32.魔王を追う神官
魔王城最前線都市、プルートルに着いた神官メイザールはさっそく領主に面会を求めた。教会の権威を笠に着て有無を言わさず乗り込んだというほうが正しいか。
「言うことはそれだけですか?」
「いや、我々は魔王たちの反撃から守るために兵で村の護衛を……」
「村を接収し、魔王城に乗り込むための拠点にしようとしたこと、すでにバレています。今更どんな言い訳も通用すると思わないように。すべて正直に話さねばあなたを逮捕させます」
「ぐっ……」
さすがにプルートル領主が青くなる。
「帰還した兵士は?」
「半分は帰還できず途中で死んだ。身ぐるみはがされて裸も同然だったが」
「よく帰還できましたね……。で、誰にやられたと?」
「生き残りの魔物の一団にやられたと言っておったが」
それは嘘だ。兵士たちは領主にも「中年男一人に棒で殴られて撃退された」とは言えなかった可能性がある。
「生き残りの兵士に話を聞きます。すぐに呼び出してもらいましょう」
まだ怪我から治っていない兵士たちを別室に呼び出して尋問する。
「私が勇者のパーティーメンバーであり、教会から全権をゆだねられている魔王討伐の最高位の執行官だと承知していると思う。君たちが開拓村のパーソルを接収しようと女子供を人質に取り、魔王城から略奪を行おうとしていたことすでにバレている。これから嘘偽りを述べたら直ちに教会の名においてこの場で罰する。処刑もあり得るので心して答えるように」
このメイザールの冷たい言葉に兵士たちが震えあがった。
「正直に話せば罪には問わず見逃しましょう。わかりましたか」
「はい!」
そして、突然割り込んだ中年男、そしてデカい女。全員打ち倒され、気が付いたら魔王城の廃墟の中にいたこと。そこには何もなく、身ぐるみ剥がれて武器もなく、全員とても魔王城を攻略できる状態ではなかったので、魔王城をたいして調べることもなく恐怖にかられ、命からがら逃げかえったと。
「魔王城が空で、魔王がいなくなったことは既に君たちの後を調べた調査隊の報告でわかっている。今我々は、魔王が死んだのか、逃走したのかを調べている。その男、どんな男だった?」
「それが、どこにでもいるような普通の中年男で、これといった特徴もなく、聞かれてもどう答えりゃいいもんか……」
「一緒にいたデカい女とは?」
「俺たちより頭半分以上背が高くて筋骨隆々のやたらがっしりした女で……」
「で、棒で殴られたと?」
「はい……」
「なんたる不始末。騎士道不覚悟極まる! それだけで君たち首を飛ばされても文句は言えませんぞ」
「申し訳ありません……」
ここでメイザールは考える。
「その男と、デカい女、魔族ということは?」
「まさか! もしそうだったら俺たちも村人も全員殺されてますよ! なんで魔族が村人を助けるんです? ありえませんて!」
中年男、そしてデカい女。
子供たちの話から女を乗せて荷車を引いている。この者たちは荷車の件は知らない。だが話がとにかく異様である。だいたい倒された後、殺されもせず魔王城に投げ込まれたのなら、それをやったのは魔王か魔族の関係者にきまっているのである。魔王は、もう自分がいない事を人間たちに伝えたかったのか?
異様だからこそ、手がかりになり得る。
その後もメイザールはいろいろ兵士たちに詰問したが、全員あっという間に倒されたのでそれ以上細かいことまで覚えている兵士はいなかった……。
街を歩いて次に冒険者ギルドに道中の資材の買い入れに寄ったメイザールは、ギルドが丸焼けになっているのに驚いた。
「これはどうしたことです?」
「いや、先週に大火事になりましてね、今営業ができないんで……って、勇者パーティーのメイザール様!?」
後片付けをしていたギルド職員が返事をする。
「そうですか、それはお気の毒でした。我々がもう少し早く到着していれば役に立てたこともあったでしょうに……」
「いえいえ、なんかたまたま現場にいた魔法使いの一団が消火活動を手伝ってくれましてね、逃げ遅れた職員の救助や治療までやってくれて」
「なんですって?」
メイザールは詳しく話を聞いてみた。
足の不自由な美女が地面から水を吹き上げて消火をしてくれたこと。
赤髪の大女と冴えない普通な中年男が燃える建物に飛び込んで被災者の救助をしてくれたこと、火傷やケガを治療魔法で治してくれたこと。謝礼の金品も受け取らず去っていったこと。
「それ、たまたまギルドに寄ったSランクのハンターだったんじゃないか?」
「いや、あれほどの魔法が使えるならそれなりに名が通っていて私らでも知ってるはずですよ。大体ハンターならがめつく金をふんだくっていきますしね。あんな連中、ハンターにはいませんて」
不思議な話である。話だけなら強力な魔法を使う魔王の関係者に聞こえないこともないが、そんな連中が火事場を手伝って人助けなどするだろうか。むしろ街に火をつけてそのどさくさに略奪を行ってもいいような連中だ。
詳しく話を聞けば聞くほどメイザールは訳が分からなくなった。
「その男、荷車を引いていませんでした?」
「はあ? いや、そんなのは見ていませんが」
だったら違うのかもしれない。メイザールは混乱した。
魔王、あるいは魔王の関係者らしい荷車を引く男と女たちを追う教会神官メイザールは、勇者にこのことを報告、合流すべく南下を続ける。
次にいかにも勇者が行きそうなところは心当たりがある。あのいかがわしい金鉱山の街だ。
「娼館を回って探さねばならんのか……」と、うんざりしていた真面目なメイザールは、門の衛兵に意外な情報を聞けた。
「勇者様でしたら、金貨の輸送のために商隊の護衛をすべく、役人と一緒に先日ここを出発しましたが」
衛兵はもちろんメイザールが勇者パーティーの教会神官であることを知っているので応対も丁寧だ。
だらだらと娼館で遊び呆けているかと思ったら、そんなことになっていたのか。
「それは、『転送の皿』が止まっているためですか?」
「ご承知でしたか。現在大陸全土で転送の皿が停止していて、流通に大打撃なんです。国はすぐに馬車輸送に切り替えていますが、数も足りなく流通が遅く、混乱しているようですね」
教会の広報で魔王は倒された、勇者は栄誉の退任をした、という情報はもうみんな知っているはずだが、今でも勇者は勇者ということか。
「次はどの街に?」
「産業都市のエディスンです。その後各地を回り金貨を納入しながら、王都に向かっているはずですがね」
なるほど。合うタイミングは逃したが、それでも娼館に入り浸っているぐらいなら仕事してくれている方がまだましだとメイザールは思う。
相手は商隊、今から追いつくのもさほど難しくもないだろう。
「わかりました。後一つ」
「何でしょう?」
「ここに、荷車を引いたおじさ……中年男が来ませんでした? 荷車に女を乗せて」
「あー、いましたいました!」
そいつだ!
「今でもこの街に滞在を!?」
「いえ、一晩だけいてすぐにこの町を離れたようです」
「見た目は? どんなやつらでした?」
連中を特定するのにどうしても必要な情報だ。今度は村の子供じゃなく、警備を専門とする衛兵の話だから詳しく聞けるはず。
「そりゃあもういい女たちでしたよ! 一人は色が白くて、プラチナブロンドでもう胸元むっちりで色っぽかったし、もう一人はスレンダーながらプロポーションが抜群の金髪で、どちらもめっちゃ美人でした。十歳ぐらいの黒髪のこれもめったやたら美少女もつれてましてね、ま、こちらは商売とは違うのでしょうが」
「商売?」
「こちらの娼館街に働きに来た娼婦たちだったんでしょ。あとでっかくてゴツ目の強そうな赤毛の女が護衛についてましたけど、あれも夜は娼婦として好事家相手にヤッてたかもしれませんな。うらやましい、是非お願いしてみたかった。給料日前だったのでね、どこの娼館に入ったのかは知らんです」
頭痛くなってきた……。こいつら女しか見てないのかとメイザールは疑う。
「妙齢の女性が三人、少女が一人と。荷車を引いていた男がいたと思いますが?」
「ああ、冴えないしょぼくれた、でも荷車を引っ張ってくるぐらいだからそれなりにがっしりした中年男でしてね、なんというかこう……いや、全然記憶に残らないような平凡な……。あんなんでも女どもの下郎なのかと思ってましたが」
女ばかり見てこいつら完全に忘れてやがるとメイザールは心の中で毒付いた。
「すみません。でもあんないい女連れてたら下郎の男なんて目に入らんでしょ」
ここでメイザールは考え込む。
「一晩だけ? 娼婦が一晩だけ娼館で短期アルバイトなんてしますかね? そんな滞在期間じゃほとんど稼ぎにならないんじゃ?」
「金鉱山ですからね、ここで出入りの時、持ち金をチェックしますが、金貨二十枚以上たっぷり稼いでいましたよ。おおかたここの金持ちか役人に接待目的かなんかで臨時に呼ばれた高級娼婦だったのかも」
本物の娼婦だったらあり得るが。
だがそんな女たちをあんな開拓村にまで出張させる流しの女郎屋などいるわけがない。
ますますメイザールはわからなくなったが、かといってこの街の娼館を一軒一軒回って「こんな女たちを一晩だけ雇わなかったか」なんて聞いて回るのはお断りだった。
開拓村の子供たちの話では中年男と強そうな女一人。
そこに若い女二人と少女が一人加わっている。最初から五人いたのか、それとも途中で合流したのか。
案外若い女二人は本当に娼婦で、単に道すがら乗せてもらっただけなのか。
とにかく怪しい奴らの風体は知れた、さっさと勇者を追うことにしよう。その先に奴らもいる。メイザールは街には立ち寄らずに門を離れ、次の村に向かって再び馬を走らせた。
次回「33.四天王、誘拐される」




