32話 フレンド申請してみましょう
なかなかお目にかかれるはずがない、かの有名なSランク冒険者のレックスさんと遭遇する快挙。
マスターのトリスタンさん曰く、「彼は常連客の一人だよ」だそうだが、応対しようとやってきたオリヴィアさんは、目を丸くしていた。
「ところで、赤いの……名前、なんだったっけな?」
「マリネです」
「そうだ、マリネだ。思い出した。で……お前さん、一人か? カイルはどうした?」
「〈ロディオラ〉に出かけました。武器屋のスティーヴさんに護衛を依頼されたんです」
レックスさんはそこで少しの間固まり、顎髭を触って、「そうか〈ロディオラ〉か……」と呟いた。
トリスタンさんが、そんな彼の前にケラプス茶を出す。レックスさんは注文した様子はないので、いわゆる「いつもの」だろう。羨ましい。ちょっと憧れるよな。
「いつ出かけた?」
「今朝です」
「じゃあ、そろそろ着くかどうかってとこか……どうするか……」
「なにかご用ですか? 伝言でよければ承りますよ?」
「いや……そうだな……」
レックスさんは、腕組みをして天井を見上げて考えこんだ。
察するに、直接話したい様子だ。どんな話だろう。もしや、〈シルフィウム鉱山〉のダンデレウスとレッドビーナの件か?
「ダンデ――いえ、あの、例の件ですか?」
「ああ。カイルの奴、だいぶ気にしてただろう?」
「そうですね……どうしましょう」
スティーヴさんの武器の買いつけが、どれほどで終わるのかは分からない。今日中に戻ってこられたとしても、レックスさんも忙しい身だろうから、待たせるわけにもいかない。かといって、僕一人ではカイルさんたちを呼び戻すのも無理だ。ううむ、困った。
「行くか、〈ロディオラ〉」
「へっ?」
「お前さんもどうだ? 一緒に」
「……え!?」
おもわぬ申し出に、目を見開いて仰け反る。
いやいや、そんな。そんなわけにはいかないでしょうに。
「で、でも……〈ロディオラ〉は僕みたいな魔物は――」
「俺がついてる。それで十分だろう」
「…………」
なんという、説得力。
しかし、いいのだろうか。カイルさんから「留守番をしていろ」と命令されたわけではないから、行こうと思えば行けるけれど。
念のため、オリヴィアさんに意見を聞こうと呼んでみた。
「いいんじゃないか?」
「えっ」
「レックスがついていてくれるなら安心だろう?」
「……いいんでしょうか」
「構わないさ。お前も本音では行きたかったんだろう? 楽しんでくればいい」
微笑んで言ったオリヴィアさんは、続いてレックスさんを見た。
「マリネのこと、頼んだ。くれぐれも大事に扱ってくれ。なにかあったら、カイルに合わせる顔がない」
「ははっ。そうだな」
レックスさんはオリヴィアさんの言葉に頷いて、紅茶を飲みほした。
「あとはお前さん次第だ。どうする?」
「で、でも……オリヴィアさんをさしおいて僕だけ行くのは……」
「構わないと言っただろう? 私は……たとえ誰が同行してくれたとしても、二度と行きたいとは思えないからな」
オリヴィアさんが眉を垂らして、少し悲しそうな顔をした。
二度と行きたいとは「思えない」とは。過去に行ったときに、よほどひどい目に遭ったのだろうか。だとしたら、嫌な思い出だろう。
「すみません、オリヴィアさん」
「なぜ謝る? お前はなにも悪くないだろう?」
苦笑しながら僕の頭をなでてくる、その表情はまだどこか悲しげだった。これ以上、決して掘り返すべきではない。
「……分かりました。お言葉に甘えて、行ってきます。レックスさん、お願いします」
「承知した。じゃあ、さっそく出るぞ」
「はい。トリスタンさん、ありがとうございました!」
「どういたしまして。気をつけて」
トリスタンさんとオリヴィアさんに見送られて、〈喫茶 泥棒猫〉を出た。冷たい北風が吹きつける。
ううう。やっぱり、喫茶店にこもって留守番していた方がよかったかも。いや、でもせっかくにこやかに送り出してもらったのだから。なにかお土産を買う時間があればいいな。
「乗れ」
「はい。お邪魔します」
レックスさんに言われ、いつもカイルさんに乗せてもらっているように彼の肩に乗る。
「……なかなかの感触だな」
「え、下りた方がいいですか?」
「いや、いい」
レックスさんは微妙そうな顔をしていたが、そのままずんずん歩きだした。
言われてみれば、カイルさん以外の人の肩に乗るのは初めてだ。身長差としては、数センチ高い程度。見える景色は大して変わらないけれど、どこか新鮮だ。
「馬車に乗っていきますか?」
「その前に仲間と合流する」
「仲間?」
「ああ。〈ロディオラ〉は本来の目的地の途中にあるから、ついでに行けばいいと思ってな」
「本来の目的地……とは?」
「〈エキナセア〉だ」
知らない地名だった。地図を取り出して探してみるも、やはりその名前はどこにもない。
「あそこはいわくつきの場所だから、地図には載ってないぞ」
「いわくつき?」
「ちょっとワケありの場所なんだ。詳しく知りたかったら、あとでカイル――いや、ティムにでも聞いてみろ」
「へぇ……分かりました」
謎の場所、〈エキナセア〉。地図にも載っていないその場所に、レックスさんたちはなにをしに行くのだろうか? それも含めて、カイルさんかティムさんに聞けば分かるだろうか。
「あなたは……もしかして、レックスさんですか!?」
「おう。そうだが?」
考え事をしていたら、一人の女性が近寄ってきた。僕は素早くレックスさんの肩から背中に移動して隠れた。
「わああ! 初めて見た……! あ、握手! 握手してください!」
「構わんよ。こんなおっさんでよければな」
まるでアイドルじゃないか。
こんな感じで、町中を堂々と歩くレックスさんは、通りすがりの人に必ずと言っていいほど声をかけられ、一人一人に手を上げて挨拶したり、求めに応じて握手をしたりしていた。
さすがSランク冒険者の超有名人。というか、変装した方がいいのではないか? こちらとしては、そのたびに隠れたり『カモフラージュ』を使ったりしなくてはならないのも、なかなかしんどいのだが。
「いちいち隠れんでもいいんだぞ?」
「いえ、そういうわけには。魔物が苦手な方もいるでしょうし」
「お前さんは、一々他人のことを気にしすぎだ。もっと堂々としていればいいものを」
「ですから、そういうわけにはいきません。僕のせいでカイルさんたちに嫌な思いをさせるわけにはいきませんから」
「……なるほど。忠実なもんだな。従魔とはそういうもんか」
「そういうもんです」
頷きながら、また一人近づいてきた人がいたので、反射的にレックスさんの背中に回った。
「お待たせいたしました、レックスさん」
「ああ。お祈りは終わったのか?」
「はい。滞りなく」
ん? 「お祈り」?
つい先程までの、なりふり構わず近寄ってきたファンの人たちとは様子が違ったやりとりに疑問を感じ、『カモフラージュ』を発動しつつレックスさんの肩の上に戻った。
「……! そちらの方は?」
レックスさんと向き合っている人――フードのようなものがついた純白のローブに身を包んだ、ゆるいパーマがかかった長い金髪が特徴の女性と目が合った。『カモフラージュ』を発動しているはずなのに、なぜ?
「……えっ!?」
疑問に思って自分の体を見てみると、なんと発動できていなかった。僕の赤くて丸っこいフォルムが丸出しではないか!
「なんでっ?」
「ははっ。そりゃ通用しないさ。魔力がバカ高い奴の前だからな」
動揺して狼狽えている僕を見て、レックスさんがさも当然といわんばかりに笑いながら言った。
どういうことだ? この女性の「魔力がバカ高い」? そして、だからってどうして僕の『カモフラージュ』が無効になるのか?
「魔法やスキルは、魔力の高さに影響される。魔力が高ければ高いほど、強力な魔法を繰り出せるし、逆に受ける側も同じなんだ。分かるか?」
「……受ける側がかける側より魔力が高いと、打ち消されてしまうというわけですか?」
「そういうことだ」
見かねたレックスさんに解説してもらって、ようやく理解できた。
否、理解はできたけれど。つまり、この女性は近づいただけでこちらのスキルを無効化するほど高い魔力の持ち主なのか。
「というわけで、紹介する。こいつは俺の仲間のウェンディ。この国で唯一、聖女の称号を賜った神官だ」
「……聖女!?」
はい、納得。
生きながらにして聖人に列せられているのだから、当然保有する魔力は絶大なものだろう。僕のようなしょぼい魔物のスキルなんて、通用するわけがない。
「初めまして、魔物さん。お名前を教えていただけませんか?」
「……はい。僕はタコのマリネです」
「マリネさんとおっしゃるのですね……! もも、もしよろしければ、こちらにいらしていただけませんかっ?」
「え?」
聖女様もといウェンディさんは、なぜか興奮した様子で若干どもりながら、両手を上に向けた状態でくっつけて、こちらに差し出してきた。「ちょうだい」のポーズだ。
大丈夫か? レックスさんでさえ、「なかなかの感触」と、大人らしく遠回しな言い方で気持ち悪がっていたけれど。
ちらりとレックスさんを見上げると、なぜかにやにや笑っていた。
「ウェンディはゲテモノ好きなんだよ」
「……ゲテモノ……」
「なにをおっしゃるのですか! こんな可愛らしいお方をゲテモノだなんて!」
「!?」
至極真面目な顔で、レックスさんに詰め寄るウェンディさん。それでいいのでしょうか、聖女様。どちらかというと、僕のような魔物を退治する側では?
そして、ウェンディさんは再び僕を見て、先程と同じように手を差し出してきた。「さあ!」と、促され、おそるおそる移動する。
「ああんっ……!」
「!?」
途端、ウェンディさんが仰け反って喘ぐような声を出した。
なんて官能的……って、言ってる場合じゃない! ほら、通行人が変な目で見てるから!
「お喋りができる上に、愛らしい姿……! その上、この感触! なんて素晴らしいのでしょう……!」
ウェンディさんは、赤らめた頬に片手を添えて、体を何度もくねらせていた。ただの変態だった。
「こう見えて、この国を守護する聖女だからな」
レックスさんが、にやにやしながら言った。
いえ、レックスさん。笑ってないで、この収集つかない状況をなんとかしていただけませんかね。平に。




