8.四天王、稼ぐ
「……止まって」
「どうしたマッディー」
「……今日はここでキャンプして」
夕暮れにはまだちと早い時間。小川のせせらぎの聞こえる風光明媚な山間の街道である。なだらかな河原もあり、確かに野営にはちょうど良い場所のようだ。
「まだ早いが、いい場所だな。じゃ、今夜はここで寝るか」
荷車を引いて河原にまで乗り出し、一息つく。
「魔王様疲れました?」
「いや全然」と心配そうなサーパスに返事する。魔王が一日中荷車を引いていたぐらいで疲れるわけがない。もっと歳を取ったらどうなるかわからないが。
あと何年、こんな旅を続けなければいけないのか。安住の地は見つかるか。
そんなことがふと魔王の脳裏をよぎる。
「今日はアタシがなにか獲ってくるよ」
ファリアがさっさと山に駆け出す。ありゃイノシシでも獲ってきそうだなと魔王は思う。
支柱を立て、ロープを張り、布をかぶせてタープにして簡単なテントを作る。
その合間に、サーパスを抱きかかえて川に浸してやる。久々に水を得た人魚のサーパスが喜んで川を泳いでゆくのが楽しそうだ。
薪になる流木を集めたり、石を組んでかまどを作ったり、荷物から食料品、調味料など取り出して準備する魔王。もう手慣れたものである。
ぱしゃーん! ぱしゃーん! とサーパスが川で尾びれを振るたび、川魚が飛んできて岸にぱしゃぱしゃと落ちてくる。今夜は焼き魚かな。いや、ファリアがなにか獲ってくるだろうからそっちにも期待しちゃうが、と魔王は今夜のメニューに思いを巡らす。
……マッディーがずっと川を眺めている。
目をつぶって、すっと手を上げると、川がキラキラと輝きだした。
「マッディー、水魔法使えたっけ!」
「水魔法じゃありませんよ、コレ!」
ベルが驚いている。
川のはるか彼方の上流から下流まで、キラキラした粒子が水面から持ち上がり、夕日に照らされて幻想的な光景になる。水面でぱしゃぱしゃやってるサーパスもびっくりだ。
「魔王様、鍋」
「鍋?」
料理用の鍋をマッディーの所に持っていくと、「前に置いて」と言うのでその通りにする。
金色の粒子が集まって渦を巻き、次々に鍋に落ちてゆく。
「凄い……砂金ですよコレ」
驚くベルにそういうことかと思う。これを感じ取ったので、ここでキャンプしようとマッディーは提案したわけだ。たちまち鍋いっぱいの砂金が採れた。この川一帯の砂金を根こそぎ全部獲りつくしたということになるか。そこに容赦は一切なさそうだ。
にっこり笑って、ふらっとするマッディーを魔王が抱きとめる。
「ありがとうマッディー。ご苦労だった。そうかこれをやりたかったんだな」
「……魔王城の周り、もう金が全然なかったから……」
土魔法を使う一族。代々、魔王に仕え、金庫番を務めていてくれていたのだが、その一族の最後の生き残りがマッディーである。大金を落とす魔族として常に勇者に最優先で狙われ続けた不幸な結果だ……。
他の四天王、炎のファリア、水のサーパス、風のスワンも元は魔王の下で、四天王や要職を務めていた魔族の最後の生き残り。皆、勇者に殺された者たちの子であった。
この子達まで失うわけにはいかなかった魔王が、ずっと一人で闘い続けていた理由でもある。
ベルが、「上流に金山があるんですかね」と川の流れを眺める。
「そうかもしれん。だとしたらゴールドラッシュでたいした賑わった街になってるかもしれないな」
「見てきます」
「頼む」
ひゅーんとベルが飛んでゆく。
「おおー凄いなあ!」
仕留めたシカを背負って来たファリアも鍋一杯の砂金にびっくりだ。
まあ魔王も四天王も、正直人間の国で金がどれぐらいの価値があるかはよくわからない。鍋の砂金、低純度ながら重さは2キログラムほど。この世界の価値で平民の五人家族が質素に暮らせばまあ三年は持つだろうという程度の収入であるがそのことはまだ魔王たちは知らない。
みんなでシカを鍋にし、魚も焼いて夕食にしているとベルが帰って来た。
すでに日は落ちて夜になっている。
「どうだった?」
「カエデの木がいっぱいありまして、メイプルシロップがたくさん……」
「そっちじゃなくて」
口の周りをベタベタにしているベル。コップより小さい壺を抱えて満足そうだ。
「すみません。やはり金鉱山がありまして、大変賑わっています。にぎわっているというか、いかがわしいと言いますか……」
「あーあーあー……」
金が出る。一獲千金を夢見て男どもが集まる。金の交換所に酒場や賭博場が開かれる。そうなると淑女の皆さんも大挙して動員され、風俗をメインとした歓楽街が殷賑を極め、さながら不夜城のごとしと。
「……長居する場所じゃなさそうですわね」
見た目はその道の淑女に見えかねないお色気ムンムンな四天王たち。男どもがたかってくると面倒そうではある。
「どこが治めてる」
「王国の直轄地になってますが賑わいすぎて、公営銀行があるんですけどそれ以外はまあ荒くれ者の巣という感じでして……」
専属のギルドが銀行、両替商、金貸しその他の金融業をがっちり警備してはいるが、その連中がまたガラが悪いということで……。ま、ありがちな話である。
「よしパスしよう」
「賛成ですわ」
「賛成」
「アタシもヤダよそんな場所」
「……」
マッディーはちょっと残念そうだ。金鉱山を見たかったのかもしれない。
翌朝、キャンプをさっさと撤収して、再び荷車を引いて歩き出す。
「そういえばさあ魔王様、私たち結局どこに向かってんの?」
「南さ」
そんな肝心なことも今まで聞かずにいたスワンたち四天王。それだけ魔王に対する信頼が厚いということだ。
「南に何かあるの?」
「魔王城はこの大陸の北にある。中央に王都。だからその反対側に行ければ、まさかそんなところまで魔王が逃げたとは誰も思わないだろう。魔王城から一番遠い場所だ。あてはないが王都を越えて南にまでたどり着ければもう勇者に悩まされることも無くなるだろうと思っているんだが……、どうかな」
「南にまで向かえば海がありますわ! それは楽しみですわね!」
人魚のサーパスは大喜びだ。
「魔王城、冬は寒かったもんねえ……」
スワンが言うように、魔王城の北は砂漠と岩石地帯、そこを越えれば凍結した台地。不毛を絵にかいたような無価値な土地だったのだ。
「海か……」
無限の彼方にまで水が満たされた太洋があるという。魔王もまた、海を見たことが無かったのだ。
「サーパスは海を見たことがあるか」
「私の生まれ故郷ですもの。もう子供の頃なので記憶もあいまいですが……」
「よし、海! 第一目標、海だ。海を目指そう!」
「大変です――――!」
……せっかくいい感じにみんなが希望を持ち始めたところに、またトラブルを持ち込んでくるこのベルという妖精メイドもいいかげんクビにしたくなるというものである。
「……どうしたベル」
「金鉱山で地下水があふれて十数人の抗夫が生き埋めになってるそうです」
「……それ、行かんとダメな話かねえ」
「出番よ、魔王様!」
「事のついでだ、行こうよ魔王様」
「……行きたい」
スワンとファリアが妙にやる気なのは気になるが、マッディーが行きたいと言うのは珍しい。やっぱり土の四天王。鉱山と聞くといろいろ興味があるのかもしれない。
「私たち、人助けすれば食べていけると学びましたわ。金が掘れるなら景気もいい街かもしれないし、人命救助となれば話は別です。行ってみませんか」とサーパスも賛成した。みんな最初は嫌だって言ってたくせに。
「わかったわかった、ちょっと急ぐぞ」
魔王が荷車を引いて駆け出すと、その猛烈な振動に乗っているサーパスが悲鳴を上げた。
次回「9.魔王、金鉱山に入る」




