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オクトパス・クライシス! 〜異世界でタコに転生しました。しょうがないので伝説の魔物目指します〜  作者: 手羽本 紗々実(てばもと ささみ)
第1章 チュートリアル編

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17話 難しいクエストに挑戦してみましょう④

 西回りのルートは、とても平和だった。当然魔物にも遭遇したが、人間を見かけたら逃げていくものや、自ら襲いかかってはこないものばかりだった。


 鹿に似たテオラの他に、綿のように柔らかそうな白い毛で覆われた、ヒツジに似た初出の魔物もいた。顎の毛がひげのように伸びているところは、ヤギにも似ていた。名前はマシュデル。


 ヒツジと同様に、毛を刈って衣類の材料にされるらしいが、襲われると仲間を守ろうとして集団で突進してくる危険性もあるらしい。



「マシュデルも美味いぞ。少し癖があるから、好みが分かれるらしいが」


「ドロン虫ほどじゃないけどね」



 ティムさんの発言に、それを苦手とするカイルさんがびくりと体を震わせる。ティムさん、わざとですか。


 昼食を終えたばかりだったので、狩りはしなかった。〈カモミール亭〉でメニューにあるらしいから、お金が貯まったら頼んでみようか。


 川の近くでは、薄いオレンジ色のカエルに似た魔物もいた。名前はメンチで、体格は僕より一回りほど小さいくらいだ。カエルにしては大きいが、あれでも幼体だそうな。



「メンチは体内に毒をためている器官があるから、きちんと処理しないと危険なんだ。捕まえるのはやめておけ」



 背後から忍び寄って捕まえようとしたカイルさんが、オリヴィアさんに注意されて素早く引き返した。大人しくじっとこちらを見つめるメンチに見送られて、先を進む。


 やがて、開けた場所に到達した。かなりの高低差がある滝があり、水が落ちる大きな音が聞こえる。



「ここですか?」


「ああ。〈ソレルの滝〉だ」



 今回の目的地である、〈ソレルの滝〉に着いたようだ。魔物の姿はなく、聞こえてくるのは滝から流れる水の音以外はほとんどしなかった。


 辺りを見渡すと、滝のそばに明らかに人工的に造られた木の台と、その上に置かれた透明な玉があるのに気づいた。二合目から四合目の入り口にも似たようなものがあったが、あれに触れるだけで麓まで一瞬で戻れるのだ。この世界の魔法の発展具合は素晴らしい。


 カイルさんの肩から下りて、水面に近づいた。透明度が高くて、水の底まではっきり見える。底はそれほど深くない。



「ちょっと泳いできてもいいですか?」


「いいけど、あんま遠くまでいくなよ。あと、滝の下は危ねぇから――」


「子供じゃないんで分かってます」



 カイルさんの子供に言い聞かせるかのような口調に、頬をふくらませて憤慨し、水の中へと飛びこんだ。


 前から薄々感じてはいたけれど、カイルさんは僕に対して少し過保護ではないだろうか。従魔なのだから、もっと色々命令してもいいようなものなのに……いや、人使いならぬ魔物使いが荒いよりはましか。


 水は、とても冷たかった。険しい山の五合目にある滝の水だから、当然か。冷たい水は苦手だが、せっかくなので色々探索してみたい。我慢だ、我慢。


 水流に身を任せつつ、水底に足がつくと流れに逆らって歩いた。底の方は意外と流れが緩やかで、割と歩きやすい。


 ゆらゆらと揺れる様々な水草。穏やかな気持ちになりつつも、一方で魚類などの生き物をちっとも見かけない点に若干の不安を感じていた。水がきれいすぎるから? 否、そういう環境を好む水生生物はたくさんいるはずだ。


 だんだんと流れが激しくなったところで、滝の下近くまできたのだと気づく。奥は、光が届かなくてかなり暗いのだが、視線の先に光るなにかが落ちているのが見えた。



「わあ……」



 精巧な円形。一センチほどの厚み。横を向いた誰かの顔が彫られていて、陸から注ぐ光に当てると、金色に輝く。


 金貨だ。


 なぜこんなところに落ちているのだろう。誰かが落としたのか?……金貨を持っているような人が、わざわざ危険を冒してうじゃうじゃいる魔物を避けて五合目まで登って、落とした? そんな馬鹿な。


 とりあえず、カイルさんたちに見せてみよう。頭脳明晰なティムさんなら、推測でもなにか納得できる理由が思いつくかもしれない。



「……ん?」



 金貨を持って陸に上がろうとしたとき、背後から影が迫ってきた。途端に、背筋に悪寒が走る。いけないと思いつつも、振り返った。



「食い物ー!!」


「ぎゃー!?」



 サメのような巨大な魚が、鋭い牙が並ぶ口を大きく開けた状態で迫ってきた。僕なら一瞬で一飲みにされてしまうほどでかい。


 嘘だろ! なんでこんなでかい魚がいるんだよ!?


 パニックになりながらも、触手を全力で動かして逃げる。相手の泳ぎはそんなに速くはないけれど、ひとかきで進む距離が競泳選手並みに長く、すぐに追いつかれてしまう。


 僕は素早く振り返り、巨大魚の目のあたりを狙って墨吐き――『ブラックアウト』のスキルを使った。


 しかし、



「食い物!!」



 漂っていた墨がなくなって視界が戻ると、巨大魚はまたすぐに襲いかかってきた。混乱している様子はない。


 そんな。まさかの効果なしなんて! 万事休す!



「うぎゃー!!」


「マリネ!?」



 逃げて水上に跳ね上がっても、巨大魚はしつこく追いかけてくる。カイルさんが驚いてこちらに駆け寄ろうとしたのを見たところで、重力に従ってまた水中に戻った。


 カイルさんなら、きっとこんな魚も一刀両断にしてくれるはずだ。そうでなくとも、遠くから弓矢で攻撃できるオリヴィアさんと、魔法攻撃ができるティムさんもいる。


 でも。



「……っ!」



 脳裏に、朝一番でポラートに襲われたときの光景がよぎる。


 自分のせいで三人を危険にさらすなんて、絶対にあってはならない!



「頑張れマリネ! こっちだ!」



 カイルさんの叫ぶ声が聞こえる。臨戦態勢に入ったようだ。だが、それには及ばない。


 いくら魔物で大きさが規格外とはいえ、魚と似た体では陸上には長くいられないはずだ。いくぞ、「ちぎっては投げちぎっては投げ戦法」!


 振り返って、追いかけてくる巨大魚と向き合う。そして、触手を二本伸ばして奴の体に巻きつけた。



「ほいやーっ!!」



 捕らえた巨大魚を、抵抗されるより早く力いっぱい陸に向かって引きずりだす。陸に出たところで、頭を下に向けて地面へと叩きつけた。


 倒すのは無理でも気絶させられたら、と思ったけれど、それでもまだ巨大魚はその場で跳ねていた。その勢いを音で表すと、ピチピチなんて可愛い音ではなく、ガンガンとでもいうべき激しい音で、地面が抉られていくほどだった。


 どうしよう。「ちぎっては投げちぎっては投げ戦法」も効かないのか。それとも、もう一発必要か!?



「ティム!」


「〈氷よ、閉ざせミチェーリ・ウヴェール〉!」



 ティムさんが、呪文を唱えて『アメジストの杖』を振るう。直後に強烈な冷気が暴れる巨大魚を襲い、たちまち凍りついた。そうして、ようやく動かなくなった。


 あちこちがひび割れて抉られた地面が、奴の凶暴さを物語っているようだった。



「マリネ、大丈夫か!?」


「は、はひ。僕は大丈夫です」



 緊張が一気にとけたせいか、変な返事になってしまった。水面に浮きあがっていた僕の体をつかんで持ち上げたカイルさんは、僕にケガがないかどうかを確認しているのか、あちこち見回して、それから大きく息を吐いた。



「よかった……いや、冗談なしでちびるかと思ったわ」


「すみません……! ご心配とご迷惑をおかけしました」


「もう気にすんな。つーか、あんなでけー魚をたった二本の腕でぶん投げるなんて、お前やっぱ強いな」


「えっ? 二本……?」



 カイルさんに言われて、気づく。そういえば僕、無意識に二本の触手を伸ばしていたな。長く伸ばせるのは一本だけのはずなのに……え? 本当に!?


 自身の触手をまじまじと見つめ、少しだけ伸ばしてみる。確かに、同時に二本伸ばせるようになっていた。やった! 進化したみたいだ!



「やっぱ強いな、じゃないだろ」



 喜びを打ち消すようなドスの利いた声がして、振り向く。


 ティムさんが、眉間に深い皺を刻み、邪悪なオーラを身にまといながらこちらを睨みつけている。



「こんな危険なやつを引き寄せるなんて、なに考えてんの? 魔法が使える俺がいたからよかったものの、そうじゃなかったら終わってたよ」


「うぐっ」



 ティムさんは僕の頭を片手でつかみ、力を込めた。痛くはないのだが、彼の発する邪悪なオーラにより縮みあがった。



「こ、これは……どういう魔物なんでしょうか……?」


「ダンデレウス。近くに寄ってきたやつを見境なく襲う凶暴なやつだよ。鱗が鋼鉄の鎧並みに硬いから、物理系の攻撃は一切効かないんだ。倒すなら雷魔法が一番有効なんだけど、生憎そっちは不得手でね」



 鋼鉄の鎧並みの強度の鱗か。だから、僕の吐いた墨が効かなかったのか。


 納得できたのはいいけれど、イライラした声色でまくしたてるティムさんの手に、さらに力がこもって僕の頭がへこんでいく。軽く八つ当たりのような気もするのだけれど。



「そんなおこんなよ。マリネが陸まで放り投げてくれたから、お前の魔法がうまく当てられたんだろうが」


「そもそもの問題だっつってんの。こいつがダンデレウスを引き寄せたりしなければ、危険な目に遭わずに済んだ」


「引き寄せなくても、どの道かち合ってた可能性はあるだろ。至近距離から急に襲われるよりましじゃねぇか」


「……お前、なんでそんなに諸悪の根源を庇うの?」


「諸悪の根源とか言うんじゃねーよ」



 カイルさんとティムさんが睨みあい、火花を散らせている。間に挟まれている僕すなわち諸悪の根源は、謝るタイミングを完全に見失い、項垂れるしかなかった。


 そんな、胃が締めつけられるような緊張感の中、オリヴィアさんが口を開いた。



「そうか……これが、『教育熱心で厳しい父と過保護な母』か」


「誰がだよ!!」



 カイルさんとティムさんの声が仲良くそろった。


 ごめんなさい、オリヴィアさん。それは火に油を注いだだけです。

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