3.魔王、野盗を退治する
「さあっ、もうすぐ人間の開拓村が見えてくるはずだ。もうひと頑張りだぞみんな」
荷車をひっぱって魔王が額の汗を拭くと、ベルが飛んできた。
「魔王様! 大変です!」
「どうした!?」
「開拓村が、野盗に襲われています!」
ベルは人間の目には見えない。だから先に村の様子を見に行かせたのだが、まさかそんなことになっているとは魔王も驚きである。
「魔王城にも近い開拓村だ。それなりに屈強でそこらの魔物にも負けないような腕のある連中が集まっていると思うがな」
「それが、女子供が人質に取られているようで」
「まったく人間という奴は……」
「どうします魔王様?」
魔王としては、食料を交換してもらい、情報も集めて少しはやっかいになろうと思っていた村である。ここで村が潰されては計画が台無しだ。
「仕方がない。これから世話になろうって村なんだし、助けよう。ファリア、一緒に来い」
「武器はどうする魔王様?」
「うーん魔法使って見せると後がやっかいになるかもな。ま、これでいいだろ」
そう言って荷車から丸く削られた長い棒を二本引っ張り出す。テントを張る時の支柱にしようと思って積んでおいた鉄樫の棒だ。魔王城の周囲で土の四天王マッディーが育てた魔法植物で、魔王や四天王のファリアが思い切り振り回しても折れないだけの強度がある。
これを二人でひゅんひゅんひゅんと振り回してカツンカツンッと打ち合わせる。軽いウォーミングアップという所か。
「ベル、野盗は何人?」
「五十人」
「……なんだそりゃ。野盗って規模じゃないぞ。リーダーはどいつだ」
「全身白銀の全身鎧です。赤いマント羽織ってます」
「それホントに野盗? ……まあいいか。ファリア、知らん顔して近づこう」
「了解」
棒を肩に担いで、二人で無造作に村にてくてく歩いていく。
「この村は、我々が接収する! 逆らった者、抵抗する物は我が国の法に則って処罰する! 諸君らの子や妻たちは我々で保護させてもらっている、くれぐれも抵抗することの無いように!」
村の中央で十数人の縛り上げた女子供を囲んでそこそこ整った鎧を着た男どもが大威張りしているところだ。
「ふざけんな!」
「子供と女房を放しやがれ!」
村人の男どもが手に農具や古びたボロい剣を構えているが、手が出せない様子である。
(女子供を人質に取っておいて何を言ってるんだこのバカどもは)と魔王はズカズカと人質を取っている甲冑の男どもに歩み寄る。
「お前がリーダーか?」
赤マントがいきなり話しかけてきた魔王に驚いた顔をして「なんだお前は!」と怒鳴り返す。問答無用で棒を片手で突き出して額をつつく。
赤マント昏倒。
「てめえ!!」 「何者だ貴様!」
一斉に飛び掛かって来た甲冑の男たちを棒の一振りで全員なぎ倒す。
勇者に手も足も出ない魔王でも、普通の人間、というか訓練された軍人とか野盗ぐらいなら普通にザコ扱いできるということだ。
「……ずっと負けっぱなしだったからなあ。久々だなこういうの」
「お前! 子供がどうなっても……」
子供に剣を突き付けようとした残党がぐゎしっと頭を掴まれる。
ぎぎぎぎぎぎと手首を回され頭をムリヤリ向けられた男の後ろに立っていたのは炎の四天王、大女のファリア。
「女子供相手になにしてんのさ」
顔面にグーパンチ食らってこちらも即倒。さて残りは三十人という所か。
「ファリア、後が面倒だ。全員骨を折れ」
斬りかかってくる男たち三十人を女子供たちの前に立ちながら二人でどんどん棒で殴り倒しながら減らしていく。腕の骨を折ったり、肩の骨を折ったり、足を折ったりして動いている者がいなくなるまで一分かからない。
全員倒したところで、魔王は呆然と取り囲んでる村民に礼儀正しく挨拶した。
「初めまして、開拓村の皆様。通りすがりの旅の者、ファルカスと申します。食料を交換してもらいたいんですが……」
で、周りを見回して、「ところでこいつら何者なんです?」
「ありがとう、ありがとう! 助かったよファルカスさん!」
「女子供を人質に取られちゃあ、俺らもさすがにどうしようもなくてさ」
村人たちが次々に声をかけてくる。そういえば名乗ったのはこれが初めてだなと思った魔王ファルカス、(うん、悪くないねこういうの)と、初めて人助けというやつをやってみて思う。
さて村人から話を聞いてみると、この連中は近くの貴族の領兵らしい。
「魔王城がさあ、なんか弱体化していて、勇者パーティーだけで金銀財宝を取り返してくるだろう?」
取り返すってなんだと魔王は思う。アレは魔王城近くの鉱山で貴金属を集めて土の四天王マッディーが精錬したもので、人間から奪ったものでは断じてない。なるほど、そういうことにして魔王城略奪を正当化しているわけだと。
横でファリアがムッとしているが、まあここではできるだけ情報をそのまま聞き出すほうがいいだろうと手で軽く抑えるように指示をする。
「それだったら自分の軍を出して自分たちも魔王城を討伐しようって領主もいてだな、領兵を送り込むやつらもいるわけさ」
「勝手なことを……」
まったく人間ってやつはどうしようもないなとファルカスは思う。
魔王と互角以上に戦えるのは勇者だけだ。人間の軍がいくら数をそろえても魔王を倒せるわけがないだろう。そんなことも知らないのかと。だが、こう毎回毎回勇者が魔王城から財宝をせしめては豪遊しているのを見れば、自分たちにもチャンスがあるかもと考えるやつが出てくるものなのだろう。勇者が乗り込んで魔王が弱っている今が好機と。
魔王城は事実上もう無い。ほうっておけば人間どもも魔王城攻略をあきらめるだろう。
村人たちに手伝ってもらって、倒れて気を失っている領兵の奴らの鎧、服を全部脱がす。ファリアが荷車を引いてマッディーとサーパスを連れてきた。スワンとベルも一緒だ。武器も奪って裸にした男たちを、ベルに頼んで魔王城に転送魔法で放り込んでもらうことにした。
「五十人は無理ですよう!」
「俺の魔力を使っていいから」
フラフラになるまでベルに魔力を充填し、一気に全員を転送してもらった。
目が覚めたら、領兵たちは何もない廃墟の魔王城を見ることになるだろう。もう金目のものなど何もない無人の魔王城を。
あいつらがどうやって帰るかなんて知らないが、もう魔王なんていないってことはイヤでも理解し、それを領主に報告することになるだろう。
「もう少し、お礼をさせてもらえませんかね?」
「ジャガイモをたくさんいただけてありがたいです。お礼を申し上げます。先を急ぐ旅なので、失礼!」
引き留める村人にそう言って、さっさと村を後にする。
「もう少し長くいてもよかったんじゃないですかねえ」
荷車を引く魔王にベルがそんなことを言う。
「開拓村だぞ。貧しいに決まっている。長居するべきじゃないだろ」
「魔王らしくないことを言いますねえ魔王様……。開拓村の村人だって魔王の領地に勝手に入り込んでやりたい放題しているわけですし、いろいろ取り上げてもよかったのでは?」
「……領地なんてもう捨てた。そんなもの最初からなかったんだ。この世界に魔王の居場所なんてもう無いのさ。未練はない」
「長居すればいろいろバレそうだしねえ」
荷車の横を歩きながらファリアが言う。
荷台の上ではマッディーがあの領兵どもから取り上げた鎧やら剣やらを全部、魔法で精錬してインゴットに変えている。なかなかいいハガネを使っているし、次の町でいい値段で売れるかもしれない。
「次の町はどこだ?」
「このまま南に向かえば、あの鎧の連中の本拠地のプルートルです。城塞都市ですね」
転移魔法が使えるベルは、しょっちゅう人間の街に出入りして、情報集めなども担当していた。魔王一家で一番人間社会に通じているのがベルであろう。
「妖精が魔王に仕えているというのも考えてみればかなり変だがな」
「私が人間に捕まりそうになったところを、魔王様何度も助けてくださいましたから」
もうずいぶん昔の話である。魔王には些細なことだ。
「いっそのこと、魔王様も人間の教会でレベルでも見てもらったらどうですか」
「やめてくれ、聞きたくない」
「なんでです?」
「勇者はレベル99なんだろう? 差を見せつけられるだけのような気がして嫌気がするさ」
「でも魔王様も敵を倒して経験値を稼げば、勇者みたいに強くなるかもしれませんよ?」
「あんなザコ領兵ぶん殴っただけで強くなんてなるものか」
勇者はザコなスライムから、国も亡ぼしかねないドラゴンまで何百匹、何千匹もの魔物を倒してレベルアップする。魔王がたかだか人間を五十人叩きのめして強くなるわけがない。
「もしかしたら、人間討伐すればとんでもなく効率よくレベルアップできるんじゃ」
「そうだったら大昔の魔王はみんな手が付けられないぐらい強くなっているだろ。女神か神様か知らないが、この世界のすべてが人間に都合よく作っているってだけさ……」
人間と魔族が戦争していた頃なんか、魔族領に攻め入って来た一国の人間軍をまとめて始末した魔王なんてのはいくらでもいた。だがそれで大幅にレベルが上がるなら、そうしろって伝説が魔族に残っているはずだが、そんなものは聞いたことが無い。
「残念ですね。でもこれからいろいろ実験していきましょう」
「人間を使ってか」
「これから人間の群れに交じって、人間のふりして生きていくつもりなんでしょ?だったら、嫌でも人間と関わって生きて行かなきゃならないんだから、知識として知っておく必要があると思いますけど」
言われてみればその通り。しかし人間をやっつけて魔力が上がる? 今までの魔王にはなかったことだ。
「ま、そんなチャンスそうそうあるとは思わないがな……」
「いいえ、そうなりますよきっと」
次回「4.魔王、人間を見直す」