40.魔王、反撃の手段を探る
王都の絶景から進み、下りに変わった峠道を降りてゆく魔王たち。
二日経つと、森林の伐採をしている労働者たちが見えた。木を切り出し、丸太にして市場に売る森林業者ギルドの面々である。
「あ、あんた、この山を通ってきたのか!」
驚かれ、周りを取り囲まれる。
「あ、はい」
「ってこの荷車を引いてえぇぇえ?」
「まあそうですが」
「通れたかい?!」
確かにあちこち崩れていたし、土砂に埋まっていたところもある道なき道ではあった。
「崩れている部分などは修繕しながらでしたけど」
「マジか……、おい、ちょっとお前確認して来い!」
親方らしい男が作業員に命令して、男が山の上に走っていった。
「いや、本当にそんなことをしてくれたのならありがたいが……プラン村からわざわざこの山を通ってか? なんで王都を通らんかったんだ?」
「娘たちが街で金遣いが荒いもんで……」
ぶほっと四天王たちが噴き出す。言い訳としても今までで最低に嘘くさい言い訳だ。でも案外それが魔王の本音だったかもしれないと思うと、そんな思いを魔王様にさせてきたのかと泣けてくる。
「では私たちはこれで」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
慌てて親方が押しとどめる。
「今確認に行ってるから! ホントだったら感謝してもしきれねえよ! ここが通れるようになったんなら俺たちだってすげえ助かるんだからさ! 頼む! おい、全員に伝えろ! 時間早いけど昼にするってな!」
そんなこんなで魔王一家は森林作業の作業員たちに囲まれて、昼食をご馳走になった。焚火をし、大きな鍋でぐつぐつと料理が煮込まれる。魔王たちにもそれが振舞われ、楽しい食事になった。
道を調べに行った男が帰ってきて、「確かに道が通ってまさぁ! その荷馬車の幅分だけですけどね! キリが無いんで途中で引き返してきましたけど、ブラン村からってのはホントっぽいです」と驚いている。
「いや、よくやってくれた。これでさらに山奥まで伐採の幅が広がるよ!」と親方は感謝感謝の大感謝だ。
「お役に立てて何よりです。では私はこれで」
そう言って荷車を引こうとする魔王。
「すまん……。何か礼をしたいが、今は作業中でな……。出せるものが何もない」
「いえ、お気になさらず。では」
今度こそ、魔王は振り返りもせずに荷車を引き出した。
「ごはん、ありがとー!」
四天王たちが手をふると、男たちも笑って一斉に手をふり返してくれた。
山を下りて夕暮れ。王都から離れた小さな村からすこし南下した南へつながる街道。そこに流れる川のほとりで魔王たちはキャンプする。
「ファリア、少し付き合ってくれ」
魔王は鉄樫の棒を二本、引っ張り出して一本をファリアに投げる。
「俺たちを追う者、三人いた勇者パーティー、このまま見逃してくれるとは思えん」
「そうだね。一人やっちゃったし」
棍を受け取ったファリア、ぶんっと一振りする。
「また一人で次が現れるか、二人同時に来るか。残るは剣士と勇者」
「やっかいだねえ……」
夕食の準備をしていた他の四天王たちも、焚火に照らされる二人のことを見る。
「万一のために、少し特訓でもしておくか」
「賛成、でも魔王様、あんな奴ら相手に今までどうやって闘ってたの?」
……四天王は勇者たちが魔王城に来ると、避難させられていた。魔王が一人で闘うところを誰も見たことが無かったのだ。
「後列のあの神官が勇者と剣士に絶対防御の魔法をかける。どんな物理攻撃も魔法攻撃も弾く強力な奴だ」
「だよねー、アレ卑怯」
「そして、二人、俺を前後に挟んで攻撃してくる」
「前後に!」
これには四天王たち全員が驚いた。強敵に二人がかりで挑むというのはあるだろう。しかしそれでも、二人並んで前から挑むのが正攻法というやつだ。一人は後ろに回って背中を斬りつけるなど卑怯すぎるというもの。騎士がやることではない。二人、騎士ではないのかもしれないが。
「あの防御魔法でそれをやられたら魔王様が勝てるわけがありませんよ!」
「そうだな……。俺は両手に剣を持って二刀流でその攻撃を防いでいた。だが二人とも両手剣に対して、俺はそれぞれ片手で剣を防ぐしかなく、どうしても力負けする。たとえ俺のほうがレベルが高かったとしても二人がかりには勝てない。一撃、一撃が重かった」
「……」
四天王たちはあまりに無慈悲な戦いに、声もなかった。
「奴ら魔法を使ってくることはなかったな。剣の力業だけで楽勝だったというわけだ。楽しんでた。弱い者をいたぶるのを……」
「そんな……」
「万一奴らが敗れても、後列にいる神官が回復をしただろう。二人倒す事が出来たとしても、最後はあの強力な聖魔法が来て俺を倒したはずだ。勝てる見込みはゼロ。時間稼ぎも出来ていなかったよ」
「そんなに差があったんですか……」とベルが思わずつぶやく。
「でも、それだったら可能性があります! 神官は倒したんだから、やつらもう防御魔法も回復もありません!」
ベルの言葉に、魔王も「そうだ」と頷く。
「奴らがまだ俺を舐めきって一人でもまた襲ってくるなら、勝てる見込みはある」
「うん、今度は私も攻撃に加わるし!」
ファリアがこぶしを握る。
「私たちも援護の魔法を撃ちまくるよ!」
スワンが声を上げ、サーパスとマッディーも頷く。
「頼む。どうせ次の戦いでもお前たちを逃がしてやれない。共に闘ってくれるか?」
四天王はもちろん共に闘うことを決めた。魔王が再びやられたら、どうせ次にやられるのは自分たちなのだ。見逃してくれるわけがない。死ぬときは一緒だと心を固めた。
「魔王様」
「ん?」
妖精メイド、ベルの声も少し興奮気味だ。
「相手は勇者に剣士。剣を使います。お二人で棍を使うならそれは槍も同じ。三倍は剣より有利です。それに今度は一人か、せいぜい二人にこっちは五人がかり。いくら相手のレベルのほうが高くたって、勝てる見込みは絶対あります!」
「俺もそう思う。いや、そうでないと困る」
少し、吹っ切れたように笑う魔王。
「残念ながら人助けも金稼ぎももうやめだ。あの神官の言葉によれば奴はそれをたどって俺たちに行きついた。目立つ真似はもうできない。南に着くまで金は節約しなければならないな……」
「しょうがないね」
これには四天王も少しがっかり。
「金ならもう十分稼いだ。俺たちに追手がかかっているのははっきりした。奴らも仲間をやられて激怒して俺たちを追うはずだ。これからは特訓しながら旅を進めよう」
「特訓って、なにするの?」
ファリアの問いに、魔王は「勇者と剣士の戦い方を再現してみよう」と言う。
「いいか、二人は同時に全く同じ剣を振るう。前後からだ。前の勇者が剣を振り下ろせば、後ろの剣士も同じく剣を振り下ろす。勇者が剣を薙げば、後ろの剣士も剣を薙ぐ。二人の動きは同じだ。それを俺の前後でやる」
「……それ避けられないでしょ。容赦ないね……」
「だからお前は俺の動きを見て、それに合わせて対称に棍を振れ。うまくタイミングを合わせれば棍どうしがぶつかる。つまり単なる打ち合いだ。延々とそれをやれば棍の打ち合いだけが続き、終わらない」
「……その中心に敵がいれば、ずっとぶん殴り続けることができるってわけね」
「そうだ。ただし、勇者も剣士もこれでぶん殴る程度じゃ、あの神官と違って大してダメージは無い。百発殴っても倒せるかどうかはわからんぞ。」
「わかった。でもどうせ殺されるんだったらやってやるさ!」
その夜は魔王とファリアがまるで演武のように、ガシガシと棍を撃ちあう音がいつまでも響いた。
そして、そこから離れて四天王たちが放つ強力な魔法たちも、水柱や、風柱、土柱を切れ目なく上げた。五人の力を合わせた恐るべき総攻撃が完成しつつあった。
次回「41.魔王、剣士と闘う」




