30話 他人の従魔と仲良くなりましょう
「今度、〈ロディオラ〉で武器の見本市が大々的に開かれるってんだよ。国内産だけじゃなくて、帝国や他の国から入った武器も並ぶっていう話じゃねぇか。そんなもん、俺が行かねぇわけにはいかねぇだろ?」
「俺、『ケラプスのステーキ』な。マリネはどうする?」
「『ワナワナ貝のスープ』お願いします」
「それお前、定食についてくるやつだろ。もっと贅沢していいんだぞ?」
「贅沢? じゃあ……具だくさんで!」
「そーゆーことじゃねぇんだけど……まぁいいか」
「私は『マシュデルの香草焼き』にするかな」
「いいね、それ。俺も同じのと……あと野菜もほしいよね」
「お前ら、浮かれる気持ちは分かるが人の話は聞いてくんねーかな?」
スティーヴさんの言葉をガン無視して注文の品を選んでいると、案の定苦情が入った。
店員のメリーザさんへ注文を済ませてから、改めて聞く態勢に入る。
「で、なんだって?」
「だからよぉ、〈ロディオラ〉でやる武器の見本市に行きたいんだよ。道中危険だろ? 特に帰り道。護衛が必要不可欠なわけよ。な? 分かるだろ?」
「いや、全然」
「なんでだよっ!」
興味なさそうに生返事をするカイルさんに対し、スティーヴさんが拳をカウンターに叩きつけた。
「……武器を買った後で強盗にでも襲われたら、終わりだよね」
「そうだよ! そのとおり! さっすがティム! 『レジェンズ』の頭脳!」
スティーヴさんは、立ち上がってティムさんの隣に移動して腕を肩に回そうとしたが、ティムさんが華麗によけたので、顔から床にダイブしてしまった。
「そうか……〈ロディオラ〉か……」
オリヴィアさんが意味深に呟いたので、首を傾げた。
「仮に行くとしたら、俺とカイルの二人だけになるね」
「えっ?」
二人? まさか、僕とオリヴィアさんは留守番か? なにゆえ。
「あそこは、私やお前のような者には厳しい場所なんだ」
「厳しい……場所?」
詳しく聞こうとしたとき、うつ伏せに倒れていたスティーヴさん――今まで放置していた――が勢いよく起き上がり、鼻血をたらしながら笑顔を向けて親指を立てた。
「出発は明後日だ。当然、報酬ははずむぜ。じゃ、いい返事待ってるからよ!」
颯爽と〈カモミール亭〉を出ていこうとしたスティーヴさんだったが、店員のメリーザさんに、のんびりした声で「食い逃げー」と言われ、慌てて戻って支払いを済ませる醜態をさらしていた。どうしようもない酔っ払いだ。
「〈ロディオラ〉が僕やオリヴィアさんには厳しい場所って、どういうことですか?」
「あそこは、ものっすごい偏見で満ち溢れてるところなんだよ」
「偏見?」
「見た目が人間じゃない種族は、もれなく差別の対象になるってこと」
ティムさんの言葉を聞いて目を見開き、オリヴィアさんを見た。彼女は、困ったように苦笑していた。
「どうすっかな……あの酔っ払いの言うことはあんま信用できねーし」
「明日、素面の状態のときに改めて話をしてみたらどうだ。報酬次第で受けるか受けないか決めればいい。もし受けるなら、私はマリネと一緒に留守番しているから」
オリヴィアさんが提案する。腕組みをして下を向き、真剣な表情で考えこんでいたカイルさんは、「うーん……」とうなった。
「はーいお待たせしましたー」
「おっ! 来たか……! よし、とりあえず食うぞ! 食ってから考える!」
メリーザさんが注文の品を運んできたところで、カイルさんはあっさり考えを中断し、ナイフとフォークを握った。
カイルさんの頼んだ『ケラプスのステーキ』は、形が完全に牛のサーロインステーキのようで、間違いなく美味しいのが分かる。オリヴィアさんとティムさんの頼んだ『マシュデルの香草焼き』も、パン粉をまぶしてこんがり焼かれていて、こちらも美味しそうだ。付け合わせとして、野菜スティックもある。濃いオレンジや紫のものがあるが、なんの野菜かは分からない。
しかし、なんと言っても一番目を引くのは、僕が注文した『ワナワナ貝のスープ(具だくさん)』。アサリに似た形の、うっすらと赤みを帯びた貝の身で皿が埋もれていて、もはやスープではなくクリーム煮に近い気がする。これを全部一人で食べていいなんて、幸せすぎる。
僕やオリヴィアさんが行けない〈ロディオラ〉についても気になるが、今はひとまず目の前のごちそうを堪能した。
◇◇◇
スティーヴさんから話をもらった二日後、僕はオリヴィアさんに抱かれてカイルさんたちを見送りに出ていた。
「んじゃ、行ってくんぜ」
「ああ。くれぐれも道中気をつけてな」
「いってらっしゃい」
馬車を背にしたカイルさんとティムさん――スティーヴさんはすでに乗りこんでいる――に、不本意な態度を出さないように声をかけた。
「そんなしょげるなよ」
「……しょげてないですよ」
「なんかいい土産見つけたら買ってきてやるからよ」
「子供じゃないので大丈夫です。仕事優先してください」
「はいはい」
カイルさんが僕の頭に手を置いて、少し乱暴になでた。
だから、子供ではないんですけど。ティムさん、そんな呆れた目はやめてください。
そして、二人は馬車に乗って、手を振りながら出かけていった。従魔なのにそばにいられないなんて、お役に立てないなんて、やはり寂しい。あと、〈ロディオラ〉の市場を見てみたかった!
「そんなに落ちこむな、マリネ」
「落ちこんでないです……カイルさんのお役に立てないっていうのがショックなだけです」
「それは落ちこんでいるということじゃないのか」
オリヴィアさんは苦笑していた。
彼女は平気なのか。それとも、慣れたものなのだろうか。
「とりあえず、〈薬のミョンミョン〉に行くか?」
「そうします」
ケイティさんに話を聞いてもらえたら、このもどかしい気持ちもおさまる気がする。
職場の途中にあるそうなので、オリヴィアさんと一緒に〈薬のミョンミョン〉へと向かった。
彼女の腕に抱かれながら、流れる町中の景色を眺めていると、ひときわ目立つ看板が目に入った。遠くからでもよく見える、ショッキングピンクを基調とした派手な色合いの看板。〈ルドルフの武器屋〉だ。目がチカチカする。
そこで、ふと気づいた。そういえば、スティーヴさんも従魔をもっているとカイルさんが言っていたな。僕と同じく留守番しているはずだから、今行けば会えるかもしれない。
「オリヴィアさん」
「どうした?」
「〈ルドルフの武器屋〉に寄ってもいいですか?」
「武器屋? スティーヴは知ってのとおりカイルたちと出かけたぞ?」
「実はまだ一度も行ってないんです。で、せっかくだしあちらの従魔さんにもお会いしたくて」
「……ああ、なるほどな」
オリヴィアさんは納得し、僕を腕に抱いた状態で歩きだした。このまま連れていってくれるらしい。
「ところで、ルドルフって誰なんでしょう?」
「確か……昔いた冒険者の名前だった気がする。この町出身で、史上初めてSランクに到達した人間だとかいう噂だ」
「……そんな人の名前、勝手に使っていいんですか?」
「いいんじゃないか? 申請は通ったようだし」
てきとうに誤魔化して強引に通した可能性はあるけどな、とオリヴィアさんは苦笑して付け足した。僕もそう思います。
店の入り口の扉には、「本日店主不在のため、刃物類の研磨ご用命の方は後日お越しください」と書かれた貼り紙があった。なるほど、武器の販売だけでなくそういうサービスもしているのか。
「入るぞ。驚かないようにな」
「え?」
驚く? 何に?
首を傾げる僕をよそに、オリヴィアさんは扉を押し開けて中に入った。
「っ!?」
目の前に、目つきが悪くて左の頬に古傷がある茶色の毛で覆われた熊――ポラートが立っていた。
「こいつがスティーヴの従魔だ。名前はノボリ」
「あ……そ、そうですか」
身長は、オリヴィアさんより頭一つ分程度小さくて、〈シルフィウム鉱山〉で遭遇したポラートよりはだいぶ小さい。だが、凶暴そうな顔つきはほぼ同じだ。こちらを見たまま動かない。
「マリネが――こいつがお前に会いたがっていたから、連れてきた。仲良くしてやってくれ」
オリヴィアさんが僕を手に乗せて、そのポラート――ノボリさんに差し出した。
「は、初めまして。マリネといいます」
「…………」
「スティーヴさんのとこにも従魔さんがいると聞いて、ずっとお会いしたかったんです」
「…………」
返事がない。屍のようだ。
ウルフさんが言っていたとおり、「他の魔物と話したがる奴なんてそうはいない」のか。
「……お前は……」
「はいっ?」
しょんぼりとしていたら、低くうなるような声が聞こえてきた。
「お前は、魔物か?」
「そうです。タコが魔物化したものです」
「タコ……?」
「魚介類の一種です」
「魚介類……美味そうだな」
「美味いですけど、僕は魔物なので美味しくないですよ」
「そうか……」
ノボリさんは、爪が当たらないように指先で僕に触れてきた。その弾力に少し驚いたような表情を見せたが、またすぐに元の険しい顔に戻った。
「……変わった奴だな……」
「ご迷惑でしたか?」
「いや、いい……俺は、喋りはあんまり得意じゃないが……よかったら、また来い」
「……! ありがとうございます!」
やった。魔物の友達がまた一人増えたぞ。あちらからそう言ってくれるなんて、感激だ。
「なにか話せたのか?」
「はい! お友達になれました」
「それはよかったな」
店を出て報告すると、オリヴィアさんも喜んでくれた。
さて。用は済んだので、そろそろ仕事に行かねば。再びオリヴィアさんに抱かれた状態で、〈薬のミョンミョン〉へと向かった。
まもなく見慣れた店が見えてきたのだが、一つだけいつもと違う点があった。入り口の扉手前に、「本日お休みです」の看板が、入り口を塞ぐように立っていた。
「…………」
呆然と、店の前で立ち尽くす僕ら。嘘だろ。
「……知らなかった、のか?」
「知らないです聞いてないです」
昨日も出勤したけれど、店主のケイティさんはそんな話はしていなかったぞ。まさか、急病で倒れたわけじゃないよな!?
「おーい。そこのお二人さんっ」
あわあわと慌てるだけの僕と、黙りこむオリヴィアさんを呼びながら、ある人が駆け寄ってきた。〈コーデリア商店〉の店主もとい、ケイティさんの孫のサラさんだ。
「サラさん! ケイティさんになにが!?」
「別になにもないよ。おばあちゃんから伝言預かってきたの」
「なんて!?」
「『昨日、言いそびれちゃってごめんなさい。今日は知り合いに連れ添ってもらって仕入れに出かけるから、お休みにします。一日ゆっくり休んでね』だって」
「…………」
仕入れかい!
そういえば、前に「そろそろ行かないとねぇ」と言っていたような覚えがある。行くのはいいが、事前に話してほしかった。本気で心配してしまうから。
伝言を受け取り、お礼をすると、サラさんはさっさと帰っていった。相変らず忙しそうだ。
さて、どうするか。ゆっくり休めと言われても、他に行くところがない。カイルさんがいれば、彼の仕事の手伝いをする手もあったのに。
「他に行くところはあるか?」
「ないですね」
「じゃあ、私と一緒にこないか」
「どこへ?」
「私の仕事場だ」
「……オリヴィアさん、の?」
マリネがよければだが、とオリヴィアさんは続けた。
そういえば、彼女の仕事場にもまだ行ってなかったな。物知りマスターがいるらしいから、色んな話を聞かせてもらえたら嬉しい。
「魔物は大丈夫なところですか?」
「もちろんだ。種族問わず色んな客が来るからな。マスター自体も私と同じ獣人だしな」
「そうなんですか?」
頷いたオリヴィアさんは、「じゃあ、決まりだな」と言って、喫茶店に向けて歩きだした。
どんな店で、どんなマスターがいるのだろうか。楽しみだ。
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