……」
「誰かって、誰にだよ」
「レックスたちには言えない人っていうのは間違いないだろうけど、ペンドリー辺境伯じゃないなら、もっと上の……?」
「スパイってわけじゃないですよね」
ぼそりと言うと、途端に全員の視線が集まった。そして、カイルさんが僕を両手で持ち上げる。
「今、なんつった」
「嘘ですごめんなさいなんでもないです」
「別に怒ってんじゃねーよ! 今、なんつった!?」
「う、え、す……っスパイじゃないですよね、って。ブルーノさんが帝国のスパイだとしたら、トリスタンさんを襲った理由とか、色々辻褄が合うかなぁ、なん、て……」
目を見開いたカイルさんの顔が目の前にあって、その勢いに押されてびくびくしながら言った。声も小さくなってしまったが、ティムさんやオリヴィアさんにも届いていたらしく、そろって表情が驚き一色になっていた。
ただ一人、トリスタンさんだけは無表情というか、妙に落ち着いていた。
「まだ分からないことだらけだし、確かな証拠がない状態で言うのはどうかと思うんだが……正直、その可能性は無きにしも非ず、といったところじゃないかな」
「嘘だろ……」
カイルさんの手から力が抜けて、僕はテーブルの上に落ちた。
◇◇◇
トリスタンさんから〈エキナセア〉について話を聞いた数日後、大聖堂側からウェンディさん死亡について正式な発表があった。
これにより、夢か嘘であってほしいと願っていた、僕らの――否、おそらく国民全員のわずかな希望は、完全に打ち砕かれてしまった。
レックスさん他二人の行方についても、分からないままだ。唯一分かったのは、「レックスさんたちは〈エキナセア〉に行っていない」点だけだった。
それは、トリスタンさんから聞いた話を参考にして、現在〈エキナセア〉を管理している〈バレリアン〉の監視役を見つけて、問い詰めた結果判明したのだ。僕たちとレックスさんたちが〈ロディオラ〉で会って話した前後の期間、〈エキナセア〉に近づいた人は、確かに誰もいなかったそうだ。
「本当だな? 実はサボっててちっとも見てなかったから本当のところは分からない、とか言ったら殺すぞ」
そんなカイルさんの脅迫に怯みつつも、監視役の人は答えてくれた。〈エキナセア〉の監視は、国から直々に任された業務であり、定期的に報告を義務付けられているからサボるなどありえない、と。
ようするに、レックスさんたちは〈ロディオラ〉を出て〈エキナセア〉に向かう道中で、なにかトラブルに見舞われたのだ。たいして進展したわけではないけれど、貴重な情報には違いない。
あとは、レックスさんたちの目撃情報さえ手に入れば、大きく進展するはずだ。しかし、〈ロディオラ〉から〈エキナセア〉の道中には、荒れた道が続くだけで、なにもないらしい。そもそも、〈エキナセア〉周辺は立入禁止区域。そう聞いただけでも、目撃情報を得るのが難しいと分かる。
「…………」
いつもの〈カモミール亭〉で食事をしている三人は、口数が激減していた。まさしく八方塞がり状態。無力感をおぼえずにはいられない。
「元気ないねぇ」
店員のメリーザさんが、料理を運びがてら話しかけてきた。
「大変だよねー。うちの常連にも、アストラ教の熱心な信者さんがいるんだけど、ショックで寝込んでるらしいし」
「そうなんですか。やっぱり……みんなが悲しんでるんですね」
「そりゃそうだよー。聖女様は、この国にとって文字どおり希望の光だったもん」
そう言って、メリーザさんは店長のハロルドさんに呼ばれて去っていった。
希望の光。本当にそのとおりだと思う。付き合いが短かった僕でも、満面の笑みを浮かべたウェンディさんを思い出すと、泣きそうになる。
「カイルさんはいますか!!」
「っ!?」
しんみりしながら、カイルさんに分けてもらった白パンを口に入れたとき、誰かが飛びこんできた。パンに喉がつまって窒息しかけたところ、コップに入った水をくれたオリヴィアさんのおかげで助かった。
「おま、うちの従魔を殺す気か!」
「すみません……っ急ぎの用があったもので……!」
飛びこんできた犯人は、〈冒険者ギルド〉の受付役のアイリーンさんだった。いつもどおりきっちりとした服装だが、全速力で走ってきたのか、乱れた髪のまま手を膝について肩で息をしていた。
「あんたがそんな取り乱すなんて珍しいね。なにがあったの?」
「早く、ギルドへお越しください……っ! ペンドリー辺境伯が、お待ちです」
「……はぁ!?」
コップを持って立ち上がったティムさんが、アイリーンさんの言葉を聞いて落としそうになり、目を見開いたまま固まった。
ティムさんの尋常ではない驚きの理由は、貴族がどういうものか知っていれば納得できる。僕は、ティムさんが色々本を借りてきてくれる――いちいち説明する手間を少しでも省きたいがためだと思われる――ので、勉強済みなのだ。
まず、爵位とは。位の高い方から、大公、公爵、侯爵(文字にしないと見分けがつかないのでややこしい)、辺境伯、伯爵、子爵、男爵の順になっている。功績を称えられてもらえる場合がある男爵以外の爵位は、世襲制だ。
その中で特別な権限を持っているのが、国境の警備といった重要任務を負っている、辺境伯。キャラウェイ王国では、代々〈ハーツイーズ〉を統治しているペンドリー家がそれにあたる。
そのペンドリー辺境伯が、平民でなんの接点もないカイルさんに用事があるなんて、考えられない。例えば、〈ハーツイーズ〉領内でなにか悪さをした、とかではない限りは。当然ながら、それはありえない。
「ちょっと行って話してくるだけだろ? なにそんな慌ててんだ」
「ばかだね……っやっぱばかだよお前は!」
ティムさんが勢いよく立ち上がって、カイルさんの眼前に人差し指を突きつけた。
「相手は位の高い貴族だって分かってる!? なにかちょっとでも無礼な態度なんてとった日には、即牢屋行きかもしれないんだからな!? 知ってるの!? できるの!? 貴族に対するマナーとか作法!」
「牢屋って……っ知るわけねーだろ、そんなの!」
「無理だよ、アイリーン。いくら言われたって、カイルには荷が重い!」
ティムさんは、頭を抱えてテーブルに突っ伏した。
とても楽観視できない状況なのは、僕にも分かる。なにより、指名されたカイルさん自身が「そこまで気にする必要あるか?」と、まるで理解していない様子なのが一番の問題だった。
「ご安心ください。急ぎの用事なので、礼儀作法などは一切気にしなくていいとの仰せです」
「だからって……カイルお前、最低限敬語は使わないとだめなんだからな? 分かってないだろ? 今話してみなよ、敬語で」
「それくらいできますけど!?」
「そんなふうに怒鳴ったらだめに決まってるだろ!」
「お前が色々余計なこと言うからだろうが!」
「ほらもう戻ってる!」
ティムさんは本気で心配しているのだろうが、傍観している身としては、いかんせんコントを見せられているかのようである。全然笑えないけれど。
「お二人って、本当に仲がいいですねぇ」
現実逃避しながら、そばにいるオリヴィアさんを見上げて言うと、彼女は寝起きのようなぼんやりとした目で「そうだな」と呟いた。




