39.魔王を追う者たち
カイルスが王都に到着すると直ちに国王に召喚された。
いきなりな話ではあるが、経過報告はしなければならない。剣士カイルスは元々王国の騎士であったからだ。
「勇者だったダイルは今何をしておる?」
「魔王城で城が放棄されて無人なのを確認した後、プルートルの転送の皿が稼働していないため、金鉱山からの金貨輸送の護衛として輸送馬車隊に随行しております。あと数日で王都に到着するものと思われます。自分もそれに同行をしておりました」
「ふむ……」
国王は顔をしかめたがそれ以上は聞かれなかった。
「あの、ダイルはもう勇者ではないと……?」
「とっくにそういうことになっておる。魔王を殺してしまったのだからな」
王は何を今さらと言う顔だ。
「『魔王は生かさず殺さず』、そういう契約であるとお主も承知しておったはずだが?」
同席していた教会の大司教も同様だ。
「魔王が倒された。ならばそれはそれで良いのだ。国政には何の影響もない。この話はもう終わりだ。勇者制度は廃止した。今までも十分利益を上げただろう勇者にこれ以上の国政からの補助は無い。今までたっぷり稼いでは散財してきた金で、余生を十分に楽しんでもらえばそれでよいと我らは既に通告しているはずである」
魔王無き今、勇者制度にはもう何のメリットもない。今後はデメリットのみが残る。王が言うのはそういうことかとカイルスは少し、白けた。稼いだカネなんてとっくに勇者が散財させているし、一緒に遊ばせてもらって自分もいい思いもしてきたのは事実である。
「カイルス、騎士として職務に戻るか? 近衛隊副隊長ぐらいの地位は用意できるが……。もちろんゆくゆくは隊長だ」
「いえ、今は魔王城から逃走した魔王を追いたいと思います」
カイルスの言葉に王も、司教も驚いた。
「魔王がまだ生きている!?」
「その逃走ルートを神官メイザールが確信を持って追っていました」
「メイザールが! 一人でか?!」
司教はそのことに意外な顔をする。
「残念ながらメイザールは魔王と接触、返り討ちに合って殉教しました……」
「メイザールが、か……。あやつ、魔王など赤子の手をひねるがごとくといつも言うておったのに……。それは本当なのか?」
「はい、街道に埋められていた遺体を発掘し確認しました」
「確かに魔王にやられたのか? メイザールは教会最高の聖魔法の使い手、魔族には無類の強さを持っておったはずなのだが」
「どうして敗れたのかは不明です」
「ふーむ……」
王と司教は顔を見合わせて頷いた。
「して、その魔王、もし本当に今も生きているのだとしたら、今後も我が国への脅威となり得るのか? その軌跡に、何らかの被害、略奪はあったか?」
「それが不思議なのですが、メイザールが追っていた魔王、みすぼらしい荷車を引いた男で数名の共を連れ、あちこちで人助けなどしながらわずかばかりの金を稼ぎ、南下しているようなのです」
「人助けだと?」
「荷車を引いておる?」
二人、これにもびっくりである。
「開拓村を暴漢から守ったり、火事を消したりしているようで……」
「それ、本当に魔王なのか? 魔王がそんなことやるか? 人間を殺し、奪い、空でも飛んで村々を襲って回っているとかならまだ話は分かるが」
「とても信じられん」
「事実なのです!」
カイルスは大声をあげてしまった。あのメイザールが命を賭して集めた情報なのだ。信じてもらえなければ話にならない。
「……あり得んが、まあお前がそう思うなら、引き続き魔王を追っても良い。好きにしろ。もしそんな男がいるのだとしても別に国には脅威になる話ではない。お前の処遇についてはその用が済んだ後でも構わんぞ」
「はっ」
返事はしたが、カイルスは王と司祭、二人ともまったく信じてなくてどうでもいいと思っているのは明らかだと思った。まあ仕方がない。自分だってメイザールが言ったので無ければ信じなかったに決まっている。
「これはメイザールが持っていたペンダントです」
カイルスは黒くなったペンダントを司祭に差し出した。
「これは……バイタルストーン……。メイザールが死んだのは本当だったか」
「もう一度これを私の石にしてほしいのです」
「む?」
「私はこれから魔王を追います。もしメイザールを殺したのが魔王であれば、仇討ちをしなければメイザールが浮かばれません。私が死んだらわかるように。そして、今王都に向かっている勇者ダイルにそれを渡してほしいのです。万一私が敗れることがあれば、勇者が代わって魔王を追えるように」
「承知した。では……」
司祭が手渡されたメイザールのバイタルストーンに術式を掛け直し、それをカイルスの石とした。
「確かに勇者に渡しておこう」
「ありがたき幸せ。では」
「待て」
立ち去ろうとした剣士カイルスに司祭が声をかけた。
「聖剣の反応が無くなっておるのだ。勇者の聖剣はどうなった?」
「はあ……、それでしたら、折れましたが」
「折れた!」
王と司祭、これには本当に驚いたようであった。
「あの、聖剣の反応とは?」
「……今まで言わずにいたが、その聖剣、教会の法術で位置がわかるようにしていたのだ。勇者が今どこにいるかわかるようにな……。その反応が無くなっているのだよ」
今までの行動、筒抜けだったか……とカイルスは思った。まあそれも王国としては当然の処置であろう。別に不自然なことではなかった。
「聖剣が折れたということは、役割を果たした、ということなのであろうな……」
「うむ、魔王は死んだ。あるいは死んだも同然と神が見放したか……」
頷き合う二人に、カイルスはやはりそういうことかと納得いった。
「では私はこれで」
もうさっさとこの場を去りたい。自分がこれからやろうとしていることがこの二人には全く無駄で意味のないことだと言われたに等しい。カイルスは失望し、それ以上何も言わずに国王の前を退席した。
カイルスが去った後、王と司祭は顔を近づけてひそひそ話をする。
「かつて古の勇者たちが魔王城から持ち帰った魔道具たちが、ことごとくその動きを止めてしまった……。魔王城の廃城と共に供給されていた何らかの力が、本当に無くなってしまったのだ。初代勇者が魔王城から奪ってきた、その『聖剣』とやらも、それと同じだったのであろう」
「これから忙しくなりますね」
「もう我々は、魔王の恩恵無しの経済を立て直さなければならんということになるか。魔族も魔物も倒し尽くし、もう勇者を輩出できぬとなれば、各国との有利な関係も一からやり直しだ」
そう言って二人はため息ついて、うなだれた。
「……それにしてもメイザールが死んだとは」
「よい。厄介者が一人いなくなったというところか。教会にとってもありがたいのではないか?」
「そうですね……。魔王無き今、どう処遇すべきか教会でも持て余していたというのが正直なところです」
「うむ……。あと二人」
「今は放って置くのが一番いいでしょうね……」
それを聞いて、頷いた王は玉座から立ち上がって部屋を出ていった。
次回「40.魔王、反撃の手段を探る」




