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23.魔王、商売を学ぶ


 土の四天王、マッディーが集めてくれたルビーとサファイアを売る。

 責任重大である。これまで現金収入は、マッディーが自ら金鉱から集め、精製した金貨のみ。

 物を売ったことは商人たちにハガネのインゴットを売ったことぐらいしか無かったのである。これを安く買いたたかれたり、騙し取られたりしたら、四天王に対する魔王の威厳が最安値を更新してしまう。


 ことは慎重にだ。まずは原石のルビーとサファイアを分け、さらに粒の大きさごとに小袋に分ける。そして一番小さい粒たちを一番大きな宝石店に見せる。そこでは売らず、次に二番目に大きな宝石店に見せる。そこでも売らず、三番目へ。

 そうして相場を知り、一番高い店で売り、次に粒を大きくし、また相場を調べる。宝石店を何店も往復することになるが、最初なのだからそれぐらいの手間はかけるべきだろう。手間を惜しんではならない。


 と、いうわけで平民風の服しか持ってないが、まずは市内で一番大きな宝石店に突撃する。きらびやかな宝石たちが飾られているショールームから、従業員に原石の買取をお願いしたい旨、伝えると、店長という男が出てきて対応してくれた。


「『タルトス宝石店』経営者をさせてもらっておりますタルトスと申します。最初の取引をするお客様の品物は、私が直接鑑定をさせていただくことにしておりましてな、失礼がありましたらお許しください」とにこやかだ。

 トップ自らとはと、要するにこれは「人」の鑑定である。魔王自身が信用に値する人物かどうかを見るつもりということだ。魔王は気を引き締める。


「これなのですが……」と、まずは小粒のルビーの小袋の中身を店のシャーレに落とす。

「ふむ……スピルドル川産ですな。ここから北。山間の川でごくまれに見つかるものです。川底をさらうことになるので採取にはご苦労があったことと思いますな」

 一発で当てられてしまった。たいした目利きである。あの川がなんていう川かなんて知らないが、出どころについてはウソは通らないということである。

「残念ながら小粒で品質が悪い。色も暗く透明度にも劣っております。宝石としては使えず、時計など機械部品に使うのが良いでしょうな。紹介状を書きますので時計工房をお尋ねください。金貨一枚半枚ほどで引き取っていただけましょう」

 ガッカリである。その程度の価値しかないか……。でも紹介状を書いてくれると言うぐらいだ。かなり親切な店だとは思う。


「さて次、もう少し大きなものを、見せていただけますかな?」


 ……読まれてる。


「こんな小さな粒まで見逃さず拾われたからには、もう少し売り物になる大粒の物もございましょう。他のお店も回って相場をお調べになりたい、どうぞそうしてください。ただ、少しずつ様子を見るために何度も店を往復するのは無駄足という物。ですが今すぐ売れとは申しませぬ。十分に他の店を回り、存分にお比べの上、私の店に売りに来てもよろしいのです。正規の買取価格には自信を持っております故、腹芸はなしにしていただきましょう」


 これは小細工をしようとした魔王が恥ずかしい。

「よくお分かりです。感服いたしました。なぜわかりました?」

「初めて宝石を売りに来るお客様の考えることは皆同じでございます。ですが、宝石はウソは申しませぬ。宝石という物は金貨と同じ。価値は変わらないのでございます。だからこそ宝石は資産として『信用』されているのです。私どもはその『信用』を売る商売をしているわけです。これを安く買い叩く、これを高く売りつける、それは店の信用、宝石の価値を(おとし)めるものであり、いずれは自らの首を絞め、市場で宝石の資産価値を落とす一番マズい悪手なのです。だから私どものような一流を自認する宝石店はお客様を騙すことはしないのです」


 なるほど、宝石を金貨に見立てた資産運用。そう考えると合点がいく。

 腹を決めて残りのルビー、サファイアを全部、シャーレに分けて出す。

「思い切りのよいお方ですな。うん、これは実に良い物もありますよ! では……」

 一つ一つ、虫眼鏡で見ながら、シャーレに分けていく。面白いことに大きさで分けるのではなく、品質、色などで分けるのだ。どういう基準で分けているのかは魔王にはほとんどわからないが、これがプロのやり方か。

「御承知かと思いますが原石の宝石はカットし、磨いて初めて光るというもの。店頭に出すにはこの半分ほどの大きさになってしまいます」

「承知しています」

「ルビーは単体ではなく周りを彩るデザインとしても使われます。色がそろっていることも大切で、そのために傷物や曇りのある大きな粒を小さくカットして使う場合もございます。大きければよいと言う物でもありません。また、小さくても価値があるものもございます。御承知ください」

「はい」


「このようにですな……、星が映るもの、スタールビー、スターサファイアとして珍重されております。ただ、宝石ですので美しくなければなりません。このルビーのように歪んでいるものも売り物になりませぬ。カットして使うことになります。こちらのサファイアは素晴らしい、これは高く買い取らせていただきますよ」

 そうして、各シャーレに値段を書き込んだ紙を置いてゆく。

「全部で金貨六百二十二枚で買い取らせていただきます。こちらのシャーレに分けたものは、時計工房にお売りください。どこでも喜んで買ってくれます」

 ざっと半分がクズのルビー。ここで売り物になるのは半分ということだ。


「売り物になるのは少ないのですね」

「いえいえ、ここまで丹念に根気よく採取なされたことにむしろ驚いています。普通の採掘人なら拾わないようなものがかなり入っておりましたので」

 マッディーが区別なく根こそぎ集めたせいなのだが。

「当店の基準では扱えないということです。時計工房に持ち込まれたこれらの傷物の中から他の宝石店に横流ししている場合もあると思いますが、それはさすがに私どもの知る所ではありません」


「ではその価格で……」

「いけませんよ?」

 思わず手が止まる魔王。

「丹念に集められたその努力をここで無駄にしてはいけません。ぜひ他のお店も回ってください。そして買取価格をお比べください。その上で納得なされましたら、もう一度ご来店ください」

「……なるほど」

「宝石の価値を見極める者なれば、自らの価値もまた、お客様に見られているものと心得ます。私どもが信用に値する者かどうか、お客様の目で御鑑定ください。では良い取引をお待ちしていますよ」


 店を出て、魔王は「一流の人間とはなんと凄いものだ」と改めて思い直す。騙されないように、できるだけ高く売れるようにと身構えていた自分が恥ずかしい。

 商売という物は、奥が深いのだと実感した。

 タルトスの紹介状を持って時計工房に行き、クズのルビーを見せると、石を見もせずにいきなりふるいにかけて砂粒程度の部品として使えないような小さい物を落とし、残った石を(はかり)に乗せて重さを見て「金貨一枚半、あとは引き取れないから持って帰って」と言う。

 タルトスが言った通りになった。これは魔王も納得である。


 他の宝石店も一つ回ってみたが、タルトスが金貨三百五十枚と一番高い値段をつけてくれたスターサファイアの原石がおよそ半値という評価であった。売らずに帰ろうとすると、「ではもう五十!いや、六十!」と慌てて引き留められてウンザリだ。やはりタルトスの店で売るのがいいようだ。


「お帰りなさいませ」

「お待たせしました、先ほどの価格でお願いいたします」

 やはり自信があったのだろう。既に金貨が用意されていた。


「この街の商人はみな、まっとうな商売をされる方ばかりですか?」

「まあそうです。他の街に比べればそう思います。詐欺、汚職など厳しく取り締まられております。不正を見逃し客を騙す者ばかりになれば商業都市としての価値が下がり商人たちに見向きもされぬ街となりましょう。そこは領主も心得ております。まあそうでない商人ももちろんいますが」

「なるほど、良い所なんですね」

「お客様は旅の方とお見受けいたしますが」

「その通りです。」

「では一つご教授させていただきましょう」

 そう言って、金袋を渡してくれる。

「一流の詐欺師という者は、相手は騙されたということにさえ気づかぬようにやるものです。お気を付けなさいませ」

「肝に銘じましょう」


 うーん、やっぱり人間という奴は難しい。

 商売で一番大事なこと、それは金より信用だと学ぶことができたと魔王は思った。



 最初に行ったタルトス宝石店が信頼置ける良い店であったおかげで、回った店は二店で済んだ。まだ昼間という所である。

 中央の噴水広場のオープンカフェで肉入りサンドイッチとパンケーキに茶を買って食べているとベルが飛んできた。

「まおうさま――! 約束、覚えてます?」

「覚えてる覚えてる。さ、買い物にいこうか」

「……そのパンケーキのシロップ、少しもらっていいですか?」

「いいよ。全部やるよ……」


 まずは食料品店。ハチミツが瓶詰めされて産地ごとに種類分けされて売っている。それを全部違う種類で五瓶買わされた。メイプルシロップも二瓶ほど。

「太って飛べなくなったらどうするんだ」と言いたくなる。

 次は本屋。魔王でも頭が痛くなるような難しそうな魔法書を何冊か。書店秘蔵の物らしく「その奥の奴を見せてくれ」と言わないと出してくれない。ベルはよくコレを見つけたなと思う。どれも一冊金貨二十枚を超える……。

 とんでもない出費だが、「金額はいくらでもいい」と言ってしまった手前、それにいつも難しい魔法を簡単にしてベルに教えてもらっている手前、これは断れない。それにベルがまた新しい魔法を使えるようになったら魔王一家にとってなにより有意義でもある。必要な投資であろう。

 

 珍しく学術書も置いてあり、魔王もついでに鉱物学、気象学の本を買ってみる。

「燃焼学」の本が参考になったこともある。マッディーやスワンの役にも立つかもしれない。炎の魔族ファリアには燃焼学はさっぱりだったが。

 金や宝石だけでなく、有益で高く売れる鉱物のレパートリーもマッディーのために増やさねば。


「満足したか?」

「はいー、大満足です!」

 ベンチの上でハチミツの瓶を五つ並べ、順に舐めて味を比べて喜ぶ妖精メイドのベル。

「気が済んだらそろそろみんなを集めてくれ」

「りょーかいでーす」


 ベンチに腰かけて買って来た気象学の本を読む。

 雷……。さすがに天の怒り、なんてことは書いてなく、大気が不安定状態の積乱雲下で発生しやすいと。雷は静電気による自然現象、と結論付けられている。なるほどトーマスと同じことを考えた奴がいるということか。避雷針のことが思い出される。

「まおーさまー!」

 ファリアが戻ってきた。またマッディーを肩車している。

 目立つ目立つ目立つ。目立ってしょうがない。男どもと比べても頭一つ大きいファリアが、その上に少女を肩車するのだから。マッディーは一等席から街を眺められて嬉しそうだが。

 二人、飴を咥えている。


「思う存分食えたか?」

「アタシたちも食い気だけじゃ……いや、そうだけどさ」


「あ、魔王様!」

 サーパスと、その車椅子を押すスワンが戻ってきた。

「どう?」

「なにがだ?」

「気が付くかなーと思いまして」

「髪を切ったことか? 良く似合うぞ」

「うおおおお――、魔王様目ざとい! 絶対にそんなの気が付くような人じゃないと思ってたのに!」


 二人、髪結い屋に行って散髪してもらったようだ。少々もっさりしていた髪が綺麗に髪をすかれてスッキリしている。

「シャンプーと櫛も買いましたのよ。ファリアもマッディーも髪ぼさぼさで貧乏ったらしいったら無いですもんね。今夜お風呂で洗ってあげますわ」

 仲のよさそうなことで、いいことである。

「なにか情報はあったか?」

 ファリアが残念そうな顔をして言う。

「それがねえ、教会でちょっと騒ぎになっててさあ」

「教会でか」

「魔王様、死んだことになってるみたい」


 ……。




次回「24.魔王、教会に教えを聞く

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[気になる点] 「一流の詐欺師という者は、相手は騙されたということにさえ気づかぬようにやるものです。お気を付けなさいませ」 紹介状と近くの店が罠?
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