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地球防衛します!怪獣たちの日常  作者: 境 陽月
怪獣受験生
1/8

やってきた受験生

本編『地球防衛します』からちょっと離れた番外編です。

怪獣たちの日常生活を描いてみたくなりまして。

「ホホッ、今日はえぇ天気じゃのぉ―――」


杖を突きながら老人は、よく晴れた空を見上げていた。

歳の頃は70、いや80過ぎといったあたりだろうか。

白髪頭に白髭に丸縁眼鏡、とくるとまるで仙人様という風貌だ。

『こらえきれない嬉しさ』とでもいう笑顔からすると、とても機嫌がよいのだろう。


「まさに、受験日よりというヤツじゃわい」


ここは平凡な地方都市の公立高校、とすれば『受験日より』というのは高校の入学試験ということか?

確かに受験票を何度も確かめつつ歩く者、教科書らしき本を真剣に読みつつ立ち止まる者。

受験生と思しき者たちが二人、三人とが校門をくぐっていく。

そんな大勢の人の流れに逆らって近づいてくる若い男がひとり。


「おじいさん!あなたも受験生ですかー?」

「あ、いや、ちょっと顔を見たい人……じゃないか?相手が来るはずでして」

「受験生ではないんですね?では、すいませんが敷地内には入らないで……イテテテッ?」


老人を外へ出そうとした若い係員の首筋を荒っぽく押さえつけた者がいた。

こっちは40歳くらいの年長の係員だ。


「このバカ、この方を知らんのか?失礼しました、会長」

「エッ?会長?」

「ハハハ、会長だったのは去年までじゃ。今はただの……金魚好きのジジィじゃよ」

「エッ?去年まで?エッ?じゃあ……アナタが『金魚仙人』?」


びっくり顔の係員に、老人はやんちゃな子供のようにニッと笑う。

そして校門にかけられた仮看板に目をやる。


『公認金魚士試験会場』


宇宙時代、地球人は火星を超えて木星まで足を伸ばし、多くの人間が地球の外で仕事をし子供を育て、生活の場を真空無重力の世界へと広げていた。

しかし人間は寂しがり屋の生物だ。

孤独な宇宙での暮らしは家族、友人、そして人間以外の隣人との付き合いも必要としていた。

彼らは地球から出発する時、妻や子供たちだけではなく飼っていた犬猫や小鳥、ハムスターなどの小動物も宇宙へ進出したのも当然だった。

中でも一番人気は……金魚!

小型犬や猫と違い小さな水槽ひとつ分のスペースで飼育可能。

そのスペースもなくても宇宙の必需品である飲料水の浄化槽で飼うこともでき、飼育費用も格安。

これにより金魚ブームに火がつき、黄金期と言われた江戸時代以上の大ブームとなった。

品種改良や宇宙での繁殖技術の高度な進歩が要求され、必然的にレベルの高い多くの人材が必要とされた。

新たな公認資格・金魚士制度が始まり、現在では年間2千人の新人金魚士が誕生している。


「あれから60年、いや……80年になるのかのぉ」


80年前に縁日の金魚の愛らしさに魅了された少年が、数人の同好の士と小さな同好会を立ち上げたのは60年前。

金魚の魅力を伝えるべく粉骨砕身、20年前に同好会は正式な国際機関に成長し10年前から公認資格制度がスタートした。


「そのワシも、とうとう引退か……なんか、さみしいのぉ」


金魚大好き少年は金魚仙人と呼ばれる老人になり、その役目を終えた。

そして今日は、人生の集大成を見届けるために試験会場に足を運んだ。

老人、金魚仙人は目の前の古びた校舎を見上げる。


「せんせーい!僕です、ここでぇーす!」

「おぉ、久しぶり。直接会うのは半年ぶりじゃったかな?」


3階の窓から手を振っている子供、まだ10歳に満たないであろう少年だ。

老人と少年、年齢差を感じさせない打ち解けた笑顔で言葉を交わしあう。

呆気に取られて見ていた若い係員、何か考え込んでいたが。


「会いたい人がいる……そうか、彼ですね!最年少の特級金魚士資格の挑戦者!通称『金魚博士君』!」


その少年は本名よりも『金魚博士君』のニックネームの方が通りがよかった。

幼稚園の頃から金魚少年として有名だった彼は、テレビ出演したことも何度もある。

大人顔負けの知識に加え、品種改良でも既にいくつもの実績を上げているベテランだ。

『太陽系金魚士協会』で最も期待されている人材に違いない……のだが。


「うんうん、半分正解、というところかのぉ」

「えっ、半分?」「では他にも誰か?」


金魚仙人の答えは年長係員にも不可解だった。

受験者名簿には一通り目を通したが、目立った名前はなかった。

何人か日本人以外の名前もあったが、国際機関となった昨今では外国人の受験は珍しくない。

金魚仙人もまだ会えていないようでキョロキョロと探している。


「ふむ……まだ来ておらんようじゃ」

「会長が期待する人材ですか。一体どんな……」

「元会長じゃよ。彼は……今まで出会った中で1,2を争う逸材、金魚博士君の最強ライバルじゃ」

「そんな強者が?」「金魚博士君のライバル?」

「せんせーい!来ましたよ、ゴゾさん、こっちに向かってきます!」

「ゴゾ……確かに名簿で見た名前だが、どこの国の人だろう?」


名前にはカタカナで『ゴゾ』だけ、ファミリーネームのない民族らしい。

連絡先と但し書きされていた住所は於母鹿毛島とかいう離島になっていた。

離島に住んでる外国人?ということで記憶に残っていたのだが、どんな人物なのだろう。

結果から言うと『人物』ではなかった、なんて考える暇もなく、地面が揺れた。


ドズン!

「う?ウワッ!」「地震か?」


地響きと揺れによろめいて、思わず校門にしがみつく係員コンビ。

対して高齢の老人・金魚仙人は杖をしっかと握り、微動だにせず。

地響きの方角を見定め鋭い眼で睨み、そして思い切り嬉しそうに笑顔全開する。


「おお、ようやく到着したか!ワシが手塩にかけた最後の生徒君が!」

「って、エエッー?!」×2


驚き、腰が抜けてへたり込んだのは係員コンビ、だけではなかった。

集まってきていた受験生たちも振り返り、驚き、腰を抜かして、逃げ出そうとして、動けなかった。

貸し切りになっている高校へと続く坂道、その向こうからヌゥッとあらわれた。

鎌首をもたげて3階建ての校舎を、もっともっと高くから見下ろしている巨大な、否!巨大すぎる大蛇怪獣が。


「……」


巨大で長大な体だ、ちっぽけな公立高校の校舎など敷地丸ごとひと巻き、逃げ場はない。

全身を覆うのは青みがかった光沢のある鱗。

人間、いやトラックでもひと吞みにしそうな巨大な口から、チロチロ見え隠れする長く細い舌。

爬虫類特有の縦割れの瞳が、グリグリと動いて試験会場全体を見渡す。

受験生も係員も、驚愕と恐怖で誰も動けない、誰もしゃべれない。


「か、かかかかか……怪獣……」


やっと受験生が一人だけ、硬直した口を開いた。

それが限界だ、こんな間近で怪獣を見たのは初めてだ。

毎日、いくつもの怪獣事件が起きてはいるが、それらはテレビやネットの画面の中だけの出来事。

実際に自分の身に降りかかって見れば、不可避の運命しかないことに気づかされる。

30メートル以上の高さの鎌首、その口がクワッと開く!

若い係員の恐怖は絶頂に達した。


「く、喰われ?!?!?!」

「すいま、せん……」

「えっ……に、日本語???」


大蛇の口から放たれた言葉は誰でもわかる人間の言葉、ちょっとたどたどしい。

それは可愛い、と言えなくもないのがちょっと微笑ましい。


「……公認、金魚士、受験会場、は、こちら、ですか?」

「えっ、えっ?」

「?、違い、ましたか!」


答えが返ってこないのに動揺したのか、巨大な蛇は慌てて四方八方を見回し、首に下げたスマホ?を舌先で操って現在位置を確認している。

そして更に動揺する。


「俺、道、間違った?間違って、ない?どう、しよう?どう、しよう!」


大蛇に表情はなく、目からも感情は読み取れない。

しかしキョドる身振りと上ずる声からは、うろたえ振りは丸わかり。

声に至ってはもう泣き声と言っていいくらいだ。


「ど、どう、しよう?試験、に、遅刻、したら。俺、金魚士に、なれない?」

「おーい、ゴゾ君!安心せい、試験会場はここで間違いないぞォーッ」


足もとからの声に大蛇怪獣ゴゾは下を向く。

そしてちっぽけな人間の老人、金魚仙人を見つけて顔を近づけてきた。

襲われる、喰われる!腰抜かしていた係員コンビも飛び起きて金魚仙人を助けようとした。


「ななななな何やってんですか、会長ォッ!」

「あ、あああ、危ないですよ、下がって!」

「あ?あー、心配ない。心配ない……この子はな」


触れられるまで顔を近づけてきた大蛇怪獣の鼻先を撫でながら、金魚仙人は面白そうに係員コンビの醜態を見ている。

襲いかかってくると見えた怪獣は大人しく、老人の手の為すがままに大人しくしている。

しかし蛇が口を開き始めた時、係員コンビは恐怖で再び硬直した。


「先生、お初に、お目に、かかり、ます。俺……僕が、ゴゾ、です……」

「うむ、ネットでは顔馴染みじゃったが、直接会うのは初めてじゃったな。こっちこそ会えて嬉しいわい」


まるで子犬に対してのように、老人の背丈よりもでかい目の少し上を、金魚仙人は優しく撫でる。

表情がないはずの蛇の顔に、落ち着きと安堵が感じられるのは気のせいではないのだろう。


「この子、ゴゾ君はワシがネットで運営しとる金魚士教育講座の生徒じゃ。出身は……蛇座デルタ星じゃったかの?」

「デルタ、の、3番惑星、スネイク星、です」

「おお、そうじゃった!宇宙の地名はわしゃサッパリでのう」

「ゴゾく―――ん!初めまして―――!」

「あ、金魚博士、君。初め、まして」


校舎、試験会場の中からの声にゴゾも明るい声?を返す。

こちらも知り合い同士らしい。

少年だけではなくあちこちの窓からも……


「ゴゾさんも来てたの?」

「ホンマに怪獣さんなんやったんやなぁ!」

「私、冗談って思ってた!」

「とにかく当講座のベストメンバー勢ぞろいだな!」

「……みんな、も、来てた、の?」


逃げ出そうとしていた受験生の中に数名、窓から身を乗り出して手を振ってくる者たちがいた。

同じ金魚士養成通信講座の受講生らしい。

彼らひとりひとりに丁寧に挨拶を返すゴゾの姿に他の受験生も係員たちも何が何やら……

するとゴゾはクルリと首を回して自分の背中を見た。

正面からは見えなかったのだが、ゴゾは大きな『怪獣用』バックパックを背負っていた。

舌を器用に動かして中から何かを取り出して口にくわえる。

それを硬直したままの係員コンビに差し出す。


「あ、あの、これは?」

「受験、番号、887、番、の、ゴゾ、です」

「受験票……」

「あの?受付、お願い、します……」

「で、でも、あの……」


若い係員は助けを求めるように年長係員の顔を、年長係員は困って金魚仙人の顔を見た。

それに応じる金魚仙人の顔は……怒り顔?


「何をしとる?さっさと受付せんか!」

「しかし、あの、ですね」「前例が……」

「バカモン!我ら太陽系金魚協会のモットーは『金魚を愛する者は全て平等』!見かけや出身で差別するとは何事か!」

「は、ハイィッッ!」


まだ動けない若い係員に代わって年長係員がゴゾの口から、震える手で受験票を受け取って腰に下げていた端末で受付処理をする。

2,3度打ち間違えたようだが、何とか受付完了!

それを真剣な目で見ていたゴゾだったが、ようやく安心したようでハァーッと大きく息を吐く。

金魚仙人は改めて手を差し伸べる、といってもゴゾはその手を取れない、蛇だけに。

気がついた金魚仙人は恐縮し咳払いして、改めてゴゾへの歓迎の言葉を口にする。


「ようこそ、ゴゾ君。我ら金魚大好き仲間の世界へ!」

「こちら、こそ、よろしく、お願い、します!」

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