大海の中のタコ、陸上を知らず
海の生き物に憧れていた僕にとって、「タコに生まれ変わった」という事実は、あまりにも残酷だった。
なぜなら――タコは意外にも、泳ぎが苦手だから。
大海原を自由に泳ぎまわるという、ささやかな夢はこの時点で完全終了。生まれ変わって早々、絶望のあまり墨を吐きそうになった。
なぜタコなのか。もっと他のものではだめだったのだろうか。
落ちこんでいるところに、さらに追い打ちをかけられる。同族どころか、天敵と会っても、なぜかすぐに逃げられてしまうのだ。
これは一体?
その答えは、海底に落ちていた瓶に映りこんだ自身の姿を見て、知った。
赤くて、ずんぐりむっくりな頭もとい胴体に、短い触手が八本。ひょっとこ口。高さは二十センチ程度の、人の片手にもぎりぎり乗れるか乗れないかという程度のぬいぐるみサイズ。
それは、現実のタコではなく、マンガやアニメに登場するようなデフォルメ化したタコだった。
この奇妙な見た目のおかげで、誰も寄ってこないのだろうか。かなりのショックを受けたが、しばらく考えて、それならそれで構わないと思いなおした。
大好きな海で暮らせて、その上天敵に襲われる危険がほぼないのだ。なんて素晴らしい。
途端、「泳ぎが苦手」という懸念は霧散していった。そうして開き直った僕は、悠々自適に暮らそうと決めた。
一か所に留まりつづけていると、獲物もなくなってしまうし、なにより退屈なので、毎日少しずつ移動して色々な場所を見て回った。優雅に泳ぐ魚たちを眺め、腹が減ったら貝などを探して食べる。
そうやって、どれくらいの年月が過ぎたか分からない。ある日、一匹の老齢の亀とすれ違ったときにかけられた言葉に、衝撃を受けた。
「お前さん、魔物だな」
え? マモノ?……魔物? 僕が?
亀は、それだけ言ってのんびりと泳いでいき、まもなく見えなくなった。
確かに見た目は変だし、タコの本来の寿命を超えて生きているような気もする。そういえば、長生きした猫は妖怪化して化け猫になるという話だが、つまり、僕は化けタコなのか。
いやいや、化けタコなんているものか、と一人ツッコミしていると、ふと思い浮かんだ。タコを模した化け物もいるではないか。
その名も「クラーケン」。海に潜み、航行する船を襲って海中に引きずりこむ超巨大な魔物だ。魔物界ヒエラルキーでは最上位の存在と言ってもいいはず。実はダイオウイカだったのではないかという説もあるらしいけれど、それはさておき。
広い海をあちこち見て回ってきたが、そろそろ飽きてきたところだ。今こそ行動に移すときではないだろうか。
もしも僕が、本当にクラーケンになれる素質を持っているのであれば、変化もとい進化する上で必要なのは、経験値。このまま海でのんびりスローライフ……も、悪くはないけれど。まずは、環境を変えなければならない。
そうして僕は、「クラーケンになる」という広大な夢を叶えるべく、陸に上がるという一大決心をしたのだった。
初投稿です。これから頑張りますのでよろしくお願いします。