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オクトパス・クライシス! 〜異世界でタコに転生しました。しょうがないので伝説の魔物目指します〜  作者: 手羽本 紗々実(てばもと ささみ)
第2章 応用編

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28話 魔力と魔法の関係性を学びましょう

 白くてふわふわした空間にいた。


 まるで、雲の中のようだと思った。僕は、その中を浮いたまま、まさしく雲のように漂っていく。体に力が入らない。



「…………」



 ふと、誰かがそばにいるような気配がした。そちらを振り向いてみるが、誰もいない。



「…………」



 誰ですか? 僕は今、抵抗できないのでお好きにどうぞ……いえ、やっぱり切り刻むのだけは勘弁してください。



「……頼んだぞ」




 ◇◇◇




「なにをですか?」


「えっ?」



 はっとして、目を覚ました。木造の建物の中だった。ぼんやりとした頭のまま、周囲を見回す。背後に、ホウキを持ったミランダさんがいた。


 ホウキを持った、不思議の国に迷い込んだ女性。なんだかちぐはぐだ。



「なんで……ホウキ、ですか?」


「なんでって、お掃除してるからよ」


「そうですか……」



 あまり汚れているようには思えないのだが。魔物をたくさん飼っているから、掃除は欠かせないのだろう。大変ですね。


 金魚鉢から出て、そばにあったタオルで体を拭く。うーん、もう少し水につかっていた方がよかったかな。水ではなくぬるま湯で、とても気持ちがよかったのだ。



「…………」



 ミランダさんが、目を丸くしてこちらをじっと見つめていた。こちらも負けじと見つめかえす。



「ミランダさん……」


「なに?」


「僕はなぜここにいるんでしょうか!?」


「……やっと気づいた?」



 目ぼけている時間が長すぎた!


 記憶が渦のようになって押し寄せる。僕は確か、カイルさんたちとAランクの昇格試験に挑んで、なぜか第三分隊の人たちが乱入してきて、戦って……それで!?



「カイルさんたちは!? ご無事ですか!?」


「うん、元気だよ。そろそろ来るんじゃないかな」



 ミランダさんは笑顔で踵を返し、白い皿に山盛りになった貝を持ってきた。



「……貝?」


「カイルくんたちが、目が覚めたら食べさせてあげてって置いてってくれたのよ。毎日、新しいやつをね」


「……僕、一体どれくらい眠ってたんでしょうか」


「今日で三日目だね」



 三日!? なんてこった。心配かけただろうなぁ。こんなにたくさんの貝を毎日……って、お金は大丈夫なのか? 心配かけた上に、僕のために余分なお金までかけてしまったのだとしたら申し訳なさすぎる。


 落ち込みながらも、「まずは体力回復させないとね」とミランダさんに言われ、彼女が殻から外してくれた貝を食べた。体はだいぶ栄養を欲していたらしく、次から次へと触手が伸びる。


 食後は、甘い香りがする紅茶――ネトルを飲んだ。甘い香りを楽しみながら飲むと、ようやく気持ち的にも落ち着いてきた。



「少しは元気になったみたいね。体は……まだ元どおりとまでにはいかないよね」


「いえ。おかげで元気になりました。ありがとうござい――」



 お礼を言い切る寸前、入り口の扉が開いて誰かが入ってきた。



「ああ、カイルくん。今ちょうど食べさせてあげたところよ」


「は?」



 思わず、テーブルの上の白いポットの後ろに隠れた。今の大きさ――普段より二回りほど小さい姿では、少しはみ出すくらいだった。


 目を見開いたカイルさんが、その場で立ち尽くして固まった。しばらくしてから走りだし、直前の段差につまずいて転びそうになりながら駆け寄ってきた。



「お……おはよう、ござい、ます」


「早くねぇよ馬鹿野郎!」



 カイルさんが怒鳴りながら、僕の体を両手で持ち上げる。くしゃりと顔を歪めた。



「そばにいるって、言っただろ」


「……っごめんなさい」



 カイルさんが、閉じた唇を震わせながら、無理矢理といった感じで口角を上げた。



「よかった……」



 泣きそうな顔で笑って言うカイルさんを、直視できずに顔を俯けた。まともな言葉は出てこず、ただひたすら「ごめんなさい」と繰り返した。


 その後、再びミランダさんがいれてくれた紅茶を飲みながら、話をした。



「貝、ありがとうございました。とても美味しかったです」


「おう。そりゃよかった」


「お金、大丈夫ですか? 食べといてなんですけど、あんなにたくさん……」


「大したことねーよ。騎士団連中がよこしてきた賠償金で買ったやつだからな」


「賠償金?」


「ああ。お前が気ぃ失った後にな、別の奴が来たんだよ……名前……は、忘れたけど。馬に乗ったいけ好かねぇ奴いたろ。あいつの兄貴だっつってた」



 つまり、乱入グループのリーダー格・サイラスさんのお兄さんだな。



「お兄さんが……弟さんの加勢にきたんですか?」


「いや。加勢じゃなくて止めにきたんだよ。あー……見せたかったな。お前にぶん殴られてボロボロになったあいつが、兄貴にボロクソに言われてるマヌケな姿」



 えげつない。今度こそサイラスさんに同情する。否、ほとんどは僕のせいだけど。


 しかし、お兄さんが止めにきたならば、サイラスさんが乱入してきたのは、やはり彼らの独断だったのだ。なにがしたかったのだろう。



「ちゃんと謝罪もさせたし、詫びのつもりで色々条件つけといたから、なんも心配しなくていいぞ」


「条件って?」


「昇格試験のやりなおしと、あのアホ連中をきっちりしつけなおすこと。あとはお前の身の安全の保障な」


「え……?」



 僕の身の安全の保障? どういうことだろう。


 首を傾げて考えていると、ふとカイルさんが真剣な表情をして近づいてきた。



「お前、なにがあったか全然覚えてねぇわけじゃねぇよな?」


「はい。ある程度は覚えてます」


「自分が『巨大化』したっつうのは?」



 頷いて肯定すると、カイルさんはミランダさんを見た。



「『巨大化』は、魔物学の中でも未知の領域なのよ」


「そうなんですか?」


「うん。文献を見ても、記述がびっくりするくらい少ないの。『巨大化』の逆、『小型化』ができる魔物はそれなりにいるけど。例えば、スティーヴさんちのノボリくんとかね」


「スティーヴさんちのノボリくん?」


「武器屋のおっさんの従魔」



 カイルさんが補足してくれて、納得した。


 あちらにも従魔になった魔物がいる件は、以前カイルさんから聞いた。しかし、武器屋はまだ一度も行ってないので、まだ会えていない。



「そもそも、『巨大化』できる子がほとんどいないんだと思う。必然的に膨大な魔力が必要になるはずだから」


「……そんなふうに貴重だから、目をつけられる可能性があるので、身の安全の保障を申し出てくれた、と?」


「そういうこと。全部ティムの提案だけどな」



 ティムさん、さすが。物知りな上に頭の回転も速いな。


 つまり、それがなければ、今頃僕は魔物研究のスペシャリストたちの手に渡って、実験体にされていたかもしれない。のんびりお茶を飲みながら話をするなんて、二度とできなかったかもしれないのだ。


 一人で戦慄していると、ミランダさんがカイルさんの隣にある椅子を引いて座り、テーブルに手をついて近寄ってきた。



「『巨大化』したとき、どんな感じだったか詳しく教えてくれない? うまくいけば、メカニズムについてなにか分かるかもしれないし」


「……でも、僕もなにがなんだか分からないんですけど」


「もちろん、覚えてる範囲でいいよ」


「分かりました。えっと……サイラスさんの魔法を食らったとき、真っ暗闇に閉じ込められたみたいになって、なんにも分からなくなって……気づいたら『巨大化』してました」



 カイルさんが眉を寄せて怪訝な顔をする。


 曖昧ですみません。いかんせん、初めての体験だったので。



「やっぱり……そうなのね」


「やっぱりって、なんだよ」



 ミランダさんはカイルさんの疑問には答えず、自分のカップに新しいお茶をいれた。



「そもそもの話だけど、魔法使いはどうやって魔法を使っていると思う?」


「それとこれと関係あんのかよ?」


「あるから聞いてるの」



 目を細めたカイルさんが、救いを求めるように僕を見る。



「……魔力を元にして、呪文を唱えて魔法を使ってるんですよね?」


「そうね。でも、どうして呪文一つで炎だの氷だの、自然のものを扱えるのかって不思議に思わない?」


「別に。そういうもんだと思ってたし」


「だよねぇ」



 ミランダさんが苦笑する。



「魔法っていうのは、魔力を自然物に変換する術なの」


「魔力を……自然物に変換?」


「そう。言葉では簡単だけど、実際やるってなると誰でもできるわけじゃないの。だから、ある程度魔力を持ってても、それだけじゃ魔法使いにはなれないのよ」



 目から鱗。漠然と、魔力が高ければ誰でも魔法使いになれるのだと思っていたけれど、必ずしもそうではなかったのか。



「素質がある人もいるけどね。ない人は、鍛錬次第で魔法が使えるようになる場合もあるって感じね。だから、持ってる魔力が高いと分かったら、ほとんどの人は魔法使いを目指すかな」


「そうですよね。魔法使いになれたらカッコいいですもんね」


「そうね。働き口も多いし」


「働き口?」


「そう。雷魔法と強化魔法は戦闘に特化した魔法だけど、炎と光と氷と、あと治癒の魔法。日常でも使う機会多いじゃない? 食べ物屋なんて特にそう。例えば……〈カモミール亭〉のハロルドさんと、〈パン屋ケルプ〉のザックくんとか」



 ミランダさんが、指を折りながら例を挙げて言った。


 どちらもよく行く店だが、〈パン屋ケルプ〉にザックなんて人はいただろうか? いつも応対してくれるのは女性だ。名前は確か、キャロルさんだったはず。



「ザックさん……って?」


「釜戸の番してる子。会ったことない?」


「ああ。知ってます。でも、ずっと釜戸の前に立ってて、集中してるみたいだから話しかけたらだめかなと思って」


「引っ込み思案で口下手なだけよ。今度話しかけてみたら?」



 引っ込み思案で口下手……コミュ障なのだろうか? だとしたら、話しかけるのは今までどおり遠慮した方がいいかもしれないな。


 とにかく、ミランダさんの解説のおかげで、この世界にとって魔法がどれだけ欠かせないものかよく分かった。火と光は言わずともがな人の生活には欠かせないし、氷は食べ物を長期保存するために必要。治癒魔法も、不注意でケガをしてしまう場合も多々あるし……ん? 待てよ。おかしくないか?



「魔法が魔力を自然物に変換するっていう仕組みなら、治癒魔法は? 自然物とは違う気がするんですが」


「ううん、同じよ。自然物って言うとややこしくなるけど、あれは魔法をかける人が元々持ってる自分の治癒力を引き出して、かけられた人に分け与えるっていう仕組みだから」



 なるほど。納得して、頷いた。


 横を見ると、退屈そうにどこか遠くの方向をぼんやり見つめているカイルさんがいた。いけない。二人で話しこんでいたせいで、カイルさんを置いてきぼりにしてしまった。



「カイルさん。ティムさんはどっちだったんですか?」


「……あ? どっちって?」


「素質――あ、いえ、生まれつき魔法使えてたんですか? それとも、鍛錬して使えるようになったんですか?」


「生まれつきだろ。初めて会ったときから火ぃ使えてたし」


「ティムくんは天才肌だからねぇ。たくさん努力もしてるみたいだし」


「口は悪いけどな」


 納得して頷いたのは、ミランダさんの意見に対してだ。カイルさんの余計な言葉は……納得、しかねるわけじゃないけれど。



「で? めっちゃ話それた気ぃするんだけど、『巨大化』の話はどうなった?」


「それてなんかないわよ。ちゃんと関係してるから」



 ミランダさんは、教師かなにかのように人差し指を立てて、続けて言った。



「魔法の中でも、一つだけ性質が違うものがあるの。それが……闇魔法」



 ミランダさんが、「闇魔法」と口にした瞬間、意味深な笑みを浮かべてこちらを見た。ぞわり、と背筋に寒気が走る。



「闇魔法は、魔力そのものを具現化しているの。だから、攻撃として使うにはその分多くの魔力が必要になるし、具現化するのだって並大抵の技術力じゃできない。だから、数少ない魔法使いの中でも、闇魔法が使えるのはさらに限られるってわけ」


「魔力そのものを相手にぶつけるってか? それが攻撃になんのかよ?」


「なるのよ。自分の魔力は、他人には害になるからね」


「……はーん。闇魔法ってのはようするに、毒をぶっかけてるみたいなもんなのか」


「まぁ、そういうこと……本当に、すっごい雑に言うとね」


「そんな強調しなくてもいいだろうがよ」



 カイルさんが、口元を若干引きつらせた。


 僕も、別の意味で引いていた。毒である他人の魔力を、あんな至近距離で浴びておいて、よく無事だったな。



「っていうわけで……マリネが闇魔法を受けたとき、それが刺激――トリガーになって、隠れていた魔力が一気に解放されて『巨大化』した、って考えれば自然ね。魔物は闇魔法の耐性があるっていう説もあるし、間違いないと思う」



 ミランダさんは、一人で納得している様子で二度ほど力強く頷いていた。


 闇魔法を受けて、隠れていた魔力が刺激されて一気に放出……確かに、納得できる。しかし、そうならなかった可能性もあったのではないか? 仮にいくら耐性があったとしても、消耗した状態で毒を浴びたのだから。


 自分の体をまじまじと見る。未だに、この体があの〈闘技場〉から頭が飛び出るほど大きくなったなんて、信じられない。ほんのわずかな時間、しかもうまく制御できていたわけではないけれど、それでもなれたのだ。あれこそ、僕が目指していた「クラーケン」そのものではないか。



「次は……っうまくコントロールできるようになります!」


「なにやる気出してんだよ」



 勘弁してくれ、と続けたカイルさんに頭をつままれて持ち上げられる。


 心配かけてしまったのはこちらとしても不本意だけれども、諦めないぞ。なんたって、僕の夢なのだから。

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