29.魔王を追う神官
「まだ修理が終わらないのか?!」
怒気を込めて勇者が神父に詰め寄る。ここは魔王も立ち寄った、あの金鉱山の街である。殷賑をきわめ、酒も賭博場もあり、カネが豊富に流通し、いかわがしさに事欠かぬこの街は勇者のお気に入りでもある。
「それが、この『転送の皿』がうんともすんとも言わなくなりまして、修理しろと言われましても、壊れているわけではないのです。皿に宿っていた転送の力が、まるで消えてしまったようでして……。一番困っているのは私たち教会なのです。なにしろ国庫に納める金も、王都教会に上納する金も、まったく送れなくなってしまっているのですから」
金山は国の造幣所で流通の要である。大量の流通を支えるのは、大量の貨幣だ。
貨幣の流通量が増えなければ、経済の発展は減速してしまう。紙幣だったら大量に印刷すればいい話だが、金融の信用保証が確立していないこの世界ではまだまだ紙幣では金貨の代替とはなり得ない。手形や証文も偽造や詐欺が横行するのが目に見えていて商人や領主たちも信用していないのだ。偽造が不可能な文書を作る高度な印刷技術もまだない。金貨取引が主流というのは、そういう世界だということである。
「……今は連絡をどうしているんだ?」
「先日早馬が来まして、全国の教会で『転送の皿』が一斉に停止している、という話が届いたばかりでして、急きょ、輸送隊を組織し、金貨を送れとの命令で、今ギルドと相談して馬車や護衛を集めておりますが」
「俺たちに歩いて帰れって言うのか!」
「そうは申しませぬ、申しませぬが、現に国中がこのようなありさまでは……」
「クソッ!」
激怒する勇者を剣士のカイルスがなだめる。
「勇者さんよお、こうしていつまでも皿が直るまで街の娼館に入り浸っててもしょうがないぜ。いっそギルドに話付けて、その輸送隊に乗っけて行ってもらおうぜ。護衛ってことにすりゃ喜んで同行させてもらえるだろ」
実はその入り浸っていた娼館も、最近は居心地が悪い。最初は歓迎していてくれた娼館の支配人も、勇者の傍若無人な振る舞いに最近は疎まれているのだ。
もう正直、毎晩女を取り替えては無茶する勇者は娼婦たちにもかなり嫌われている。カイルスは(なんて遊ぶのがヘタな奴だ)と内心苦く思っている。娼婦だって人間、女の子はみんなお姫様。優しく愛してやれば、別れの朝には泣いてくれるというものだ。恋は最高の媚薬、コイツはそれをわかってないなと思う。
「勇者様が護衛とは、それは良いアイデアです! 勇者様がご同行下さるなら、野盗も強盗も心配しなくてよいですからな! ギルドも喜びましょう!」
「俺にしょぼくれた商隊の護衛をしろって言うのか? 野盗相手の」
「……しょぼくれてはおりませぬ。国庫に納める金貨ですからな。かつてない規模の現金輸送になりますが」
さすがに言いすぎでしょうと、不本意な顔をして神父が物申す。
「な、勇者! そうしようぜ!」
「……仕方ねえな」
一方、勇者たちに置き去りにされたが、魔力が回復したので、魔王城最前線都市プルートルで馬を調達した神官魔法使いメイザール。来た道を引き返し、魔王城に最も近い開拓村に馬を走らせる。
魔王、本当に死んだんじゃ? とメイザールは少し疑いだしていた。
転送の皿が作動しなかった。あの転送の皿、実ははるか大昔に、古の勇者が魔族の村々、魔王城から略奪してきた魔道具であることを、メイザールは知っている。
魔王が死に、主を失った魔王城がその力を無くし、魔道具たちも次々とその力が消えて行ってるとしたら……。聖剣が折れたのも、そのせいだったら……。
(いや、それは確かめてみるまでわからない。魔王は死ぬわけないんです。それは何度も魔王を討伐した私たちが一番よく知っている。魔王は絶対逃げ隠れしてどっかに潜んでる。そうでなければ……)
不安に駆られたメイザールはこうして魔王の行方を追って調べることになってしまった。
(魔王が本当に逃げ出したなら、なにか痕跡が残っているはず……)
その確認である。村に到着し、村長に面会する。
勇者パーティーであるメイザールのことは広く知られており、すぐに面会できて、話を聞けた。
「この周囲に怪しい者、ものすごく強い者が現れて食料や物資を強奪したというような事件は起きませんでしたか?」
「ああ、あったあった」
「どんなやつです!」
「……領兵だよ。プルートルの領兵団」
「領兵? なんで領兵が?」
「あなたたちがいつも魔王城からしこたま財宝をせしめてくるでしょ。それを毎回見てるから、自分たちでもやってみようって思ったんだろうさ。魔王城襲撃の拠点にするつもりだったのか、『この村を接収する!』とか言ってなにもかも奪っていこうとしやがった」
なんて頭の悪い連中だと思う。勇者はレベル99、自分たちもそれには及ばずとしても80越えの大魔法使いと剣士である。一緒にされても困る。歴史上も並の軍隊が魔王一人にかなわなかったのだ。そんなこともわからないかと思う。
「で、どうなったのです?」
「どうもこうもない。俺たちでぶちのめして叩き出したさ。魔王城のお膝元、開拓村を舐めんじゃねえってこった」
……開拓村の村民にも負ける領兵、話にならない。
村長も、あの時助けてくれた貧乏くさい中年男のことは言わない。そいつが村を出て行ったとなりゃあ、また領兵どもが攻めてくるかもしれないからだ。アイツも村民だってことにしといて、自分たちで領兵たちを叩き出したと言うほうがいいと村長は思っていた。
(こりゃあ、プルートルの領主に聞いても事の真相はわからないか。開拓村の農民ごときに叩きのめされたなんて大恥、正直に話すわけがありませんし、そんな報告が領主に上がっているとも思えませんし)
メイザールはそれ以上話を聞くのをあきらめた。
(魔王、ここには来なかったか……。こんな村襲って略奪の限りを尽くして逃げるなど簡単だろうに……。ならばどこへ? 魔王城のさらに北に広がる不毛な大地、そこへ居を移したか? いや、やっぱり本当に死んだのでは……)
何の手がかりも無く、馬を返して歩かせるメイザール。
だがメイザールは遊んでいる子供たちを見つけた。一人が「えい、やあ、たー!」とか棒を振り回すと、周りの子供たちが「うわ、やられたー!」とか叫びながら次々に倒れたふりをする。なにかのごっこ遊びか。いやそれにしてもずいぶん一方的なごっこ遊びだなと不思議に思う。
一応子供の話も聞いてみるか……と、メイザールは馬を降りた。
「やあ、みんな、それは何の遊びだい?」
「お兄さん誰?」
誰だと言われても、ここで勇者のパーティーメンバーだと言えば子供が凄いと慕ってくれるかといえば、そんなこともない。最近は勇者の評判が芳しくなく、子供には逃げられてしまうことも少なくないのだ。
「教会の神官だよ」
「教会? 教会が何でこんな村に?」
「ここは魔王城が近いだろう。だから魔王が攻めてきたり、魔物に襲われたりしてないか調べる必要があって」
メイザールの言葉に子供たちが笑い出す。
「いまさら何やってんだよ教会! この村はずっと魔王が攻めてきたことも魔物に襲われたこともないよ! 平和なもんさ。バカバカしい」
そんなことになっていたのかとメイザールは驚いた。
「いや、君たち、それは違うよ。それは長年、勇者たちが魔王をこらしめて、村の周りの魔物たちもいつも駆除をしているから出ないんだよ」
「ウソだね、勇者なんかこの村に来たことないし、肝心な時には来てくれないじゃないか」
勇者への民衆の支持が地に落ちている。前からメイザールも懸念していたことだ。子供は正直で遠慮がない分、これが民衆の本音となる。
村々を訪れ、ちゃんと役に立つ仕事をし、尊敬を集めるということを勇者は嫌がってやらない。「あんな臭い村に泊まれるか」といつもこの村をスルーしていた。それでは駄目だとメイザールはいつも諫言はしてはいたのだが、こうも威信が落ちているとは……。
「肝心な時って、なんだい? なにかあったのかな?」
「領の兵隊がおおぜい来て、僕らや姉さん、お母さんをつかまえて、言うことを聞けって父さんたちを脅したんだよ」
……何をやっているんだ領主は。兵を出して接収しようとしたのは村長も言っていたが、女子供を人質に取るとは。手段が最悪すぎて話にならない。
「そうか。君たちが怒るのも無理はないな。私から領主によく言い聞かせる」
「お兄さんそんなに偉いの?」
「これでも教会の者だからね、神の御加護があるから心配ないよ」
「……ふん」
ダメか―。こんなことでは子供たちの信頼など得られない。口だけではだめなのだ。ちゃんと行動で見せないと子供たちは納得しない。
「勇者なんかでなくったって、旅のおじちゃんが助けてくれたよ!」
旅のおじちゃん? 旅人? こんな辺境に?
これは聞いておかなければならない。
「旅の? どんなおじさんだった?」
「どうって……、普通のおじさんだったよ」
「でもめちゃめちゃ強いんだ!」
「あっというまに領の兵隊をやっつけちゃったんだよ!」
あり得ない。地方の領兵とは言え、魔王城を襲撃しようとしていた一団だ。選りすぐりの兵が派遣されたはずである。それを旅の男が一人で全員と戦うなど考えられるわけがない。その男、本当なら怪しすぎる。
「その男……、おじさん、何か凄い魔法とか使ってたかい?」
「いいや、棒を持って振り回してただけ。でもそれがすごく強いんだ」
「一緒にいたお姉さんも強かったよ! もう棒で薙ぎ払うだけで兵隊がふっとぶぐらい」
「お姉さん?」
一瞬、そいつ魔王に違いないと思ったメイザールだが、魔法も使わず剣も持たず、棒だけを武器にしてしかも女連れというのが魔王のイメージと違いすぎる。
「女も戦ったのか? どんな女だった?」
「……大きくて強そうなお姉さん」
「でも、一緒にいたお姉さんたちもみんなきれいだったよね」
「かわいい女の子もいたし」
何が何だかさっぱりわからない。そいつ魔王に違いないという確信がさっそく揺らいでしまう。
「とにかく君たちはそのおじさんとお姉さんたちに助けられたと」
「うん! 大丈夫かって声かけてくれたし、僕たちもお礼しようと思ったんだけどすぐに出て行っちゃって、お礼言えなかったな……」
あり得ない。あり得ないあり得ない。もしそいつが魔王だったら、こんな辺境の開拓村を助けたりするわけがないのである。大体そんなことをする理由がない。何か欲しいものがあるのなら、村を襲い、村人を殺し、略奪の限りを尽くして立ち去ればよいのである。
それ以上聞いても、大したことは聞き出せなかった。子供たちの記憶がもうあいまいになっているし、滞在時間も短かった。なにより解放された子供たちは、親たちによってさっさと家に閉じ込められてしまい、しばらく外に出られなかったようだ。
「魔法は使わないがやたら強い中年男、それに女が四人……」
……いったいどういう奴らなんだ? メイザールはさっぱりわけがわからなかった。しかし、魔王城がもぬけの殻になって数日としないうちに現れたその一団、怪しすぎるのは間違いない。
もしや魔王? あるいは生き残りの魔族! それにしたってかの者たちがこんな村を救うような善行をやる意味は? これは領主を尋問せねば。もし生還した領兵がいたら詳しく事情聴取する必要もある!
「ありがとう! 助かったよ!」
そう言い残してメイザールは馬に跨り、走り出した。
次回「30.魔王、蚊に刺されそうになる」




