31.魔王、伝染病を防ぐ
「まず蚊とボウフラの撲滅です。治療は……冷やしてやるのが一番ですが」
「知ってるよ。それが一番患者の苦痛を減らす。高熱も乗り切れるってもんだ。氷がありゃあ一番いいんだがな。だがなあ冬なら風邪ひいてもそこらに氷が張ってるが、この病気が出るのは決まって夏だ。氷なんて用意できないぞ」
「魔法使いなら氷を作れると思いますが」
「そんなやつとんでもなくいいカネ取るだろう! こんな貧乏村で用意できないって!」
「氷を作れる魔法使いがいます。治療を手伝わせてください」
「そ、そりゃありがたい! ……でも、報酬なんて出せないぞ?」
「それで結構。サーパス!」
車椅子に乗ったサーパスがファリアに押されてくる。
「じゃんじゃん氷を用意しろ。村中に配れるぐらいだ」
「はい!」
その場で病室の洗面器いっぱいに氷の欠片をザラザラと作るサーパス。
「え、えええええええ……」
じいさん医者が驚愕する。
「あの、体全部を冷やすのもできますが……」
「ダメだ。手加減を間違えると死なせかねない。氷で丹念に冷やしていくのが一番だろうな」
「はあい」
サーパスに任せると人間を氷漬けにしかねない。体温を測る道具でもあればいいが、この世界にはそんなものは存在しないのだ。
「村に知らせて、家族に医院まで氷を取りに来させてください。ファリア、イノシシでもクマでもいいからなるべくデカい動物をたくさん仕留めて来い」
「いいけど、それでなにすんの?」
「まあ栄養ある炊き出し、スープを作るってのも目的の一つだが、欲しいのは膀胱だ。要するに小便袋。それで氷嚢を作る。患者の熱さましだ」
「うへえ……。まあいいや、やるよ」
「水たまりを見つけたら片っ端からファイアボールをぶち込んでおけ。湯気が立つまでやるんだぞ。ボウフラを駆除しておこう」
「わかった」
「マッディー、白花菊の種あるか?」
こくり、植物を育てることも得意な土の四天王マッディー。ごそごそと自分の荷物袋から種が入った袋を探す。
「大急ぎで栽培、できるかい?」
「……やってみる」
「ベル、蚊の発生源を探してくれ。きっとデカい沼地になってるところがある」
「えええええ――――!」
「……鳥でも虫でも蚊を食うやつらを使い魔にして情報を聞け。探させろ。蚊をエサにしてる連中がいるだろう? わかったらすぐに知らせろよ」
「はいはい」
「私はなにを……」
「スワンは村を回って蚊を吹き飛ばして村に近寄れないようにしろ。水たまりがあったら波を立てろ」
「波?」
「ボウフラは水の流れや波に弱い。水面に浮いて呼吸してるんだ。風を吹き付けて細かい波を作ってやるだけでもけっこう死ぬ」
「それなら簡単だね。水の上に小さい風の渦を作って一日中波を立てっぱなしにできるよ」
「それ全部の水場にやってくれ」
「わかった」
「俺は村の中央に陣取って、電撃を広げる。村の中央に火の見櫓の鐘がありますよね先生」
「あ、ああ……」
「鐘が鳴ったら家に引っ込んで外に出ないように村人に通知してください。六時間ごとにやります」
「村にかい! 村全部にかい!」
「できます。心配しないで。私たちがこの村に滞在している間は外で農作業もしていいです」
「あんた、何もんなんだい……」
ちょっと悲しげに笑う魔王。
「……マリアラ熱で村を失った、元村長ですよ……」
その日から村には蚊が一匹もいなくなった。
新たな患者の発生はなくなったのである。
村の中央ではファリアが次々に持ち込む獲物の解体が行われ、肉が配られる。
イノシシやクマの膀胱が切り取られ、日干しされた後、医院に持ち込まれて、サーパスの作った氷水が入れられて患者の氷嚢に当てられた。
人から人には感染しないため、病人のいる家でもまだ元気な家族はいるもので、病院に来ては鍋いっぱいに氷を受け取っていく。
村の中央では炊き出しが行われ、獣のスープが村人総出で配られている。
植物の促成栽培はマッディーの得意とするところだ。
水浸しになった畑を土魔法で排水してから、ミミズも大動員して良質な土壌にし、種を植えた。
翌朝にはもう芽が出て、夕方にはつぼみができ、明日には花が咲きそうである。そうしたらまた種をとり、畑を広げる予定だ。
白花菊は別名除虫菊。今で言う蚊取り線香の原料。乾燥した草花を炭を使って煙で燻すだけでも除虫効果が期待できる。種を保存し、村で栽培して蚊よけの薬草として一定量を栽培するよう頼むつもりだ。
「大きな発生源、突き止めました!」
村の真ん中で炊き出しの手伝いをしていた魔王の元にベルが飛んできた。
「村に隣接する川の下流。大水で流れが変わって三日月湖になってます」
「よくやった。行くぞ!」
ファリア、スワン、マッディーを引き連れてベルの案内で結界を張りながら進む。
「うわあ……」
川の流れから切り離され、三日月形に残った水がよどんで溜まっている。沼になっており、ボウフラがびっしり沸き、蚊がブンブン飛び回っていてこれは放置しておけない状況である。
「……よしやるぞ」
魔王が力を貯めて、バリバリと電撃を張り巡らせ、地域一帯の蚊が一掃!
ファリアがまるでガソリンを撒いて火をつけたかのように水面に炎を炎上させる。ダメ押しはスワンの作る竜巻。24時間、沼の上で旋回し続け、水を巻き上げては振り飛ばす魔法のスプリンクラーを作る。そしてマッディーの土魔法で水路を掘り、川の水が入ってきて常にきれいな水がたまるように流れを変えさせた。これでボウフラの発生はもう心配なさそうである。
医院に戻ると、サーパスがヘロヘロになりながらも今も氷を生産していた。
それでも氷を受け取りに来る人たちが四分の一まで減ったらしい。
病室の患者たちも、まだまだ油断はできないが、順調に回復中だ。
そちらは子供の患者が多いので、家族が総出で協力してくれていて、どの子供も区別なく氷水の取り換え、額に当てる濡れタオルの交換、食事の世話から下の世話までやってくれている。
熱が下がってすやすやと眠る子供たちの姿にサーパスのモチベーションは上がりっぱなしというところ。無理させすぎないようにサーパスを寝かしてやるのが大変なぐらいである。
一週間が過ぎ、患者の多くは、あとは退院を待つだけとなった。
自宅で療養していた者たちも、自力で起き上がれるようになり、食事がとれるほど回復した。結果的に残念ながらさらに五人の死亡者を出したが、感染拡大についてはもう大丈夫だ。
マッディーの白花菊は今回は使われなかったが、村長が良く話を聞いて、村で引き続き栽培を行うことになった。うまくやって村の特産物にしてくれれば今回の被害の復興の助けになるだろう。
村の人たちはなにかお礼をと言ってくれたが、大水で被害を受け、作物の収穫も期待できず、これから更なる試練が待つであろう村人からはなにももらうわけにはいかない。
「先を急ぐ旅ですので」
そう言って、魔王は再び荷車を引いて歩き出す。
荷台に、ぐったりして眠るサーパスと、疲れ切ったマッディーを乗せて。
「今回はサーパスが一番大変だったわねえ」
「子供の患者が多かったからねえ。魔王様、またサーパスに『子種が欲しい』って言われるよ? 覚悟しといたほうがいいよ?」
荷車の横を歩くスワンとファリアにそう言われて、顔が引きつる魔王であった。
次回「32.魔王を追う神官」




