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9話 自分の得意な能力を調べてみましょう

 目を丸くしてきょとんとしているレベッカさんに、「突然すみません」と断って、続けた。



「カイルさんたちと一緒に、戦えるようになりたいんです。こちらで鍛えてもらうのは可能でしょうか?」



 レベッカさんは沈黙したままだった。じっと彼女の答えを待つ。



「……魔物は、鍛える必要がありません。それぞれが元々持っているスキルを駆使して、主人のサポートをするというのが従魔の役割ですから」


「ただの従魔はそうかもしれませんけど、僕はクラーケンになるのが目標なんです」


「クラーケン?」


「海にいる巨大な魔物です。大型船を飲みこむくらいの」


「それになりたいと……あなたが?」



 レベッカさんが訝しげに眉をひそめる。


 そりゃ、今の姿からすれば想像できないかもしれないけどさ!


 心の声が表情に出ていたのか、レベッカさんが「気分を害したのなら謝ります」と言った。



「ただ、残念ながらうちでは魔物を鍛えるというサービスはやっておりません。人間でしたら、体の構造は大体が同じですので、どのように鍛えればいいか分かります。ですが、魔物となると話が別です。手あたり次第やったとして、確かに強くなる保障がない上に、へたをすれば逆効果になる可能性も否定できません」



 なるほど、確かに。


 ダメで元々のつもりで聞いてみたけれど、やはり無理か。となると、自主トレーニングをして鍛えるしかないか。



「私には分かりませんが、きっとあなたに合った鍛え方があると思います。まずはそれを模索してみるところから始めてみるのはいかがでしょうか」


「そうですね……よく分かりました。相談に乗っていただきありがとうございます」


「いえ。お役に立てず申し訳ありません」


「とんでもないです。親身になって聞いていただけただけで嬉しかったです。それじゃ、お邪魔しました」



 レベッカさんに一礼してから、カウンターの台に触手を一本貼りつけた状態で、それを命綱のようにして後ろ向きで飛び下りた。レスキュー隊がヘリコプターから下りるときのような感じだ。



「ちょーっと待ったぁ!!」



 命綱代わりの触手を外したとき、受付の奥の扉――ジムのようになっている部屋につながる扉が勢いよく開いた。


 やってきたのは、今日も頭の光沢が眩しい白いTシャツ姿の筋骨隆々な男。〈鍛錬場〉の主・ボリスさんだ。


 振り向いて彼を見たとき、レベッカさんは顔をしかめて「げっ」と小さな声で呟いていた。



「話は聞いたぞ! そこのちっこいの!」


「マリネです」


「そうか、マリネ! お前が望むなら、俺が直々に鍛えてやる!」


「え? 本当ですか?」


「おう!」



 ボリスさんは満面の笑みを浮かべ、腰に手を当てて宣言した。にかっと笑った口から見える、白くて並びのいい歯がきれいだった。



「なにを言ってるんですか、ボリスさん」


「あん?」


「マリネさんにどんな特性があるかなんて、分かるんですか? 分からないまま、カイルさんの同意もないまま鍛えて、なにかあったらどう責任をとるおつもりですか? 」


「責任責任ってなぁ! そんなかたっ苦しいことばっか言ってんじゃねーよ!」


「私が言わずして誰が言うんですか。もう一度聞きます。なにか取り返しのつかないことがあったら、どうするおつもりですか」


「それは……なんだ。どうにでも――」


「ならないことを『取り返しのつかないこと』と呼ぶんです」



 レベッカさんがカウンターから身を乗り出して、ボリスさんに詰め寄った。能面のような冷たい表情の顔を向けられ、圧倒されたボリスさんは「ぐう……」と、うなった。


 ボリスさんの申し出は、とてもありがたい。しかし、先程のレベッカさんの話も気になる。せっかくの厚意を無駄にはしたくないけれど、万が一逆効果になっては元も子もない。ううむ、どうしたものか。


 そこまで考えて、ふと思いつく。ならば、鍛える前段階をサポートしてもらうのはどうだろう。



「あの、すみません」


「なんだ、ちっこいの」


「だからマリネです……僕の力がどれくらいかを調べる程度なら可能でしょうか?」


「力?」


「はい。なにか……例えば丸太かなにかを使って、割れるかどうかみたいな」



 提案すると、ボリスさんもレベッカさんも目を丸くしていた。



「おお! いいじゃん、それ! なぁ、レベッカ! それなら大丈夫だろ?」



 薪割りの手間も省けるし、と嬉々として付け足したボリスさん。いえ、僕は薪割り要員ではありません。


 レベッカさんは、口元に握った手を添えて考えこむ素振りをした。



「……そうですね。力を測る程度なら」


「おっしゃ、じゃあ早速――」


「ただし、条件があります」



 踵を返したボリスさんを、レベッカさんが「ただし」の部分を強調して言って引き止めた。



「マリネさん。カイルさんの同意をもらってきてください」


「同意?」


「ええ。なにか問題があったとしても、当方は責任をもちません。その件について、ご主人様の同意を得てきてください。書面か、できればカイルさん本人を連れてきていただけると助かります」


「分かりました! すぐ行ってきます!」



 レベッカさんとボリスさんにも一礼をして、〈鍛錬場〉を出た。


 カイルさんが同意してくれるか分からないけれど、きっと彼なら分かってくれるはずだ。今は昼近くなので、〈パン屋ケルプ〉にいるに違いない。ときどき『カモフラージュ』で姿を消しつつ、足早に店を目指した。




 ◇◇◇




 予想どおり、カイルさんは〈パン屋ケルプ〉の前にいた。


 いつもの黒パンを頬張っている彼のもとに、走って突撃する。当然、喉に詰まらせては危険なので、ちゃんと飲みこんだタイミングで。



「カイルさん!」


「うおっ! びっくりした……なんだ、マリネ。勉強は終わったのか?」


「同意してください!」


「……はぁ?」



 カイルさんが眉を寄せて、困惑した様子で聞き返す。


 いけない。急いては事を仕損じる、だ。落ち着こう。深呼吸を二回。



「はぁ……あのですね、〈鍛錬場〉のボリスさんに、僕の力がどの程度か調べてもらうっていう話になったんです。それで、ご主人様に同意してもらうようレベッカさんから言われまして」


「お前の力を調べる?」


「はい!」


「…………」



 カイルさんは、僕をじっと見つめながら黒パンを口でちぎって、ゆっくり咀嚼した。



「……お前、戦うつもりなのか?」


「戦いたいです」


「そういうのは俺らが――」


「僕はクラーケンになりたいんです!」



 俺らがやるから、とでも言おうとしたのを遮り、叫ぶように声を張って言った。カイルさんが目を丸くする。



「……くら、なんだって?」


「クラーケン。海に棲んでる魔物です。僕みたいに足がたくさんあって、大型船を飲みこんでしまうくらい巨大なんです」


「大型船を……? お前がそれになるって?」


「なりたいんです。いえ、なるんです!」



 二本の触手を上げて、先を丸める。拳を握って力を込めたつもりだ。本気なのだと分かってもらいたくて。


 想いが通じたのか否か、呆気にとられたようにぼんやりとした顔をしていたカイルさんは、しばらくして吹きだして大きな声で笑った。



「は、お前いいな。さすが俺の従魔だわ」


「僕は本気ですけど!」


「分かってる。いいぞ」


「……え?」


「力を試すんだろ? いいぜ。ついててやるから、思いっきりやってみろ」



 親指を立てて振り、「行こうぜ」と言っているかのようにジェスチャーをしたカイルさんの顔に、感極まって抱きついた。すぐに「気持ち悪りぃな」と、引きはがされたけれど。

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