6.魔王、旅を急ぐ
「……いやあ助かった。なんと礼を言っていいか……。俺の女房も助けてくれて、本当、礼を言う。ありがとう」
サーパスによる怪我人の治療も一通り終わって、今は煙がくすぶる倉庫の前広場で負傷者たちの列の前で話をする。頭を下げたハゲ頭の中年男はこのハンターギルドのギルドマスターだ、現場でも消火活動の指揮を執っていた。燃えていた建物はギルド倉庫。ハンターギルドと商人ギルドの合同倉庫である。ハゲ頭の横で、商人の帽子をかぶったローブの男も頭を下げる。こちらは商人ギルドのギルドマスターということだ。消火活動は終わったとはいえ後始末に忙しく、ハンターギルドの事務所は倉庫と一緒に燃えてしまったので、今は現場での立ち話といったところである。
「あんたたち……、その、魔法使いということか。あれほどの魔法使いこなすパーティーなんて聞いたことが無いぜ。何者なんだ? 普通ならとっくに名が知られているはずだが」
「いえ、私たちは通りすがりの田舎者でして、入領できずに外にいたんです。たまたまですから、お気になさらずに」
「あなたたちほどの魔法使いを入れないとは、門番は節穴ですかな……」
そう言って商人ギルドのマスターがあきれるが、まあそこは無理もないだろう。
「名前を聞かせてもらえませんか?」
「名乗るほどの者ではございません。ただの旅の家族ですから」
魔王ファルカスにサーパス、ファリア、スワン、マッディー。どうみても家族に見えないが。というか中年オヤジとその愛人と子供にしか見えないだろうが、まあそんなことに気が回るような魔王一家ではない。
「みなさん、ハンター、冒険者資格はもうあるんですか? 無いならすぐ登録してこの街で仕事をしてもらいたいところですが」
「いえ、このままこの街を発つ予定です。礼には及びませんので、どうぞ関わりなきようにお願いしたいところです」
「なぜ!」
二人とも驚くが、ここは勇者も拠点とする対魔王城最前線都市のプルートルである。長居できるわけがない。今日のうわさが広がればたちまち魔王一家とバレてしまいかねない
「みなさん、そもそもどこから来られたのですか?」
「開拓村のパーソルですが」
「ああ、魔王討伐に領兵が向かった先ですな。なにかありましたか」
「領兵たちが村を接収しましたので、家族で避難してきました」
ウソは言ってない。実際、避難してきたのだから。この言い訳は耳聡い商人たちも信じたので、ここでも通用するだろう。
「なにをやってるんだあいつら……」
そのあいつらこと領兵たちは、なにもしないうちに手足を折られた上に裸で廃墟の魔王城に放り込まれているところだが、それは言わない。
「うちの領主が御迷惑をかけて申し訳ない。すぐにでもやめさせるようにギルドからも諫言しましょう。しかしこれほどの腕利き、さすがは魔王城最前線の開拓村という所でしょうか……。他にもあなたたちのような方がいらっしゃるのですか?」
そんなわけない。そんな腕があったら開拓村なんかに行かなくても軍人や魔法使いや冒険者で大金持ちになれるはずである。よほどの事情があるに決まっている。
「まあこちらにも事情があり、話したくないということでご了解願えませんか」
「いや惜しい。実に惜しい。その力、この街で存分に発揮してもらいたいところですが、それは無理なんでしょうなあ……。どうかハンター登録だけでもしていってくれませんか?」
ハゲ頭がしつこく食い下がる。
「ハンター登録していただければ、この先どの街でもハンターギルドがある所なら入領税は免除されますし、どこでもハンターの仕事を引き受けることができます。身分保障にもなります。保証はわたしたちがさせていただきます! どうか、切にお願いしたい!」
いやそう言われても魔王たちも困るというものである。なにしろ勇者から逃げているところなのだから足取りを掴まれるようなことはマズい。
「申し訳ありませんがお断りさせていただきます。村を追われ逃げ出した私たちの事情をお察しいただければと思います」
「……それほどの失礼がありましたか。プルートルを代表してお詫び申し上げます」
二人、心底申し訳なさそうに頭を下げる。
「では、ささやかながら礼金だけでも、受け取っていただきたい」
礼金!
その一言に四天王たちも目を輝かせる!
魔王にとってももちろん損になる話ではない。勇者からの逃亡生活、金はいくらあっても多すぎることは無い。
「ご遠慮いたします」
……四天王一同、ガックリである。
うーん、魔王としてはこれはさすがに心が痛いというものだ。しかし魔王城を破壊されて金品を勇者に奪われ再建もかなわぬ経験をしてきた魔王には、どうしてもこの焼け落ちたギルドから礼金を受け取る気にはなれなかったのである。
「あの、断っておいてこういうのもなんですが……」
「はい!」
「大きな布があったら反物で一巻き……。この娘が羽織れるぐらいの」
ビキニアーマーだけのファリア、遠目にはまるで下着姿のようであり、さすがにこのままにしておくのは気が引ける。
「あ、はいはい! 良いものをご用意させていただきますよ!」
夜が明けてすぐに街を出るべく、みんなで城壁門をくぐり、荷車のある城外に戻った。
昨日、一緒にいた商人たちがまだ、魔王たちの荷車のそばにいてくれていた。金目のものなどなにも無いのだが、それでも焼き出された市民たちにしてみれば一夜を明かすに丁度良さそうな道具があり、放って置いたらなんでも持ち出されていただろう。
煤と泥で真黒になり、商人からもらった反物を何本も抱えた魔王たちを見て商人たちは「火事場泥棒でもして来たのかい」といって笑う。
「消火を手伝ったら、お礼にってもらえましてね」
魔王はタープを張った簡易テントを回収し、荷車に放り込む。
開拓村で武器にも使ったテントの支柱の鉄樫の棒、実はそれだけでも恐ろしく貴重なレア素材だったのだが、そんなのを目利きできる人間もいるわけがない。この荷車自体が実は全部、土の四天王マッディーが育てた魔法植物の鉄樫でできていて、鋼鉄よりも強い絶対強度を持つ物凄いアイテムなのだが、まあそんなことは人間にわかるわけがない。盗まれていたらこの先の旅がかなりやっかいだった。見張っていてくれた商人たちに礼を言う。
平穏を取り戻した城塞都市に再入門するには門の税関に、五人の入領料、金貨二半枚と、荷車税の金貨半枚の合計金貨三枚を取られてしまう。長居は無用だ。
サーパスとマッディーを載せた荷車を引く魔王ファルカス。それにファリアとスワンが付き従う。
「謝礼、もらっておけばよかったのに……」
全員泥だらけ、ススだらけで真黒だから無理もない。
「もうちょっと待っててね。今着替え、作ってるから」
今サーパスがせっせと商人からもらった反物を繕い中である。明日になれば全員が着替えられる服ができるだろう。
「焼け出されて財産を失ったみじめさは我らが一番よく知るところだ」
そう言われてはメンバーも反論できなくなる。
「長居すれば長居するだけ、正体がバレやすくなる。使えるやつとわかれば目の色変えて利用しようと根掘り葉掘り聞かれることにもなる。やっかいなだけだ。魔王城が落ちてまだ数日。近くに勇者パーティーがまだいるかもしれない。俺たちが考えなければならないのはまずできるだけ早く魔王城から遠ざかることだ」
みじめだが仕方がない。敗者とはそういうものだ。
「でもみんな私たちに気を使ってくれて、お礼も何度も渡そうとしてくれましたわ。私たち勇者だけ見て人間なんて最低な生きものだと思っていましたけど、市民の皆様は良い人でした」
「確かにね……」
サーパスの言葉に他の四天王たちも頷いた。
「魔族も魔物ももういない……。我らはこの先どうしたって人間と関わっていかなきゃならん。考えを改める時が来たようだな」
魔王がつぶやくと、ずっと何かを探っていたベルが言う。
「でも最低な人間も相変わらずいますからね、この先に」
「先に? なにかいるのか?」
問いかける魔王。
「実験したいことがあるので私の言う通りにしてみてください」
ベルが悪い顔でニヤリと笑った。
次回「7.魔王、実験をする」