3話 パーティーに加入しましょう
水で満たされた、丸っぽくて縁が波のような形になっている金魚鉢の中に入れられた僕。そして、両手を添えてそれを持っている人、名前はカイルさん。
「……元のところに戻してきなよ」
「いや、ちげーって。拾ってきたんじゃねぇっての」
そんな僕らに、呆れたような視線を向ける人がいた。薄い茶色でパーマがかかったような癖の強い髪と、若干色落ちしている黒いローブで身を覆った少年。否、青年か? 相当若そうに見えるが、声は低音なので年齢不詳だ。
ここはどうやら、カイルさんが仲間とともに泊っている宿の一室らしい。そこになぜ僕もいるのか。それは、彼の同意のもと、従魔として契約を結んだからだった。
それにしても、今の僕が入るのにぴったりなサイズの金魚鉢があるなんて、万能だな。さすがは魔物研究所。
「まさか、ミランダに押しつけられたとかじゃないよね?」
「それもちげーし。こいつ、鍵開けのスキル持ってるんだってよ」
「鍵開け?……そいつが? 本当に?」
「だよな?」
顔を覗きこんできたカイルさんに頷いてみせたが、茶髪の少年は訝しげにこちらを見た。
肯定したけれど、正直なところ自信はない。
僕らタコは、貝を好んで食べる。食べられまいと抵抗して、固く閉じた殻でもこじ開けられるのだ。しかし、他の用途で行使した経験はないので、断言はできない。
「騙されたんじゃないの?」
「あいつはそんな性質悪い押し売りしねぇよ。むしろ、手元に置いて研究したいって思うだろ」
「それはそうだろうけど……で? 鍵開けスキル持ちだって聞いて、衝動的に契約しちゃったと」
「そういうことだ」
「お前の方が性質悪いよ……なんなの? ばかなの? ああ、ばかか元々」
「うっせーな!」
茶髪の少年は、呆れた様子でため息をつき、手元で広げていた本を閉じてそばのテーブルに置いた。
「そうやって衝動買いばっかするから、うちはいつまでたっても貧乏のままなんだよ。健気に新規のクエスト探してくれてるオリヴィアが不憫でならない」
「そこまで言うか!?」
「自覚ないの? 冗談じゃな――」
茶髪の少年がそう言い終わる前に、部屋の扉が開いて誰かが入ってきた。
「ただいま」
「おう、お疲れ。噂をすればかよ」
「?……なんの話だ?」
やってきたのは、美人もとい美猫だった。ふんわりとした柔らかそうなモスグリーンの髪の合間から、同じ毛色に覆われた耳があり、背後には長い尻尾が見え隠れしている。ファンタジーな世界でよく見る、いわば獣人だ。
「一応聞くけど、どうだった?」
茶髪の少年が聞いた。彼の名前も知りたい。
「〈アルカネット遺跡〉で新たなエリアが発見されたらしい。じきに募集がかかると思う」
「そう……あんまり実入りはよくなさそうだね」
「一番乗りできればまだ分からないぞ。ところで……カイル、それはなんだ?」
美猫もといオリヴィアさんは、カイルさんに抱えられている金魚鉢入りの僕を指した。そして、顔を近づけ、じろじろとこちらを見た。
「おう。こいつ、新しい仲間」
「仲間?」
「俺は認めてないから」
茶髪の少年が、すかさず鋭い言葉を投げる。オリヴィアさんはそれには気にもせず、僕が入っている金魚鉢を指でつついている。
そういえば、ネコはタコも食べるのか? 食べるかもしれないな、基本雑食性らしいから。
「僕は美味しくないですよ」
「っ、喋った!?」
オリヴィアさんは、僕が声を発すると、驚愕の表情を浮かべて後退りをした。その後ろにいた茶髪の少年も同じく目を見開いている。既知の事実だったカイルさんだけ、にやにやと怪しい笑みを浮かべて楽しそうに二人のリアクションを見ていた。
「それだけじゃねーぞ。動きも面白いからな、見とけ?」
カイルさんはおもむろに金魚鉢をテーブルの上に置いて、僕の頭をつかんで水から出した。
触手をわしゃわしゃ動かすと、オリヴィアさんは眉をひそめた程度だったが、茶髪の少年は苦虫を噛み潰したような、あからさまに嫌そうな顔をした。
「気持ち悪いんだけど」
「…………」
ストレートな「気持ち悪い」発言はさすがに傷つくけれど、無反応もなかなかつらいものがある。
「だが、カイル。従魔はもう持つつもりはないと言ってなかったか?」
首を傾げながら、オリヴィアさんがカイルさんを見て聞いた。
「そのつもりだったんだけどよ」
「そいつ、鍵開けスキル持ちなんだってさ。本当かどうかは分からないけど」
「鍵開け……そうか。ずっとあったらいいのにと言っていたな」
「そうなんだよ。ついに念願叶ったぜ!」
呆れた様子の茶髪の少年と、ガッツポーズをして喜んでいるカイルさんのテンションの落差が激しすぎる。
「それはよかったな」
「よくないだろ。うちにはほぼ必要ないじゃん」
「っおま、なんでそんなこと言うんだよ!」
「記憶喪失にでもなった? どっかの不運すぎる誰かさんのおかげで、宝箱なんてろくに見つけてないだろ。あったとしても、まともな物が入ってなかった」
言われたカイルさんが、「ぐっ」とうなった。否、うなったのではなく、喉が鳴った音だろうか。
「仮に観賞用だとしても、うちにそんなものを置いとく余裕はない。誰かさんが懲りずに散財しまくるせいで」
追い打ちをかけられて、カイルさんが項垂れる。もはやぐうの音も出ない様子だ。
状況的に、このままだとミランダさんの研究所なる場所へ戻されてしまうかもしれない。否、戻されるならまだしも、そこらへんに捨てられてしまう可能性もある。
自力で棲家を探すとしたら、人や他の魔物と争うはめになる可能性は低くないだろう。クラーケンになると決めたとはいえ、むやみやたらと他の生き物を傷つけるような存在にはなりたくない。
「じゃあ、仕事探します」
「はぁ?」
「せめて、自分の食い扶持くらいは稼げるように頑張ります。仲間でなくてもいいので、もう少しだけここにいさせてくれませんか」
「…………」
「お願いします!」
訝しがる茶髪の少年をじっと見つめ、触手を二本上げて、合掌のポーズで懇願する。
「ティム……どうしてもだめか?」
「……だめもなにも、もう契約しちゃったんだろ? 従魔契約は簡単に破棄できないし、そこらに捨てでもしたらとんでもなく重いペナルティが科せられる。責任もって世話するしかないよ」
舌打ちまじりに答える茶髪の少年――もといティムさんの言葉を聞くかぎりでは、なんだかペットの話をしているかのようだった。この世界では、魔物はペットの扱いなのだろうか。
とはいえ、野生として放り出される危機は去ったようだ。ついでに、茶髪の少年の名前も知られてよかった。
「じゃあ、いいだろ別に。なにをぐだぐだと――」
「その責任は、カイルが一人で負うべきものだよ。俺は知ったこっちゃないから」
ティムさんはそっぽを向いて、しまっていた本を広げて読書を再開した。
もう少しでも仲良くなれたらいいのだけれども、今の様子では厳しそうだ。
「あーそうですか。んじゃ、まずは名前つけてやんねーとなー」
だから、ペットですか? タコがペットなんて……羨ましいぞ。
ああでもないこうでもない、と頭をひねっているカイルさんに、ひとまずいい名前をつけてください、とお願いしておいた。
読んでいただきありがとうございます。