44.魔王、最後の闘いに挑む
その時は案外早く訪れた。
レベル99と言われる元勇者、本気になれば先行する魔王たちに追いつくのは簡単だったのだろう。
大陸の南端目指して海沿いの街を渡っていた魔王たち。その海岸線の海が開けて見える街道を荷車を引いていた真昼。
後ろから馬を走らせてきた男が叫んだ。
「クソ魔王――――――!!」
通りがかった海岸沿いの町々は一本道。どこで聞いても荷車を引いた中年男と四人の女たちの行方はすぐわかった。元勇者ダイルは迷う必要など全くなかった。
荷車をぐるりと回して追ってきた勇者に正対する魔王。
そして横を歩いていたファリア、スワンと、荷車を降りるマッディー。
サーパスは体を包んでいた毛布を脱いで、胸と腰回りを隠したビキニ姿で空中に水球を発生させ、その水球に飛び込んで宙に浮いた。海で泳げるようになってから最近できるようになった陸上での移動術だ。
魔王たち五人は既にこの時が来るのを覚悟していた。
ついにその時が来たということだ。勇者との決戦が!
勇者ダイルは馬を降り叫ぶ。
「正体を現したなクソ魔王。もうとぼけられねえぞ!」
魔王、無言。
こんなクズ勇者とは話す価値もないといったところか。無言で鉄樫の棒を二本引っ張り出し、ファリアに一本を投げ渡す。
「へっ、鎧を脱いでみればなんだよそのかっこう! しょぼくれた汚ねえ貧乏くさいただの中年オヤジじゃねえか! 言われてなきゃあ確かにわかるわけねえ。こんな奴が魔王だなんてな」
おっしゃることはもっともだ。今更魔王は反論もしたくない。
「一緒に連れてる女どもはなんだ。いい女もいるじゃねえか」
いやらしい顔をゆがめながらダイルは剣を抜く。黒光りしたその剣を見て魔王は少し驚いた顔になる。
「……この娘たちはお前たち勇者に親を殺された忘れ形見だ。魔族の最後の生き残りだよ……」
その歴代勇者たちに親を殺された四天王たちが仇を見る目で勇者を睨む。
とうとう魔王は口を利いてしまった。正直こんな話をするのも嫌なのだが、魔王は聞いておきたいことがあった。
「勇者、『聖剣』はどうした?」
「あんなナマクラ刀、無くたって鎧のねえお前なんか一撃で倒せるぜ」
「なるほど、お前、もう勇者ではないのだな?」
その魔王の言葉に、城で勇者を解任された元・勇者ダイルは激怒する。
「俺は勇者さ。最初に言っとくが、お前を殺そうってわけじゃねえ。この場で痛めつけるだけだ。その後は魔王城に帰って、また魔王をやってもらおう」
「断る」
即答する魔王にダイルはバカにしたように笑う。
「この命令は絶対だ。お前は俺には絶対勝てねえから逆らえねえ。今のうちに言うことを聞いておいた方がいいぜ。ま、死ななくてもお前が大事にしてるらしい女共を殺されたくなきゃ言うことを聞くしかないだろうよ。その女たちもさんざん辱めて、まとめて魔王城に放り込んでやる」
傍にいた妖精メイドのベルが呆れたように言う。
「魔王に復活してもらって、自分も勇者に返り咲きたいと。バカすぎて話にならんですね……。こんな勇者いないほうが王国もありがたいでしょ」
四天王たちも激怒である。
四天王たちから即死魔法が一斉に放たれる。
「げふっ!」
意外なことにダイルはそれに衝撃を受けて、一瞬身をかがめた。
「ぐぅああああああ!」
そして身を起こして跳ねのける。だがその呼吸は少し上がっていた。ハアハアと息遣いが荒くなっているのが見て取れる。
「そんなしょぼい魔法なんかで俺がどうにかなると思ってんのか?! レベル考えろ! メイザールはレベル88、カイルスはレベル90。あんなクズども倒していい気になってやがんのなら大間違いだ! 俺はレベル99の勇者だぞ!」
「微妙」
「微妙過ぎる」
「そんな大した差じゃないでしょ……」
ファリア、サーパス、スワンたち四天王たちが元勇者をさげすんだ目で見返す。
彼女たちも、魔王も、神官と剣士を倒した今では、勇者を「勝てっこない」相手から、「勝てるかもしれない」相手に認識を改めていたのである。
魔王の耳元で、ダイルには見えないベルがささやきかける。
「(魔王様、アイツ、なんか様子がおかしいです。みんなの魔法、ちょっと効いてたでしょ。きっと大幅にレベルダウンしていますよ、たぶん)」
魔王はちらとベルを見た。
「(聖剣を失った勇者なんてそんなもんなんでしょ)」
「(わかった。離れてろ)」
「バカにしてんのか! なめんじゃねえええええ!!」
元勇者は剣を振りかぶって突っ込んできて、いきなり女たちを薙ぎ払おうとした!
それを魔王とファリアが同時に棍を振り回して、剣を跳ね飛ばす。
パキン!
ダイルの黒光りする王宮最強の剣は見事に真っ二つに折れ、宙を飛んだ。
「なっ……、なんで!?」
勇者は折れた剣に驚愕した。ついでにこれにはファリアもちょっとびっくり顔をした。
「それは昔、お前が俺から戦利品で持って行った俺の剣だよ。見覚えなかったか?」
「なんだと……」
言われてみれば、これを城の宝物庫で見たときは、どこかで見たような剣だと確かに思った。
「魔王城にもあんまりいいものが残って無くて、仕方なく使ってた普通の剣だがな。俺の強化魔法がまだかかったままだったんで、さっき解かせてもらった。すまんな」
「剣なんてなくってもなあああああ!」
勇者は魔力を練り始めた。
ひっきりなしに四天王から即死魔法を受けながらだ。
それでもそれをかろうじてはねのけながら、勇者は魔法を放つ。
「ギガサンダーブレイク!!」
勇者の最も得意とする雷魔法、それが炸裂して魔王を直撃する!
だが魔王は倒れなかった。全身にその電撃をパチパチと放電させながら電流を操った。
電撃魔法は魔王も最も得意とする魔法だということを勇者は気付いていなかった。また、電気をよく学び、それを使いこなす魔法をも研究し続けていたことなど当然知らなかった。
魔王は放電をアースとなる地面に無駄に電流を逃がすことなく自身に帯電させて身にまとう。発明家トーマスのヒントが役に立った。転移魔法の応用で閉じた波動の空間を自分の体の周囲に作り、そこに電流を循環させる超電導コイルを作ったのである。
ズド――――ン!
魔王の無詠唱魔法が元勇者に放たれ、直撃する。元勇者の電撃に自らの魔力を加えた、二倍返しの電撃だった。
「ぎゃあああ!」
元勇者は崩れ膝をつく。いつも防御魔法に守られていた勇者にはダメージが意外と大きかった。
その勇者の後ろから、魔王に瞬間移動させられたファリアが棍を振り下ろす。
脳天に激しい打撃を受けた勇者は同時にマッディーが掘った穴に落ち込み、土に沈んで上半身だけになる。
それを前から後ろから棍で殴りつける魔王とファリア!
サーパスが水球を飛ばし、勇者の顔面に貼り付ける!
息が出来なくなった勇者はその水球を払いのけようともがくが、その間も魔王とファリアの棍が勇者を殴打し続ける。
水球を振り払っても、勇者は息が出来ずにのたうちまわる。スワンの真空魔法が勇者の顔をさらに覆っていて、なぜ息ができないのか勇者はわかっていなかった。
「がふっ」
マッディーのあけた穴から、勇者の体を串刺しにする尖った岩が次々に生えてくる!
勇者の体は強固で、刺さるにはいたらなかったか、それでも勇者は穴から抜け出せなくなる。
勇者は両手を穴の縁に手をかけ、血まみれになりながら体を宙に持ち上げた。ズボンが切り裂かれ、足がボロボロだ。
スワンの風魔法が渦を巻いてその一瞬宙に浮いた勇者の体をぐるりと回し、今度は頭からマッディーの開けた穴に叩き込んだ。四天王たちもその魔法を、この時のためにぶっ倒れるまで毎日訓練していたのだ。
むき出しの勇者の足が二本、地面から生えている形になった。
二人はその勇者の下半身を滅多打ちにしたが、穴の中で膨らむ魔力に魔王が気付いて後ろに飛んだ。
「ファリア、離れろ!」
魔王が叫んで身を引いたそのとたん、勇者がはまっている穴が爆散した!
勇者は自らもダメージを追いながら、その爆裂魔法で穴を飛び出した!
「おまえらああああああああ!」
物凄い形相で魔王につかみかかろうとした勇者だったが、そこをマッディーとサーパスの泥水魔法で足を滑らせ、転ぶ。ベルのあらゆる状態異常魔法も容赦なく降り注ぐ。
毎日毎日、訓練をかかさず鍛えて来た四天王たちの魔法の実力は、格段に上がっていた。
魔王とファリア、違う方向から倒れた勇者の右の脇の下に鉄樫の棍を差し入れ、二人で身をひるがえして位置を変えてクロスさせ棍を押し倒した。ひねられた棍はテコの力で勇者の肩を引き剥し、関節を外した。
二人で行える棍を使った関節技。痛いだけでなく骨が外れる。
右手が使えなくなった勇者、左手でなにかの魔法を発動しようとするが、その前に顔を殴られ、のどを殴られ、胸を突かれ、魔法の詠唱ができなかった。カッコいい魔法詠唱に凝っていた勇者は、魔法が詠唱できない状況というものを想定していなかった。
魔王は気づかなかったが、こうして殴られている間も勇者は魔族によく効くはずの聖属性の魔法を発動させようとして必死だった。だが、できなかった。
雑魚の魔物が大挙して現れ、ウザいときは聖剣に付加した聖魔法でまとめて薙ぎ払ったこともある。
だが魔王城では、剣術だけで闘った。魔法は使わなかったのだ。
それは剣術でも自分が上だとメンバーの剣士に見せつけたかったし、「魔王は殺すな」と国にも教会にも止められていたこともあった。だが勇者は聖剣でじわじわ魔王を痛みつけることに喜びを見出していた。弱い者いじめを楽しんでいたのである。
しかし、こうしていざ魔族の弱点である聖魔法を発動させようとしても、教会により聖剣に付加された聖魔法の術式は「聖剣」がなければ発動させることはできなかったのだ。
魔王とファリアはその地に伏せた勇者を、棍で殴打し続ける。
弱った勇者の股間に棍が差し込まれ、二本の棍が十字に交差してから押し倒して股関節を外させる。四天王たちからは、勇者を殺すべく即死魔法が放たれ続ける。
長い戦闘が続き、自らの回復を人任せにしてきた勇者はついに立ち上がることもできなくなり、もはや殴られるままとなった。
「や……やめ……」
勇者はもう声も出せない。
魔王は勇者を殴り続ける。
殴った。
殴った。
いくら殴っても、気が済まなかった。
魔王は勇者に恐怖していた。
何度も、何度も、いたぶられ、また魔王城にやってきては、魔王を辱めて来たこの勇者に恐怖していた。
いくら殴っても、また勇者が自分をいじめに来る恐怖から逃れる事ができなかったのかもしれない。
「魔王様……」
「魔王様! 死んだ! そいつ死んだから!」
「もうやめて――――!」
泣きそうになっている四天王たちから声が上がり、勇者の返り血を浴びて血まみれになった魔王はようやく手を止めた。
そして、無言のまま荷車に戻り、包丁を持ち出す。
魔王は死体となった勇者の頭を掴み上げ、その首に包丁を当ててガシガシと切り込みを入れる。
そして、勇者の首を切り落とし、その頭を絶叫とともに思い切り地面に叩きつけた。
ついに勇者の頭は、割れたスイカのように肉片になって飛び散った。
魔王は泣いていた。
涙がボロボロ止まらず、流れ続けた。
それを見た四天王たちも涙が止まらなかった。
魔王様、そんなに勇者が嫌いだったのか。
そんなに恐れていたのか。
どれだけ勇者に恐怖して、それでも魔王を続けていたのか。
魔王様が守ろうとしていたものがどれだけ大きかったか。
それを失う絶望がどんなにつらかったか、四天王はそれがわかった。
「魔王様あぁ――――!」
四天王全員が、号泣して魔王に抱き着いた。
魔王はガックリと膝をついて、四天王たちを抱きしめ、共に泣いた。
次回最終回「45.魔王、南の海へ旅立つ」




