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27.魔王、嵐から街を守る


 ファリアとマッディー、魔王とで手分けして市街を見回ったところ、街は大きいが排水路は貧弱だった。低い場所へ、低い場所へと移動してみると、西門の近くが一番土地が低く、水害となったときは水の逃げ場がなさそうだ。問題があるとしたらここか。

 城塞門の石段から登り、城壁の上を歩いてみる。低い土地はなだらかな小麦畑の斜面を下り、街道まで続いている。

 万一の場合はこの城塞をぶち壊して水を流し、畑に犠牲になってもらって街道まで水浸しにするしかないかと思う。

 教会の尖塔を見上げると、いつ登ったのか、スワンがいた。

 例の透けそうな羽衣を全裸の体にまとい、風の流れを全身で感じ取ろうとしている。それはまるで女神像のようでもある。あとで騒ぎにならなきゃいいが。


 少し早く中央広場に行くと、妖精メイドのベルがいた。公園のハトたちと遊んでいる。

「なにやってる?」

「ハトたちと契約を」

「契約?」

「魔王様が買ってくださった本に載ってる魔法ですよ。使い魔として使役するんです」

「ほう……」

「嵐が来ることを伝え、みんなに避難するように言いました。ただ、その前に少しやってもらいたいことがあると」

「どういう?」

「スワンさんの嵐の予報、文書にして街にばらまけないかと思いまして」

「ナイスアイデアだ」

 今でいう天気予報という奴だ。ビラを撒くのはこの世界の手段としては最低やれる広報作業であろう。

 すぐ文房具店に行き、文書を大量に印刷する簡単な道具はないかと聞く。

 インクと、ろう紙、石板、木枠、ローラーと、それに紙を売ってくれて、使い方を教えてくれた。ついでにのりの缶と刷毛も買う。


 少し遅れて中央広場に戻ると、ファリアとマッディーがくしゃくしゃになった地図を持ってきた、顔にも赤ペンの跡がついてる。

「みんな宿に戻れ。スワンは今教会の尖塔にいるから」

 宿の大部屋に帰ると、ひゅるるるると風を巻いてベランダからスワンが飛んできた。いつの間にそんな技を、と思う。


「明日の朝から夜にかけて、朝八時から風が吹き出し、雷も街のあちこちに落ちる。その後雨風が吹くけどそれは大したことは無い。外を歩かず家にいれば大丈夫。問題は竜巻」

「竜巻か」

「デカい奴が来る。二時から三時まで」

「よし、文面はこうだ、『本日午後から嵐になります。市民は外出を控えてください 天使の使い』、だ」

「それだけ?」

「短いほうがいい。長く説明すると伝わるスピードが落ちる」

「『天使の使い』ってなに?」

「空からもビラを撒くからな、天使ってことにしとこう」


 ろう紙を石板の上に載せ、短く太い字で、鉄ペンでがりがりと削る。

「これを木枠に貼って……」

 で、紙の束の上に載せ、ローラーにどろっとしたインクを塗り、ろう紙の上を転がす。昔のガリ版印刷だ。プリンタもコピー機もまだない時代は多くの文書がこうして印刷されていた。

 木枠を持ち上げると、下に「本日午後から嵐になります。市民は外出を控えてください 天使の使い」と印刷された紙が現れる。

「おお――――!」

 魔王を取り囲んでそれを見ていた四天王たちが拍手する。

「いや別に拍手するようなことでは……。これも人間の発明だ。文房具店で売っているのを買ってきただけだ」

「私がやりますわ」

 そう言って今回特に出番もなさそうなサーパスが魔王の隣に座る。

「頼む。この紙全部刷ってくれ」


 サーパスが刷る紙をマッディーが部屋の中に並べて干していく。たちまち部屋がインク臭くなる。窓を開けておかないと大変だ。

 このインクは炭などの顔料にひまし油を練ったもの。なので植物油臭い。

 ビラが出来上がるころには深夜になった。

「よし、地図のチェックだ」

 魔王と、ファリアと、マッディーが赤ペンを入れた地図が集められ、再チェックする。


「このチェックを入れた場所の近くと、家屋、建物に張り紙しよう。のりと刷毛を渡しておく。もう夜だから俺とファリアでやる。マッディーとサーパスは休んでいいぞ。スワンは観測を続けてくれ。街を二つに分け、ファリアはこっち、俺はこっちだ」

「了解」

 インクで手と顔を真っ黒にしたサーパスとマッディーが、車椅子を使って風呂にいく。今日は一緒に入るのか。

 夜は巡回兵が見回りをしているから、彼らから隠れ、逃げながらコソコソやるしかないわけで、そうなると魔王とファリアがどうしても適任ということになる。

「五十か所ぐらいかね。残りは? まだ五百枚ぐらいあるけど」

「明日の朝、ベルがハトたちに持たせて空からばらまく」

「そんなことになってんの?! すごいねベル!」

 みんなで笑う。今日はハトたちと打ち合わせなのかどうか知らないが、ベルはまだ戻って無くて、この場にはいないのだ。

「よし行くぞ!」

 二人、窓のベランダから街に飛び降りる。



 翌朝、あちこちに貼られた謎の天気予報に市民たちが驚いている。

「ホントなのかねえ……」

「どう考えてもタダのイタズラとしか思えんが……」

「衛兵隊にでも報告しとくか」

「クソッ、のりでガッチリ貼り付けてやがる。すぐには落ちねえぞこれ!」

 そう言いながら水に浸した雑巾を手にした肉屋の主人がその張り紙をこすろうとすると、上からヒラヒラと紙が降ってきた。

「あ、なんだこれ。なになに、『本日午後から嵐になります。市民は外出を控えてください 天使の使い』……って、張り紙と同じじゃねえか。なんでこれが空から……」

 見上げると、ハトたちが舞っている。

 どのハトも、どのハトも、くちばしに紙を咥えて。

 ハトたちがばらまく紙を市民たちが争って拾う。

「こりゃあ……マジ?」

「いたずらにしたってこんな手の込んだことを……」

「こりゃあホントに天使か神様かなんかのお告げじゃねえの?」

「こうしちゃいられねえ!」



「ハイ次、ハイ、次はあんた。ハイ、頼むよ。ばらまく場所はかぶらないようにね!」

 宿屋の屋根に数百羽の、ものすごい数のハトが集まっている。市民が何事だと見上げるほどだ。その中心でベルが一羽、一羽に紙を配ってくわえさせている。もちろんベルは人間たちには見えないが。

 そうしているうちに不気味な風がゆるりと吹き始め、木々が揺らぎ始めた。

 街はちょっとした騒ぎになり、あわてて店を閉める者、仕事を中止して帰宅を急ぐもの、窓を閉め切って雨戸を外から嵌める者と大忙しだ。

「本当に嵐が来るのか……?」

 街を騒がす怪文書に懐疑的だった衛兵たちも、ぞわりとした不気味な予感を感じ取ったようだ。昼食前の時間、西の雲が黒々と厚さを増し、街に接近しているからだ。ゴロゴロという雷の音も聞こえ始めた。

 衛兵隊長が衛兵を集めて号令する。

「全員、武器をしまえ! ロープと、担架、荷車の用意だ! 療養所のベッドを開けておけ。一隊、騎馬で市民に広報して回るんだ。急げ!」


 ひゅるるるる……、ごおおおおおお……。

 やがて風は土ぼこりを巻き上げ、唸りを上げて吹き付ける。

「嵐が来るぞー! 屋内に避難せよ! 嵐が来るぞー! 市民は屋内に避難せよ!」

 大声を上げて騎馬の衛兵隊が市街地を駆け回る。


「よし、出動だ!」

「はい!」

 魔王が全員、黒のつなぎに着替えたメンバーたちを前に宿屋の大部屋で号令する。サーパスだけが、チョッキ風の短いジャケットを着て、あとは人魚のまんまである。

 さっと毛布でサーパスを包み、抱き上げる魔王。

「どうしてアンタはそういっつも役得なんだかねえ……」

 文句を言うファリアに、サーパスは「じゃ、代わってくれる?」と笑う。

「いや、今日はやめとく」


 人通りのなくなった街路へ、宿屋の窓から全員飛び降り、散る。

「行くぞー!」

「はいー!」

 運河まで来た魔王は抱き上げていたサーパスの布をつかんで、放り投げた!

 くるくると空中に身を躍らせながら、ざっぱーんと運河に飛び込むサーパス。

 運河に繋がれた舟たちが波に揺られてぎしぎしと鳴っている。

 サーパスは万一運河に人が落ちた場合の救助担当だ。


 マッディーは西の低標高地帯だ。万一水がなだれ込むようなことがあれば石壁を破壊して水を流し、市内の洪水を防ぐ手はずになっている。衛兵たちの目を盗んで、城塞都市の城壁にとりつき、西門を一望できる壁の上に待機する。

 ファリアは粗末な建物が並ぶ貧民街。馬力と火力を使ってなんでもいいから被害を防げと命じられている。

 そして魔王とスワンは教会の尖塔にまで登る。教会は街の中心だ。商業都市タートランの全てが一望できる。教会では神官たちが街の安全を祈ってミサを……となんとも無駄なことをやっているが、教会の周りにも人っ子一人いないのが助かる。

「スワン、離れて見てろ。指示をくれ!」

「了解です!」


 教会の尖塔に鉄の棒を立てる魔王。

「それ、なんです?」

「避雷針。雷を避けるんだ。万一のための用心」

「へー……。いいこと知ってるね魔王様」


 ゴロゴロゴロゴロ……ピシャッ。ドンガラガッシャーン!

 市の外ではもう雷が落ち始めている。黒雲が渦を巻いて迫る。風の音が不気味だ。

 ごおおおおおっ! 一層風が強くなってきた!

 貧民街の屋根たちがめくれてバタバタと暴れ出す。

(頼むぞファリア……)

 見ていると、風に耐え切れず屋根がめくれあがって宙を飛ぶ。あれが落下したら大惨事だ。ケガ人が大勢出る!

 すると、飛んでいく屋根にでかいファイアボールが次々と命中し、空中で爆散した。細かい破片となって降りそそぐ。

「やるなファリア」

 ニヤッと笑う魔王。


 (ひょう)が降り始めた。細かい氷の粒がばしばしと尖塔の上の二人に当たる。

 その雹を全身に受けながら市街を囲む城壁の外を見るスワンと魔王。

「……来た!」


 町の外に大きく風を巻いて、空から漏斗のように回転する雲が下りてくる。

「竜巻だ……」

 どんどん竜巻が成長して、巨大化し、直径が大きくなる。そして、商業都市タートランに向かって接近してくる。

「まずい、直撃するわ」

「よし、スワン、トルネード!」

「はい!」


 風の四天王スワンが念じて、教会の尖塔から魔法を発動して、タートランの街を覆う城壁の外に魔法の竜巻が発生する。

「大きさが全然足りない! 魔王様お願い!」

「おう!」

 スワンを横から抱きかかえ、スワンの伸ばした手に自分の手を添えて魔力を注入し、さらに魔法の竜巻を巨大化させる魔王!

 スワンの発生させた竜巻は渦を巻いて、都市に接近する竜巻に近づいてゆく。

 さすがに自然の竜巻にこれをぶつけて拡散させることはできない。だが竜巻が下りてくれば周囲には負圧が発生する。それで巨大竜巻の進路を変える作戦だ。


「……ぐっ……。やあああああああ! いけえええええええ!」

「フンッ、うぉぉおおおおおお!」

 声を絞り出して全力で魔法を注入するスワンと魔王。

 しかし進路を変えさせるにはもう少しだけパワーが足りない!

「す、吸われちゃう!」

 自然の竜巻相手にはいくらなんでも分が悪い!


「川だ! スワン、川の上にトルネードを移動しろ!」

「はいい!」

 少し方向を変えたスワンのトルネードが、水量が増えて氾濫しそうになっている城下に流れる川の上に進路を移した。

 猛烈な勢いで水を吸い上げて上空に巻き上げるスワンの竜巻。

 一気に質量を増したスワンのトルネードは勢力を盛り返し、その膨大な質量で接近する巨大竜巻の進路を負圧で少しずつ変えていく。


 城壁をかすめて積まれた岩片を崩し、破片をまき散らしながらスワンのトルネードに引かれてその進行方向を変える巨大竜巻。

 直撃を避けながら、少しずつ進路を変えてゆく。

「ふんばれ!」

「ふんぬううううう――――!!」


 町を襲おうとしていた巨大竜巻は、進路を変えて少しずつ、少しずつ、商業都市タートランから離れていった……。


「魔王様! 雷!」


 スワンの悲鳴と同時に、ピシャッ! 閃光で周りが真っ白になる。

 スワンが注意する間もなく、いきなり魔王に雷が降ってきたのだ。イレギュラーだ、スワンの予測の外である。

(アース! アースだ!)

 スワンを突き飛ばし、咄嗟(とっさ)に、設置した避雷針をつかむ魔王。

 ドォオオオオオオ―――――ン!!


 雷が魔王に直撃し、ぷすぷすと煙を吹いた魔王はゆっくりとその身を倒して、尖塔の下に落ちて行った……。




次回「28.魔王、感電する」

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