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オクトパス・クライシス! 〜異世界でタコに転生しました。しょうがないので伝説の魔物目指します〜  作者: 手羽本 紗々実(てばもと ささみ)
第3章 不穏編

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38話 仕入れた情報を整理しましょう

 カイルさんの荒くなった息の音が、やけに耳にこびりつく。



「ブルーノって……どのブルーノだよ」


「レックスの仲間の、盗賊(シーフ)のブルーノだ」


「……っ!」



 トリスタンさん以外の三人が、息をのんで固まった。


 僕はというと、なぜか他人事のようにしか考えられなかった。


 自由奔放なレックスさんに振り回され、文句を言いつつもちゃんと頼みを聞いていた、ブルーノさん。会って接したのは、ほんのわずかな時間だったけれど、悪い人には見えなかった。そんな彼が、なぜトリスタンさんを襲ったのだろう。



「本当に、ブルーノ、だったのか?」


「ああ。こう見えて、僕も元冒険者だからね。当然、現役の彼の方が何枚も上手だったが……隠していた顔を暴く程度には、抵抗できたよ」



 なんと、トリスタンさんは冒険者だったのか。人には人の、色々な過去があるものだな。


 ……ああ、もう! だめだ! いい加減、現実逃避はやめだ!


 頭を激しく横に振って、余計な考えを振り払い、口を開いた。



「ティムさん。トリスタンさんは、ついさっき襲われたんですよね?」


「ああ。さっきも言ったけど、ほとんどの傷が回復できたからね」


「じゃあ、少なくともブルーノさんは、〈サントリナ〉のどこかにいたんじゃないですか? つまり……」


「まさか、聖女が死んだ件にも関わってるとでもいうの?」



 ティムさんが言うと、カイルさんがカウンターを両手で叩いて立ち上がった。



「ありえねぇだろ! 少なくとも、俺らと会うよりずっと前からパーティー組んでた仲間だぞ!? なんでそんな……!」



 興奮したカイルさんに、首を横に振って否定する。僕も同じだ。そんなふうには思えない。思いたくない。


 カイルさんは、拳を握って必死に気持ちを落ち着けようとした。続けて、トリスタンさんを見る。



「……あんたを疑ってるわけじゃねぇ。けど……っなんて言ったらいいんだ……!」


「分かるよ。君たちの気持ちは、痛いほどに」



 トリスタンさんが頷いたのを見て、カイルさんは大きく息を吐いて座りなおした。



「カイルほどじゃないけど、頭がごちゃごちゃだよ……ちょっと整理しない? 今まで起こったこととか、分かったこと全部」



 ティムさんの言葉に、全員が頷いた。


 カウンターの中にいたオリヴィアさんが移動して、トリスタンさんの隣の席に座った。



「まず……『緋色の使者』は、そろって〈ロディオラ〉から〈エキナセア〉に向かった」


「『緋色の使者』?」


「レックスたちのパーティー名」



 素早く教えてくれたティムさんに感謝。



「そこでなにかがあった……いや、もしかしたら行く途中でなにかがあったのかもしれない。で、とにかくなにかがあって、ウェンディが命を落とした。その遺体を誰かが、〈サントリナ〉の大聖堂前に遺棄した」



 言われて改めて悲しくなり、一度きゅっと目を閉じた。



「残ったレックス、ブルーノ、リザは安否不明……だめだ。ウェンディが死んだっていう事実以外なんにも分かってないじゃん」



 ティムさんが、頭を抱えて項垂れた。確かに、事実でさえもはっきりと判明している部分は、ごくわずかだ。



「なにか予期せぬトラブルがあったのは間違いないな」


「そうだけど……」


「腐ってもSランクパーティーだぞ? なにがあったってんだよ。ブルーノがトリスタンを襲ったのも意味不明じゃねぇか」


「ウェンディさんとリザさんが人質にとられて、それでその誰かに仕方なく従わなきゃいけなくなってる、とか……?」



 ふと頭に浮かんだ思いつきを口にしてみると、全員の視線が向けられて思わず仰け反った。さらに、カイルさんが顔を近づけてきて詰め寄られる。



「誰かって、誰だよ」


「わ、分かりません」


「君たち……憶測で物を考えていても始まらないよ。まずは『分かっていること』を整理しないと」



 紅茶を飲みきったトリスタンさんが言った。


 カイルさんは、片手で頭を乱暴にかいた。



「分かってることっつったってよ……聞いてのとおりなんも分かってねぇんだけど」


「じゃあ聞くが、君たちはそろってここになにしに来たんだい?」


「情報集めに決まってるだろ。それができるとこなんて、あんたんとこ以外にねぇし」



 カイルさんが、トリスタンさんの方へ身を乗り出した。



「〈エキナセア〉がどういう場所か、知ってんだろ」


「…………」


「レックスたちは、〈エキナセア〉に行くっつった後、こうなった。そこがどういう場所なのか、知らないままじゃ話になんねぇんだよ。教えてくれ」



 トリスタンさんは、カイルさんの真剣な眼差しを正面から受けて見つめ返し、しばらくして前を向いて目を閉じた。



「あんたが言いたくねぇって思ってんのは、なんとなく知ってる。けど、今は遠慮してる場合じゃねぇんだよっ」


「……分かるよ。いや、分かっている」



 カイルさんが少し身を乗り出して問い詰めると、トリスタンさんはゆっくりと目を開けて、深く息を吐いた。



「〈エキナセア〉は、かつて存在した町の名だよ」


「町?」


「ああ。知ってのとおり、今はもうない」



 トリスタンさんが話しはじめると、カイルさんだけでなくティムさんもオリヴィアさんも、半ば前のめりになって聞く態勢に入った。



「君たち冒険者の間では、〈エキナセア〉は謎に満ちたダンジョンと噂されているね。けどそれは、当時を知る者としてはとても好ましくないんだ」


「どういうことだよ?」



 トリスタンさんは言葉を切って、しばらく空になったカップの底を見つめていた。



「〈クローブ金山〉……知っているね?」


「何十年も前に閉山された山だよね。金の採掘が行われてた」



 ティムさんの言葉で、思い出した。キャラウェイ王国紹介のパンフレットにも、そんな紹介文が書かれてあった気がする。



「その金採掘のための坑道は、〈エキナセア〉側にも作られたんだ。町の名前からとって、〈エキナセア坑道〉と呼ばれていた」


「待って。〈クローブ金山〉って――マリネ、ちょっと地図出して」


「はい。どうぞ」



 ティムさんに言われて、急いでがま口ポーチから地図を取り出して広げる。



「〈クローブ金山〉はここで、〈エキナセア〉は……この辺りじゃなかった?」


「そうだね」



 ティムさんは、先日行った巨大市場のある村〈ロディオラ〉から東の方向にある場所を指さした。そこは、〈クローブ金山〉から東に十センチ程度離れた場所だった。


 簡易的な地図のため縮尺率が不明なので、正確な距離は分からない。しかし、少なくとも数キロはあるように思われる。


 その距離を掘るとなると、とんでもない労力がかかるだろう。ほとんど人力で掘るとなったら、余計に。



「地形的な問題とか、近隣の領地に関する問題とか、とにかく色々あって他にいい候補地がなかったらしい」


「にしても、無茶苦茶だよ」


「そうまでして、〈エキナセア〉から掘る必要があったのか?」


「あったんだよ。今から五十年くらい前から、金の採掘量が急激に減りだしていたから」



 トリスタンさんの浮かない顔を見ながら、地図をたたんでポーチにしまった。



「すぐに原因を調査するため、当時の自然科学研究所の研究員を中心に構成されたチームが調査に入った。結果、新たな場所を開拓しない限り、採掘量は回復しないという結論にいたったんだよ。金山の麓では、すでに無数の坑道が作られていたから、近場で新たに掘ったとしても採掘量の回復は見込めないとね」


「……単純に、枯渇したとは考えなかったんだね」


「考えた人もいただろうけど……まぁ、そう結論づけるのは許されなかったんじゃないかな。〈クローブ金山〉でとれる金は、当時この国の財源の大部分を支えていた資源だから。麓の〈クローブ〉の町――僕の故郷でもあるんだけど、あそこは当時、〈サントリナ〉に次ぐ第二の都市だとも言われていたほど栄えていたしね。今はもう見る影もないが」


「あんた、〈クローブ〉の出身だったのか」



 トリスタンさんが、少し悲しげに笑いながら頷いた。どおりで詳しいわけだ。



「ええと……つまり、〈エキナセア〉側から坑道を掘ろうとしたけど、うまくいかなくて金の採掘量も減り続けて、結局閉山を余儀なくされた……と?」



 僕のまとめの言葉に、トリスタンさんは若干渋い顔をしつつ頷いた。



「そうだね。ざっくり言うと、ね」


「そんなの隠す必要あったか? なんで黙ってたんだよ」



 トリスタンさんが空のカップを持ち上げたのを見て、オリヴィアさんが新しいお茶をいれようとポットを手にとった。が、トリスタンさんはそれを手で制した。



「〈エキナセア〉側から掘る案については、調査チームの中でも賛成派と反対派に分かれてかなり揉めたそうだ」


「なんで」


「地盤が、坑道を掘る場所としては軟弱すぎると発覚したから」



 そこで、ティムさんが息をのんだ。理解力が乏しい僕には、なにがまずいのかまだよく分からない。



「反対派は、そのデータを元に別の場所を模索すべきと訴えた。だが、賛成派は〈エキナセア〉の領主や領民たちに、坑道を作る計画が提案されている件を打ち明ける強硬手段にうって出た……さて、どうなると思う?」


「どう、って?」



 カイルさんがティムさんを見る。ティムさんは、一瞬だけだったが嫌そうな顔をした。



「……坑道ができれば、〈エキナセア〉も〈クローブ〉同様栄えて、自分らの懐もきっと潤う……とでも考えて、賛成側にまわったんじゃない? どうせ、『地盤が軟弱で危険』なんて都合の悪い話は聞かされてなかっただろうし」


「そう。地元の彼らの後押しもあって、結局〈エキナセア〉の坑道掘削計画は、進められてしまった」



 トリスタンさんの言い方に、嫌な予感をおぼえた。というか、なにがあったのか、ようやく察した。



「作業には、地元の領民も大勢関わったらしい。始まった当初はとても順調で、採掘量の回復に大いに期待がかかった……が、やはりそううまくはいかなかった」


「なんかあったのか?」


「…………」



 カイルさんの問いに、トリスタンさんは言葉を切って、しばらく黙った。重苦しい空気が漂っているのを感じたせいか、誰も続きの話を催促しようとしなかった。



「崩落事故だよ。それも……大勢の作業員がいる中で、完成間近だった坑道のほぼ全体が埋まるほどの、大規模なものだったらしい」


「……っ!」


「救助作業は、ほとんど行えなかったそうだ。立ち入る術がなかったし、仮にどうにか入ったとしても、再び崩落が起こって二次被害が発生する危険性が高かったから。だから……今でも〈エキナセア〉には、亡くなった大勢の作業員たちの遺骨が、埋もれたままになっているんだよ」



 トリスタンさんは、前を向いたまま静かに言った。


 全員、先に予見していた様子のティムさんでさえも、それを聞いて絶句した。

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