18.魔王、電気を学ぶ
トーマスの電気の講義はまだまだ続く。
「磁石には必ずN極とS極がある。磁石を二つに割っても、N極だけの磁石、S極だけの磁石にはならないで、N極とS極がそろった二つの磁石になる。これは絶対に分けることができない。でも電気は違う。プラスだけの電気、マイナスだけの電気が存在する。静電気は全部プラスなんだ。磁気と電気は全く別な現象だけど、似ていて共通の特性もあると考えてる」
「なるほど」
「プラスの電気はいつでも逃げ出す場所を探している。近くにマイナスになりそうなものがあればそっちに向かって流れていく。強い電気は放電して空中を飛ぶこともある。雷が高い所に落ちたり、鉄や銅なんかの金属に落ちやすいのは知ってるね?」
「ああ、雷が鳴ってる時は高い所、木や鉄の塔とかには近寄るなとか」
ついでにいうと、電撃魔法を落とすと、かなり狙いは適当でも剣を持った奴、鎧を着た奴に簡単に当たる。まるで電撃のほうが勝手に当たってくれるようにだ。前から不思議には思っていた。
「つまり電気はプラスが発生すると不安定になって、マイナスに逃げ、プラスマイナスゼロになろうとする。僕は雷ってやつは、何らかの原因……。多分大気の摩擦、それで発生して、マイナスである地面におっこちるんだと思ってる」
「地面はマイナスなのか?」
「そう、世界で一番でっかいマイナスが大地。だから撃たれた電撃は全部塔や木、時には人間に伝わって最後には地面に逃げる。仮説だけどね」
「ふーむ、いや、それはたぶん正しいと思うぞ。電撃に撃たれたものは頭から左右の足のどちらかまでヤケドするからな」
「……怖いな、電撃、人に撃ったことがあるみたいな言い方するね。ま、そんな強力な電撃撃てる魔法使いなんて昔の勇者でも無けりゃいるわきゃないけど」
肩をすくめて笑うトーマス。いや、やったことは数えきれないぐらいあるんだが魔王はそれは言わない。
電撃魔法は女神の加護を得た勇者の得意技でもある。なので、魔法の撃ちあいで魔王城が黒焦げになったこともある。双方あまり効かない魔法なのでもう勇者に電撃を落とすのは魔王はあきらめてるが。
「僕が電気を研究して初めて作った実用品が『避雷針』さ」
「ひらいしん?」
「雷を逃がすのさ」
「雷が避けてくれるのか?」
「逆、まったく逆。雷を吸い取るんだ」
魔王は驚く。そんなものがあったら電撃魔法が効かない奴が現れる。
「高い所で雷が落ちてもらいたくない所。ここでいうと教会のてっぺんとかね。あのてっぺんにでっかい鉄の針を立てる。すると、落ちた雷が避雷針に吸い込まれるのさ。そうすれば教会は安全。雷が落ちても火事になったりしないよ。僕が付けた避雷針がこの街の教会を守ってるのさ」
「それ、効果はあったのか?」
「まだ分からないんだ。嵐が来たり、雷が鳴ってる日は外に出てずーっと教会に雷が落ちないか見てるんだけど、まだ落ちてないから。落ちてほしいとは思うけど、仮説が間違ってたら教会が火事になるし、毎回ドキドキだね」
この街の教会か。夜になったら試しに電撃でも落としてやろうかと魔王は物騒なことを考えた。ま、どうせ勇者を送り込んでくるのは教会も絡んでる。燃やしたって気にする必要も無い。
「さ、これを持って」
食事を早々に終わらせ、早速次の実験だ。黒くて細い炭を持たされる。
「電気にはパワーがある。電気ナマズみたいに相手をしびれさせるだけでなく、雷が落ちれば光るし火事にもなる。電気は熱や光にもなるはずなんだ。これは植物の繊維質をあぶって炭化させたもの。これに電流を流してみて」
たちまち炭は赤熱して燃え上がる。
「っと、大丈夫かい! やけどしなかった?」
「いや平気だ」
「強力な魔法を使うねファルカスさん……。燃えたのは初めて見たよ」
「電撃で物を燃やすってのは電撃使いの魔法使いなら大抵やったことがあると思うがね」
「そんな強力な電撃落とせる奴は勇者クラス……でもないか。だったらファルカスさんもうとっくに有名な魔法使いになってるはずだもんね。さて空気中でこうして電気を電気抵抗がある……、つまり電気が流れにくい物に流すと熱を発して燃えてしまうわけだが、物が燃えるには空気が必要。それは知ってる?」
「風で吹き飛ばすと炎は消えてしまうが」
「うーん、それとはちょっと違うんだけど。空気中の酸化物質、『酸素』と言うんだけど、それと炭素が結びついて燃えるんだ。これは僕の友人のラボラジア君が発見したことなんだけど、空気を抜いた真空中では物は燃えない。炭を起こすときふうふう吹いたりするだろう。燃焼には空気が必要、覚えておいて」
「……そう言えばそうだな」
言われてみれば思い当たることがある。なるほど、空気を遮断すれば火事は消えるのか。今度大火事に遭遇したら、風使いのスワンに試してもらうこともできるかもしれない。
「これは蒸気を吹き込んで蓋をし、冷やして中を『真空』にしたガラス瓶の中にさっきの炭素繊維を入れておいたもの。『真空』ってわかる? 空気を抜いて空気がない状態にした空間のことなんだけど、そこに導線をつないで電気が流せるようになっている。少しずつ電流を強くしてもらえるかな。この中なら赤熱した炭素繊維でも燃え上がったりしないはずなんだ」
ガラス瓶から伸びた銅線を両手でもって、少しずつ電流を強くする。
すると、ガラス瓶の中の炭素繊維がだんだんと赤くなって、光り出した!
「やった! 成功だ!! やったやったやった! 大成功だよ!」
ぶちっ! 電気を強くし過ぎたか、炭素繊維は切れてしまった。
「あー、すまん。強くし過ぎたか」
「いやあ全然かまわないよ! まだ少し中に空気があったんだろう。そうかー、電気は抵抗体を通すと熱や光にできる。素晴らしい! これで電気を自由に作り出せれば照明だって作れるね!」
トーマスが大喜びしているのを見るとこっちも嬉しくなるというもの。いわゆる「電球」の誕生に立ち会えたわけである!
「いやあ、ありがとう。本当にありがとう。こんなに研究が進んだのは久しぶりだよ!」
興奮冷めやらぬトーマス氏である。これだけ喜んでもらえれば実験を手伝った意義があったものだ。
「そうそう、うっかり忘れるところだった。はい、これ謝礼の金貨十枚」
そう言って小銭も混じった袋を受け取る。
「十枚も良かったのかな?」
「今日の大発見に比べれば安いものさ。こんな実験、嫌がらずに手伝ってくれる魔法使いがそもそもいないんだ。普通は、魔法の秘密を探ろうとしているとか、俺の魔法を盗むつもりだーとか、中には自分の魔法が無くなる! とか言って全く協力してくれないね」
「私は自分の電撃魔法が、どんなものなのかよく知る機会になって嬉しいが」
「ファルカスさんのような人が増えてくれれば研究も進むのに、頭の固い連中ばかりでウンザリだよ」
トーマスが苦渋の顔になる。
「トーマスさんはこんな仕事でよく食べていけるな」
「食べられないよ。親の仕送りでなんとかやってる状況でね、たまにバイトしては研究資金を稼いでいる……。大金持ちになりたいわけじゃないが、いつか研究が役立ってそれで食べていければ最高なんだけどさ」
「だったらこの謝礼は返そう。今日は私もいろんな知識が得られて有意義だった」
「え、いいのかい!」
「また会いに来てもいいかな。時々は研究結果を見たい。いつになるかはわからんが」
「大歓迎さ! もしかしてファルカスさんお金持ち? パトロンになってくれるの?」
「いやそこまでは……。お互いの成功を祈ろう。では」
がっしり握手して別れる。
あんな若者もいるわけか。人間というのは素晴らしい。
魔王城に公然と財宝を奪いに来るあの勇者たちや、旅人を襲ってくる野盗の連中の卑しさに比べて、この街の人間たちの素晴らしさはどうだろう! 人間もいろいろだな、と、また人間への認識を新たにした魔王であった。
次回「19.魔王、新しい魔法を学ぶ」