20話 スキルの使い過ぎには注意しましょう
翌日、三日ぶりに〈薬のミョンミョン〉に顔を出した。
店主のケイティさんは、まず預かってもらっていたがま口ポーチを返してくれて、それから紅茶と焼き菓子数種類を出し、話を催促してきた。
今日の紅茶は、前にいただいたものとは違う種類である、ガラナだ。香りは強くなく、味もマイルドで甘い焼き菓子とよく合う。〈カモミール亭〉で定食を食べた後にも出てくるお茶だ。僕は、こちらの方が飲みなれているから好きだ。
「……っていうカンジです」
「そう。大変だったわねぇ」
ダンデレウスとレッドビーナの件は伏せて、主にポラートに遭遇した件を中心に、他にも色々な魔物と会った件を話した。ケイティさんは、ときどき相槌を打って興味深そうに聞いていた。
「あの山に棲む魔物は、凶暴な子が多いって聞いたことがあるから。マリネちゃん大丈夫かなって少し心配してたのよ。でもよかった。〈シルフィウム鉱山〉に行って帰ってこられるなんて。強いのねぇ」
「強いのはカイルさんたちですよ」
「そんな謙遜しないの。腕、たくさん伸ばせるようになったじゃない」
たくさん、というか、プラス一本だけですけどね。
褒めちぎるケイティさんの言葉が照れくさくてむずかゆくて、誤魔化すようにカップに顔をつっこむようにして紅茶を飲みほした。
「お店の方は大丈夫でしたか?」
「ええ。いつものことだから大丈夫。大口のお客さんも来なかったし」
そう言いながらも、ケイティさんは自分の肩を拳で叩いていた。肩こりか?
すかさず、彼女の後ろに回った。ぶよぶよな触手では肩たたきは効果なさそうなので、肩もみを。「あら、上手ね……」と言って身をゆだねてくれたので、正解だったらしい。
「マリネいる!? あ、いた! よかったぁ!」
そんなほのぼのとした空気を、勢いよく開いたドアの音が切り裂いた。やってきたのは、ケイティさんのお孫さんもとい、〈コーデリア商店〉のサラさんだった。
「なんですか、サラ。そんなに慌てて」
「ごめんなさい! どうしてもマリネが必要なの! ちょっと借りていい? いいよね!?」
そう言いながら、サラさんは誰の返事も聞かずに僕を持ち上げ、さらっていった。
呆気にとられ、わけを聞ける状態ではなかった。やがて到着した場所は、いわずもがな〈コーデリア商店〉。どうも、三日ぶりです。
サラさんは、店内の奥にある「関係者以外立入禁止」と書かれた扉の部屋に入った。どうやら倉庫らしく、ぐるりと囲んだ棚には所狭しと商品が並んでいる。すべてクジの非売品の景品らしい。
どんな商品があるのか興味があるが、それよりも気になるのは、足の踏み場もないくらい置かれた箱の山だった。
「これは……?」
「宝箱。いやー、まいっちゃった。後回しにしてて、すっかり忘れてたんだよね。んで、さっき依頼主から催促されたから、急ぎで鑑定しなきゃいけなくなったのよ。しめて十四箱」
「はぁ」
「君、鍵開けスキル持ってるんだよね? 手ぇ貸してくれないかな? ね? お願い! このとおり!」
サラさんが、目を閉じて顔の前で手を合わせ、懇願してきた。
「……僕、スキルのこと話しましたっけ?」
「カイルさんが自慢げに話してたのを聞いた」
なにしてんだ、あの人は。
ずっと欲しかったものが手に入ったら、人に言いたくなる気持ちは分からなくはないけれど。
「もちろん、謝礼ははずむからさ! 一箱五オーロで……全部開けられたらおまけで七十五オーロ! どうだ!」
「本当ですか?」
「本当です! 女に二言はない!」
なぜか腰に手を当てて、「出血大サービス!」と、言ってふんぞり返るサラさん。
五オーロなら、二箱で〈夜魔の歌声〉の一泊一人分の宿泊料になる。七十五オーロともなれば、三人で考えても二泊して余るほどの金額だ。冒険者割引がきくので他の宿と比べたらかなり割安とはいえ、毎日泊っているので馬鹿にならない。間接的ではあるけれど、やっとカイルさんが切望したスキルで役に立てるときがきたようだ。
「一箱五オーロ、全部できたら七十五オーロですね。分かりました。やってみます!」
「助かるー! 君ならそう言ってくれると思った!」
サラさんは、「じゃ、よろしく!」と言って、忙しそうに倉庫から出ていった。
宝箱が十四箱。こんなに一度に見つかるものなのだろうか。僕が加入してからは、一箱も見つかっていないのに。なんだか不公平だ。
文句を言っても始まらない。ひとまず、与えられた仕事をこなそう。
「……よしっ」
腕まくりをするふりをして気合いを入れて、まずは手前の箱に手をかけた。箱の上部をつかんで、レッツ『オープンザドア』。
開いた!
固く閉じた貝の殻を開ける要領でちょっと力を加えてみたら、案外簡単に開いた。むしろ、殻をこじ開けるより力はいらなかった。
そして、肝心の中身だが、その箱は空だった。
「ええ……?」
鍵がかかっているのに、空っぽとはどういうことだ? ありうるのだろうか。それとも、先に他の誰かが見つけていて、中身だけとって鍵をかけてまた同じ場所に戻した……なんて、性質の悪いことをする人がいるとか?
考えても、答えは見つからない。仕切りなおして、また別の箱に手をかけた。
中身が入っていたのもいくつかあったが、そのへんに転がっていそうな石とか、使い古した手袋や靴下などの装備品ばかりだった。あとは、鼻どおりがよくなりそうな香りを放つ草の束が入っていた場合もあった。先端部分が少し茶色く変色――否、枯れていたので、効能があるかどうかは疑問だが。
そういえば、前にティムさんが言っていたような。宝箱は、見つけてもろくな物が入っていなかった、と。つまり、そういうことだ。
これでは、宝箱ではなく単なる箱だ。もしくは、「びっくり箱(別の意味で)」に改名した方がいいと思う。
「ひぃ……」
最後の十四箱目を開けた頃には、触手が若干痙攣するほどになっていた。
タコも腱鞘炎になるなんて、驚きだ。一箱ずつ使う触手は変えていたのに。否、そもそも、こんなに一度にいくつも貝の殻をこじ開けるなんてありえないから、当たり前か。
すべて開け終えて、よたよたしながら倉庫を出て、サラさんに報告しにいく。
「サラさぁん……」
「はーい……って、ちょっと! 大丈夫!?」
サラさんが驚いて駆け寄ってくると、差し出してきた手につい寄りかかった。それくらいへとへとだった。
「大丈夫、です……あの……全部、終わりました……」
「本当に!?……本当だ! ありがとう!」
倉庫の中を確認したサラさんが、「じゃあこれ謝礼ね」と言って、お金が入っているらしい袋を差し出した。それを持ち歩く気力も残っていなかったため、がま口ポーチに全部入れなおしてもらった。
膨らんできたポーチ。今日の分も含めると、銀貨が合わせて三枚も入っている。カイルさんが見たら驚くだろうか……否、それ以前にカイルさんのところまで無事に帰れるだろうか?
「ごめん……! さすがに十四箱一度にやってもらうのはきつかったか」
「いえ……お役に、立てたなら、嬉しいです……」
「立ったに決まってるよ! 本当にありがとね!」
サラさんはそう言って僕を抱き上げ、「カイルさんのところまで送ってあげる」と申し出てくれた。助かった。
「おーいカイルさーん!」
「サラ……と、マリネ!? お前どうした!?」
サラさんがカイルさんを見つけたらしく、駆け寄っていく。彼女の腕の中にいる、ぐったりとしてとろけた僕を見つけたカイルさんが驚きの声を上げた。
「ごめんなさい。私の仕事手伝ってもらったんだけど、頑張りすぎちゃったみたい」
「お前の仕事って……重いもん大量に運ばせたとかか?」
サラさんから僕を受け取ったカイルさんは、眉根を寄せた。
「ううん。宝箱鑑定。十四箱」
「じゅ……!?」
言葉を失うカイルさん。やはり、尋常ではない数らしい。
「人の従魔になにさせてんだ! なんかいいもん入ってたんなら半分くらいよこせや!」
「ほとんどガラクタだったわよ! っていうか謝礼ならちゃんとあげたから!」
サラさんが僕の膨れたポーチを指す。再びカイルさんが驚いてぎょっと目を見張った。
「っていうわけだから! よく休ませてあげてね!」
「待てコラ! 回復薬飲ませてやるぐらいのことはしろ!」
「大丈夫! 明日まで休ませたら回復するって!」
サラさんは手を振って、逃げるように帰っていった。カイルさんはその背中に、「あの野郎……!」と言いながらも、追いかけはしなかった。
「マリネ、ホントに大丈夫か?」
「は、はひ」
「大丈夫じゃねぇな? すぐ宿とって休ませてやるから」
歩きだしたカイルさんに、稼いだお金を渡そうとしたけれど、「あとでギルドの銀行に預けにいかねぇとな」と言って、受け取ってもらえなかった。
前に僕を頑固と言っていたけれど、カイルさんも大概ですね。




