14話 難しいクエストに挑戦してみましょう①
準備は、その日のうちに終わらせた。
カイルさんに作ってもらったがま口ポーチは、〈薬のミョンミョン〉のケイティさんに預かってもらえた。数日来られなくなる件を報告がてら申し出たら、「大事に預かっておくね」と言って快諾してくれたのだ。
日が昇ってまもなくの早朝。僕らは宿屋を出て、出発した。
いざ行かん、キャラウェイ王国最高峰・〈シルフィウム鉱山〉!
麓までは、馬車で移動する。乗るのは初めてなので、少しわくわくしていた。今まではお金がかかるから利用せずにいたようだが、さすがに〈シルフィウム鉱山〉へは徒歩ではきついらしい。みんなで一生懸命金策していた理由がここにもあった。
「今回の目的は、五合目にある〈ソレルの滝〉までだ」
カイルさんは、手配した馬車の中で地図を広げ、バツ印が書かれた場所を指さして言った。いつもの半袖長ズボンのラフな格好――冬手前までこの格好だそうな――とは違って、登山用の厚めの生地の長袖長ズボン姿で新鮮だ。
「宝石はどれくらい手に入るか分からねぇけど、そっちはついでってことでな」
「期待するだけ無駄だよ。まぁ、よくて鉄鉱石がいくつか手に入るかどうかってくらいじゃない?」
「俺が言うのもなんだけど、もうちょっと夢見てもいいんじゃねぇかなティムくん」
「期待するだけ無駄」
「二度も言うんじゃねぇよ!」
今日も二人は通常運転で楽しそうだった。その様子を、オリヴィアさんと並んでぼんやりと見つめた。
そうこうしているうちに、外の景色が変わってきた。
森に入ったらしく、単調なレンガ造りの建物ばかりの景色から、赤や黄色、茶色などにそまった木々が立ち並ぶ景色に変わっていた。眺めていると、まるで紅葉狩りをしているような気分になれて、楽しくなってきた。
時間にして、一時間はたっただろうと思われる頃、ようやく馬車が停まった。カイルさんの肩にしがみついて馬車を下りると、目の前に紅葉した木々と丁寧にならされた山道が伸びている。この先が、〈シルフィウム鉱山〉か。
「よっしゃ。いっちょ行くか!」
表情を引き締めたカイルさんが、意気揚々と先頭に立って歩きだした。レジャー施設にでも行くときの子供のようだ。
僕を肩に乗せたままだったので、触手でカイルさんの頬に触れて呼んだ。
「一人で歩けますよ」
「お前、一応魚類だろ? 山道は慣れてねぇんじゃねぇか?」
「そうですけど……」
「気にすんな。むしろお前がいるといい負荷になるんだよ。さすがに魔物出てきて戦闘になったら下りてもらうけどな」
「……分かりました。疲れたら言ってくださいね、すぐ下りますから」
「はいはい」
生返事。言う気ないな。
「まぁ、魔物出てきてもこの辺りならまだ全然余裕――」
カイルさんが言い終わる前に、目の前の木からなにかがぼとりと落ちてきた。粘着質のある液体の塊のようなものに、目と口がついている。
これぞ、ザ・魔物。スライムだった。
「#※@*$%っ!?」
ゆっくりと視線を落としたカイルさんが、それを見た瞬間意味不明な悲鳴を上げ、後方に跳んでティムさんの後ろに隠れた。
「……いい加減慣れろよ」
「無理なもんは無理なんだよっ!!」
カイルさんは涙目になりながら、ため息をつくティムさんに訴えた。
なるほど。カイルさんはスライムが苦手なのか。確かにあれは、固体よりも液体に近いので、剣の攻撃は効きにくいのかもしれない。RPGでは、最弱の魔物としてばっさばっさと斬り倒されているけれど。
とにもかくにも、ご主人様のピンチらしいので、僕がいくべきだ。カイルさんの肩から下りて、ぶよぶよと体を揺らせるスライムに近づく。
「お、おいマリネ! やめろ危ねぇぞ!」
カイルさんの制止を無視して、スライムの目の前に移動した。きれいな円形の目をじっと見つめる。
「あなた、どういうつもりですか。僕のご主人様を驚かせて楽しいんですか?」
「…………」
スライムからの返事はない。当然か。
「大体、たまたまカイルさんはあなたが苦手だったので成功したかもしれないけど、ホントなら剣の錆になってるところですからね。不用意に姿を見せたらだめです。ちょっとは慎んだらどうですか。自分の身を大事にしてください」
「…………」
「聞いてますか?」
そう言ってさらに顔を近づけると、スライムは体をぽよぽよと揺らし、茂みの中に逃げていった。
なんだよ。都合が悪くなったら逃げるなんて。絶対人の話聞いてないな。
「おお……! マリネが追い払った!」
納得がいかなかったけれど、カイルさんに笑顔が戻ったようなのでよしとするか。
「戦うんじゃなくて説教して追い払う……いや、ある意味攻撃か?」
「真面目に考察しなくていいから。さっさと行くよ」
ティムさんが、腕組みをして言ったオリヴィアさんをたしなめ、しがみついていたカイルさんの腕を振り払い、先に歩きだした。
それ以降は、まあまあ順調だった。二合目――山道の入り口までワープできる最初のポイントまでは、魔物らしい魔物にはほとんど遭遇しなかった。スライムが数匹出てきたくらいで、そのたびに僕やオリヴィアさんが対処した。ティムさんは相変わらずやる気がない。
「スライムばっかでもううんざりだ……」
一合目と二合目の境のあたりで一旦休憩に入ったのだが、水筒の水を飲んだカイルさんはどこかぐったりしていた。この調子で、五合目までもつのだろうか。
「魔物とはあんまり会わなかったですね」
「そこが罠なんだ」
周囲の警戒を怠らず、視線をあちこちに向けていたオリヴィアさんが、ようやく腰を下ろしながら言った。
「魔物が出るから危険、という前評判を聞いてから山に入った者は、一合目で油断する。この調子なら余裕でいけるのではないかと」
「この先は違うんですか?」
「ああ。宝石が手に入るのは、この先の方がうんと確率が高い。となると、魔物が出る確率も比例して高くなる」
「……宝石が手に入りやすいから、魔物もよく出る?」
「魔物の中には、宝石に込められた魔力を好む奴が多い……で、合っているよな、ティム」
「そう。こっちが採取した宝石を奪うために襲ってくる奴もいるらしいから、ちょっとめんどくさいんだよな」
ティムさんが大きなため息をついた。
宝石に魔力が含まれていたなんて、知らなかった。となると、ティムさんが持っている『アメジストの杖』のような宝石付きのものは、ただの豪華な武器ではないのか。「ちょっとめんどくさい」程度で済めばいいのだが。
「んじゃ、そろそろいいか? 気を取り直していくぞ」
「気を取り直す必要があるのはお前だけだと思うけど」
「うるせぇな!」
カイルさんが手を差し出したので、しぶしぶその手に乗った。まだ僕を乗せたままで行くつもりらしい。
だが、カイルさんがちょうど踵を返したそのとき、目の前の茂みが音を立てた。途端にカイルさんが体をこわばらせる。
「……大丈夫だ。害はない」
カイルさんの横から顔を出したオリヴィアさんが、小さめの声で言った。
音の原因は、夢中で草を食べている動物だった。頭に太くて長い角を生やした、薄茶色を基調とした体毛に覆われている。鹿か?
「なんだ、テオラかよ」
「ておら?」
「あの魔物の名だ。大人しい性格で――今のように、人の姿を見たらすぐに逃げる」
オリヴィアさんが解説している途中で、テオラと呼ばれた鹿はこちらに気づいて、一瞬だけ目を合わせると一目散に逃げていった。
魔物の中にも、あんなふうに大人しくて臆病なやつもいるのか。少し意外だ。
「怒ったらものすごい勢いで角振り回して攻撃してくるけどね」
「え?」
ティムさんの補足を聞いて、オリヴィアさんを見ると、彼女は引き締まった表情で頷いた。
「そうだな。とにかく、警戒を怠るなよ」
「分かってる。『テオラのそばにルルフェンあり』ってな」
「……るる? なんですか?」
「ルルフェン。テオラを捕食する凶暴な魔物だ。テオラがいる地域にはルルフェンも確実にいるとされているから、ようは油断大敵という意味の教訓だな」
「凶暴……大きな魔物なんですか?」
「そこまで大きくはない。群れで生活する魔物で、連携して集団で襲ってくるから危険なんだ。〈アルカネット遺跡〉で遭遇した魔物を覚えているか? あれもルルフェンだ」
「大勢いた方ですか? それとも、最後に出てきた二つの頭がある方ですか?」
「両方だ。いずれも変異種だろう」
大きいじゃないですか。
一人で戦慄していると、オリヴィアさんは「あそこまで大きいものは相当珍しいんだ」と補足した。
「今日はよく喋るね、オリヴィア。お前もカイルみたく興奮してんの?」
「そうだな。ここは魔物が多いし……故郷を思い出すからかもしれないな」
未だやる気が出ない様子でのろのろと立ち上がったティムさんに対し、オリヴィアさんは苦笑した。
「オリヴィアさんの故郷って、どんなところなんですか?」
「〈リコリスの森〉という、樹齢数百年レベルの木ばかりが自生する深い森だ。〈サントリナ〉からだと、まっすぐ東にいったところにある」
「森ですか。そこも魔物がたくさんいるんですか?」
「ここほど賑やかではないがな」
オリヴィアさんが、遠くの景色を見つめた。故郷の情景を思い出しているのだろうか。
ミステリアスな彼女の原点が垣間見えたようで、感心しつつ前を向いた。




