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オクトパス・クライシス! 〜異世界でタコに転生しました。しょうがないので伝説の魔物目指します〜  作者: 手羽本 紗々実(てばもと ささみ)
第1章 チュートリアル編

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18話 難しいクエストに挑戦してみましょう⑤

 氷漬けになったダンデレウスは、僕が責任もって水の中に沈めた。氷に貼りついた吸盤が剥がれ落ち、痛くてつらかったけれど、「諸悪の根源」なのでせめてもの償いとして頑張った。剥がれ落ちた吸盤は、すぐに『自己再生』で復活できたから問題なし。


 その作業を終えてから、改めてダンデレウスと遭遇するまでのいきさつを説明した。



「これが落ちてたんです」



 別の触手で落とさないように大事に持っていた、滝つぼ付近で見つけた金貨を見せた。



「まさか、金貨か!?」



 カイルさんが素早く手に取り、目を丸くして太陽光にかざしながら見つめた。



「すげぇ……初めて見たぞ」


「なぜ金貨が滝壺に?」



 オリヴィアさんがそう言い、カイルさんとほぼ同時にティムさんへと視線を向けた。ティムさんは、気だるそうにため息をついた。



「たぶん、貴族の誰かが入れたんだよ」


「入れた?」


「この山には、いくつか伝説があるんだ。一番有名なのが、この〈ソレルの滝〉に女神アストラが降り立って水浴びをするっていう話」



 面倒だと言いながらも話してくれたティムさんによれば、「女神アストラ」とは、キャラウェイ王国で広く信仰されている宗教「アストラ教」の神様だそうな。


 年に数回、定められた日には殺生を一切行ってはならないとか、厳格なルールが色々あるが、王族や貴族のみならず、庶民にも熱心な信者がいるそうだ。



「つまり、金貨を投げ入れてお願いをすれば叶うっていう言い伝えがあるわけですか」


「イカれてんな。願掛けするためにわざわざこんなとこまで来るなんてよ。絶対叶う保証があるってんならまだ分かるけど」


「……もしかしたら、それだけじゃないかもしれない」



 ティムさんがそう呟いて、滝つぼのあたりを見つめた。



「それだけじゃないって?」


「『ここにダンデレウスがいた』ってところがずっと引っかかってるんだよ。あいつは、暖かい海を好む性質のはず」



 暖かい海? ここの水はとても冷たかったぞ。



「魔物は基本的に繁殖力と適応力が高いから、どこにいたって不思議じゃない。けど、そもそも海にいるはずの奴がこんな山奥にいるっていうのが不自然すぎる」



 ティムさんは滝を見つめながらしばらく考え、不意に僕を見た。



「ねぇ。他になにか気づいたことはないの?」


「気づいたこと……」


「金貨を見つけて、俺らに見せようとしたのはいいよ。それで、どこからダンデレウスが出てきたのさ?」


「後ろからなので、滝の裏ですね」


「滝の裏?」


「はい。あっちの方はとても暗かったので、もしかしたら洞窟かなにかがあるのでは?」



 三人が顔を見合わせた。


 そして、僕の仮説を確かめるため、全員で滝のそばへと移動した。



「あるな。洞窟っぽい入り口が」


「嘘だろ……びしゃびしゃになるじゃん」



 滝のすぐ裏の岩肌に、洞窟の入り口があるのが見えた。高さはカイルさんの肩あたりまでしかない。


 顔をしかめたティムさんの言うとおり、すぐそばに滝があり、流れる水の一部が岩に当たってはね返って飛んできているので、そこを通れば水しぶきをもろに受けそうだ。



「嫌なら留守番しててもいいぞ」


「行くよ。お前らの杜撰な報告だけで疑問が解決するとは思えない」


「んだとコラ!」



 また喧嘩になりそうな雰囲気になったが、今度はきちんとオリヴィアさんが間に入ってなだめて事なきを得た。



「肩に乗らせてもらえれば、腕を伸ばしてガードできますよ」


「……いい。お前の感触、気持ち悪いから」



 よく平気だよねカイルは、とティムさんが続けて独り言のように呟いた。僕の心にグサリと矢のようなものが突き刺さる。


 そして結局、いつものとおりカイルさんとプラスで肩に乗った僕を先頭に、洞窟内へと入った。入り口で水しぶきを浴びて濡れながらも、頭をぶつけないように慎重に進む。


 やがて、開けた場所に到達した。



「お……!? なんだよここ!?」



 カイルさんが驚くのは、もっともだった。


 真っ暗かと思われた洞窟内だが、視界の確保に困りはしなかった。自ら発光している石が無数にあって、それが内部を照らしているからだ。地面だけでなく、壁や天井に埋まったものもたくさんある。



「本当だ……すごいな」


「……鉄鉱石もあるけど、ほとんどが宝石だね」


「宝石って、自分で発光すんのかよ?」


「本来はしないけど、純度が高くて含んでる魔力が多いからじゃないかな」


「こんなにたくさん……奇跡の光景だな」



 カイルさんとオリヴィアさんは、同じように口を半開きにして圧倒された様子で周囲を見回している。ただ一人、ティムさんだけは目を細めて険しい表情をしていた。



「……なんか、分かったかも」


「なにが」


「川の中を見てみなよ」



 ティムさんが顎を前に動かして、洞窟内の川を指した。川は、ずっと奥まで続いているが、滝の向こう側と比べれば、幅は狭くなっている。まさか、ここにあの巨大なダンデレウスが潜んでいたのだろうか。だとしたら、相当窮屈だっただろうに。



「……ちっさい魚がいっぱいいるな」


「鱗に赤い斑点……まさか」


「レッドビーナだよ」



 ティムさんが名前を言った瞬間、オリヴィアさんが顔をしかめた。


 川の中には、ぽつぽつと赤い点のようなものが見えた。それはただの点ではなく、小さな魚だと分かった。


 カイルさんと僕は、二人が困惑している理由が分からず、そろって首を傾げた。



「レッドビーナも危険な魚なんだ。近づいてきたものに反射的に食いつく習性があって、指を食いちぎられる事故が過去に何件も発生していると聞いた。だが、本来は濁った川か湖に棲んでいるんじゃなかったか?」


「たぶん、誰かがここに放流した――いや、むしろ捨てたって言った方がいいかもね。ダンデレウスと一緒に」


「はぁ!?」



 カイルさんの叫び声が、洞窟内に反響した。


 あっさり言ってのけるティムさんの言葉に、恐怖を感じた。



「捨てた、とはどういうことですか……?」


「レッドビーナもダンデレウスも、王侯貴族の間で一時期観賞用として飼育するのが流行ってたんだよ。けど、さっきオリヴィアが言ったとおり、レッドビーナはなんでも食いつく面倒な習性があるし、ダンデレウスは幼魚のうちはそんなに大きくないけど、大人になるといっきに巨大化する。王侯貴族といえど、飼うのが難しくなって手放さざるをえなくなる」


「手放すって……そこらの池にでも捨てたってのか!? そんな迷惑な話あるかよ!」


「だから、それが原因で騎士団総出の大規模な掃討作戦が行なわれたんだよ。レッドビーナは小型だから、噛まれないようにさえすれば問題なし。ダンデレウスは捕まえて動けなくした状態で陸に放置しておけば……そのうち衰弱して死ぬ」



 なんてむごい。いくら厄介な魔物だからといって、それは人間側の都合にすぎないのに。


 全員そろって言葉を失い、顔を俯けていた。カイルさんが奥歯を強く噛みしめる音が、かろうじて聞こえた。



「魔物を飼っている者が、許可なく野生に返すことは固く禁じられているからな……捨てたところを誰にも見られないように、ここを選んだのか」


「いや、それはちょっと違うんじゃないかな」



 ティムさんが少し歩いて、壁に生えている光る石に手を伸ばし、もぎとった。


 え? そんな簡単に取れちゃうものなんですか!?



「違うって、なにがだよ」


「確かに元々は捨てるのが目的だったんだろうね。けど、ひょんなことからこの場所を見つけた……カイルならどうする?」


「どうってそりゃ、こんだけ宝石があんなら採れるだけ採って――って、おいまさか……!」



 カイルさんが目を見開かせる。それに対し、ティムさんが無表情で頷く。



「誰かがここの宝石を独り占めするために、他の奴らを近づけさせないためにこいつらを捨てたのか!?」


「ただの推測だけど、可能性は十分あると思う」



 愕然として、僕はカイルさんの肩から下りて水の中をそっと覗きこんだ。



「……レッドビーナは、ダンデレウスのエサになるんですか?」


「ならないだろうな。薄っぺらい体で、肉はほとんどついていないから」



 オリヴィアさんが眉を垂らして答えてくれた。


 あのダンデレウスは、終始「食い物」とばかり言っていた。誰彼構わず襲う性質をもっている点もあるだろうが、腹を空かせていたのは事実だろう。


 こんな、冷たくて狭い川の中、ろくに食べ物もない状況で生きるのを余儀なくされるなんて。門番みたいに扱うのなら、せめて十分な食事を与えてやるべきなのに。いくら魔物でも、命あるものには違いないのに。



「……ぶちまけようぜ」


「は?」


「見たこと全部、町でぶちまけるんだよ。ここの宝石を山ほど持って帰れば、信用する奴らはいっぱいいるはずだろ」


「……ぶちまけて、どうするの? かろうじて生きてたダンデレウスやレッドビーナは狩られて終わりだけど」


「それでも、ここでずっと苦しい思いして生きるよりはましだろ!」


「こいつらが苦しい思いをしてるかなんて分かんないだろ。いつから魔物の気持ちが分かるようになったのさ?」


「……っじゃあお前は、見て見ぬふりするってのかよ!?」


「そうするしかないって言ってんだよ! 俺らにはこいつらを救う力はないだろ! パトロンもいない、平民の俺らには!」



 カイルさんがティムさんの胸倉をつかんで持ち上げたが、即座に反論される。苦々しげに表情を歪ませたカイルさんは、それ以上言葉を返せずに、沈黙して手を離した。


 ここでも、身分が物を言うのか。身分が高い者は、魔物の命を好き勝手に扱っていい。そんな非道が許されていいのだろうか。


 しかしそのとき、ある考えが頭に浮かんだ。



「Sランクの冒険者なら……」


「は?」


「カイルさん、前にSランク冒険者パーティーのこと、話してくれましたよね。その人とお知り合いなんですか?」


「何度か手合わせしたことはあるけど、それがなん――っそうか、それだよ! あいつなら……レックスに話せばなんとかなるかもしれねぇ!」


 カイルさんが叫ぶと、オリヴィアさんも目を輝かせた。しかし、ティムさんだけは表情が冴えないままだ。



「会いたいと思っても、簡単に会える相手じゃないだろ。今どこにいるか知ってんの?」


「なにがなんでも探しだせばいい」


「あのさ――」


「俺は!……見つけた宝を独り占めするために、こいつらを飼い殺しにしてる卑怯なとこが許せねぇんだよ。それ知っておいて、見て見ぬふりなんてできねぇんだよ。だから、こっからは俺が自己責任でやる。お前らはなにもしなくていいから」


「僕もできることはします! だから、僕からもお願いします」



 カイルさんは、眉根を寄せて真剣な表情でまっすぐティムさんを見た。僕も頭を下げた状態で、返事を待った。



 長い沈黙が続き、やがて誰かが息を長く吐く音が聞こえた。



「……冗談じゃないよ。お前らに任せたら、なにやらかすか分かったもんじゃない」



 顔を上げると、ティムさんはふてくされたように口を尖らせて、そっぽを向いていた。



「ありがとな。知恵を借りるかもしれねぇから、そんときは頼む」



 ティムさんは、カイルさんの言葉に返事のかわりにため息で応えた。その後、カイルさんはオリヴィアさんと顔を見合わせて頷きあった。



「で、ここの宝石はどうするの?」


「持てるだけ持って帰る。交渉材料とか、なんにでも使えるだろ」



 カイルさんはそう言いながら、荷物から予備の麻袋を取り出して、あちこちにある宝石の原石を詰めこんでいった。遅れて僕も、天井など高い位置にあるものを中心に、二本の触手を伸ばしてもぎとり、運んでいった。


 Sランクの冒険者とは、どんな人なのだろうか。早く会えるといいのだけれど。

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