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オクトパス・クライシス! 〜異世界でタコに転生しました。しょうがないので伝説の魔物目指します〜  作者: 手羽本 紗々実(てばもと ささみ)
第2章 応用編

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25話 行動記録を振り返って今後に生かしましょう

 その日も、〈夜魔の歌声〉に部屋をとって休んだ。今日は二人部屋だ。



「俺、もう寝るから」



 ティムさんは、早々にこちらに背を向けてベッドに潜りこんだ。



「おー」


「おやすみなさい、ティムさん」



 挨拶をして、僕も寝支度をする。


 さすがにもう水を入れた金魚鉢の中では寒いので、これからはタオルを布団代わりにしている。ごわごわしていて寝心地はお世辞にも良いとは言えないけれど、寒さに凍えながら眠るよりはずっといい。



「…………」



 布団のように折りたたむだけで、僕専用の簡易布団の完成である。さっそく横になろうとしたところで、ベッドに仰向けになってぼんやりと天井を見ているカイルさんが目にとまった。


 そういえば、夕食時も妙に静かだった。やはり、なにかある。



「……なんだよ?」



 突然、カイルさんがこちらに顔を向けてきたので、返事をせずにとっさにタオル布団の中に隠れた。しばらくしてから、顔をのぞかせる。



「っ!?」



 目の前に、不機嫌に目を細めたカイルさんの顔が迫っていた。そのまま頭をつかまれて、目線の高さまで持ち上げられる。



「聞きてぇことがあんなら言えよ」


「いいい、いえいえ! なんでもないですっ」



 足をわしゃわしゃ動かして抵抗する。狼狽えてしまえばかえって怪しまれるとは分かっているけれど、どうしようもない。


 そのうち、カイルさんは諦めたのか、ため息をついて手を離した。そして僕は、テーブルの上に落下。いくつか吸盤が貼りついてしまったので、丁寧にはがしていく。



「ちゃんと話しといた方がいいな」



 カイルさんは頭を乱雑にかいてから、再びベッドに横になって天井を見つめた。



「いえ、そんな……無理なさらず」


「じゃあ、これは俺の独り言だ」



 僕は、ちらりとティムさんの方を見た。相変わらず、こちらに背を向けていて動きはない。



「俺とティムは、〈チコリ村〉ってとこの出身でな」



 そこは確か、ここ〈サントリナ〉の南の方向にある農村だ。



「俺は、親が死んでからは牧場で働いてたんだ。朝早くから夜遅くまでこき使われて、めちゃくちゃきつかったけど……たまの休みにティムと会って遊ぶのが好きだった」



 二人は幼なじみだったのか。会話の端々に、互いを知り尽くしているような感じがしていたのだが、それなら納得だ。



「モルファっつって……山で見ただろ? あれは棲んでる場所によって羽の色が違うんだ。村の周辺じゃ青色系統が珍しかったから、それ探すっつってあちこち出かけてたんだよ。ティムは昔から本読んでばっかで、なかなか外には出たがらなかったけどな」



 カイルさんに誘われるも、面倒臭そうな顔で拒否するティムさん。しかし、カイルさんによって強引に外に連れ出される……そんな姿が目に浮かぶ。



「で、よく近くの森に入ってたんだけど……そこで見つけたのが、ケガして飛べなくなってたロウルークだ」



 ロウルーク……とは、なんだろう。「飛べなくなってた」点から、鳥か虫の一種には間違いないだろうけれど。


 そのとき、カイルさんが一度目だけを動かしてこちらを見た。



「ロウルークってのは、鳥の魔物。体は黒で、尾羽だけ違う色になってる。人一人くらいなら乗せて飛べんじゃねぇかってくらいでけー奴もいるんだとよ」



 ようは、カラスに似た魔物といったところか。大きさは規格外らしいけれど。



「そいつは体も小さかったし、尾羽の色も……暗い灰色っぽい色で、とにかく目立たなかった。だからなのか知らねぇけど、他の仲間か別の魔物にでも襲われたんだろうよ。んで、俺が拾って連れ帰って、手当てして看病してやったんだ。牧場の親父にばれねぇようにこっそりな。結構大変だったんだぜ?」



 そう言いながらも、カイルさんは笑っていた。



「なんとか回復して元気になったから、元いた森に帰してやったんだけど……俺らが森に入ると、すぐに見つけてついてくるようになってなぁ。あいつのおかげで、ずっと探してた青い羽のモルファも見つかって、他の連中に自慢できたんだよ。気づいたら、ただの遊び相手っつうよりは、大事な仲間――いや、家族みたいな感じになってた。それが、ルイだ」



 カイルさんの言葉に、はっとした。その名前は、先日〈ネトルの森〉でレックスさんが口にした名前だ。



「ティムと二人で冒険者になるっつって村を出たときも、勘づいたルイがついてきちまってよ。危ない目に遭わせたくなかったから、なんとか森に残るように言ったんだけど、へばりついて離れようとしねー。しょうがねぇから、連れてくことにしたんだ。んで、〈サントリナ〉についてすぐにオリヴィアと会って、意気投合して『レジェンズ』結成ってなわけよ」



 感心していると、ふと、レックスさんの言葉が頭に浮かんだ。



(ルイのこと、まだふっきれてないんだろ)



 そして、つい先程のカイルさんの言葉、「最後まで」。


 それらが意味するのは、つまり。



「Cまでは、めちゃくちゃ順調だったんだよ。これはいけんじゃねぇかって、波に乗ってる感じがしてた。で……いよいよBの昇格試験ってときだ」



 直後、それまでにこやかだったカイルさんの表情が、突然ふっと消えた。



「騎士団連中の強さは、多少聞いてはいたけど……今まで戦ってきた魔物なんかとは比じゃなくてな。真っ先に守りが薄いティムがやられそうになって、俺が盾になった。それで俺も危なくなって……」



 カイルさん、いいです。もう言わないで。


 そう言いたかったのに、なぜか喉が詰まるような感じがして、声が出なかった。



「気づいたら、目の前に……黒い羽が飛び散ってて……ルイが、倒れてた」



 カイルさんは、暗く、低い声でそう言った。無表情のまま、天井を見つめている。


 その後、しばらくの間、部屋の中には静かに重い空気がたちこめていた。



「……結局、その試験も不合格に終わって……俺はしばらく、なんも考えられなかった。なんにもしたいって気に、なれなかった。正直、冒険者を続けたいとも思えなくて、パーティー解消も本気で考えてた……けど、それ言ったらティムとオリヴィアにめちゃくちゃ怒られてな。ティムなんて、胸倉つかんでめちゃくちゃ怒鳴ってた」



 カイルさんの気持ちを想像すると、胸が締めつけられるようだった。


 しかし、ティムさんが感情むき出しにして怒鳴るなんて、想像できない。なんて言っていたのだろうか。



「なんとか持ち直して、Bの試験は二回目で合格して……ルイのためにもSランクを目指し続けようって気になれて、今に至るってわけだ」



 最後、きれいにまとめたようではあるが、カイルさんの表情はどこか悲しそうで、晴れないままだった。



「俺ん中じゃ、ふっきれてたつもりだったんだけどなぁ……こないだ、レックスに言われて気づいた。まーだ引きずってたんだなってよ」



 カイルさんは足を上げ、反動をつけて起き上がった。



「いい加減忘れて、ちゃんと前見ていかねぇととは思ってんだよ……悪いな。こんな情けねぇ主人でよ」



 苦笑するその顔を見て、僕はたまらず顔を伏せた。タオル布団の横に置いた、カイルさんが作ってくれたがま口ポーチが目に入る。


 過保護なほどに僕を気にしてくれていたのは、そんな悲しい過去があったからだったのだ。


 体が、ひとりでにぶるぶると震える。一本の触手で拳を作り、爆発しそうになっている感情をなんとか堪えつつ、口を開いた。



「どうしてですか」


「うん?」


「なんで、忘れようとするんですか。いいんですか、それで」


「……いや……いいもなにも――」


「忘れるっていうことは! 全部失くすってことですよ!? 大事な思い出も、全部! いいんですかそれで!」



 抑えきれなくて、つい大きな声になってしまった。だが、もう構わない。


 一瞬目を見開き、続いてくしゃりと顔を歪ませたカイルさんに向かって、続けた。



「カイルさんがいつまでもつらいのは、無理に忘れようとしてるからです。だから、忘れちゃだめです。もっと聞かせてください。ルイさんの話。それでもし悲しくなったら、言ってください。僕も一緒に悲しみます」



 カイルさんが、歯を食いしばって顔を俯ける。



 こうなったら、なにがなんでも全部吐き出してもらうぞ。



「一人で苦しまないでください。僕の力はちっぽけだけど、少しでもカイルさんや皆さんの助けになりたいって、いつだって想ってますから」



 そう言った後、テーブルからベッドに飛び移り、顔を手で覆って見せないようにしたカイルさんのそばに近寄り、その手に触れた。



「そばにいますよ。あなたが望んでくれるなら、いつまでも」



 直後、頭の上に雫が落ちてきた。かと思ったら、体を持ち上げられて抱きしめられた。


 僕は一切抵抗せずに、震える息の音を間近で聞きながら、彼の気が済むまでじっとしていた。




 ◇◇◇




 翌朝、起きたらカイルさんの姿はすでになかった。見ると、宿屋の前で筋トレをしていた。


 僕は、寒さもあってか少々寝不足気味だった。寝ぼけ眼で宿の廊下を歩きながら、顔を洗いにいこうかどうしようかと真剣に悩む。冷たいだろうし嫌なんですけど……うーん。


 すると、前からすでに身支度をすませたティムさんが歩いてきた。



「おはようございます」


「…………」



 ティムさんは無言だった。


 低血圧なのか、起きてすぐの頃は話しかけてもほぼ無視される。よって、返事がなくてもそれはいつもの話なので、特に気にせずそのまま横を通り過ぎた。



「ありがとう」


「……へあ?」



 つい変な声が出た。足を止めて振り返る。


 ありがとう? 今、誰が言った?


 首を素早く左右に振って周囲を見回すも、僕とティムさん以外には誰もいない。そもそも、今の声は明らかにティムさんだった。


 嘘だろ。僕にはたいてい面倒臭そうな顔しか向けてこないあのティムさんが、お礼!?



「な、なにがですか?」


「カイルのこと。俺は……なにも、できなかったから」



 振り返った先にいるティムさんは、こちらに背を向けたままなのでどんな顔をしているのかは分からない。



「なにもしない方がいいとすら思ってた。なにを言ったところで、あいつの中で片づけるしかない問題だからって、言い訳して……ちょっと、見て見ぬふりしてた」



 少ししてから、ようやく昨晩の件だと気づいた。聞こえていた――というか、起きていたのか。



「情けないのは、カイルじゃなくて俺の方だよ」


「そんなことないですよ。ティムさんやオリヴィアさんがいなかったら、カイルさんはきっと冒険者をやめてましたよ。そしたら僕は、皆さんに会えなかった」



 そこで、ティムさんがこちらを振り返った。どこかぼんやりとしているようにも、悲しんでいるようにも見える顔をしていた。



「誰か一人のせいだとか、おかげとかじゃないんです。みんながいたから、よかったんです。そういうことにしませんか」


「……うん。そうだね」



 ふ、と息を漏らして、ティムさんが笑った。



「間違いなく、お前もその一人だから。これからもよろしく……マリネ」


「はい。喜んで」



 ティムさんはそう言うと、足早に立ち去っていった。僕の返事も聞こえていたか分からないけれど、特に気にせず歩きだした。



「よかったな」


「へっ? あ、オリヴィアさん……よかった、って?」



 角を曲がろうとしたら、そこにはオリヴィアさんが立っていた。なぜか、穏やかな笑みを浮かべている。



「ティムの奴、ようやくお前を名前で呼んだじゃないか。今までずっと意地でも呼ぼうとしなかったのに」


「え……あ」



 言われてみればそうだ。ティムさんには、名前で呼ばれた覚えがない。


 それってもしかして……もしかしなくても、僕を仲間として認めてくれたんですか!?



「私からも礼を言う。二人のこと、ありがとう」


「い、いいえ……いいえ! どういたしまして!」



 満面の笑みを浮かべるオリヴィアさんに元気よく返事をして、完全に目が冴えた。


 今日も一日頑張ろう。大好きなみんなのお役に、もっともっと立てるように。

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