35.魔王、神官と闘う
「地図によれば、このまま進めば王都に入ってしまうな」
街路で荷馬車を停め、魔王が地図を見直す。
「王都かあ……、さぞかし居心地がいいとこなんだろうね」
「美味しい食べ物がいっぱいあって、宿も豪華で……」
ファリアとスワンがうっとりする。
「豪遊するほどの金は無いぞ」
「うっ」
魔王の一言に二人、黙る。
「我らは追われる身。長居できる場所も、見つかる可能性が高い所も通るわけにはいかん」
「でもその地図だと、どうしても王都を通らないといけないようになってますね」
妖精メイドのベルも地図をのぞき込むが、すべての街と街をつなぐ街道が王都を中心に放射状に広がっている。
「すべての道は王都に通ず……か。避けて通るには……」
「山越えですかね」
簡単に言ってくれるベル。
「あのなあ、この荷車を引いて山を登れると思うか?」
「うーん、それはさすがに無理かも」
「とにかく、どうにかして王都を避けていく道を探さねば」
もしどこに行くのでも王都を一度通らなければどこにもいけない。そんな欠陥だらけの街道整備などするわけがなく、ちゃんと王都を避けて抜けられる街と街をつなぐ街道は作られているはずなのだ。このような国が整備する王都を中心とするための戦略的、または経済的街道ではなく、普通に旅人が行き来できる裏道が。
「それも無理でしたら、どうします?」
「……王都を早々に通り抜けるしかないか」
魔王は深く頷いて、「まず山を通り抜けるルートを探る。王都を抜けるのは最後の手段だ」
四天王全員、うんざりしながら同意するしかなかった。
「旅の者にでも聞いてみるか……」
そして、魔王は次の街に荷車を引き出した。
幾人もの旅の馬車とすれ違って、人通りも少なくなってきた夕暮れの街道。そろそろキャンプ地でも決めようかという頃、その激しく馬を走らせてきた男は、荷車を追い抜いて手綱を引き、馬をいきなり止めた!
魔王はその男に見覚えがあった。一瞬でわかった。
勇者パーティーの男だ!
確か後列で魔法を発動させていた神官の男!
体に震えがくる。何度かやり合って、そのたびに敗北を味合わせられた男。
いや、大丈夫だ。自分は全身に鎧を着ていた。自分のことを魔王とわかるはずはない。
魔王は素知らぬ顔をしてそのまま歩みを進めようとしたが、馬から降りた男はそのまま荷車の前に立ちはだかった。
「こんばんは。魔王様。探しましたよ」
男はニヤリと笑い、挨拶のように両手を斜め下に広げた。
「ま? なんのことですか?」
一応とぼけてみる魔王。しかし、荷台に乗るサーパスとマッディー、横に展開してスワンとファリアが厳しい目つきで身構える。もうこの時点でとぼけようがなくなった。隠れるようにベルも防御結界を張った。
どんっ!
いきなり魔法の波動が来た!
男は豪華に装飾された杖を軽く振っただけである。
その波動をまともに食らって、四天王たちは問答無用で吹っ飛んだ。
たった一撃、たった一撃の魔法を受けただけで全身に大ダメージを受け立ち上がれなくなる四天王たち。
ベルの防御結界は簡単に砕かれて貫通してしまっていた。
「おや、先制攻撃にしてはちょっとやり過ぎましたか。もう少し、楽しみたかったのですけどねえ……」と言って神官の男は微笑む。
かろうじて今の波動を受け流し倒れずに済んだ魔王は、震える体で荷車の引手をまたいで離れ、「なぜわかった?」と問う。四天王たちに背の後ろで「(逃げろ)」と手で合図を送る。
だが、倒れ、あるいは荷台に崩れる四天王たちが動ける様子はない。
「レベル差というやつは非情ですね。あなたたちがどれぐらい強いか知りませんが、レベル88の私にも到底及ばないようですな」
「質問に答えてもらおう。なぜ俺が魔王とわかった」
今更否定しようがない。今の波動は魔物に直接ダメージを与える聖魔法だ。
自分たちが魔族でなければこんな大ダメージを受けるわけが無いのである。とぼけようがなかった。
「魔王様、あなたは人間の勇者に負けて、ついに魔王城を放棄なされた。そしてここに来るまでに、人間に取り入るべくあちこちでずいぶん善行なさったようですなあ。開拓村を守ったり、火事を消したり、ここに来るまでにマリアラ熱の治療までなされたそうで。人間を代表してお礼申しあげておきましょうか」
皮肉っぽく頭を下げ、笑う男。
「ですが、いまさら善行を重ねたところで、あなたたちの罪が消えるわけではないのです。神はお怒りです。我ら勇者たちにあなたを倒せと命じておられることは何も変わりが無い」
「罪? 我らに何の罪がある? お前たちが勝手に魔族に侵攻して略奪を繰り返しただけであろう。我ら魔族はお前たち勇者一族のために多くが滅ぼされた。我らより人間に害を成したことなどないはずだが、いまさら何の用がある!」
「魔族はですね、存在そのものが悪なのです。その存在は消し去られて当然のもの。そんなことはとっくにご承知だったのでは? だからこそ魔王城を離れたのでありましょう?」
「はっ!」
魔王はここまでに、練りに練った最強の雷撃魔法を男に叩きつけた!
だが、その雷撃はドーム状に放電が拡散し、男の足元周囲をマグマのように溶かしただけだった。
「ふっ」
再び男が軽く振った杖から、今度は魔王に突き刺さるような聖魔法の波動が飛んでくる。避け損ねた魔王の肩に当たり、腕が後ろにねじれ、骨が折れる!
「おいたはいけませんねえ。私の結界魔法は絶対です。どんな魔法も、物理攻撃も通らない。私はねえ、これをいつも勇者と剣士にかけていました。魔王城で私たちと闘っていて気が付きませんでした?」
「気づいていたさ。あの強さは勇者のもの。だがあの防御力はお前のものだ」
「そういえば後ろに控える私に攻撃してきたことはなかったですねあなたは。なぜそうしなかったのです?」
「……弱い者から先に倒して魔王でいられるか」
「弱い者いじめは卑怯だと?」
「ああ」
ドズン!
また杖が振られ、強烈な一発が来た。倒れ、地に伏せる魔王。
「くだらない。そんなくだらないことにこだわっているからあなたは負けるのです。私は一人でもあなたごとき簡単に倒せるのですから、それを弱い者いじめと言うのは逆恨みというもの。むしろ今まで手加減してあげていたことに感謝してほしいですね」
苦痛をこらえて起き上がる魔王。圧倒的な実力差だ。この男はこんな力を今まで隠していたのかと驚くしかない。こんなに差があったのかと今更震えが止まらない。
じわじわと自分の力を、まるでいたぶるようにしつこい攻撃で少しずつ削ってゆく勇者や剣士の闘い方とは違う、魔物にしか効かない聖魔法……。
勇者と剣士の剣はある程度は防げた。二対一では結局それはただの時間稼ぎにしかならなかったが。
だがこの魔法は防ぎようがない。防ぐ手段がない。いくら考えても対抗する手段がない。それは今までの戦いからでもとっくに分かっていた。奴の防御魔法は絶対だ。だから魔王は魔王城から逃げるしかなかったのだ。魔王は死さえ覚悟した。
「『何の用だ』、と申しましたね。そうですねえ殺してやるとは言いません。あなた不死ですから。でもその存在を跡形もなく消し去ることは聖魔法なら可能ですが……。欲を言えば、魔王城に戻ってまた魔王をやっていただきたいところですね。永遠に勇者に倒され、金銀財宝を略奪されるにまかせ、これからも我が国の繁栄に尽くしていただければありがたいところです」
「断る。何を勝手なことを……」
「まあ、それも無理になりました。この大陸にはもう倒せる魔物も魔族もいない。あなたたちが最後の生き残りです。次代の勇者がレベルアップすることはもうないのですから、魔王をこれ以上生かしておく必要もなくなりました……。私たちは最後の勇者パーティーと言うことになりますかね。別にありがたくもない栄誉ですけど」
そう言い切って男は醜く、声をあげて笑った。
「最後の魔物との戦いがこれでは、どうも面白くありませんねえ……、肝心の魔王がこうも無抵抗では話になりません」
「俺はもう魔王に戻るつもりはない。後世に残す物語なら勝手に捏造して好きなように書けばよかろう」
「そんなのでは教会信者は喜んでくれません。あなたにはもう少しみっともなく足掻いてもらわねば」
神官の男はよりいっそう、残忍な顔になって笑った。
「ではあなたを慕って、ついてきてくれた仲間のお嬢さんたちから先に倒すところを見せてあげましょうか……。そうすればあなたももう少しは本気を出すのでは?」
「や、やめろ!」
ふわり、聖なる魔法が下りてきて四天王たちに降りかかる。
それは穏やかな回復魔法であったが、四天王たちをほんの僅か回復した。
「やはり魔族には聖魔法の回復は効きにくい。つまらないですねえ……」
動けるようになったサーパスから氷の矢が飛んでくる。
全て結界障壁で跳ね返される。
マッディーの地底からの槍が突き上がるが、すべて折られた。
スワンの風切り刃が直撃するが、ドームに守られて男は微動だにしない。
「こんのやろうううううううう!」
荷車から鉄樫の棒を引っ張り出したファリアがそれを振りかぶって打ち下ろす!
「無駄です!」
男はドーム状に張られた防御結界の下で苦笑し……。
「ぱぼっ」
その棒を変な声を上げて自らの頭蓋骨で受け止めた。
「え……」
「な……」
ファリアと魔王からは意外な声が出た。
そして神官の男は、頭蓋骨に棒をめりこませ、ぐしゃぐしゃに砕かれて、その場にゆっくりと倒れた……。
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次回「36.魔王、種明かしをする」




