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11話 ジョブを選んでお金を稼いでみましょう

 最初に向かったのは、やはり一番雇ってもらえる可能性が高いと考えた、毎日カイルさんと通いつめている店。〈コーデリア商店〉だ。



「え? うちで働きたい? わあ、助かる! 今ちょうど発注した商品が届いてね、品出しで大忙しなの! 本当に魔物の手も借りたいくらい!」



 嬉しい予想外。店主のサラさんは、すんなりと受け入れてくれた。


 彼女は僕の腰の辺りを両手で持って、木箱が山のように積み重なっている棚の前に移動した。



「じゃあ、とりあえずここの一画をお願いね。箱と棚にラベルが貼ってあるから、色と番号見て同じところに並べてね」


「分かりました」


「届かないところはこの踏み台使って。分かんないことがあったら聞いてね。あ、でも後回しにしてくれてもいいよ。私、手が離せないかもしれないから」



 サラさんは僕を踏み台の上に下ろし、早口で説明してさっさと別の場所へ向かった。


 そういえば、毎日のように通いつめているが、彼女以外の店員は一度も見かけていない。一人ですべての業務をやらなければならないとなると、相当な仕事量だろうに。


 それならば、いくらでも手を貸しますとも。


 まずは、すぐ左に積んである木箱を開ける。ラベルの色と番号を確認し、同じラベルが貼ってある棚に出していく。触手を伸ばして置き、他の触手で商品をつかんでまた触手を伸ばして置く。この繰り返しだ。始めたばかりはゆっくり、確実に、丁寧に。慣れてきたら徐々にスピードを上げる。



「サラさーん」


「ごめん、ちょっとだけ待っ――」


「全部終わりましたー」


「……えっ?」



 カウンターで伝票らしきものをひたすら書きこんでいた様子のサラさんに声をかけると、走らせていたペンを止めて顔を上げた。信じられないと言わんばかりの様子で、目を大きく見開いている。若干充血したようにも見えて、怖い。



「嘘でしょ? こんな短時間でできるわけ――嘘じゃないぃぃ!?」



 慌てて移動した彼女は、品出しが完璧に終わった棚を見て絶叫した。


 人間時代、学生の頃にアルバイトしていたので、品出しなど造作もない。さらに、今は八本腕のタコである。二本腕の人間とは比べ物にならないほど効率がいいのだ。体にしみついた技術は、生まれ変わっても残るものなのだな。



「じゃ、じゃあ次! こっちも頼める?」


「はーい」



 今度は振り返って、向かい側の棚を片付けていく。サラさんは、すぐ自分の仕事に戻るかと思いきや、なぜか僕が品出しをしている様子を後ろで観察していた。


 少しいいところを見せようと思い、間を置かずに素早くやってみた。さながら、「シュバババッ」と、音が聞こえてきそうなほどのスピードで。



「すごい……八本足、恐るべし……」


「いえ、足じゃなくて腕です」



 彼女の感心した呟きに対する訂正しながらも、手は止めない。もっと正確にいうなら触手ですけどね。


 すべての棚の品出しを終えると、木箱だらけで足の踏み場もないと言っても過言ではなかった店内は、いつもカイルさんと訪れるときと同じように整理整頓された状態になった。なんということでしょう。



「……ねぇ」


「はい?」


「次の商品受け入れの日とか棚卸の日も手伝ってくれないかなぁ!?」


「は、はいもちろん!」



 目をギラギラさせたサラさんに高く持ち上げられ、その目力のせいで肯定以外の返事をする勇気は出なかった。と、いうか、ほぼ反射的に頷いてしまった。



「ありがとう! じゃあこれ、今日の分の日当ね」


「ありがとうございます!」



 サラさんから、小さな麻袋に詰まったお金をもらった。待ちに待った給料の受け渡しだ。アルバイトで一番なにが嬉しいって、やはりこの瞬間だよな。



「マリネっていったよね。継続して仕事したいとか思ってない?」


「そうですね。できれば日雇いの仕事があればありがたいんですけど」


「うちは今日みたいな商品の受け入れとか、棚卸しのとき以外はそこまで忙しくないのよね。だから、もしよければ他のとこ紹介しようか?」


「え? いいんですか?」



 なんて幸運。まさしく、渡りに舟だ。こんな得体のしれないタコに仕事先を紹介してくれるなんて。魔物が好きまたは平気な人と、嫌いまたは苦手な人との落差が激しすぎやしないか?



「私のおばあちゃんの店なんだけどさ。カイルさんたちと行ったことない? 〈薬のミョンミョン〉っていうんだけど」


「みょ……? いえ、ないですね」


「そうなの?……あ、そっか。カイルさんたち、Bランクだもんね」



 あんまり回復薬とか必要ないよね、とサラさんは一人で納得していた。


 否、それは違う。なかなかランクに見合ったクエストが見つからず、格下の敵とばかり戦っているから必要ないだけだ。



「じゃあ、とりあえず行ってみない? たぶんおばあちゃんならオッケーすると思うけど」


「魔物は平気な人なんですか?」


「へっちゃらだよ。っていうか、おばあちゃんの方が魔物みたいだし」



 なんてことを言うんだ。


 そう思いつつも、長い髪を振り乱して不気味に笑う山姥のような老婆を思い浮かべる。こ……怖い。もしもそんな人だったら絶対嫌なんですけど! いやいや、サラさんのおばあさんがそんな人なわけがないだろう。たぶん。


 余計な考えを振り払うように頭を振るって、再度サラさんを見る。



「是非お願いします。あ、でもサラさん、お仕事まだ残ってるんじゃ?」


「大丈夫大丈夫。品出しさえ終われば問題ないから」



 今度はサラさんに抱きかかえられ、もらったお給料が入った袋を大事に抱えて店をあとにした。ごつごつしたカイルさんの腕に抱えられるより心地いい、なんて思ったのは秘密で。



「そういえば、ずっと気になってたんですけど……お店の名前にある『コーデリア』っていうのは誰かの名前ですか?」



 聞いた瞬間、サラさんはまるで石化したかのように固まった。


 なんだろう。聞いてはいけなかっただろうか。だがしかし、気になっていたのだ。ミランダさんの〈リンジー魔物研究所〉のように、創業者か誰かの名前からとってつけたのだろうとは予想していたけれど。



「あはははは……あれはね、うちのクソ親父の初恋相手の名前。ちなみに母さんとは違う人」


「え……」


「何度もね、何度も変えようとしたのよ? でも、変更手続きがめんどくさくてしょうがないのよ……! お金だってかかるし! あの飲んだくれが、私がお店開くって聞いて『せめてものお祝いだ』なんて珍しいこと言うから! 信用した私が馬鹿だったぁぁ!!」


「そ、そうだったんですか……」



 一人荒れて人目も気にせず叫ぶサラさんに、他にかけるべき言葉が見当たらなかったので、せめて少しでも慰めになるようにと、触手を伸ばして背中をさすった。


 名前をつけるときは、きちんと当事者全員と相談してから決めるように。これ、大事。




 ◇◇◇




 数分後、落ち着いたサラさんに連れられてやってきた、〈薬のミョンミョン〉。なぜか看板が少し右に傾いていた。木造の店の外観もかなり年季が入っているようだし、廃墟とまでは言えないかもしれないけれど、本当にここは営業している店なのだろうかと疑ったほどだ。


 店は、サラさんの言っていたとおり彼女の祖母――ケイティさんが一人で切り盛りしているそうだ。棚の上にある商品をとるのに、腰が曲がった彼女では踏み台をつかっても危険が伴うので、サラさんはずっと誰か雇った方がいいと進言していたらしい。



「あらぁ。変わった子だねぇ。サラのお友達?」



 皺だらけのくしゃくしゃな顔に笑顔を浮かべたケイティさんと対面して、僕は胸を撫でおろした。山姥みたいな人ではなくて、本当によかった。


 僕が一人で安堵している間、サラさんが色々説明してくれた。ボランティアではなくれっきとした労働者であり(何気に一番重要)、毎日は来られない件と、その他諸々。ついでに、品出しの腕前が超人レベルだった、などと褒め称えられ、少し体がむずかゆくなった。


 結果、ケイティさんはすべての条件を二つ返事で飲んでくれたので、僕は晴れて〈薬のミョンミョン〉でのアルバイトに採用された。


 ケイティさんとサラさんには感謝だ。あと、〈鍛錬場〉のボリスさんとレベッカさん。そしてなによりも、好きなようにさせてくれたカイルさんにも。今日は色々な人に助けてもらえた。人と人とのつながりっていいものだな。



「おーい。そこの変な赤いの」



 サラさんからもらった給料が入った麻袋をぎゅっと抱きしめながら帰路につくと、後ろから声がしたので振り返った。いつもの、悪戯を思いついた子供のような笑みを浮かべたカイルさんがいた。



「……僕には、あなたが付けてくれた『マリネ』って名前がありますけど?」


「そうだったな。悪い悪い」



 言いながらも、カイルさんはちっとも悪びれた様子を見せず、にやにや笑いながら僕を片手でひょいと持ち上げて肩に乗せた。



「で、いい仕事は見つかったのか?」


「はい。今日はサラさんのところで。明日以降はケイティさんのところで働かせてもらえるようになりました」


「あのばあさんのとこか。結構人使い――じゃない、魔物使い荒いかもしんねーぞ?」


「大丈夫です。じゃあこれ、今日の分です」



 持っていた給料入りの麻袋を差し出すと、カイルさんはぽかんとした顔で受け取った。



「……いやいやいや、なんでだよ。もらえねーよ」


「え、そんな。もらってくれないと逆に困ります。生活費の足しにしてもらうために働いたんですから」


「……お前なぁ」



 突き返されかけたそれを押し返す。カイルさんは、なぜか目を細めて渋い顔をしていた。



「今日一日お前が頑張った成果だぞ? 俺に渡して、てきとうに使われたら嫌だろ」


「それがカイルさんにとって有意義なことなら構いません」


「クジに使って、ろくなもん当たらなくてもか?」


「全然。カイルさんにとっては、『クジを引く』っていう行為自体が楽しいんでしょ?」



 言っている内容がめちゃくちゃな気がしないでもない。これでは、ギャンブル依存症の人の背中を悪い方向に押しているようなものだ。だがしかし、カイルさんはまだそういう人とは違うと思う。否、思いたい。



「分かった」



 呆気にとられていたカイルさんだが、再び子供のような笑顔を浮かべて言った。



「とりあえず預からせてもらうな」


「どうぞどうぞ」


「明日、楽しみにしとけ?」



 歯を見せてにやりと笑うカイルさんのその笑顔の意味が分からず、僕は首を傾げた。

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