表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

婚約者にならなかった御令嬢と御令息

その御令嬢には婚約者がいなかった。

ハッピーエンドではないお話を書いてみたくて挑戦しました。

 とある王国のとある御令嬢のお話。


 彼女には婚約者がいなかった。


 15歳という婚約するには遅すぎる時期になっても婚約者がいなかった。


 王立学園に入学し、周囲がどんどん結婚の準備を初めていてもなお、婚約者がいなかった。


 侯爵家の長女であるのに婚約者がいないだなんておかしい。


 「どうして(わたくし)には婚約者がいないの?」


 幼い頃から彼女は両親にこう問いかけてきた。


 「――――――」


 それに対する返答は、毎回彼女には認識できなかった。認識できないというよりは聴くことを頭が否定しているからだろうか。もしくは、覚えていられないほどにショックな内容だからなのだろうか。


 ともかく彼女自身、婚約者がいない理由すら知らずに過ごしてきた。そして周りもそれを是としている。嫌でも諦めはつき始めるものだ。


 ――私には婚約者は一生出来ないのだわ――と。


 そんな彼女だが、不思議なことに夢の中では婚約者がいる。共に王立学園に通い、お茶会をし、心を通わせていく婚約者が。


 1時期はその夢を心の拠り所として、彼女は婚約者がいない人生への折り合いをつけていた。


 そんな夢も所詮は夢。徐々に夢に現実の気配が忍び寄る。


 初めは婚約者が笑いかけてくれなくなった。お茶会に来てくれなくなった。徐々に話をする機会も減っていき、婚約者は別の女性と時間を過ごすようになる。


 しまいに彼はこう言うのだ。


 「君との婚約は破棄する。君のような人と結婚なんてできない」と。


 理由を尋ねた彼女に対する返答はいつもこう。


 「――をいじめた」

 「――の大切にしていた母の形見を壊した」

 「――を階段から突き落とした」


 否定しても彼は耳を貸さない。それどころか余計に責め立てるのだ。


 「君のような人が婚約者だったなんて恥ずかしい!」

 「なんて浅ましいんだ!」

 「もういい。2度と僕の前に現れないでくれ」


 それらの発言は事実上の貴族社会からの追放宣言。そこで夢は覚める。


 彼女自身、それに対してはもう何の感情も湧かなかった。婚約者として夢に現れる()は、名前や顔さえフィルターがかかったように分からないのだ。彼のお相手として存在する女性も、名前が認識できない。一体彼らは誰なのか。


 何もかもが不明瞭なままでも日々は進んでいく。王立学園に通う毎日。自分に婚約者がいないことに疑問すら抱かない生徒たちとの生活。


 変わり映えのない毎日を送っていた彼女の元に届いたのは編入生が来るという知らせだった。とある男爵家の庶子で市井で暮らしていたのが、最近になって屋敷に迎え入れられたらしい。


 その男爵令嬢とすれ違った時、彼女はあることを思い出した。


 彼女と同じように婚約者が未だにいない公爵家の御令息がいたことを。本来なら家柄も合う彼とは婚約していてもおかしくなかったのだということも。現実は全く異なり、言葉こそ交わしたことは数えるほどもなかった。唯一知っていることは彼がいつも何かを諦めたような冷たい目をしていたことだけだ。


 男爵令嬢が彼と出会ってから、彼の目には確かに光が灯ったように思う。


 そして理解した。


 ――これは彼らが主役の物語なのだろう――と。


 なぜそんなことが頭に浮かんだのかはわからない。まるで何かに取り憑かれたかのように惹かれ合う2人を前にして、演劇の舞台を連想したからかもしれない。


 何はともあれ、彼らに近づくべきではないと彼女の本能は判断した。


 それから卒業まで、彼女は婚約者のいない生活を全うした。


 学園の卒業パーティーでは、パートナーを伴って参加するのが慣わしだ。


 彼女の友人や同級生達はそれぞれ婚約者と一緒に参加している。


 婚約者がいない彼女は、兄がパートナーとして参加している。


 誰もそれを気に留めない。

 疑問にも思わない。


 そんな日々も今日で終わるのだという確かな予感があった。


 友人の1人が彼女に告げる。


 「公爵家のリオン様と男爵家のアン様がご婚約なされたそうですわ」


 別段驚くほどのことでもなく、ただ祝福の言葉を口にする。


 「まぁ。それはおめでたいことですわね。もっとも、彼らの婚約は皆様察していたことでしょうけれど」


 ホールを歩く彼らを取り巻くのは数多の祝福の声。幸せそうに歩く彼にいつかの冷たい面影はない。


 彼らがホールの中央まで進み出て、ダンスを踊り始めた。


 そのとき、確かに彼女には聞こえたのだ。


 ――とぅるーえんど。げぇむくりあ。――と告げる何者かの声が。


 他の誰にもきっと聞こえていないけれど。


 彼女にだけは、聞こえたのだ。


 そして、その瞬間に彼女の今までの人生は形を変えた。


 ――そうだ。私には婚約者がいるじゃないか。隣国へ留学している婚約者が――。


 全ての人の脳から『彼女に婚約者がいない』という事実が消し去られ、『彼女には隣国に留学している婚約者がいる』と言う現実に作り変えられる。


 彼女自身、そのことを認識することすらなく、ただ現実に生きていく。


 兄がパートナーとして参加していたのは、隣国から来られなかった婚約者の代わり。公爵家の御令息と男爵家の御令嬢が婚約するのはもうずっと前から決まっていたことだ。全て予定調和なのだ。


 卒業パーティーは恙無く終了し、各々は屋敷に帰っていく。


 彼女は婚約者が留学から帰国次第、結婚する手筈だ。


 万事順調。おかしなことなど何もない。


 物語はこれにて終了し、人々はそれぞれの人生を歩んでいきましたとさ。




 《True end…?》


 とある国のとあるゲーム会社が炎上した。新作乙女ゲームのライバルキャラである悪役令嬢がなぜか動作しないというバグが発生したのだ。制作会社はすぐにメンテナンスを行い、このバグを修正した。バグ修正前にエンディングを回収したプレイヤー達は、このエンディングを『幻のエンディング』と呼び、後々のネタとして語り継がれていったそうだ。

ここまで読んでくださってありがとうございました。


2024 5/28 別視点『その御令息にはかつて婚約者がいた。』を投稿しました。よろしければこちらも!


↓リンクはこちら↓ (シリーズからも飛べます)

https://ncode.syosetu.com/n5346iu/


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ