15.魔王、発明する
「しかし、今時その車椅子はひどいな。嬢ちゃんのためだ、もっといいものにしてやれ。あんた、金貨もう二十枚出せないか」
白髪の親方、サーパスが田舎村の病院からもらってきた木箱の車椅子にさすがに気の毒な顔になる
「うーん、いいものを作ってくれるならそれぐらいは出しますが」
「うちじゃなくて、そういうのを得意にしている工房がある。そこで聞いてみろ」
白髪親父が指差した先に工房がある。
「わかりました。ありがとうございます」
「……それにしても荷車って。あんたなんで馬車にしない。ちゃんと金もあるくせに」
「馬は面倒です。馬より私のほうが力もあるし速いので」
「そんなわけあるかい」
……事実なのだが。
魔界には馬はいない。古くは二足竜、四足竜を家畜にして、背中に鞍や荷台を載せたり、農具を引かせたりして作業させていた。そんな竜たちも、繰り返し侵略してきた王国軍や勇者パーティーたちに滅ぼされてしまって今はいない。魔王の荷車についている車輪も、実は人間軍が持ち込んだものをマネして作るようになったものである。
魔王から見て人間の使う馬という奴は、あまりにも繊細で、簡単に死んでしまい、家畜として使い物になると言う感じはどうしてもしないのだ。自分で引いたほうが何倍もマシというのが魔王の実感なのである。
次はサーパスのための車椅子だ。人魚のサーパスは下半身が尾びれである。今は毛布で包んで足は見えないようになっている。水中では魔法も合わせて及ぶもののない動きを見せるサーパスも、陸上では足の不自由な妙齢の女性でしかない。
紹介された工房に行くと専門の業者らしく、義手、義足、特殊な松葉杖にキャスター付き歩行器、そしてなにより車椅子の種類が豊富だった。
そしてなぜかついてくる馬車屋のニューランド商会営業マン。
「これはどうですか? 折り畳み式ですよ! こちらはニッケル鋼を使ってますので管が薄くて軽く丈夫です。こちらは車輪に弾力のあるハガネのスポークを使ってますので乗り心地が良く、軽く回ります。押す人が女性でも大丈夫ですが」
「お前さあ、自分とこの店の商売しろよ。うちの商品のセールスをなんでお前がやるんだよ……。あ、介護のトータルマネジメントはぜひわがトランスト商会へ。お嬢様にピッタリな車椅子をご用意いたしますよ。ぜひご覧になってください!」
サーパスの前で火花を散らす二人の若いセールスマン、どうでもよすぎる。
いくつかに乗ってみて、そのうちの一つ、折りたたみ式だが頑丈そうなものがサーパスのお尻にピッタリで、気に入ったようだ。大きな車輪が二つ、自在に向きを変えるキャスター型の小さな車輪が前に二つ。車輪は大きいほうが地面の凹凸を拾いにくいので乗り心地が向上する。
ちょうど車輪の上がサーパスが腕を降ろした位置にあるので、サーパスがそれをつかんで動かしてみる。
「……そのやり方では手が汚れるな」
「いえ、そもそも車椅子という物は使用人に押してもらうというのが普通でして」
トランスト商会のセールスマンは意外そうな顔をしてそう言う。
「ふーむ……。なるほどねえ」
「わたし、こう見えて力持ちですのよ。こうすれば自分で車輪を回せますわ。これがいいですわ」
そう言ってサーパスは自分で車輪を直接掴み、前後左右に自分で車椅子を動かして見せる。
「お嬢様にそのようなことをさせるわけには」
余計なお世話である。いつからお前うちの使用人になったんだよと魔王は思う。
「手でつかんで回せるように、この車輪の外にもう一回り小さい輪をつけることはできないか? そうすればこの娘が誰もいないときでも一人で動けるが」
二人のセールスマンが顔を見合わせて頷く。
「良いアイデアです!」
「なるほど、それなら手袋要らずですね!」
「魔王様、よく思いつきますねえそんなこと」
感心するファリアに、「いや誰でも思いつくだろう……っていうかなんで今まで誰も思いつかなかったんだ」と魔王は疑問に思う。
「いえ、こういうのをお買い求めいただくのは貴族や大家の老齢の御主人、御夫人と決まっておりまして、そういう方は先ほど言った通り使用人が押すのが習いとなっておりまして、お嬢様のようにご自分で車輪を動かそうという方はちょっと私も聞いたことがありませんね」
……贅沢な話である。恐ろしく安く人が雇えるということでもある。主人の車椅子を押すだけ。そんな仕事で貧しく何年も食っていかなければならない人間たちが多くいるということなのだろう。この世界、貧富の格差が大きいんだなと実感する。
「要介護者が自分で動かせる車椅子、画期的です! 我々で考えてみましょう!」
「『自走式車椅子』か、なるほど、でもそれはいい商売にならんと思うぞ?」
「なんでだよ」
車椅子商会のセールスと馬車商会のセールスが火花を散らす。
「こういうのを買うのは金持ちだろ。押す人を雇えるような。自分で車輪を回すなんて貧乏くさい、労働者階級でも買える、庶民の暮らしぶりを向上させることができるよう、そんな安物をこれと同じに作れるか? それって商売になるのかお前んとこで?」
「ぐぬぬ……。いや、やってやる。俺も親父も、元々そういう不幸な障害がある人たちを助けるためにこの商売をやってるんだ。お前らみたいに金持ち相手専門の商売と一緒にすんな」
「だからお前らの商会は大きくならないんだよ。いいか、商売ってのはなあ!」
近所のせいか、この二人は友人で、ライバルで、お互いこうしてやりあうのも付き合いのうちということらしい。どうでもいいのでさっさと切り上げたい魔王である。
「それじゃ一品物でいいからとりあえず今の注文で作ってください。三日後に取りに来ます。金貨二十枚以内でお願いします」
「いいアイデアをいただけました。父と一緒に考えてみます。金貨十五枚で」
「よろしく」
こちらも握手して、サーパスを抱き上げ、乗ってきた病院の安物車椅子に戻す。
それを見てあわてて馬車のセールスが、サーパスの車椅子を押して先頭を歩いてゆく。
「さあ、宿をご案内いたしますよお嬢様!」
「なんなのこの人」
「あはははは、なんかおっかしいねえ!」
それを見てスワンとファリアが大笑いだ。
うん、職人ってやつは面白い。人間、こういうやつばかりなら、世の中も平和なのだがと魔王は思う。
一人一泊金貨一枚、家族部屋で五枚のなかなか良い宿を取って、大部屋でそれぞれがゆっくり休んだ次の日、日中ダラダラすごした後、荷車の改造を頼んだトランスト商会を訪れる。
「フレームはできた。この鉄樫という木材は凄いな……。ま、穴を開けなくてもいいように鉄のタガをはめて固定してあるから強度は落ちてない。スプリングの調整をするから乗ってみてくれ」
荷物も無く、ひさしも外した平らな荷台に箱を載せ、サーパスとマッディーに腰かけてもらい、それを引いて市内を一周して戻ってくる。
「……乗り心地はいいです。ふわふわして。いいんですけど……」
おろろろろろろ。
降りるなりマッディーが吐いた。慌ててみんなが駆け寄り背中をさする。
「気持ち悪くなりました。酔うんです」
サーパスも青い顔をしてフラフラする。子供は乗り物酔いしやすい。マッディーには特にきつかったようだ。
「……弱くし過ぎたか。いや、サスペンションの欠点の一つだ。ふわふわしすぎると酔う人が出る。硬くすると今度はサスペンションを付ける意味がない。調整が難しくてね、お客さんの苦情はだいたいそれだ。貴重品を運ぶような荷馬車では荷物の破損がなくなったと好評ではあるんだが、その手加減が難しいな。馬車じゃなくて荷車というのはやったことがなくてどれぐらい柔らかくしたらいいか、さすがにわしもわからんかった。もう少し硬くするか」
そう言って工房の親方、白髪親父が腕を組んで口をへの字にする。
魔王は荷車を揺らしてみる。
揺らす、揺らす。揺らして車軸を取り付けてあるサスペンションのバネの動きを観察する。考え込む魔王。
「バネだな。バネってやつはこうして縮むと、それと同じ力で反発する。揺れが振り戻って同じ揺れが何度も続く。そのせいだな」
「その通りだ。なんとかならんかとわしらも考えてる」
「揺れを抑えるための別の構造が必要だな。揺れ止め」
「ああ、いろいろ考えたことはある。鉄の棒を革で巻いてその内側を滑るように、摩擦で揺れを抑えるようにとかな。でもそんな構造すぐ擦り切れちまう。最初だけしか持たないんだ」
「ふーむ、摩擦で、こすり合わせるような揺れ止め、しかもそれを鉄でできるように……か」
今でいうショックアブソーバーという奴である。考え込む魔王と白髪親父。
「ちょっと試したいことがあります。バネを見せてほしい。工房を少し借りたいですが」
「あんた鍛治の心得があるか」
「多少は」
「いいだろう、一緒に来てくれ」
そう言って奥に案内してくれる。
「ファリア、スワン、宿に帰って二人を休ませてくれ。今日は自由にしていいぞ。俺は遅くなる」
「うーん、いいけど、小遣い欲しいよ」
「わかったわかった」
その晩、魔王は帰らなかった。
次回「16.魔王、初めての稼ぎ」