17.魔王、バイトする
野宿していた時は思わなかったが、こうして宿に泊まってみると一日金貨十枚は飛んでいく。なにしろ四人が若い娘で、食べたい遊びたい盛りでもある。
今日一日でなにか稼げる仕事はないか。手っ取り早く金になるようなこと。
そんなことを考えながら工房街を見て回る。
そうして歩いていると、ある一軒家が目に留まった。表に「電撃魔法使える者求む 金貨十枚」と張り紙してある。
電撃魔法なら魔王は得意だ。興味もあるのでその扉を叩いてみる。
「はい、なんですか?」
意外と若い男が顔を出す。
「外の張り紙を見たが、電撃魔法が使える奴に用があるとか……」
「おお、それはありがたい! 入って、入って!」と言って招き入れられる。
「いやあ前は電撃魔法が使える助手がいたんだけどさ、こんなことやってらんないって王都に行っちゃって、研究が止まっちゃってさ」
手を握られてブンブンと握手する。
「あんた名前は?」
「ファルカスだ」
「僕はトーマス。よろしく。ファルカスさん、磁石って知ってる?」
「ああ、方位磁針や、羅針盤に使うやつ。一方が北を向くので方角がわかるやつね」
「アレはこの大地そのものが磁石になってるから、それに引っ張られてそちらを向く。そこまでは知ってるかい」
「まあそれぐらいは」
「あれと同じ力が電気にもあるんだよ。見て!」
そう言って、その方位磁石を机の上に置き、銅線を上に渡す。
「あんた電気が作れるんだよね」
「ああ」
そう言って右手と左手の指を近づけて魔力を流して見せてやる。指の間にスパークが起き、バチっと火花が飛ぶ。
「うおっすげえ。そんなに簡単に電気出す魔法使い初めて見たよ。普通は長ったらしい呪文を長々と唱えるもんだけどな……。じゃ、それをこの銅線に流して。弱くていいから」
左右の指でつまんで銅線に電流を流す。そうすると方位磁石がくるっと回って傾く。
「ね、電気の流れで磁石が引っ張られるんだ。つまり電流からも磁力が生まれる。ここまではいいかい」
「ふーむ、なるほどね」
これは魔王も知らなかった事実である。
「僕はコレを『電磁誘導』と呼ぶことにした。電気が流れるのは方向がある。ファルカスさんそれがわかるかい」
「ああ、使っていればなんとなくね」
「この磁石の傾きでその方向もわかるんだよね。ファルカスさんの場合は右手がプラス、左手がマイナスだ。右手から左手に電気が流れるの、わかるかい?」
「ああ、私もそういうイメージで電撃を流しているよ」
魔王も驚く。魔法使いがなんとなく感覚的にやっていることをこの男はちゃんと実験で証明している。そういう方法もあったのかとびっくりだ。
「この銅線に電流が流れることで、磁石の力、磁気の流れができる。これは重ねることもできる。これは銅線にエナメルを塗って絶縁したものだが、これをこのようにグルグル巻きにして……今は簡便的に『コイル』と呼んでるけど、鉄が磁石に引っ張られるのは知ってるね。鉄が近くにあると方位磁石が狂うので離して使うとか」
「ああ」
「鉄は磁力をまとめて束ねる芯になる。これは銅とか銀じゃダメだ。どういうわけか鉄でないとダメなんだけど、鉄にコイルを巻いて電流を流すと磁石になるんだ。ほら、これを持って」
鉄に銅線をグルグル巻きにした線を右手と左手に握らされる。
「流して」
魔王が電流を流すと、そばにあった鉄球がコロコロと転がってきてバチッとコイルを巻いた鉄にくっついた。
「ね、これで磁石が作れるんだ。『電磁石』と呼ぶことにした。さ、電気を止めて」
魔王が手を放すと、鉄球はころりと鉄芯から離れてしまう。
「電気を流す、くっつく。電気を止める、離れる。どうだい?」
「実に興味深い」
「いやー、わかるかい! いや、あんたなかなかだ! 助手の奴は『こんなことがわかったからってなんになるんです』とか言ってバカにしやがったがね!」
そう言ってトーマスが喜ぶ。初めて自分の理解者が現れたという所か。
「ファルカスさん、右手から電流を流す、左手から電流を流す。どちらもできる?」
「ああ」
「じゃ、交互にやってみて、ほら、この鉄芯の先に方位磁石を置く。見てて」
そのまま電流を交互に流すと、方位磁石が北を差すN極と南を指すS極が入れ替わってグルグル回る。
「ね、電気を流す方向で磁力の向きも変わるんだ。N極とS極がね」
「なるほど」
魔王も面白くなってきた。
「電流を流し続けることで鉄を磁石に変えることもできる。ほら、このコイルにちょっと強めの電流を流し続けて。この砂時計が全部落ちるまで」
言われた通り、砂時計を見ながら電流を流し続ける。
「終わったな。さ、線から手を放して。見ててよ」
そう言って鉄球をコイルの鉄芯に近づける。電流が流れていないのにもかかわらずバチっと鉄球が鉄芯にくっついた。
「ほら! 鉄が磁石に変わった! もう電流を流さなくてもこの鉄は磁石になったんだ。『磁化』されたわけさ!」
「素晴らしい。よく発見された。あなたの研究は実に興味深い」
「ありがとう、ありがとう! いやーあなたは本当に素晴らしい実験台……いや、失礼」
「ここまでは既に確認済と。で、次は私にどうしろと」
「いろんな鉄を集めてみた。百種類だ。これを片っ端からこのコイルで磁化させてみようと思う。どの鉄が一番強力な磁石になるかだ。実験だね」
「やってみよう」
「時間は砂時計で測る。流す電流はできるだけ均一に、差が無いように、コントロールできる? ファルカスさん」
「問題ない。さ、どうぞ」
それから二時間ほどかかって、百種類の鉄全部にコイルで電流を流し続けて磁化させた。それを吊るして、鉄球がいくつ持ち上げられるかで磁力を測る。
「うーん、酸化鉄の粉を固めた奴が一番強力だね。製鉄所でできるゴミみたいなもんなんだけど、意外だ……。『フェライト磁石』と名付けよう。鉄以外だとニッケルも磁石になるな。これも意外だ」
トーマス氏、もう夢中である。魔王はいささか腹が空いた
「もう昼なんだが……」
「あっ申し訳ない、ピザを買って来よう。しかしファルカスさんもタフだねえ。前の助手は一個やっただけで一日寝込んじまったし、砂鉄がくっつくぐらいの強さにしかならなかったけど」
ま、そこは魔王だから別に心配してもらう必要は無いが。
二人で外の食堂で買って来たピザを食べながら話をする。飲み物は水だけだが。
「電気ってなんだかわかるかい?」
「魔力を練って自分の体の中に貯め、放出する感じだな」
「そうだろうとは思う。でもそれじゃ魔法使いが使えるだけだ。僕はそれを人工的に、道具を使って作り出せないかを考えている。電気は大きなパワーになる。嵐に雷が落ちるでしょ?」
「ああ」
「あれも電気でしょ。教会は神様が怒って落とすとか言うが、実際は大気の大きななにかのパワーで作り出された電気が放電されて落ちる」
「そうだ。あれも電撃だよ。魔法使いが出している電撃と、雷の電撃は同じものだ」
「やっぱりそうか! そうだと思った。見りゃわかるもんな。そっくりだもん」
「魔法使いが電撃を落とすところを見たことがあると」
「子供の頃にね。その時の勇者が電撃を落として魔物を退治したのを生まれ故郷の村で見た。それからずっと僕は電気のとりこさ」
そう言って笑う。
「一番身近にあるのは静電気かな。ほら、空気が乾燥している時に金属に触れると、ビリっと来ることがあるだろう?」
「……ああ、私は自分の魔力が漏れてそうなるのかと思ってたが」
「違うね、あれは魔法じゃない。誰にも起こることなんだ。麻、ウール、帯電しやすい服を着ていると摩擦で電気が貯まる。それが導電体に触れると電気が逃げる」
確かに。そう言えばスワンが魔王城の鉄扉に触れて悲鳴を上げてたことがあった。あの時は魔王がイタズラしたとか思われて怒られたものである。扉に電撃を仕込んでたと。電気が貯まっていたのはスワンのほうだったのかと今になって思えば納得できる。
「これは琥珀。太古の樹液が固まって化石化したものだ。電気が流れにくい『絶縁性』がある。これをこうして乾いた布で……擦って、擦って、こすりまくる。カーテンを閉めて」
言われた通り部屋のカーテンを閉めて暗くする。
「見ててよ、この床の杭は鉄製で、床を突き抜けて地面、大地に直接刺さってる。さ、よーく見て。一瞬だからね」
ぱちっ。鉄の杭に近づけた琥珀から杭に向かって小さな火花が飛ぶ。
「見えた?」
「見えた。確かに電撃だ」
こんな方法でも電撃を作ることができるとは。魔王には驚きである。超ミニサイズの電撃だが。
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次回「18.魔王、電気を学ぶ」