16.魔王、初めての稼ぎ
次の日の午後、四天王たちがまたニューランド商会を訪れると、少しくたびれた白髪親父と魔王が出迎えた。
「見てくれ! 画期的な大発明だよ!」
喜ぶ白髪親父に荷車を見せられても、一見、何の変りも無いように見えるのだが……。
「コレだ。板バネを四枚重ねてタガで嵌めた」
親父がドヤ顔で説明すると、「それでどうなんの?」とファリアが聞き返した。
「板バネが地面の凹凸を拾って曲がる。ここまではいいな?」
「うん」
「そうするとこの重ねた四枚の板バネがそれぞれ違う曲がり方をするから、薄い四枚の板バネが全部こすり合わされる」
「うん」
「そうすると、それが摩擦になって、バネが戻る時に抵抗になる」
「うん」
「だから、それ以上揺れない。揺れ戻りが起こらないんだ」
「さっぱりわからない」
ここまで解説しても薄いファリアの反応に魔王と親方のおっさん二人、顔を見合わせて残念そうになる。
「こうして荷車を揺らす。ほら、一回揺り戻っただけで止まるだろ」
オヤジに代わってこんどは魔王が説明する。
「止まったねえ」
「前はぐらんぐらん揺れてたろ?」
「そうだっけ?」
「そうだったんだよ!」
なんだか子供みたいにムキになる魔王である。
「とにかくもう一度乗って見ろ。そうすりゃわかるから」
そうして、もう一度、サーパス、マッディーの二人を乗せて、魔王は近所を一周した。乗っていた二人……。
今度は笑顔であった。
現代でもトラックなどで使われている、リーフスプリングの誕生である!
「いやあ、素晴らしい! こんな単純な構造で、今まで悩みの種だった振動吸収ができるとは。あんた天才だよ! うちで働かないかい!」
工房の親父が魔王とがっしりと握手する。
「いえ、目的地のある旅ですので。ありがとうございました」
「うちの馬車の評判が上がるよ。すばらしい発明だ。この仕掛け、うちの商会で今後も使っていいかい。アイデアの使用料を出させてもらうよ」
「それはかまいませんが」
「よし、決まりだ! 今回の仕事料はタダ。それとは別にうちから金貨百枚を出させてもらうよ」
「別にそれほどのことは……」
「親方、それじゃうちの儲けが……大損ですよ」
今日もチョッキのセールスマンが渋い顔だ。
「お前この発明の価値がわからんか? これはビジネスだ。あんたも断るな。うちがこれから上げる利益を考えれば安すぎるぐらいだ。明日までに屋根も内装もしっかりいいものを付けとくからな、待っててくれ」
「いやそれは困ります。見た目は今まで通りで」
さて、次は車椅子屋、トランスト商会である。
「待ってましたよお嬢様! できてますよ!」
何もかも注文通り。前に見せてもらったサーパスのお尻にぴったりな車椅子に、大きな二つの車輪。その外側に、さらに一回り小さな輪が付けられている。サーパスが握りやすい太さだ。
「特別サービスに、南方のゴムも、車輪に貼らせていただきました!」
南方諸島で採れるゴムの木の樹液を固めた弾力のある素材だということだ。
新しく作られた車椅子に乗って、自分でそれをくるくる動かして前後左右に移動して喜ぶサーパス。折り畳み式だから荷車の後ろに引っ掛けて置いて載せられる。
「ふむ……。この『ゴム』というのは面白いな」
魔王はどっちかというとそっちのほうが興味深そうである。
「伸び縮みし、弾力がありますので乗り心地が格段に良くなります。あまり耐久性が無く古くなるとベタベタしてくるのが欠点ですが、定期的に交換していただければと」
「旅の途中だし、何度もこの店に来られるわけではない……。剥がれたら普通の車輪に戻るしか無いな」
「それは残念です」
そう言ってトランスト商会のセールスマンががっかりする。
この素材は覚えがある。魔物のスライムの一種が出す粘液とよく似ているのだ。このゴムとよく似た巣を作る。
「このゴムを扱っているのはどこだ?」
「うちじゃないですよ。バーランド商会ってとこが仕入れてます」
「加工もそこでやるのか?」
「いえ、うちはそこから樹液を買って、自分で成型してますが。義手や義足、松葉杖にも使う素材ですんで」
「ここでは硫黄は手に入るか?」
「入りますが……」
「じゃあこのゴムと硫黄を混ぜてみろ。耐久性が格段に増すかもしれん」
火山の近く、硫黄が噴き出すあたりのスライムたちは、その硫黄も食っていた。
そこのスライムは他のスライムたちとはまるで違う強靭で弾力がきわめて高い体をしていて、しかもそのスライムが作る巣はどんなスライムの巣よりも強かった。
そのスライムも今は勇者に絶滅させられてしまったが……。
「調合の具合は詳しくはわからないがいろいろ試してみてくれ。正直やってみないとわからないが、きっといいものができる」
「やってみます!」
これは現代で言う『加硫ゴム』である。グッドイヤーがこのゴムの発明でタイヤ会社として大躍進したのは有名である。
「それが本当なら大発明ですよ!」
……発明か。
こういう新しい物、やり方を考え出すことを発明という。商業化に成功すれば大儲けできるし、人々の生活水準も向上する。広義の人助けにもなろう。なにより魔王にも謝礼が払われることもある。
発明、面白そうだ。今後も機会があればやってみようと魔王は思った。
「荷車は明日には仕上がる。明後日の朝出発。それまではみんな自由行動だ。いいな」
「はーい……」
みんなもうちょっと居たかったという感じである。
「毎日ものすごい勢いで金が無くなっていくんだが……」
「それなんだけど、魔王様、今日の小遣いはもうちょっと増やせない?」
「なんでだ?」
「えへへへへ……」
みんなバツが悪そうに含み笑いする。
「実は服屋にみんなの服を注文してありまして……」
そういうことか。これだから女ってやつはと魔王は頭が痛い。
「はいはい、一人いくらだ?」
「金貨二枚半……」
「いいよ。みんなマッディーに感謝しろよ。一番稼いでくれてるんだから」
「わかってるよ」
「わたしは魔王様とこの街をデートしたかったですわ」
「私もねー」
「……残念」
ファリアもサーパスもスワンもマッディーも、小遣いを受け取っておきながらこの顔である。
「俺もまだちょっといろいろやりたいことがある。勘弁してくれ」
次回「17.魔王、バイトする」