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2.魔王、夜逃げする


「これで全部か?」

 既に百年に渡って勇者の略奪を許した魔王城に、財産のようなものがあるわけがなく、持っていける荷物はたいしたものは無かった。魔王と四天王のわずかな身の回り品に、当面の食糧。せいぜい荷車にいっぱいという程度である。雨風がしのげる程度の囲いがされた、貧相な荷車だ。いわゆるリヤカーを一回り大きくしたような程度の物である。


「……これだけです。貧乏ですね私たち」

「言うなベル……。余がふがいないばかりに皆の者にも不便をかける」

「いいえ魔王様、魔王様はここまでよく持ちこたえましたわ。並みの魔王でしたらとっくに勇者に殺されていましたでしょうに」

「ありがとうサーパス。さ、行くぞ」

 そう言って、魔王が人魚のサーパスを水から抱きかかえ、荷車に乗せてやる。

 サーパスも魔王の首筋に縋り付いて涙する。

「マッディーも乗るか? 長旅になるぞ」

 ぽろぽろ涙をこぼしながら頷く土の四天王マッディー。その少女を抱き上げてサーパスの横に座らせてやる。

「出発!」


 カラ元気を絞り出して、魔王は荷車の引手を握り、歩き出した。

「どこに向かうんですか魔王様」

 妖精メイドのベルが魔王のまわりをぐるぐる飛び回る。

「まずはここから一番近い人間の村に行こう。開拓村だからな、よそ者が現れてもそう邪険にされることも無いだろう。みんなとりあえず人間のふりをして変装して、情報収集だ。そうして我らが住むのにちょうどよさそうな場所を探そう」

 炎の四天王ファリア、風の四天王スワンも荷車に付き従う。


「……ファリア、スワン、余は……。俺はもう魔王ではない。お前たちももう俺に付き従う必要は無いぞ。好きに生きろ」

「なんで今更そんなこと言うのさ。サーパスとマッディーは連れて行くのに、アタシたちはもういらないっての?」

「そうよ魔王様、私だってこんなところで放り出されても困るからね?」

「サーパスは陸上では不自由な身、マッディーはまだ子供だ。俺が養う責任があろう。わかってくれんか」

 ファリアとスワンが肩をすくめる。

「いーや、そんなのつまらないね。どんなに貧乏したって、やっぱり魔王様と一緒にいたほうが楽しいよ。アタシだってなんでも働いて役に立つからさ、みんなと一緒にいさせてよ」

「私も、魔王様の本当の最期を見届けないと死んでも死にきれないね。勝手にでも付いていくよ」

「ありがとう……」


 魔王城から離れて一同立ち止まる。

「……もうここには戻れないの?」

 いつも無口なマッディーが久しぶりに口を開いた。

「我らの魔王城もこれが見納めだな」

「ひどいですわ……こんなになっていましたのね」

 サーパスのいう通り、満月の月明りに照らされた崩れた塔、穴の開いた城壁、屋根の吹き飛ばされたホール、ちぎれ飛んではためくことも無くなった魔王の旗、歴代の勇者たちにやりたい放題されたすでに廃墟同然の魔王城が涙を誘う。


「……魔王城がこの地に建てられたのは、ここが大地の魔力が集まる地脈の元だったからだ。勇者の侵略が続き、その地脈エネルギーも枯渇し、魔力がごくわずかししか取り出せなくなってしまった今はもうここに魔王城がある意味がない。この城は数十年も前にとっくに魔王城ではなくなってしまっていたんだ。これが潮時というものだろうな……」

 数少ない魔族たちとささやかな収穫を祝い、共に暮らし、笑い、小さな幸せを祝い、まだ弱かった勇者たちを追い返しては凱歌をあげたあの日々が思い出される。


「さ、今日中に山を越えるぞ」

 力強く荷車を引く魔王。ガタガタと揺らぐ坂道で、大女のファリアも共に荷車を押すのであった。



 深夜、満月の下で、山を越えたふもとにあった小さな泉で一泊する。

 ずっと荷車の上で繕い物をしていたサーパスが出来上がった服を広げた。

「ファリア、これ着てみて」

「おっ、服か」

「カーテンを(つくろ)ってみましたわ。人間の村娘に見えますかしら」

 素っ気ない単色の長いスカートにブラウス、チョッキ。それをまとってファリアがくるっと回ってみる。

「よく似合うぞ」

 魔王がそう言うとファリアが嬉しそうに微笑む。

「あーいいなー、私も欲しい!」

「ファリアのほうがたくさん布使うから……。ちょっと待っててねスワン。あなたの分もこれから作りますから」

「魔王様は?」

「俺は鎧を脱げばまあ、人間に見えるだろ」

 そうは言ってもつぎはぎだらけのみすぼらしい農民が着るような作業着だが。

 鎧が無ければ魔王もただのくたびれた中年男である。


「マッディーは……まあ、そのまんま人間の子供に見えますわね」

「服ありがとねサーパス。サーパスはどうすんの?」

「私は歩けませんし、毛布を体に巻いていますわ」

「そっか……。ま、せっかくの泉だし、少し休みなよ。疲れたでしょ」

「はい、お願いします」

 ファリアが人魚のサーパスを抱きかかえて泉に浸すと、嬉しそうに泉を泳いでいく。

「私たちもせっかくだから水浴びしようか」

 全員、するすると衣を脱いで飛び込んだ。パシャパシャと楽しそうだ。

 それを目を細めてちらと眺めて、魔王は狩りに行く。今夜の飯を探さねば。


 山岳地帯を住処にするヤギを見つけて電撃で仕留め、宙に浮かせて逆さ吊りにし、血抜きして内臓を抜き皮を剥いで持ち帰る。

「ファリア、火頼む」

 ファリアが集めた薪に火を点け、魔王とスワンがヤギの肉に塩とハーブを擦り込み、炎の上に肉を串にさして焙り焼きだ。

「野菜も食べないといけませんわね」

 魔王一家でささやかな夕食を楽しみ、笑い合う。みんな裸のまんまだ。おおらかなものである。

「開拓村に着けば野菜ももらえるかもしれない。肉を残しておいて交換してもらおう」

「楽しみですわ」

「アタシは肉だけで十分だけどなー」

「それ体に悪いよファリア。スキキライしちゃダメよ」

「スワンうるさいわ。オカンか」

「あっはっはっは」


 みんなからすっと離れて、魔王は自分も服を脱いだ。泉に体を浸けて、バシャバシャと顔を洗う。

「あら魔王様、私が洗ってさしあげますわ」

 ばっしゃーんと水に飛び込んできたサーパスが魔王の背中に抱き着く。

「あ、アタシもやるよ」

「私もー!」

「……私も」

 全員、泉に入って来た。

「いやいやいや、自分でやるから。気使うな」

「メシ獲って来てくれたんだし、これぐらいさせてよ」

 そう言ってファリアがごしごしと魔王の背中を流す。

 サーパスが水を操ってシャワーのように魔王の頭に雨を降らす。

 マッディーも泉の泥を集めて魔王の体に塗り出す。

「いやマッディーそれ魔王様汚してない?」

「ファリア、泥でお肌をこする美容法あるわよ。お肌ツヤツヤになるからやってもらいなよ」

 スワンがそう言ってけらけら笑う。


 炎の魔法使いファリアがファイアボールを泉に沈め、暖かなお湯にする。

 結局全員で混浴の温泉のように、湯に浸って、体を洗った。

「そうしているとまるでハーレムですねえ魔王様」

 花の蜜を集めて帰ってきたベルがその様子を見てあきれる。

 今までの魔王城への想い、未練の垢を洗い流すような、にぎやかな夜になった。




次回「3.魔王、野盗を退治する」

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