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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

「このボールペンを私に1万円で売ってください」とかいう使い古された話について

作者: 転回

 先輩から聞いた話。


 その日、居酒屋で飲んでた。大学時代にお世話になった先輩とふたりで。

 自分は今度、職場の中途採用面接に、現場の人間として参加することになってて、面接官とかやったこともないし、気も進まない仕事だって先輩に愚痴ってた。

 そしたら、すっかり酔いの回った先輩が、採用面接したある人の話を聞かせてくれた。

 

 先輩が担当したのも同じく中途採用面接で、その日来たのは二十代後半の、落ち着いた感じの女性だったって言ってた。

 面接はすごくスムーズに進んで、むしろ面接予定時間が大幅に余る位だった。


 これじゃあ、いくらなんでも早すぎるってんで、まあ、他に何かあるかと、同席してた上司から質問を振られた。

 先輩は、その時ちょっとした悪戯心も含めて、ほら、ネットとかでよく見ない?

 たまたま手元に持ってる量産品のボールペンを差し出して、これを私に一万円で売りこんでくださいとかいうやつ。

 あれをやったんだってさ。

 先輩は上司とも仲良くさせてもらってたらしく、特に止められたりとかはしなかったらしい。


 その時差し出したのは、確か適当に会社の事務所から拝借してきたやつで、ほんとに、なんでもない黒のボールペンの筈だったって、先輩は言ってた。

 その女性、めんどくさいから今後Aさんにするけど、そのAさんは、先輩からボールペンを受け取ると、しげしげとそれを眺めた。

 先輩は、さてどう切り返してくるかな?って、不謹慎にもAさんの反応を楽しんでた。

 Aさんはボールペンの上の方の……クリップ部分? を何度も撫でまわしてて、しばらく無言だったみたい。

 先輩は、こりゃもうダメだろうなと思って、質問を切り上げようとしたんだとか。でも、Aさんがそれよりも早く口を開いた。


「……死んでほしい人っていますか?殺したい人じゃなくて、ああ、この人どこぞでさっさと死んでくれないかな、っていう人」


 先輩、は? って感想しか出てこなくて、上司と二人、顔を見合わせた。

 意味わかんないよね。面接で普通そんな話出てこないでしょ。

 Aさんは、先輩たちが訝しげな顔をしてるのをよそに、更に話を続けたらしい。


「このボールペン、呪いのボールペンなんです。持ち主を一か月以内に死に至らしめる。一万円ですが、買いますか?」


 先輩は鼻で笑って、そんなことあるわけない、だってそれは事務所から適当に持ってきたやつだって答えた。

 それでもAさんは首を振ってこれは呪いのボールペンだという。


「見間違える筈がありません。ここ、ロゴの部分に小さな傷が入ってますよね?」


 Aさんからボールペンを受け取った先輩が確認すると、確かにロゴ部分に傷がある。だけど、そんなのどこにでもありそうな、何でもない傷にしか見えないじゃん?

 先輩も上司も、勿論そう言ったって。そしたらAさん、


「私はこれをある人物に使ったことがあります」


 って答えた。

 話がきな臭くなってきたでしょ?

 自分だってそう思ったから、まさかぁ、って先輩に言ったよ。


 そしたら先輩さ、まあ聞けよって言うんだ。

 そう言われたら、聞くしかない。続きを聞いたよ。


 先輩から聞いた、Aさんの話をまとめると、こういうことらしいんだ。

 前職で、Aさんはセクハラ被害にあってた。セクハラしてくるクソ野郎は職場の先輩で、Aさんの指導係だったそうだ。

 女性が少ない職場で、勇気を出して会社に被害を訴えても、言葉のセクハラだったのと、会社がただでさえ人手不足だってんで、なあなあで済まされてしまったんだと。

 Aさん、ひとり居酒屋でヤケ酒したそうだ。

 グラスを幾つか空けた頃、カウンター席にいた隣の男から、話しかけられた。

 死んでほしいやつがいるなら、この呪いのボールペンを一万円で譲るって。


 いやまあ、言いたいことはわかるよ?再三言うけど、自分もそうだったから。でも最後まで話させてよ。


 とにかく、Aさんは、まあ結局酔いの勢いでそれを買ったそうだ。

 一万円だけど、それでも自分の手を汚さず死んでくれるなら儲けもんってね。

 そんで、次の日朝早く会社に行って、セクハラしてきたクソ野郎のデスクの引き出しにそのボールペンを放り込んだ。

 引き出しの中、整理整頓もされてない、ぐっちゃぐちゃだったらしいから、バレる心配はなかったんだってさ。


 後はわかるよね。そのクソ野郎は死んだ。

 ……死因? いや、聞いてないな。先輩も聞けなかったんじゃないか?


 そんで、気になるのは、Aさんがその呪いのボールペンをどうしたのかということだけど。

 なんかね、SNSで匿名アカウント作って、欲しい人を募集したらしいよ。一万円で取引したみたい。ほんとかどうかわからんけどね。

 で、Aさんは手放す前に、そのボールペンの細かな傷、インクの減り具合、特徴もろもろ頭の中に刻み込んだ。

 もちろん、また遭遇した時に見分けるためだよ。写真? いや、写真は取らなかったって聞いた。

 まあ、わかる。自分でも写真で残しとくのはちょっと……って思うわ。

 その写真が呪物になるかもしれんし。


 そんなわけで、Aさんの話はおしまい。

 先輩もその上司も、絶句して後はどうやって面接終了したか覚えてないみたい。

 Aさんは、申し訳ないけど不採用にしたって聞いた。




 その後の、後日談ってわけじゃないけど。

 先輩は面接で使ったボールペンをその日の内に事務所のゴミ箱に投げ込んだ。

 嘘か本当か知らないけど、持ってて気持ちのいいもんじゃない。そうだよね。

 んで、気を紛らわせたくて、一緒に面接した上司とか同期とかを誘って飲みに行ったんだってさ。……先輩さ、お酒弱いんだよね。

 予想できちゃうと思うけど、その酒の席でさ、その日の面接のこと、話しちゃったのよ。

 その場は大いに盛り上がったそうだ。アルコールの力ってのは漠然とした恐怖こそを高揚に変えるからね。

 

 翌日、二日酔いのだるさと戦いながら、出勤した先輩は真っ先に事務所のゴミ箱の元に行った。

 酒の勢いで話しちゃったけど、やっぱまずい話だってわかりきってたからね。

 でも。

 ないんだって。ゴミ箱ひっくり返して探したのに。

 その様子を不審な目で見てた、毎朝一番に出勤してくる事務所の子に、誰かこのゴミ箱を漁ってなかったか聞いても、そんな人たぶんいなかったって。

 先輩は青ざめて、そして考えたって。

 考えた結果、自分のデスク、ロッカーを整理しまくって、中に入ってるものをなくした。がらんどうにしたんだ。ボールペンが紛れ込む余地をなくすためにね。

 毎朝出勤してすぐ、デスクの引き出しを上から順に開けて空であることを確認して、更に手を差し込んで何かが仕込まれてないか確かめる。

 ロッカーも同じく、ね……それが習慣になっちまったって、先輩は乾いた笑いを漏らしてたよ。

 それから、呻くように先輩は呟いた。


 あのボールペンがどこにいったのか、わからない。

 魔法のように消えたのかもしれないし、持ち去られたのかもしれない。

 

 だから。自分の身を守るには、疑うしかないんだ。

 浅はかな真似したって、自覚した時には遅かったんだ。後はもう、自衛するしかない。

 どんなにいい人って言われてる人だって、疎ましく思ってるやつはどっかに潜んでんだ。

 

 水割り焼酎を一気に呷った先輩は、後は突っ伏して寝ちゃったよ。

 自分はもう、なんも言えなかったね。ただ、明日朝一に会社のデスクを片付けようとだけは決意したけどね。

 だってさ、自分が誰からも恨まれてないって、そんなの断言できるかい? 




 


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― 新着の感想 ―
[一言] ぞっとした きれいに纏まっていて読みやすかったです
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