37.魔王、魔族と邂逅する
王都を通らないルートは案外簡単に見つかった。
魔王は今まで王都に向かって北から南に進んでいた。
だが、ここで東にそれて寒村が続く道に進路を変えたのである。
荷車を引くにはどんどん道が悪くなってきたところで、一つの村で村人に王都を避けて南に進む道を聞いたところ、多少山道ではあるが迂回路があることを教えてくれた。
予想した通り、王国が通商の中心に必ず王都を通らなければならないようにした街道整備が続き、移動の手段も徒歩から馬、馬車になるに従って廃れてしまった旧道がちゃんとあった。わざわざ王都を山を登って迂回するルートがあると言うのもおかしな話だが、聞いてみるとかつて山の一族が伐採した木材を運送する林道ということだ。昔は馬で丸太を引いて運び出していたものが、植林により低標高の産地でも良質の木材が取れるようになってから次第に使われなくなって放置されているらしい。
「ただ、そこも今はもう危ない道になってしまったな……」と村人が言う。
「なぜです? そんな誰も通らぬ街道、もう野盗山賊も儲けにならずに住み着く奴もいないでしょう?」
「野盗じゃないよ。魔物さ。この山に得体のしれない化け物が住み着いているという目撃例が前からあってね、王国に報告してもなしのつぶてで、今は本当に誰も通らなくなってしまった……」
「魔物!」
久しぶりにその名を聞いた。多くの魔物、魔族が歴代の勇者に狩られ、絶滅してしまった。とっくに滅びてしまったと思っていた。もし生き残りがいるのなら、ぜひ会ってみたい。
「その魔物に旅人が襲われたとか?」
「うんにゃ、いるのを見ただけ。人を見つけるとすぐいなくなっちまうらしい。ただおっかなくて通れないのは仕方ないだろ」
迷惑そうに村人が答える。
「なんだったらアンタ始末してくれないかね。それならみんなも通れるようになるんだが……。ま、あんたそんなに強そうにも見えないか」
「やめときます」
「ああ、素直に王都に引き返したほうがいいさ」
「なぜ王国はその魔物を放っておくのですか? 勇者が喜んで仕留めに来そうですが」
「そんなもん勇者が狩るまでも無いんだろ。俺たちみたいな貧乏村は謝礼も払えないし、国も税収が上がるわけじゃない。旧道を止めて誰もが王都を通るようにって政策をずっと続けているわけだし」
「ありがとう。引き返させてもらいます」
魔王はそう礼を言い、村の郊外で夜になるのを待ってから、村をこっそり通り抜けて、その旧道を四天王たちを引き連れて荷車を引いて進みだした。
「魔王様! この先にドラゴンがいます!」
「ドラゴン!」
斥候をしていてくれたベルからの報告に魔王は驚いた。ドラゴンは勇者の大好物。とっくに絶滅させられていたはずだ。
ドラゴンは、魔族。つまり話ができるタイプの魔物である可能性が高い。できない野生種もいるのだが。
魔族と魔物、何が違うかと言うと、話ができて意思の疎通ができるのが魔族、本能で生きるただの野生動物同然なのが魔物となる。
何か話ができるかも知れない。情報がほしいわけではない、話ができるだけでもいいのだ。自分たち以外に生き残っている魔族がいると言うだけでも十分に喜ばしい。魔王は荷車を引きながら走り出した。
見ると、確かにドラゴンが街道を歩いていた。
大きさは…牛より大きいぐらいだろうか。ドラゴンというものは城壁から顔を出せるほど大きいのだが、子供なのかもしれない。
ドラゴンは魔王が引く荷台のガラガラ音に振り向き、ギョッとし、そして羽ばたいて逃げようとした。
「待て! ちょっと待ってくれ!」
そう声をあげても止まるわけもなく、ドラゴンが宙に浮きかけたとき、スワンが「はっ!」と声をかけ、魔法を展開した。
「ぐはっ」とドラゴンはのどを詰まらせ、どすんと落ちた。
風属性魔法のスワンが最近身につけた真空域の魔法である。翼が揚力を失い、一時呼吸困難になったドラゴンはゼイゼイと息を荒げて頭をたれた。
「こ、こ、殺さないで! お願いします! 悪いことなんて何にもしていません! 見逃して!」
うわっ。こりゃなんてヘタレだと魔王は思った。ドラゴンと言えばやたらプライド高く威張り腐った種族と相場が決まっている。だがともかく言葉が通じるのはありがたい。姿はドラゴンでも言葉が通じない野生種のドラゴンだっていたのである。
「なにもしない……。ちょっと話がしたかっただけだ」
「ホントに? ホントになんにもしない?」
「ああ」
「勇者じゃないの?」
「違う。俺たちは魔族だ。お前と同族。安心しろ」
「う、うう、うええええ――――ん!」
ドラゴンが泣き出した。うわっこりゃめんどくさそう……と魔王はあきれた。荷車とその周りにいる四天王たちもびっくりだ。
「なにも泣くことないだろう。なにかあったのか?」
「そうだよ。誇り高きドラゴンの一族がそんなに簡単に泣いたらダメでしょ」
「す、スワン様! なんでここに!」
荷車には乗らず歩いていたスワンを見てドラゴンがまた驚く。
「知り合いだったか」
魔王が言うと、「いや、ドラゴンの一家なんて少しは知り合いいたけど、子供まで全員ってわけじゃ……。ドラゴンの子供なんて見た目どんどん変わっていくからすぐに誰が誰だかわかんなくなるし」とスワンも困り顔だ。
「パペッツァリです。パーペトラパインプの娘の」
スワンはあーあーあー、いたかもしんないという顔だ。
「女の子なのぉおおおおおお!」
「パ行多くて名前ややこしっ!」
サーパスとファリアに余計なことを言うなと一睨みしてから魔王は静かに話し出す。
「よく生き残ってくれた。お主、勇者からずっと身を隠していたのだな」
「はい、両親を殺され、私だけ逃げ回っているうちにこんなところに……。見たとたんものすごい魔力を感じまして、勇者かと思いましたが、スワン様と一緒にいるってことは、まさか魔王ファルカス様では……?」
「もう魔王ではない……。余は……、俺は魔王城を離れ、今やお前同様、勇者から逃げる身だ」
「おいたわしや魔王様……」
四天王全員が、いやそこは「情けなや魔王様」だろっと心の中でツッ込んだのは秘密である。
「俺はお前たちに謝らなければならない。魔族を守れなかったな。すまない。俺には魔王たる資格がない。お前の両親も守れなかった」
パペッツァリはさめざめと泣き出した。
「いいえ、勇者が強くなりすぎたのがいけないのです。私の祖父たちもいつも勇者を返り討ちにして一族を守ってくれましたのに」
正直に言えば魔王の仕事は魔族を守って戦うことではないのである。
魔王は魔王城で勇者を待ちかまえる、いわば生け贄だ。勇者という者が現れてからそうなった。すべての魔族を統一支配したからと言って、すべての魔族の面倒など見れるわけがない。
勇者は魔王を人類の最大の脅威、敵と定め魔王の首だけを狙ってやってくる。邪魔な魔族、魔物を倒しながら、魔王城だけを目指して。
そうすることによって間接的に魔王は他の魔族を勇者の脅威から守っていた。魔王は魔族の中から一番強い者が選ばれ、魔王城で勇者をおびき寄せる役を引き受けていたということになる。
まあ生け贄と言うほど悲壮なものでもない。要は勇者をコテンパンにやっつければいいだけの簡単で楽な仕事。ところがそれが勇者が魔族や魔物を手当たり次第に殺すことでレベルアップするという、常識外に強くなる手法が確立されてしまったためにここ百年の間にその理が崩されてしまったのである。
これに対抗する手段を持たない、人間を殺しても魔物を殺してもレベルアップなどするわけがない魔王はあっという間に連敗を続け、ただ単に勇者に搾取され続ける存在に成り下がってしまったというのが今の魔王だ。
「ほとんどの魔族、魔物が狩り尽くされて、絶滅してしまった今はもう、魔王の存在意義などないのだ。許せ」
魔王は素直にパペッツァリに頭を下げた。
「あの、魔王様はこれからどちらへ……」
「南に向かおうと思っている。南には海がある。海があるからどうだということはないのだが、それでも、魔王城からは最も遠いところだ。そこで安住の地でも見つかればよいと思っているが」
「海……」
パペッツァリが思いを馳せるようにつぶやいた。
「私も連れていってくれませんか!」
パペッツァリの申し出に驚いた魔王であるが、それに対して四天王たちが一斉に「ダメよ!」と声を挙げたのにはさらにびっくりだ。
「あんたねえ、親が勇者に殺されてから何年経ってる?」
「に、二十年……」
「二十年もなにやってたの! 何代前の勇者の話よ! いつまで親を殺されたかわいそうな子供気分でいんの! いまいくつなの!」
スワンが怒る怒る。
「よ、四十歳ですが」
「大人もいいとこじゃない! いい加減子供ぶるのをやめて独り立ちしなさいよ!」
「いや、ドラゴンで二十歳とか四十歳とかまだまだ子供ですが……」
これには四天王一同あきれる。
「そりゃあんたらは千年も二千年も生きるでしょうからまだ子供気分かもしれないけどね、経験した時間は私らと何も変わらないでしょ。そんなの話にならないわ。だいたいアンタみたいにデカくて目立って、どうせめちゃめちゃ大食いするやつなんか連れて歩ける訳ないでしょ。宿にだって泊まれないわ! アンタよりずっと小さい動物たちだって自分で飯を食って誰にも頼らず生きてるわよっ!」
四天王全員がそうだそうだという顔である。親を殺され、自立して、自分の食い扶持は自分で調達する。そんなみじめなことはここにいる四天王がとっくに経験済みのことなのだ。甘ったれるなと言いたい。
「……お主、人の姿に変われるか?」
気の毒になり、魔王は一応パペッツァリに聞いてみる。それを聞いて四天王たちが一瞬緊張する。
ドラゴンが人の姿に変身して、人間に紛れるなんて能力の話はいろいろあるのだ。美女になったり美少女になったりとか……。
「できません……」
終了。
考えてみれば当然だ。牛一等分の大きさがあるドラゴンが、それより小さな人間になんて変身できるわけがない。質量保存の法則である。
「残念ながら仕方がないな。パペッツァリ、お前は今まで通り身を隠しながら、もしかしたらこの世界にまだ生き残っているかもしれない番をさがすんだな。魔王城から遠い方がいいだろう。こうして出会えたことは僥倖であった。汝の幸運を祈る。勇者に見つかるなよ」
そうして魔王はまた荷車を引き出した。
「待って下さい!」
パペッツァリは魔王たちを引き留めた。
「せめてなにかお役にたたせて下さい」
「何かと言われても今は特に……」
「魔王様は王都を避けて南に向かうのでしょう?」
「そうだが」
「でしたら、私が荷物を運びましょう」
「どうやって?」
「こうして!」
そしてパペッツァリは飛び上がり、荷車をつかんで翼をはばたかせた。
ぶわっさぶわっさ。周りに砂ぼこりが立つ。
ぶわっさぶわっさ。
ぶわっさぶわっさぶわっさばさばさばさばさあああああああっ。
サーパスとマッディーが悲鳴を上げて乗ったままの荷車は少し浮き上がっては地面に落ち、全く浮かない。
パペッツァリは必死なのだが、荷車に全員乗せて飛ぶのは、どう見ても無理そうだ。
「……もういい。無理するなパペッツァリ」
「申し訳ありません! でも、どうしてもなにかお役に立ちたくて!」
「自力で南に向かえるか?」
「南って、方角が私には分かりませんが……」
「仕方ないな。これをやるよ」
そうして、魔王は方位磁石にひもをつけ、パペッツァリの首にかけてやった。トーマスの実験を見て自分でも電磁気学の研究をしてみようと購入したが、方位磁石はどこの雑貨屋でも手にはいるし、魔王たちは方位磁石など無くても太陽や星の位置でどっちが南かぐらいはすぐわかる。使い方は簡単だしパペッツァリもすぐ覚えた。
「でも、南に着いたとしても、安全かどうかは……」
「勇者は例外なく王都から北の魔王城に魔物を狩りながら北上する。南にはまだ狩られていない魔族や魔物たちがいるやもしれん。ここよりも安全だろう。今だって昼は歩き、ねぐらを変える時は夜だけ飛んで移動していたんだろ?」
「よくわかりますね、勇者が怖くてそうしていました……。でも南に着いても、どうやってまた魔王様と再会すれば……」
「目指す場所は同じなのだ。どうせまた会える。また会う日を楽しみにしているぞ!」
こうして、魔王一家はもう最終回まで登場しないパペッツァリに別れを告げ、再び南に向かって荷車を引く。
なんて無責任なと思う無かれ。あんな四十過ぎの「少女」という微妙すぎる厄介者、メンバーに入れずに済んで、四天王一同安堵したし、正直魔王もほっとしていたのであった……。
次回「38.魔王を追う剣士」




