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20.魔王、四天王と魔法を語る


「いい街だったね」

「うん、住んでもよかったぐらい」

 今夜も野宿の河原のキャンプで、焚火を囲んでファリアとスワンはそうぼやく。

「俺もだ……。でもいつまでもいられない。俺たちは魔族だし、今頃、もぬけの殻になった魔王城を見て俺たちを探している奴らがいるかもしれない。王都の南、魔王城から一番遠い海の見える所まで、そこは初志貫徹といこう。もっといい街が見つかるかもしれないしな。住む場所を決めるのはその後でもいいだろう」

「そうね……」

「ずっと旅して、一番よかった街に引き返して、家を買って、みんなで暮らすってのは?」

「あっはっは、それいいねー。うん、そうしたい!」

 ファリアの提案にスワンはけらけら笑う。


「マッディー! ちょっと来てー!」

 川辺でサーパスが声をかける。人魚の全裸姿でぱちゃぱちゃやって上機嫌だったのだが。みんな特にやることもない退屈な夜、焚火の明かりで絵本を読んでいたマッディーも本を閉じて立ち上がる。どうせヒマだし、みんなで川辺に行く。

「ほら見て」

 川底から拾って来たのか、サーパスが手のひらに鉱石を見せる。魔王が電気のプラズマのライトボールを宙に浮かせて明かりにすると、その光に照らされてキラキラと光る。

「ルビーだな」 赤い宝石の欠片を見て魔王が唸る。

「サファイアも」 サーパスが手のひらで転がして見せる。青い宝玉だ。

「エメラルドは……ないか。好きなんだけどな」

 スワンがちょっとがっかりする。

「なにそれ?」

 ……ファリアはその方面に興味が無いようだ。


「昔は魔王城にもあっただろう。飾りにしかならん。勇者が喜んで全部奪っていったが……」

「人間には高く売れるってことかしら?」

 赤い宝石のルビーと青いサファイアは同じものである。含まれる色素が違うだけだ。主成分は酸化アルミニウム。エメラルドは緑柱石といい別の鉱物なのでルビーやサファイアと同じ場所では産出しない。

「このあたりの岩場にそれが含まれるということか」

「そうなの。マッディー、これ集められないかしら?」

「……やってみる」


 マッディーが右手にルビー、左手にサファイアを握って前に出し、目をつぶって念ずると、川の上流から下流まで、星明りに照らされてキラキラと水しぶきを上げながら宝石たちが浮かんできた。

「……魔王様、鍋」

「また鍋なの……貧乏くさい」

 スワンはそう言うが、そこはしょうがない。すぐ鍋を持ってきてマッディーの前に置く魔王。

 光りながら宝石が集まってきて、鍋にザラザラと落ちる。

 みんなで顔を寄せてみると、原石なので所々が光っている砂や小石のかたまりといった感じである。鍋の半分に足りないぐらいは集まったか。


「こんなのが売れるのかなあ」

 疑問顔のファリアだが、「そこは磨けば光ると言う奴だ。魔王城に置いてあったのも昔の職人が綺麗にカットして研磨したものだからな。これは原石ってやつだ」と、魔王が古い話をする。

「けっこう大きいのもありますわ。きっと高く売れますわ」

「買うのは金持ちか大商人……そういう街があればいいが」

 すぐにみんなで焚火のそばに戻り……。

「魔王様あああ!」

「悪い悪い」

 岸に上がった全裸のサーパスに、バスタオルを持って行って体に巻いてやり、抱きかかえて焚火の横に連れてくる。


「サーパスさあ、いつも役得なんだけど、あんたもう一人で飛んできたりとかできないの?」とファリアが文句を言うと、「言わないで。泣きたくなりますわ」とよよよと崩れるサーパス。わざとらしい。

「河原じゃ車椅子も使えんだろ。それより地図だ」

 相変わらず動じない魔王が荷車から地図を持ってきて焚火の前に広げる。地図の上に方位磁石を置いて方角も確認だ。


「今歩いているのがこの街道。……商業都市タートラン。ここから南西だな。商人たちの商会が集まっている大きな街だ。ここを拠点に取引していて大きな市場もある。たぶん宝石商もいるだろう」

「じゃ、次の目的地はそこかい」

「……なんか滞在しているだけでやたら金がかかりそうな街な気がするよ。お前たちあんまり無駄使いするなよ?」

「はあい」

「はーい」

 四天王の気伸びした返事に先が思いやられる魔王である。



 みんなが簡単なテントの中で寝た後も、魔王は焚火とライトボールでラボラジアの「燃焼学」の本を読む。火が燃える理屈が様々な理由から述べられていて興味深い。燃えるのは炭素だけでなく、油、石炭、金属に至るまで幅広く、それぞれ燃え方が全て異なる。酸素? の中に閉じ込めれば金属も燃える。酸化という現象だ。爆発的に燃えるものもあり、魔法のファイアボールに匹敵する威力になる鉱物の調合も存在するとか。

 燃える前と燃えた後で、燃焼ガスを含む全体では実は重量は変わらないとか、『質量保存の法則』の初歩的なことも網羅(もうら)されているのはさすがである。


「……ねえ魔王様」

 本を読む魔王の横にスワンが座る。寝巻代わりの薄い羽衣だけをまとった色っぽい姿である。

「どうした?」

「マッディーは一番の稼ぎ頭でしょ? ファリアは強いし、サーパスも服を縫ってくれたり、水を出して料理をしてくれたり、治療魔法も使えるし、それに比べて私はあんまり出番がない気がしてさあ」

「出番が無いのはいいことだぞ。俺たちがやっているのはもっぱら人助け、人命救助だしな」

「そういうことじゃなくってさあ……。もっと役に立ちたい」

「……」


 パタンと魔王が本を閉じて顔を向ける。

「『真空』って、わかるか?」

「しんくう?」

「空気が無い空間のことを言う。風が吹くようにこの世界は空気に包まれている。空気の無い場所などどこにもない。その空気を取り除いた何もない空間のことだな。ガラス瓶とか、空気を抜くと中を空っぽにできる」

「へえ」

「そして、『物が燃える』ってのは実はその空気がキモだ。空気に含まれる酸素が無いと燃えないんだ。この本に書いてあった」

「へえー」

「だからこの焚火の炎も、周りから空気が無くなれば一瞬で消えるはず」

「そうなんだ」

「次、火事があった時なんか、それができるようになればスワンは最高の火消しになれると思うが……」

「やってみる!」


 焚火の前でうんにゃうんにゃといろいろ試すスワン。

 魔王はその周りにライトボールを幾つも浮かせてやってから、自分もテントの前に毛布を敷いて眠ることにした。



 翌朝、みんなで朝食を取ってからキャンプを撤収し、焚火に水をかけて消そうとした時の事。

「魔王様! 昨日のアレ、やって見せるから見てて!」とスワンが張り切る。

「完成したか」

「はい。みんなも見てよ。いい……。ふん!」

 ふっと一瞬で焚火の炎が消える。赤くなっていた炭もその場で光を失う。

「んーんーんんん――――――っ!」

 踏ん張るスワン。

「おおー凄い!」

「え、なんでなんで?」

「……不思議」


「はあー……」

 気を抜くとまたボッと火が燃えだす焚火。

「ふむ、熱を奪うわけではないから燃焼が止まるだけで、温度は高温のままなのだな」

「そうなのよ。冷めるまでこれを放っておいても維持できるようになるのが今後の課題ね。そうでないと消火にならない」

「課題はもう一つあるな。ファリア、なんか獲って来てくれ」

「獲って来てくれって言われても河原だしねえ。カエルぐらいしかいないよ」

「それでいいから」

 ファリアが捕まえてきたカエルを、魔王は手にぶら下げる。

「これを投げるから、こいつに今の奴をやってみてくれ」

「……いいけど、どうぞ」

「さん、に、いち、それっ」

「はっ!」

 ぱーん! カエルが破裂した!

 ぎゃあああああああ。四天王たちから悲鳴が上がる。


「と、言うわけだ……。生き物にソレをかけると、体の中の空気が膨らんで今みたいなふうになる。人間がいる所では火は消せても人は助けられない。空気が無いとどんな動物でも窒息するしな。火事で使う時は使い所は考えろよ。救助が終わってからにしてくれ」

「……はあい」

「でもそれ人間に対して即死攻撃になりますね」

 ベルが怖いことを言う。

「……後始末が面倒だろ。ピンチの時だけにしてくれよ」

 魔王は一応注意した。


「安全に火を消すんだったらもう一つ方法がありますわ」

 そう言ってサーパスが焚火に手をかざす。

 ぼふっと霧が出てこれも一瞬で火が消える。

「え、そんな少しの水で火が消えるの?」

 ファリアが驚く。

「魔王城にいた時も火の始末にいつも使っていましたわ」

「ふむ、気化熱だな。細かい水分が一瞬で蒸発してその時に熱を奪う。蒸気が発生するから空気も炎から遠ざけることができる。いい方法だ」

「サーパス、あんたねえ、私が一晩かけてどんだけ苦労してこの魔法を身に着けたか考えてよ! 空気読んでよ!」

「ごめんなさい、ごめん、ごめ――ん!」

 風使いのスワン、空気を読むことにはうるさいようである。

 自分が読めてるかどうかは知らないが……。




次回「21.魔王を追う者たち」

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