33.四天王、誘拐される
ようこそ、グレイブストウンへ。
そんな看板が入場門にかかっていたその街はどうにも嫌な感じがしていた。
商業都市タートランの次の都市、グレイブストウンは、町が静かで人通りも少なく、全体に雰囲気が暗かった。
ようこそ、グレイブストウンへ
警備兵の詰め所はあるが、治安維持の人員も少なく、街のあちこちに指名手配犯の張り紙がなされ、行き交う馬車はやたら飛ばしていて交通マナーが悪い。
薄暗い路地が多く、スラム化している場所もあり、路上で喧嘩しているやつらもいる。歩いている人間たちもガラが悪そうな人間が多かった。
荷車を引く魔王は見向きもされないが、荷台に乗るサーパスとマッディー、横を歩くスワンは男共の目を引くようで、下品な口笛も飛んでくる。
そんな男たちは、大女のファリアがにらみつけて黙らせるのだが。
ようこそ、グレイブストウンへ。
そんな横断幕がちぎれて垂れ下がった街を歩む。
「あんまり長居したい街じゃないな……」
「匂いもヒドイ。悪い奴がいっぱいいそう」
魔王の横を飛ぶ人間には見えないベルも街路に吹き溜まったゴミに顔をしかめる。
「食料を買い込んだら今日中にでも、街を出るか……」
「よし、手分けしてさっさと買い物するぞ。ファリアはマッディーと一緒。サーパスとスワンは荷車に乗って俺から離れるな。金を渡すからメモの通りに。みんな食いたいものや食材があったら言ってくれ」
四天王各自が食べたいものを言い、それをサラサラメモする魔王。
そのメモをちぎって半分を小金袋と共にファリアに渡す。
「二時間たったらあっちの衛兵詰所の前に集合、頼んだぞ!」
そうして、魔王一家は二手に分かれた。
ファリアとマッディーは仲がいい。マッディーから見ればサーパスやスワンは大人な上のお姉さんだが、ファリアは単純で子供っぽいところがあって一番歳が近い感じがするのだろう。恋やオシャレに興味津々ということもなく、二人、一緒に買い食いするのが何よりも楽しみで良いコンビだった。
二人用心して明るい大通りの露店や屋台を回り、串焼きを食べたり、お菓子を買い込んだりと二人、久々の自由時間を楽しんだ。
そして、リストにある野菜、小麦袋などを市場で買い込む。
「よいしょお!」っと、ファリアが小麦袋を肩に担ぎ、「さて、次はどこにいこうか!」とマッディーに声をかけた。
「……?」
ファリアは周りをきょろきょろする。
「マッディー……?」
そんな一瞬の間に、まだ幼い少女のマッディーは、消えていた……。
マッディーは暗い部屋の中で目を覚ました。
「……うっ」
動こうとしたら、手を後ろ手に回され手枷がかけられ、足も同じ枷で拘束されているのに気が付いた。
目が慣れてくると周りが同じく、薄汚い子供たちがぐずぐず泣きながら同じように枷をつけられ、うずくまっているのが見えた。五人ぐらいか。
「……」
そこはどうやら石造りを鉄格子で仕切った牢で、マッディーは、「ああ、誘拐されたんだな」となんとなく思った。
街で一瞬の間に、顔に何か布を押し付けられ、嫌なにおいをかいで、その後の記憶がない。どうやら悪人に薬を嗅がされて連れてこられたんだということは分かった。
「……」
同じく囚われている子供たちにどうなっているのか聞いてみたかったが、人見知りで無口なマッディーにはどう聞いたらいいものか困った。マッディーは自分と同じ年ごろの子供と話をしたことが無かったのだ。
鉄格子の牢獄には明り取りの窓が天井の高い所にある。そこにも鉄格子が入っていて、背も届かないし抜け出せそうもない。
とりあえず立ち上がったマッディーはどうしようか困ってしまった。
すると同じく囚われている男の子が話しかけてきた。汚い服を着たみすぼらしい少年だった。
「きみ、さらわれてきたの?」
「……うん」
それぐらいの返事はマッディーにもできた。
「あいつら、この街の誘拐団だよ」
「……」
「きみを抱えてこの牢に投げ込んできたよ。きっと奴隷にしてよそに売るつもりなんだ。ぼくもやられた……」
そんな奴らがいるんだと、マッディーはなんだか腹が立ってきた。
そうしてしばらく小窓を眺めて外がどんな所なのか探っていると、羽音がして、その明り取りの窓に妖精メイドのベルが取りついたのが見えた。
「あー! いた! 探しましたよマッディーちゃん!」
よいしょと鉄格子の隙間を抜けてベルが入ってきた。どの街にいても魔王が集合をかけると、すぐにベルが飛んできて知らせてくれる。ベルは魔王一家が街のどこにいるかはすぐわかるようで、いつものことだった。
ベルの姿はこの牢の子供たちには見えない。
「あーあーあー、この街の誘拐団にさらわれたみたいですねえ。街に、『誘拐に注意』って張り紙がされてましたよ。ここが誘拐団のアジトってことですかねぇ」
ベルはあきれたように肩をすくめる。
「子供とはいえ、魔王の四天王を誘拐するなんてバカなやつらですよ、まったく……。じゃ、脱出しましょうかマッディーちゃん」
マッディーはその場で、自分にはめられていた木製の手枷、足枷を見る見るうちに腐食させ、子供の手でも簡単に壊せるぐらいにボロボロにして手足から落とし、パンパンと埃を払った。
そして、同じくとらわれている子供たちの手枷、足枷も外してやった。
それから正面の鉄格子をドロドロに溶かし落として牢を開放した。熱で溶かしているわけではなく、魔法で鋼や金属、鉱石を精錬する要領なので火傷はしない。
「え、すごい……。それ、魔法なの?」
さっき話しかけてきた男の子もびっくりである。
拘束を解かれ、鉄格子もなくなったので子供たちが恐る恐る外をうかがう。
「待って」
マッディーが声をかけて全員が止まった。
ここから建物を出ようとしても、途中で盗賊団の誰かに見つかってしまうに決まっていた。奥に見張りぐらいいるだろう。
「(……この窓の外はどうなってるの?)」
マッディーが小声でベルに聞くと、「(スラム街につながってる通りですよ)」とベルが答える。
マッディーは次に小窓の鉄格子も溶かしてしまい、溶かした鉄格子の鉄片を空中に浮かして整形し、鉄のはしごを作った。それを小窓にかける。
「……ここから逃げて」
驚いていた子供たちだったが、一人、一人、はしごを上って、きょろきょろと怯えながらも小窓からスラム街に逃げて行った。
なぜか最初に話しかけてきた男の子は、登らないでそこにいる。
「……はやく逃げて」
「女の子残して逃げられるかい! きみが先だ!」
「……わたし、ちょっとやりたいことがあるから」
「だったら、僕も逃げない!」
マッディーはそこに座って、ふわぁああと欠伸した。
少年も、なんてのんきな、と思いながら、マッディーのことが心配なのか、隣に座った。ベルも、そういうことかと「とりあえず魔王様に知らせてきます」と言って小窓から飛んで行ってしまった。
そうして待っていると、いかにもチンピラ風の男が一人、籠にパンと水を持って奥の扉を開けて入ってきた。
「え、あれ? なんで鉄格子、なくなってんだ?」
男が仕切りが無くなった牢獄に座り込む二人を見て驚いた顔をする。
そして、バッタリと倒れて即死する。
「ええええええ――――!」
男の子はびっくりだが、金属元素を自由に操るマッディーの即死魔法だ。
血液中から赤血球の鉄分を根こそぎ奪い、脳に酸素を運ぶ手段を無くす、魔力消費量が少ない魔法である。少なくても、そんな事ができるのは非常に高度な土魔法技術が必要なのは当然だが。
殺し方なんて何通りもあるが、マッディーにしてみればとりあえず血を見ないで済む一番汚くない殺し方をしただけと言うことになるか。
マッディーは男が床に落とした籠を拾い、パンと水を男の子に差し出した。男の子は震えながらそれを食べた。お腹がすいているようだった。
しばらくして他の人相の悪い男共が何人か入ってきたが、全員その場で殺した。
魔王たちもそうだが、マッディーもまた、こういう野盗、犯罪者の人間を殺すことに何のためらいも、罪悪感もなかった。死んで当然、生かしておくと悪いことばかりすることをよくわかっていたのだった。
だんだん奥が騒がしくなってきて、男たちが入ってきては、怒声を上げて踏み込んでくる。入り口には倒れて重なる汚い男たちの死体がもう山積みである。
「す、すごい……。これ、きみがやってるの?」
「……知らない。勝手に倒れただけ」
「いやいやいやいや! そんなわけないから!」
男の子はちょっと怖くなってきたのか、「ごめん、ぼく、やっぱり逃げる。きみ、なんか平気そうだし……」と言って立ち上がった。
「助けてくれてありがとう」と頭を下げてから、梯子を上っていった。
「……わたしも後で逃げるから」
つぶやいたマッディーは、早く行けと手を振った。
少年の姿が消えてから、マッディーは「……ありがと」と言って、少し寂しげに、笑った。
そうして次に来る者を待っていると、奥から足音がして、魔王とファリアが乗り込んできた。
「マッディー! 無事だったか?!」
魔王は死体の山を飛び越えて、マッディーの元に駆け込んで抱き上げた。
すぐ横には妖精メイドのベルが飛んでいる。
「……平気。なんともない」
ファリアは死体の山を見て、安心したのか「あーあーあーあー、こうなるよねえ……」と苦笑した。死体を蹴り飛ばしながら歩いてくる。
「こいつら例の児童誘拐団ですよ。子供を誘拐して奴隷として売るんです」とベルが言うと、「マッディーがかなり始末はしてくれたが、残党はいるんだろうな……」と魔王はやれやれと首を振る。
「こいつらを従えてるボスもです」とベルが答える。
「どうやら街を出る前に一仕事しなきゃいかんようだ」
「だねえ」
ファリアも頷く。
「んじゃ、情報集めてきます」
ベルが外に飛んでいくと、魔王は抱き上げたマッディーを連れて、誘拐団アジトを立ち去った。
その夜、この街を裏から支配していたドン・バルソラートの屋敷と、それを取り締まる立場なはずのグレイブストウン領主コルリオス侯爵の屋敷が炎上し、全焼した。
なぜか屋敷から逃げ出せた者は一人もなく、不思議に火災は街に延焼することもなく綺麗に敷地内だけで崩れ落ちた。
焼け跡からは誰かも見分けのつかない、おびただしい数の焼死体が発見されたとのことである。
次回「34.魔王を追う者たち」




