1話 キャラクターを選択しましょう
潮の流れに翻弄され、途中で漁師が仕掛けたらしき網にかかる危機をなんとか回避しつつ、海面に上昇。
一本だけ長く伸ばせる触手のおかげで、高い岸壁も簡単に登れた。これが、僕のスキルなのだろうか。
そして、とうとうやってきた、人のいる町。
「わあ……」
そこは、レンガ造りの建物が立ち並ぶ町だった。さながら西洋の町並みのようである。雨上がりなのか、地面にはところどころに水たまりがあり、降り注ぐ太陽光を反射していて眩しい。
日差しはあまり強くなく、空気がからっとしていて心地いい。季節で言えば、夏から秋に変わったばかりだろうか。一番ちょうどいい季節だ。もし夏真っ盛りだったら、まずは強すぎる日差しをいかに避けるかと、真剣に考えなければならなくなるところだったから。
とにもかくにも、念願の陸の上だ。深呼吸を一回。気分は悪くない。
なんの問題もなく陸上でも活動できる点を考えれば、やはりあの亀が言っていたとおり、自分は魔物なのだと確信した。
「うっ?」
しかし、動きづらかった。
触手の吸盤が、動こうとするたびに地面に貼りつくのだ。なんとか離れても、触手を下ろすとまた貼りつく。この繰り返し。
海の中、潮の流れに耐えるため岩盤などに貼りつくようにできている吸盤の吸着力は、半端ではない。とにもかくにも身動きがとれないと話にならないので、まずはうまく歩く方法を身につけないといけないようだ。
試行錯誤を繰り返し、吸盤に極力力が伝わらないように歩く方法を習得した。よし、完璧。まったく、陸の上のタコは大変だ。
見上げると、通りすがりの人間たちがこちらに奇異の目を向けながら歩き去っていく。町中にタコがいるのだから、当然だろう。
「なんだ、あいつ」
「魔物よ。気持ち悪い……」
聞こえてくる言葉も、決して好意的ではなかった。というか、「気持ち悪い」だなんて失礼な。
確かにタコは、外国では「デビルフィッシュ」なんて呼ばれて、忌避されている場合もあるくらいだから、分からなくもないけれど。そう考えれば、確かにタコは魔物になる素質があるのかもしれないな。
とりあえず、あまり人目につくのも問題なので、人気のない路地裏にでも行った方がよさそうだ。
「魔物はどこだ?」
「あそこよ。早く討伐して!」
いや、僕は人に危害を加えるつもりは――え? 今、「討伐」って言った? 言ったよな?
振り返ると、鉈を持った筋骨隆々の男が、こちらに向かって走ってくるのが見えた。
これは早々にピンチじゃないか!?
急いで路地裏に飛び込み、地面に擬態して身を隠す。案の定、追いかけてきた男は僕を見失い、しばらく辺りをうかがっていたが、まもなく立ち去っていった。
人の気配がなくなったことを確認してから元に戻って、一息ついた。一本の触手で額に浮かんだ汗をぬぐう。
危ないところだった。いきなり人間の生活圏に入りこんだのは、間違いだったのだろうか。だがしかし、今更海に戻りたいとは思えない。二本の触手を絡めて腕組みのようにして俯き、この先どうしたものかと頭をひねる。
「うーむ……」
「うーん……困ったなぁ」
そうなんだよ、困ってるんだよ……って、あれ?
女性の可愛らしい声がしたのでそちらを向くと、水色のエプロンドレスを見につけた金色のロングヘアーの女性が、僕と同じように腕組みをして考えこんでいた。どこかで見覚えのあるような姿だ。ここは不思議の国なのだろうか。
「まさか発注数の桁を間違えてたなんてなぁ……私としたことが……どうしよう」
ぶつぶつと独り言をいいながら、その場に小さな円を描くように歩きながら考えこんでいる女性。不意にこちらを向き、途端に目が合う。
「あら。可愛い」
女性は目を丸くしたが、すぐに笑みを浮かべてしゃがみこみ、こちらを覗きこんできた。先程襲ってきた男とは違い、妙に好意的な雰囲気を感じる。
「あなた、魔物よね?」
「そうです」
「えっ? 喋れるの?」
女性は、せわしなく視線を動かして僕を観察しはじめた。
こちらの言葉なぞ人間には通じないと思っていたが、どうやらそうではないらしい。
「へー。もしかして魔力が高いのかも……ねぇ、魔物さん。うちにくる気はない?」
「うち、とは?」
「魔物研究所っていってね、他にも色んな魔物さんがいるのよ」
「いえ、実験体にはなりたくないです」
「あはは。大丈夫だよ。痛いことも苦しいこともしない、安全な場所だから」
「…………」
「あれ、疑ってる? 本当よ? なんなら気の合う人とのマッチングなんかもやってるから」
「……まっちんぐ、とは?」
「従魔契約を結ぶ相手を探すこと。冒険者に付き従って一緒に戦ったり、薬とか食べ物を作って売るお店を経営したり……その人の職業にもよるかな。きっと楽しいよ?」
指を下りながら説明してくれた女性を、呆然と見上げた。
待て待て待て。冒険者? 一緒に戦う? それどんなRPG!?
混乱しながらも、必死に考えを巡らせる。
僕の目的は、「クラーケンになること」。そのためには、人と戦い、幾度となく命の危機にさらされて、乗り越える必要がある。
そうはいっても、だ。
まずは、安全な居場所を確保するのが最優先。先程のような目には、できればしばらく遭いたくない。
そうと決まれば、この状況を利用しない手はない。
「僕はクラーケンを目指してます」
「え? クラーケン……って、なに?」
「海の巨大な魔物です」
女性はクラーケンのことを知らないようだ。もしかしたら、この世界には存在しないのかもしれない。それはそれで好都合だ。
「そうなんだ。あなたは強くなりたいんだね?」
「そんなところです」
「だったら、冒険者になってパーティー組んでくれる人を探すのがいいかもね。お試しってことで、ひとまず来てみない? 無理強いはしないけど」
唐突とはいえ、目指すべき目標が定まったのでひとまず安心。笑顔で差し伸べてきた彼女の手に、触手の先を乗せたのだった。