45.最終回 魔王、南の海へ旅立つ
その夜、落ち着いた魔王は、四天王たちと木を集めて大きな焚火を組み、元勇者の死体を投げ込んだ。
ファリアが火をつけ、一晩中薪をくべながら、勇者が完全に灰になるまでそれを見送った。
一人ずつ、焚火を離れ、海で体を洗い、新しい服に着替えた。
勇者の血が付いた古い服も焚火に放り込んだ。
「終わったね……」
「ああ……」
夜が明けて明るくなった。焚火はもう燻る炭になっていた。
サーパスが水を降らせて熾火を消す。
「お腹減ったよ」とファリアが言い、魔王は「そうだな……」と静かに返事する。
「またカッコ悪い戦いになってしまったな。すまん」
「そんなの気にしないで魔王様! さ、出発しよ!」
スワンがカラ元気を出して、立ち上がる。
魔王も、サーパスに手を伸ばす。にっこりと笑ったサーパスはその手を握り、サーパスを抱きかかえた魔王は彼女をまた毛布にくるんで、荷車に座らせてやる。
マッディーもその隣に乗り込み、魔王は荷車を引いた。
疲れた足で。
その荷車をファリアとスワンがちょっと押してやる。
魔王たちはまた、進みだした。
漁港の街に着いたときはもう五人は元気を取り戻していた。
またいつもの日常に戻った感じだ。
食堂に寄って、ご馳走をじゃんじゃん注文し、お祝いをして、食べまくる。
みんなの心の傷は癒えていなかったかもしれない。でも、そのために暗い雰囲気のままにしておくのは辛かった。
やがて着いた南の岬。岩礁が波間に削られ、その先端が海に沈むまで長く伸びたこの大陸の最南端。
「やった――――!」
誰かれとなく歓声があがり、魔王たちは手を上に上げて飛び上がった。
「目的地に着いたし!」
「勇者たちも倒したし!」
言うことなかった。魔王の人生の中でも最高の一瞬だった。
「魔王様……」
その声に驚いて全員が後ろを見た。
そこには、かつて山の林道で出会った、ドラゴン娘のパペッツァリがいた。
「無事だったか」
そう言って魔王は喜ぶ。
「はい、南へ行けと言われていたので、この最南端の場所で魔王様をお待ちしておりました。ここならきっとまた会えると思って……」
「よく生き残ってくれた。また会えてうれしいぞ」
そしてみんなで車座になって、これまでのことを話した。
街々を巡り、なんとか勇者たちを倒したこと。
勇者は倒したが、もう魔王城を復興するつもりはないこと。
どこか安住の地を見つけて、そこで穏やかに暮らしたい事。
パペッツァリは昼間は森林を歩いて、夜は少しだけ空を飛んで、方位磁石の指し示すまま最南端をめざしていたらここに着いたこと。待っていればきっと魔王たちが来ると思って、ずっと身を隠していたことなどを話した。
「魔王様。ここで私の知り合いに逢えたのです」
パペッツァリがそんなことを言う。
「私の遠い親戚にあたる人なのです。今呼んできます!」
岬の先に降りたパペッツァリは、「きゅわああああああ――――!」と叫び声をあげた。
そうすると、岬の向こうから黒い大きな影が水面下を潜って近づいてきて、水面から顔を上げた。
海水を大量に滴らせてその顔を上げた者、巨大な海龍であった。
「魔王ファルカス様とお見受けいたします。我は海龍パーランティノ。この一つにつながった大海を巡る竜の一族。お初にお目にかかります」
「……もう魔王ではない。ただの一人の男だ。かしこまらなくともいい……。遠慮しないでくれ。パペッツァリに力を貸してくれて礼を言う。ありがとう」
「いえ、私は何十年かに一度、遠い親戚に顔を出す程度で、この子も会うのは初めての竜の一族のひとりでしてな、役に立ったとか力を貸したとか、そういうことはまだありませんで、聞けばこの子の親たちはもう勇者に倒されてしまったとか。お悔やみ申し上げるのが遅れてはなはだ失礼をいたしました」
そして魔王たちは再会を祝って竜たちと歓談した。
「ファルカス様、この先の南の海には何があるかご承知ですかな?」
「さて、俺もこの大陸を出たことはなく、その先は知らないが……」
「このはるか南にも大陸があるのですよ。そこには、魔族と人族の王が和解し、共に手を取り合って生きている平和な国があるんです」
「まことか!」
魔王は驚いた。魔族と人間の血みどろの戦い、もうどうやっても取り戻せぬ呪いと遺恨。この国では考えられない事であった。
「いったいどうやって……」
「魔王と人族の王が、手を差し伸べて和解し、共に生きることを約束されたのです。何の犠牲もなく、なんの戦いもなく、人と魔族は手を取り合って、同じ街で商売をし、仕事をして、共に笑い、酒を酌み交わして生きております」
「それは素晴らしい……、羨ましい限りだ」
「ファルカス様はまだ、人族に遺恨はありますかな?」
海龍は魔王に問いかける。
「無い。無くなってしまった……。俺は、この旅で多くの人間に触れた。世話になったし、人間のすばらしさを同じ人間として良く学んだ。そりゃあダメな奴もいたが、それは魔族も同じこと。何も変わらないんだと教えてもらった……」
それは魔王の嘘偽りなき本心だった。
勇者をも倒した今、人間への遺恨は完全に無くなっていた。
「お嬢様方も同じですかな?」
四天王たちもニッコリ笑って頷いた。いままでさんざん美味しいものを食べて、気持ちの良い宿屋に泊まって、心温まる場面に何度も出会って、人間への遺恨は消えていた。
「ではファルカス様、私が背に載せてお送りしますので、その大陸に居を移してみませんか? その地の魔王様も、ファルカス様を歓迎なさるでしょう。あの魔王様はいつでも優秀な人材を、人族、魔族問わず求めております」
「お役に立てるなら、ぜひ!」
魔王と四天王たちは元気よく頷いた。
そう聞けば、もうこんな大陸には何の未練もない。魔族と人間が協力して生きる大地なんてまるで理想郷、ぜひ行ってみたかった。
「その魔王様、どんな人?」
スワンの質問に、海龍は「めちゃめちゃ強いお人ですよ? 悪い奴がいればぶん殴って説教してお仕置きですね。私も何度も反省させられました」と笑う。
魔王と四天王も大笑いだ。涙が出るほど笑える話。なんとも気持ちの良い話ではないか。殺伐とした殺し合いが続いた血塗られたこの大地に比べればなんとおおらかなことか。
「魔王様、気に入ってもらえるかなあ、その魔王様に」
「魔王様案外性格暗いとこあるから、嫌われちゃうかも」
「魔王が二人になっちゃうからねえ……」
ぐふっ。
人付き合いが得意とは言えない魔王はちょっと顔を曇らせる。
とにかくそういうことなら善は急げだ。
魔王たちは稼いだ金貨で食料や雑貨を買い集め、長旅の準備をした。
元勇者の乗っていた馬には、城から勝手に持ち出した金銀財宝がぎっしり積んであって、それもちゃっかりいただいといたのだ。たぶん新天地での元手となるだろう、ありがたい財産だった。
長い付き合いとなった荷車は、断崖絶壁から押し出して、海に沈めた。
「そぉ――――れっ!」
ファリアと魔王でスピードを乗せて、飛んでいった荷車は水しぶきを上げ海面に落ち、鉄樫でできた荷車は水に浮くことなく、沈んでいった。
「いい家だったな……」
「いままでありがとう、私たちの家……」
それを見送った誰もが、ひそやかに涙し、傍にいた海龍は不思議そうな顔をした。
魔王たちは海龍の背に枠を組んで乗り、その南の大陸を目指す。
新たな船出だ。
朝日を受け、海龍はゆっくりと穏やかな海を進みだした。
今はもう、この大陸に思い残すことは何もない。
希望だけを胸に抱いた、魔王たちの顔は明るかった。
ドラゴンの子のパペッツァリも海を泳いだり、空を飛んだり、海龍の上で羽を休めたりとこの旅に喜んで同行している。
「言い忘れていましたが、魔王様は女性ですよ」
「女魔王なんだ!」
海龍の言葉に四天王一同びっくりした。
「だったら魔王様、その女魔王様と結婚しちゃえばいいですよ!」
そんなとんでもないことをベルが言い出し、四天王の殺気が飛ぶ。
「はっはっは! 魔王様はもう結婚しておられますよ。旦那様は人間の方で、もう二男一女の母親ですな! お嬢様方もご安心を!」
「なーんだ」
「そっかあ――!」
「だったらあんし――――ん!」
海竜の背では、魔王一家たちの笑い声が、いつまでも続いていた……。
――――夜逃げ魔王 END――――
最後まで読んでくれてありがとうございました。
古い読者様は気が付いたと思いますが、全編ギャグだった過去作「※旧題 エロゲの魔王様は勇者ハーレムに殺されたくない」を全編刷新して、全く別作品として新作にしました。これもまた「実験的な試み」と言えるかもしれませんね。
このお話、何かに似てるなあとずっと思っていたんですが、「妖怪人間ベム」が一番近いかもしれません。また一作品を順調に完結させることができてほっとしています。
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ポイントが6000を越えました! ありがとうございます!
ちなみにアップデートされた追加機能の「いいね」ですが、ポイントやランキングには関係なく、何話が人気があったかが作者だけにわかる、という機能でして、これで作者のやる気を支援するそうです。
もう最終回なんですけど!
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