9.魔王、金鉱山に入る
たどり着いた鉱山街、厳重に高い柵に覆われ、警備の者たちが物々しい。
入るものはフリーに近いが、出る者には持ち物、荷車、馬車まで徹底的に衛兵が金の持ち出しがないか厳重にチェックするようになっているらしい。
魔王の荷車も、簡単な調べだけ、というか衛兵が四天王の女たちを一瞥しただけで通してくれた。女は無税ということだ。女を連れてきた魔王も、入領税は取られない。衛兵の一人がファリアを見て、「でっかいねえちゃんだな、これはこれで……こりゃ楽しみだ」と言って舌なめずりする。魔王にも「おいアンタ、この娘ら一晩いくらにする予定なんだ?」とか聞いてきて、なんか明らかに勘違いされている……。
山間の谷間に建物が密集しているという感じである。街道を多くの荷馬車が行き交い、まあ中年男が荷車を引いているというのは目立つことは目立つかもしれないが、馬も持てない貧乏人ということですんなり街に入り込むことができた。
街の中央には大きな銀行、官営の交易所、両替商、それらの警備を引き受けている大きな地元ギルド、それを抜けると宿屋に賭博場、酒場に娼館とどんどんいかがわしくなってくる。先をパタパタと飛んで案内するベルに「ホントにこっちでいいのか」と魔王も聞きたくなってくる。
すれ違う男たちがみんな好色そうに四天王たちを無遠慮に眺めてくるのだからウンザリすると言うものだ。どうやら娼館にやってきた新人娼婦と勘違いされているようだ。なるほど、衛兵共がすんなり通してくれたわけである。
さらに街を抜けて汚いバラック街を通ると、鉱山が見えてくる。ふもとには金の精練をしているだろう水車小屋、いくつもの煙突から煙を吹いているレンガ造りの炉がある工房、風車、金鉱石を運びこむ手押しトロッコに石炭を満載した荷馬車、線路などがごちゃごちゃに見えてくる。
「こちらです」
いくつもの坑道口がある山のふもとまで、多くの抗夫たちとすれ違ったが、誰にも停められずに到着した。
「……金を採掘している鉱山なのだろう? 不用心すぎないか?」
「金はここで精錬されて国営の造幣所で金貨に鋳造されているんです。採掘された金は金貨になるまで流通させることができません。金貨になるまではここでは金に価値が無いってことになっているみたいですね」
「……詳しいなベル」
「『金貨以外の金を流通させたものは打ち首』ってゲートの高札に書かれていたでしょ」
誰もが持ち出した金を勝手にカネ扱いされたら鉱山の経営はメチャメチャだ。それは厳しく取り締まりをされているということか。
それだとマッディーが採った砂金をどうするかが問題になる。出どころ不明な金なのでここでは現金の金貨に交換できないということになる。
合法的に金貨に替えないと後々面倒なことになりそうだ……。
さて坑道口の一つで全身真黒になっている男どもが騒いでいる。どうやら事故があったのはそこらしい。
荷車を停め、毛布を巻いたサーパスを背負子に乗せて背負い、魔王は四天王たちに急ごしらえのローブをかぶせて身を隠すようにさせてから歩いて坑道口に近づいた。
「閉鎖! この坑道は閉鎖だ!」
屈強なガードに守られた小太りの役人らしき男がそんなことを叫んでいる。
「おいおい! 親方もいるんだぞ! 十五人が閉じ込められているんだ! 救助させろよ!」
男たちが怒鳴ると、「ダメだ! 使えなくなった坑道は閉鎖、それがここのルールだ!」とにべもない。
男どもが「クソッ!」とつるはしを叩きつけても、それを無視して役人は男たちを引き連れて帰ってしまった。
「話を聞きたいが、ここで事故があったそうだな」
魔王が話しかけると、五人の抗夫たちが驚いてこっちを見る。
「ああ……なんだあんたたちは」
「なに、手を貸そうかと思ってね。十五人だと?」
「親方も含めてな。生死不明だよ。落盤で地下水があふれて通り抜けられない。先はどうなってるかわからんね」
「救助はどうなった」
「やらないよ。やってくれない。抗夫のかわりも、坑道のかわりもいくらでもある。そんなことにいちいち人手を割けないとさ!」
労働者は使い捨てみたいなものか。金鉱山、実入りもいいが、リスクもある。それを受け入れて働けと言うことになるか。ここでは生き埋めになった人間を救助するよりも、さっさと新しい坑道を掘るほうがコスト的には安上がり、経営者は、そう考える。まだまだ人の命の値段が安い世界だ。
「マッディー、わかるか?」
黒いベールに身を包んだマッディーが進み出て、坑道口の前に立つ。
「……四人は死亡。手遅れ。地下水の向こうに閉じ込められている人が十一人……」
それを聞いて男たちが驚愕する。
「な……なんだこのお嬢ちゃんは」
「んー、ま、説明が面倒だが……。要するに俺たちは魔法使いさ」
魔王がそう言うと男たちの顔が真顔になる。
「もしかして……助けてくれるのか?」
「お前たちは?」
「俺らはこの坑道の担当さ。二十人で1チーム。三十二番隊」
詳しく言うと抗夫達はチームを組み、鉱山の経営者に採掘料を払って金鉱石の採掘を行い、それを精錬所に売って生計を立てていると。抗夫のこのようなチーム一つ一つが、小さな会社みたいな組織になっているというわけだ。親方が社長である。
「俺たちはこれから坑道に入る。その間お前たちはここに誰も近寄らせないようにしてくれ」
「た、助けられるのか?」
「それはやってみないとわからん。ま、期待してくれ。みんな行くぞ」
四天王全員がベールを脱ぐ。全員が小ざっぱりした町娘風の服を着た女性なのに男たちが驚愕するのは無理もないが、この際助けてくれるのは誰でもいい。やらないよりマシなのだ。
マッディーが先頭、それに魔王、スワン、サーパスを横抱きにしたファリアが続く。最後尾には妖精メイドのベルが羽根をパタパタさせてついてくる。
後ろからライトボールの魔法を投げ、ところどころに照明を作る魔王。電撃をボール状にプラズマ化させアーク発光させた照明弾だ。勝手知ったる道のようにトロッコの線路が引かれた坑道を歩くマッディー。
「……含有量が少ない。鉛が多い……。石英を大量に含む火成岩……」
ぶつぶつとつぶやきながら坑道を進む。肝心なのは生存者なのだが、人間の作った坑道に興味津々な様子である。いくつもの道に分かれた坑道を、「こっち」「こっち」と迷わず進むのはさすがだ。
小一時間は歩いたか。
「……地下水」
坑道に一面に水が溜まっている。行き止まりである。
「サーパス、頼む」
魔王の指示に、ファリアに抱きかかえられたサーパスが片手を前に出して念じると、地下水がぐるぐると渦を巻き、その遠心力で坑道の壁面に張り付いて次々に凍ってゆく。坑道が氷のトンネルとなる。
「滑るぞ、気を付けろ」
「ちょっと危ないねえ。下まで一気に滑っちゃいそうだよ。足元だけ少し溶かしていいかい?」
「いいわよ」
ファリアが下手投げ風に手を振ると氷のトンネルの下にだけ炎の筋がぼうっと燃え上がり、氷が解けて狭い道ができた。ちょろちょろと水が流れていくが、まあ許容範囲というところか。
鉱脈が崩れていてトロッコのレールに覆いかぶさり、坑道をふさいでいる。
それにマッディーが手を触れると岩石が急激に風化して砂のように崩れてゆく。
「この先にいる」
「やれやれ、しょうがないな」
魔王が跪いてせっせとその砂になった鉱石を掻き出すと、「アタシもやるよ」と言ってファリアが抱えていたサーパスを降ろす。
「ベル、結界張れない?」
「張れますけどお……」
スワンがなにか物騒なことを思いついたようだ。
「砂だらけになるからね、みんなを覆うドームにして」
「はいはい。魔王様、下がって」
「ちょっ」
「はい、結界張りました、どうぞ!」
ベルがそう言うと、狭い坑道の中に物凄い竜巻が発生して砂を巻き上げ、出口に向かって吹き飛んでいく!
「ひゃああああああ!」
ベルの強力な結界をもってしても全員砂まみれである……。
「スワン……、ぺっぺ。もうちょっと他にやりようが……」
「ごめ……いや、でもほら、砂はどけられたから」
全員が砂をかぶってぱたぱたと払いのけているうちに、隙間ができた坑道の奥に魔王がライトボールを投げ込むと、奥から声がした。
「だ、誰かいるのか!」
閉じ込められていた抗夫たちであった。
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