4.魔王、人間を見直す
魔王ファルカスが魔王城を夜逃げして四日目。二つほど開拓村の郊外を素通りし、ようやく大きな街らしい街にたどり着いた。
魔族との戦争での最前線都市、プルートルである。
城壁に囲まれた城塞都市。門前にはためく旗の紋章には見覚えがある。開拓村を襲っていたあの一個師団の連中が盾に刻んでいた紋章と同じだ。つまり、魔王城を襲撃しようとしていたのはこの都市の領主ということで決まりである。
「なんかヤな感じですね……」
「しかしもう三日も野宿してたんだしな。お前たちもいいかげん宿に泊まりたいだろう」
そうして荷車を牽いて門まで来てみたが、情けないことに一文無しだったので入領税が払えず、追い返された。みじめもここに極まれるというものである。
「見た目も悪かったと思いますよ……。認識阻害でみなさん人間に見えるようにはしていますけど、馬も無く大きな荷車を引く、くたびれた中年男と女ばかり。街に落とす金も持ってなさそうで、領の収支にプラスになりそうもない。衛兵だったら入れちゃダメだと思うでしょうねえ……」
「ベル……、もう少し言い方を考えてあげて」
荷車の上から毛布に包まれたサーパスが、これも気の毒そうにたしなめる。
あまりの甲斐性の無さにどずーんと暗い魔王である。
「なんだったら私が市内からお金を盗んできますけど!」
ウキウキと物騒なことを言うベル。
「……それはやめておこう。これ以上みじめな思いはしたくない。こそ泥にまで身を落とす気はないぞ」
城壁外に商人たちのテント村がある。
城内の宿屋に泊まるのは高くつくから、自前のテントなどを設営して城外に寝泊まりしている一団がいるのだ。もう薄暗いのだが、みんなレンガを組んでかまどなど簡易的に設営して夕食にしている。
せっかくなのでそばに置いてもらい、できれば話なども聞いてみよう。
「すみません、私たちもおそばで野営させてもらっていいですかね」
魔王らしくない低姿勢で、商人たちに声をかける。
「そりゃかまわないが……おっさん、商人って感じじゃないな。御同業とは思えん。いったいどういうわけだい」
一人で荷車を引いてきた中年男と、若い女ばかりの一団に驚きの商人たちである。
「はい、この先の開拓村で生活していた家族なんですが、魔王城を攻略するって領兵の皆さんに村を接収されてしまいまして、追い出されて行き場を無くして避難してきたと言いますか……」
あの村での接収騒ぎにヒントを得て考えておいた言い訳である。
「そりゃあ気の毒に。若い娘さんもいるんじゃあ、あんなやつらのところにはいられませんわな。どうぞどうぞ」
「いやきれいでかわいい娘さんたちじゃないか。あんた奥さんはどうしたね」
「早くに亡くしまして」
「お気の毒に……。最初見た時は女郎屋かと……いや失礼」
色っぽくてきれいな魔族の女たちに、一瞬その手の連中と見間違えたか、いやらしい目で見ていた男どもも、目つきを直してあらためて歓迎してくれる。
「ここの領主が魔王城攻略のために兵を出したという話は、みなさんもご承知なんですね」
「ああ、この街を拠点にして勇者が毎年討伐に行くだろう? そのたびに金銀財宝を大量に持ち帰るからさ、領主が自分たちでもそれやってみようとか思いついたみたいで、兵団が出て行ったらしいや」
やっぱりそういうことになっていたかと思う。この街はパスしてさっさと次の町に行ったほうがいいだろう。
ファリアとスワンが石を組んでかまどを用意し、夕食の準備にする。
今日もジャガイモのパンケーキだ。貧窮っぷり、ここに極まれるという所か。
毛布に包まれた人魚のサーパスを魔王が抱きかかえて、火の横に座らせる。
「お嬢さん、どこか体が……」
「足が不自由でして」
「それは気の毒に」
やたら気の毒がってくれる商人たちが、「これも食べなよ」「これ、うまいよ」とか言っていろいろな食事を分けてくれる。
マッディーなんて甘いお菓子をもらってニコニコ顔だ。
お礼を言って、ありがたく頂戴する。旅の商人らしく、珍しい干した果物など、扱っている商品まで大盤振る舞いしてくれる。
「(人間って、いい人もいっぱいいますのね……)」
「(アタシ、人間の事ちょっと誤解してたかも……)」
「(人間の食事も、悪くないねえ!)」
「(……おいしい)」
四天王たちも、思わぬ人間の優しさに触れて、感激している。
勇者たちってのが、あまりにもひどい連中過ぎるということになるのだろうか。
「お礼というほどじゃありませんが、これを」
そう言って魔王も、取っておいたヤギの肉を串焼きにして商人たちにふるまう。サーパスの水魔法で氷漬けにしておいたものだ。けっこう好評だ。
「これ獲ってきたのかい!」
「そうです」
「狩りができるわけか、だったらこの街で狩人でもやったらどうだ。ハンターギルドがあるから、そこでハンター登録すれば獲物を買い取ってもらえるようになるよ」
「街に入れるようになったら考えてみます」
「入れなかったのかい?」
「入領税が払えませんで」
「……」
今までで一番気の毒そうな顔で見られた魔王一家である。
「なにか売れるもん持ってないかい。買い取ってあげてもいいが」
「そうですね。ではこれなど、どれぐらい値が付くでしょうか」
荷車からマッディーが精錬していた、例の領兵たちの鋼の鎧と剣をインゴットにしたものを出す。
「おお、これはいいハガネだ!」
「見ろよコレ。純度がすげえよ」
「これならすぐ叩き出すだけでいい剣が作れるぞ、あんたコレどうしたの?」
「昔、村を訪れた勇者が魔王城から持ち帰ってきたのですが、金や銀だけ取って残りを村に置いて行ったものなんです」
「(魔王様ウソつくの上手すぎ!)」
「(アンタねえ……、そんな口車の才能あったとは……)」
あきれるファリアとスワンに魔王は口の前にしっと指を立てて黙らせる。
「金貨二……、いや、二枚半でもいいぞ!」
「俺なら三枚出すな」
「三枚か、うーん、いや、全部に四枚出す、どうだい?」
「はい、それでお願いします」
相場なんてわからない魔王、でもここで値を釣り上げるほどの知識は無いので仕方がない。商人たちがそれぞれに競った上でのこの値段なのだから、そう買い叩かれているというわけでもないだろう。ここは従っておいたほうがいい。
これで全財産、金貨四枚。入領税が一人銀貨六枚だった。銀貨十二枚で金貨一枚らしいので、五人いるから入場したら金貨二枚半が飛んでいく。その上で宿も取れるとはとても思えない。どう考えても一文無しに逆戻りだ。もうしばらくは野営が続きそうである。
魔王は金貨を受け取ってから、座ってニコニコしている土の四天王、鋼のインゴットを製錬したマッディーの頭を撫でて、「ありがとう」と礼をする。手を伸ばすマッディーの体を持ち上げ、ぎゅっと抱っこしてやると、マッディーは魔王の肩にあごを乗せ、嬉しそうに抱き着いた。
それを見て他の四天王たちが、「いいなーいいなー」という顔をした。
すっかり夜が更けて真っ暗になり、そろそろ寝ようかという頃、いきなり、城壁の中から、カンカンカンカンと鐘を叩く音がする。
「なにごとだ?」
ゴザを敷き、毛布にくるまって寝ようとしていた商人たちもむっくりと起き上がる。
「火事だ……」
城内の空が明るく照らされている。メラメラと揺らぐ明るさ。火の粉が舞い、煙も上がっている。これは大変なことになりそうだ。
「魔王様!」
ベルが飛んできた。ベルは人間の目には見えないので商人たちは気付かない。二本の支柱にタープをかけただけの簡易テントの前で毛布をかぶってごろ寝していた魔王も起き上がる。タープの中で川の字になって寝ていた四姉妹……というにはいささか無理がある四天王たちも顔を出して、炎に照らされた城壁を見上げる。
「城壁内部で火事です!」
「そのようだな」
正門が開けられて、市民が一斉に城壁外に走り出てくる。避難であろう。
「……こりゃまずいぞ。風向きを見ろ」
商人の言葉に煙を見ると、城壁に近い部分で燃え広がっているようだが、風は市内に流れている。ほうっておけば市全体が炎に包まれるかもしれない。
「魔王様、どうします?」
サーパスが声をかけてくる。
「みんな、こういう時、どうすればいいかわかってるな」
四天王が頷く。
勇者が魔王城で大暴れして、城が炎に包まれたことなど魔王の歴史上何度もあった。全員で消火活動をしたことが一度や二度ではないのだ。とても他人事とは思えない。
「しょうがない。乗り掛かった舟だね」
「舟なんて乗ったこと無いけどね」
ファリア、スワンが立ち上がる。
「あら、わたしはありますわよ」
身を起こしたサーパスを魔王がお姫様ダッコする。
「マッディー、留守番するか?」
「……行く」
「よし来い!」
正門に向かって駆け出す魔王一家を、商人のみんなが口をあんぐりさせて見送った……。
次回「5.魔王、火事を消す」