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30.魔王、蚊に刺されそうになる


 きらびやかな商業都市タートランを出発して三日。

「やーん!」

 例によって魔王が荷車を引きながら、出発してしばらく進むと、妖精メイドのベルがブンブン飛び回ってなにかから逃げている。

「どうしたベル?」

「蚊! 蚊ですよ。さっきからブンブン飛び回ってるんです」

「蚊が多いのかこの辺は」

「気が付きません?」

「蚊かい!」

 ファリアが服とスカートを脱いで、ビキニアーマーになる。

「おいおい」

 さすがにそれはと魔王が言いそうになった所で、ぼふっと発火して全身に火をまとうファリア。確かにそれやりゃあ蚊はイチコロである。

「やあねえ……」

 サーパスが空中に水を浮かせてから上半身にまとわせ、水のベールを作る。

「ふんふんふーん」

 鼻歌を歌いながら体の周りの空気を高速回転させ、蚊を寄せ付けないスワン。

「……」

 まさか体を泥だらけにして覆わせるわけにもいかないマッディー。


「マッディーもやってもらえ、どれがいい?」 

「……どれもイヤ」

 それはそうだなと思う。

「しょうがない、みんな、ちょっと歯を食いしばれ。ビリっとくるぞ」

 あわててみんなが身構えたところで、「ふんっ!」と気合を入れ、放電する魔王!

 パリパリッとした薄い高圧電気の膜が、魔王を中心にドーム状に急激に広がっていく。その電気に触れた蚊たちは放電を集めてスパークし、半径200mぐらいまで全滅した。人間には静電気のようなパチッとした火花でも蚊には致命傷となる。

「うぁちっ!」

「ビリっとしたあ!」

「きゃ!」

「……痛い」


「きゃん!」

 ……ひらひらと落ちるベル。

「……すまんベル。お前いつも自分には結界張ってるんじゃなかったのか?」

「ひどいです魔王様……。そんなの張ってたら飛びにくいでしょ。飛んでる時はやってませんてば」

 ぐったりしたベルを荷台に乗せてやる。

「村までどれぐらいだ?」

「……ナワバリ三つ分ぐらいってトンビさんが言ってましたから、三里ぐらいじゃないですかね」

 道がぬかるんできている。こちらでも大雨があったのだろうか。

「ずいぶん前から大雨になってたようだな、あちこちの畑にも水たまりができてる。あの嵐のせいだ」

「ボウフラが湧いて蚊が大発生ですか」

「そうだ。結界張れベル。もう一発電撃行くぞ」

「はっ、はい!」


 慌てて荷車の周りにだけ結界を張るベル。荷車を引く魔王を中心にまた電撃のドームが広がる。荷車に乗っているサーパス、マッディー、ベルは平気だが、横を歩くファリアとスワンは直撃である。

「あちゃっ! ……魔王様手加減して」

「……私も荷車に乗せてよ」

 そう言って狭い荷車に乗り込んでくるスワン。中はギチギチである。

「蚊が気になる。蚊は伝染病の原因になる。こんな大発生はちょっと危ないな。先に村の様子を見に行ってくれベル」

「イヤです」


 ……ベルが嫌がるのは仕方がない。実は魔界でも人間の軍が持ち込んだ伝染病が大流行したことがある。

 免疫を持たない魔族や魔物たちが、村や集落が全滅するレベルで人口を減らしてしまい、大規模な人間の侵略を許してしまった。勇者以上の大災害だったと言っていい。魔王が原因を特定し病を撲滅するまで十年を要した苦い思い出がある。


 仕方がない。今回は事前情報ゼロで村に入る。

 悪い予感は当たるもの。村は通りを歩く人も無く閑散としていた。

「歩いている人がいないなら好都合だ。電撃飛ばすぞ。全員ショックに備えろ」

「ひいいい!」

「3、2、1、フンッ!」

 パリパリッ! 今度は村全部を覆うぐらいの規模で電撃の薄い膜が拡大してゆく。

「……これで蚊は一掃できたな。明日になれば次の羽化した成虫が飛び始めるとは思うが……」

「ぎゃあああ! なんだ今のは!」

 そう言って見落としてた村人が一人すっころんで悲鳴を上げる。

 蚊を落とす程度の電撃だが、人間にもかなりビリっときたことと思う。まあ一瞬だし、高電圧ではあるが電流は低いので死ぬほどじゃない

「こんにちは。通りすがりの旅の者ですが、村に病人は出ていませんかね?」


 村人に聞けば、やはり村のあちこちで高熱に倒れた者がいると言う話である。

 子供が多く大人にはかからない者もいるそうだ。赤ん坊や年寄りには発熱がひどく死亡する者もあり、ここ一か月での村での死亡者は三十人にも上る。

 村の医者を教えてもらい、あまり立派とは言えない丸太小屋に到着する。

「こんにちは。こちらで病人は大量に出ていませんか?」

「そりゃあ出てますが、あんたもかい」

「いえ、そうではありませんが、病気に心当たりがありまして、先生にお話をうかがえればと」

 出てきた医者は年寄りで、ここのところの重病人続きで憔悴したか、ぐったりしている。


「素人が何かわかるのかねえ」

 医者と言っても、この世界の医者で、田舎の村である。魔法で治療ができるわけでもなく、特効薬があるわけでもない。ケガに包帯を巻いたり、傷口を縫ったり、骨折には骨接ぎをし、経験則から病状に会わせて食生活を変えさせたり、風邪を引けば水を飲ませて安静。熱さましに濡れタオルを当ててせいぜい薬草を煎じるぐらいの医療水準だ。以前に狂獣病を治した血清治療も、この世界ではまだまだ普及してなくてそれを知らないか、効果を疑う年寄りの医者も多い。大昔のように瀉血(しゃけつ)をしたり、神様に祈祷をしないだけマシと言えるか。

 医院のベッドで今も十数人の患者がうんうんと高熱にうなされているのが現状だ。


「病名は?」

「マリアラ熱だよ」

「数日ごとに高熱を繰り返す。血尿が出る。水を飲ませて熱を冷まして安静にして発熱に耐えきれば治る、赤ん坊、子供、弱ってる年寄りは重症化しやすく死ぬ可能性が非常に高い。重症化して治っても脳に障害が残る場合もアリと」

「詳しいな……。その通りさ。かからないやつもいるがね」

「それは子供のころから何度かマリアラ熱にかかった人ですよね。人から人には感染しない?」

「ああ、ひと月前の大雨でね、水が悪くなったのが原因だろう。村人には水を使う前に一度沸かしてから飲むようにと指導してるが、なかなか収まらん。典型的なマリアラ熱なんだが、あんた何かわかるか?」

「マリアラ熱の感染源は水じゃありません」

「なんだってえ!!」

 医者がびっくりする。


「蚊です。マリアラ熱の原虫を持っている蚊に刺されると伝染します。マリアラ熱にかかっている人の血を吸った蚊も、またマリアラ熱に感染し、次に刺した人に移るようになっています」

「信じられん……」

「マリアラ熱はなぜか冬には発生しない。違いますか」

「その通りだ」


 マリアラ熱は一度かかった人も、何度もかからないと免疫を獲得できないため、血清の免疫治療が期待できない。この世界にはまだ特効薬もワクチン治療も存在しないし、何度もマリアラ熱にかかり死線をくぐった者だけが免疫を獲得でき、子供が死にやすい病気なのだ。

 これは放っておけない。




※マリアラ熱は、マラリアをモデルとした架空の病気です。


次回「31.魔王、伝染病を防ぐ」



コミカライズ「北海道の現役ハンターが異世界に放り込まれてみた ~エルフ嫁と巡る異世界狩猟ライフ~ 3巻が2022/2/14発売になります。こちらもよろしくお願いいたします!

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― 新着の感想 ―
[一言] 鎌状赤血球の出番だ 貧血のおまけ付き
[一言] 蚊は人類を最も多く殺した生物ですからね。 なお2番目に人間を殺した生物は人間だったりする……
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