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19.魔王、新しい魔法を学ぶ


 すっかり長居したせいでもう夕刻だ。宿屋に戻ると四人姉妹……ということになっている四天王がすでに借りっぱなしになっている大部屋でそれぞれにくつろいでいた。

 ファリアは昼寝。サーパスは裁縫、スワンもサーパスの裁縫を手伝っている。マッディーはクマちゃんとトランプだ。


 以前、「……見て」とマッディーが抱いていたクマのぬいぐるみ風の木彫りの人形を下に降ろして、立ち上がって歩き出したのを見たときは驚いたものである。それはまるで歩けるようになった赤ん坊のようにヨロヨロと、頼りない物であったが。

 驚きなのはもうクマの木彫りの人形を、自律的に動くだけでなく、ゲームの相手ができる程度に思考もできるとは、どれだけだと魔王は思う。クマには指がないので、マッディーが持っているカードを腕で指し示すぐらいだが。

「……まだババ抜きしかできないけど」

 それが凄いのだが。


 窓辺で裁縫をするサーパスとスワンにも声をかける。

「服を買ったんじゃなかったのか」

「これは普段着、よそ行きですわ。これぐらいは自分で作らないと気が済みませんし」

 二人、そんな事を言う。

「じゃあ買った服ってのは?」

「これよ――!」

 そう言ってスワンが黒い色のツナギを袋から出す。この職人街で一般的な労働者がよく着用している作業服の一つである。生地が厚くて丈夫そうだ。

「救助作業するたびにいつも泥だらけ、ホコリだらけになるでしょう。だから、これからはなにかあったらこれに着替えようと思って!」

 ……なるほど。それもそうだ。火事場で真っ黒に、鉱山で真っ黒に、今まで何度一張羅(いっちょうら)を台無しにしてきたか。救助作業するときは着替える。合理的である。

「魔王様の分もありますのよ」

 一回り大きいツナギを出してくれる。一番大きいのはもちろんファリアの分である。


「ありがとう、いいアイデアだ。全員黒ってのがまたいいな」

「色分けしたほうがいいんじゃないかって話もありましたけど」

「なんの団体だ……いや、黒が良い。目立ちたくないしな。いい選択をありがとう」

「魔王様、お部屋ではこれを着てください」

 そう言って渡されたのは前合わせの紐で縛る簡素な部屋着。作務衣というところか。

「おう、これは楽そうだな、ゆっくり休めそうだ。ありがとう」

「ごはんまだー?」

 ファリアが起きてきた。何か着てほしい。裸じゃないか……。



 その夜、こっそり宿を抜け出した魔王は、この街の教会に行ってみる。

 トーマスが設置したのであろう、避雷針があった。


「はっ」

 気合いと共に発生した魔王の電撃は、上空からバリバリ、ドーンと避雷針に吸い込まれ、何事もなく、静かになった。

「……トーマス、実験は成功だよ。おめでとう」

 いつかこのことを教えてやろう。そう思いながら、魔王は雷の大音響で人が出て来ないうちにさっさと教会を逃げ出した。



 翌日、今度は雑貨屋で方位磁石と地図を買い求める。

 いろいろと不細工な地図なのだが、それでも無いよりマシである。この世界まだまだ正確な地図など無いし、場所によっては軍事的な最高機密でもある。旅人や商人のための案内図という性格が強い。

 魔王城からかなり離れた。そろそろベルの知識も及ばぬところまで来ているわけだ。これからはちゃんと情報を持って動く必要があるだろう。


 この工房街は便利な所だ。注文したいものがあれば大抵のものは作ってもらえるし道具や材料もそろうということになるか。今後も何度も利用したい。

 だがそのためにはこの街を拠点にすることになり動けなくなる。旅の目的は魔王城の反対側の土地に行くことだ。距離がありすぎる。いちいち戻ってくることもできない。

 ……転移魔法が使えたらなと思う。今のメンバーではベルが使えたか。あのごろつきの領兵どもを裸にして魔王城に放り込んでもらった。大した距離ではなかったが、それでも魔王がフラフラになるまで魔力をベルに流し込んで使ったものである。大量の魔力が必要だ。

 次はそれを教えてもらおうかと考える。


「あら魔王様!」

 街中の繁華街でバッタリとサーパスと、その車椅子を押すスワンに出会った。二人とも、縫ったばかりのこざっぱりした町娘風の服を着ている。

「いろいろ買い物なさいましたのね」

「お前たちもな……。今日はどうした」

「本屋がありましたので、薄い本を」

「ほう」

「いろいろ勉強になりますのよ?」

「恋愛話ばかり買ってなんの勉強になるんだか……」

 後ろでスワンが皮肉を言う。

「あら、魔王様と素敵な恋をするための教科書ですわ。あなたこそテクニック教授の色本を……」

「言うなああああああ!」

 なんの本屋なんだか。

「本屋か。興味深い。俺も行ってみよう」


 場所を教えてもらって、入店するとずらりと本が並んでいる。

 歴史書、物語、聖書、文系が多い。欲しいのは科学的な文献なのだが。

 ラボラジアの「燃焼学」という本があった。たしかトーマスの友人だと聞いたが。物が燃えると言うのは、空気中の酸素と、木材他に含まれる炭素が結びついて燃えると言っていた。参考になりそうなので購入する。


 歴史書、物語の類は「聖書」で代替が効くだろう。どんな歴史も物語もだいたいこの世界では聖書をベースに書かれているに決まっているからだ。まだまだ教会の教えに反するような本が出版できる世の中ではないということである。

 聖書は教会出版の物で価格は安い。庶民に伝道するために多くの人に読んでもらうべく大量生産されているということだ。活版の印刷物である。

 当面はこれぐらいでいいだろう。マッディーにも子供向けの易しい、絵がたくさん入った物語本を数冊買う。こちらは銅版画だ。


「ベル、転移魔法を教えてもらえないか?」

 宿屋に戻って、部屋でダラダラしているファリアとマッディーにお土産の本とお菓子を渡し、考えていたことをベルに話す。

「私の存在意義がだんだん無くなってきちゃうじゃないですかあ!」

「そう言わずに頼む。この街はなかなか便利だ。今後もなにかあれば利用したい。それに転移魔法が使えれば災害現場に急行することもできるし、人の入れないところに入ることもできるだろ」

「そんな都合いい魔法じゃないですよ転移魔法は……。めちゃめちゃ制約がありますし、一歩間違えれば異空間に閉じ込められて出られなくなるかもしれないんですからね? そこ、理解してくださいね」

「わかった」


「えーとですね、転移魔法というやつは、空間を歪ませてある地点とある地点をくっつける、というのがまず基本になります。短距離ならそれでいいです」

「うむ」

「それでも膨大な魔力が必要になることは間違いないです。普通の魔術師にはそれが限界です。長距離に使う場合はもう一つ、別の概念をイメージする必要があります」

「ふむ」

「『波動』です」

「はどう?」

「はい、一度大きなエネルギーで歪まされた空間は元の姿に戻ろうとします。その時その周囲に空間の波動が生じます。波のように伝わる現象ですね」

「ほう」


「長距離の転移魔法は、その、次々と空間のゆがみが波動となって伝わる波に乗って移動する、というイメージなんです。消えて、現れるんじゃないんです。ちゃんと実体のある体が空間を移動していくんです。ここまでわかりますか?」

「なんとなく」

「その波の強さ、方向、維持がコントロールの基本になります。波を同調させて共振で増幅する必要もありますよ。ではやってみましょう。二つのコップに、片方に水を入れ、もう片方は空にします。この水を移動することから始めましょう。まずは空間を歪ませるところから……」



 サーパスとスワンが買い物から帰ってくると、大部屋でだらしなく魔王が寝転がって倒れていた。テーブルの上はコップが倒れてこぼれた水でびしょびしょである。

「あらあらまあまあ、いったい何がありましたの?」

 ベルが雑巾を持ってパタパタと羽根をはばたかせながら飛んでくる。

「転移魔法、特訓してて魔力が無くなったんですよ。まったく……」

「転移魔法って、そんなに魔力使うのかしら」

「いやいや、たった一時間でもうコップの水を全部移動させちゃうんですから、まったく魔王様ってやつはいったいどんだけ能力があるんですか。この調子なら数百里を飛び越えられるようになるのに一か月かからないかもしれませんて。冗談じゃないですよ全く……」


 夕方、回復した魔王はみんなと一緒に荷車を預けたニューランド商会に向かう。すっかり出来上がっていた。

「……言う通りにしたよ。あの貧乏くさい粗末なひさしもスカスカの荷台も全部そのままにな。ま、ひさしの布はさすがに張り替えさせてもらった。防水にしておかないと雨が避けられんだろ。もっといいやつにいくらでも仕上げてやるのに」

 そう言って白髪親父が不機嫌顔だ。


「金持ちそうに見えると旅の途中で野盗にしょっちゅう襲われることになりますので」

「こんな荷台を引いてる男が金持ちに見えるわけないだろう……。ほら、張り替えた幌を組み立てるから、よく見ておけ」

 そう言って骨組みと、布をその場で張ってくれた。後ろに回ると、「ニューランド商会」のプレートが貼ってあるのは、まあお約束である。

 あと、サーパスとマッディーが座る席はふかふかのクッションに代わっていた。

「お嬢ちゃんたちをいつまでも箱の上に座らせておくわけにはいかんからな!」

「あ、それは私がやるように言いました!」

 横からあのチョッキの営業マンが自分の手柄をアピールする。

「ありがとうございます。感謝いたしますわ」

 そう言って車椅子から優雅に礼をするサーパスと、スカートをつまんで頭を下げるマッディーに二人、デレデレである。


「本当にありがとうございました」

「こちらもさ。調子悪くなったら来てくれ。いつでも最新の修理をしてやるぜ」

 礼を言って預けていた荷物を全部乗せ、荷車を引いて、今日が最後となる宿屋に向かう魔王であった。




次回「20.魔王、四天王と魔法を語る」

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