29話 回復薬の使い方には注意しましょう
ミランダさんの話を聞いて、俄然やる気になってきた。とはいえ、体はまだ元の大きさに戻らないままだった。
「そりゃあね、一気に魔力を解放した上に消費も激しかったから、反動がきてるのよ。魔力は自然に回復するのを待ってたら時間かかるから……はい、これどうぞ」
そう言いながら、彼女は透明の小瓶を差し出した。緑色で若干粘着性がある液体が満杯に入っている。
「これは?」
「私が作った魔力回復薬」
その直後、魔物の棲家用である木の枝が激しく揺れた。そこに潜んでいる魔物の仕業だ。
なにに反応したのだろうか。それとも、こちらとはなんの関係もなく魔物同士でケンカしていたとか?
「大丈夫なのか、それ」
「大丈夫に決まってるでしょ? 特別な薬だから、とっても効くよ」
「ありがとうございます。お世話になりました」
ミランダさんに丁寧にお礼を言って、笑顔で手を振る彼女に見送られて魔物研究所をあとにした。
その後、カイルさんにお願いして〈薬のミョンミョン〉に連れていってもらい、ケイティさんに会った。彼女にも心配をかけていたらしく、姿を見せるなり問答無用でカイルさん共々お茶を飲まされた。
「よかったねぇ。また元気な姿で会えて、本当によかった」
心の底から喜んでくれて、とても感激した。
話をしているうちに日が暮れてしまったので、〈薬のミョンミョン〉を出ていつもの〈カモミール亭〉へと向かった。中に入ると、すでに見知ったあの二人の姿があった。
「ティムさん、オリヴィアさん!」
「マリネ……! よかった、目が覚めたんだな」
「遅いよ、まったく。おかげでカイルがそわそわしすぎてて、こっちまで落ち着かなかったんだから」
オリヴィアさんに素直に喜ばれ、ティムさんには小言を言われた。いつもの雰囲気が、なんだか懐かしくて、とても嬉しかった。
「まだ元の大きさには戻らないままか」
「魔力が回復しきってねぇんだとよ」
「じゃあ、元どおりになるにはずっと先かもね」
三人はそれぞれ日替わり定食を食べながら、テーブルの上で待機している僕を観察した。そこで、ミランダさんからもらった魔力回復薬の存在を思い出した。
「え、待って……それ、まさか魔力回復薬?」
「はい。ミランダさんにいただきました」
小瓶に貼ってあるラベルを見ながら答える。「魔力回復薬」としか書かれておらず、用法用量についてはなにも書かれていない。
コルク栓をとって封を切り、小瓶を傾ける。飲むにはだいぶ勇気がいる色だが、きっと飲めば元どおりになる、はず。思いきって、いっきに飲みほした。
「ちょ、ばか!」
ティムさんが慌てて止めようとしたが、時すでに遅し。すべて飲みこんで、空になった小瓶を置く。そして――血の気が引いて、倒れた。
「っマリネ!? おい、どうした!?」
弛緩した体をぐったりと横たえる。
カイルさんに持ち上げられて揺さぶられると、余計に具合が悪くなって吐きそうになった。オリヴィアさんが止めてくれなければ、本当に吐いていただろう。
「ほんっとうにばかだね……そんな一気にあおるなんて」
「どういうことだよ?」
ティムさんの呆れた声を聞きながら、テーブルに戻された僕はぶるぶる体を震わせた。次の瞬間、にょん、とでもいうような音がするかのように、急激に体が元のサイズに戻った。
「し……っ死ぬほど……まずい、です」
「そこかよ!!」
カイルさんの拳が、柔らかな僕の頭に振ってきた。弾力のおかげでまったく痛くない。
いや、だって、本当にめちゃめちゃまずかったんですから!
色からして、青汁のような味がするのかと想像していたが、とんでもなかった。「苦味」の限界値を突破している、とでも言うべきか。
「まずいに決まってるよ。ミランダ特製のは、クリンカの実のエキスをこれでもかっていうくらい抽出して、原液のまま混ぜたやつだから。店で売ってるのより何倍も濃いんだよ。まぁ、見てのとおりその分効きはいいんだけど」
それならそうと言ってほしかった。ミランダさんに、用法用量についてしっかり聞いておくべきだったな。
オリヴィアさんから水をもらって飲んでも、口の中に残っているような気がした。結局、寝る前までそんな気分を引きずるはめになったのだった。
そして、その日の夜。
「ほう。それでお前、しばらく見なかったんだな」
「面目次第もございません……」
ミランダさんの魔力回復薬の味のおかげでなかなか寝つけなかったので、部屋を抜け出してウルフさんに会いにいった。
廊下で寝そべって待機していた彼は、僕が事の顛末――Aランク試験での出来事を話すと、小馬鹿にしたように片目を閉じて鼻で笑った。
「『巨大化』ができる奴は俺も初めて聞く。お前……意外とやる奴だったんだな?」
「そんなことないです。完璧にコントロールできたわけじゃないので」
「それは確かにな」
ウルフさんの上げて落とすような言葉が、胸にぐさりと刺さる。
うまく制御して自在に扱えるようになる。言葉では簡単だけれども、どうしたらできるかなんてさっぱり分からない。それと同じ能力を持っている人がいて、その人から教えてもらえれば話は違うのだけれども。
「いいんじゃないか?『できる』って分かっただけでも」
「……そうでしょうか?」
「知ってるのと知らないとではだいぶ違うだろう」
「……そう、ですね。そうですよね!」
いい励ましの言葉をもらったところで、ウルフさんは「そろそろ見回りの時間だ」と言って、去っていった。彼を見送った後、僕も部屋に戻った。
どうなるかは、まだ分からない。どうすればいいかも。だが、どうにかなるかもしれない。そんな気がしてきた。
◇◇◇
一週間後、僕らは改めてAランクの昇格試験を受けた。今度はきちんと、担当である第五分隊の人たちに相手になってもらえた。
リーダー格の、立派な髭をたくわえた貫禄がある槍持ちの騎士を除いた他のメンバーは、手間取った部分もあったが、なんとか撃破に成功。しかし、問題は残ったリーダーだった。
一人で、三人プラス一匹と戦わなければならないなんていう劇的に不利な状況にも関わらず、まったく焦った様子を見せずに奮戦していた。リーチの長さが最大の利点である槍を駆使して、オリヴィアさんの矢と、ティムさんの魔法攻撃の網をかいくぐり、カイルさんに襲いかかった。
終始押されていたカイルさんだったが、僕が相手の体に絡みついて動きを一瞬封じ、その隙をついて討ちとった。
最後の瞬間は、昇格試験挑戦のきっかけをくれたレックスさんとの戦いで、レックスさんが終盤でした動き――背後に回ったと思わせておいてまた元の位置に戻り、呆気にとられて背を向けた相手の首に剣を突きつける――と同じだった。カイルさん、しっかり吸収していたんだな。さすがだ。
「っ見事なり……!」
「……!」
リーダーの騎士さんが、手にしていた槍を地面に落として両腕を挙げた。降参のポーズだ。
カイルさんが剣を引くと、リーダーの騎士さんは、馬から下りてカイルさんと向き合った。続いて、駆け寄ってきた審判――試合中は端に避難していた――とアイコンタクトをする。
「勝負は決しました。チーム『レジェンズ』を……Aランク相当とみなします!」
風格のある審判の声が、〈闘技場〉内に響き渡った。
先日の大騒動のせいで観客はほとんどいなかったので、歓声がいっきに上がりはしなかったけれど、一切気にならなかった。僕たちは、それぞれで喜びを噛みしめた。
「いい試合だった……Aランクに上がれば、以前よりもさらに危険なクエストや依頼が舞い込んでくるだろう。心してかかるようにな」
「……ああ。望むところだ」
最後に、カイルさんがリーダーの騎士さんから激励の言葉をもらいながら、握手して終わった。
その後、〈闘技場〉を出てすぐに〈冒険者ギルド〉に足を運び、カードを更新してもらった。三人のカードに表示された、「A」の文字が輝いて見えた。
「皆さん、おめでとうございます!」
「お前もだろ? よく頑張ってくれたな。オリヴィアもティムもありがとな」
「……なんだよ、急に改まって。俺は俺のやるべきことをしただけだよ」
「そうだな。みんなのおかげだ」
カイルさんがティムさんの肩に腕を回す。普段なら、うっとおしいとばかりにすぐ払いのけるはずのティムさんは、されるがままになっていた。オリヴィアさんも、笑顔を浮かべている。
さて、次の目標は、最高かつ規格外のSランクだ。クラーケンの力をちゃんと自分のものにできるように頑張らなければ。
「せっかくだし、祝杯でも挙げようぜ。いいだろ、今日くらいは」
「……そうだね。でも、羽目を外しすぎないようにね。くれぐれも」
「よっしゃ!」
ティムさんのゴーサインをもらって、そろって〈カモミール亭〉に向かった。祝杯なんて言いながらも、結局いつもの食事処か。せっかくだし、まだ食べていない一品料理も頼んでもらおうかな。
「よーっす、『レジェンズ』ご一行。景気よさそうだなぁ?」
〈カモミール亭〉に入った途端、入り口から一番近い位置のカウンター席に座っている、赤ら顔の男性に声をかけられた。見覚えのない人だ。
「あん? そっちこそ、こんな真っ昼間から酒かよ。ずいぶん儲かってんだな、武器屋は」
「武器屋……?」
カイルさんは、こちらが疑問に思っているのをよそに、さっさとその人の後ろを通り抜けて、空いているテーブル席に座った。ティムさんとオリヴィアさんも我関せずといった様子で、それに続いた。
「そーゆー意味で言ったんじゃねーよぉ。受かったんだろ? Aランクの試験」
武器屋の人――僕の記憶が正しければ、名前は確かスティーヴさんといったか。彼がそう言った瞬間、店の中が一瞬静まり返った。
「なな、なんだってぇ!? お前らAになったのか!! おめでとう!!」
真っ先に反応したのは、厨房で鍋を振っていた店主のハロルドさんだった。飛びだしてきて、カイルさんにつかみかかった。
「はいはい、ありがとな!? 耳元で騒ぐんじゃねーよ!」
「父さーん。鍋、めっちゃ燃えてるけどー」
「げっ!?」
店員であり彼の娘であるメリーザさんに言われて見ると、厨房で火柱が上がっていた。幸いにも天井が少し焦げた程度で済んだようだが、一体なにを作っていたのだろう。
否、それよりも。
どうしてスティーヴさんは、僕たちがAランクに昇格した件を知っているのだろうか。
「てめぇな……余計なこと言うんじゃねーよ」
「どこでそれを知った?」
「んなのギルドに決まってんだろ? 昇格試験受けるって聞いただけだけどな。お前らなら絶対受かると信じてたぞ!」
カウンター席に座ったままこちらを向いたスティーヴさんが、不敵な笑みを浮かべてウインクをした。お酒で出来上がった中年男のウインクほど、もらって嬉しくないものはないかもしれないと思った。
「ってなわけで、だ。お前ら……俺を護衛してくれ!」
「はぁっ?」
カイルさんたち三人の、聞き返す言葉が重なった。見事な連携プレイ……じゃない。一体どういうことですか?




