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14.魔王を追う者たち


「魔王が死んだって!」

 王都王宮、接見の間。呼び出された勇者が驚愕する。

「全ての調査結果がそれを示しておる。勇者殿、最後に魔王と戦ったのはそなただ。心当たりがあるであろう」

 国王が勇者に問いかける。横には教会の大司教がこれも顔をしかめて勇者をとがめる。

「百年の(ことわり)、『魔王は生かさず殺さず』、肝に銘じておるはず。忘れましたかな?」

「……そんなバカな。最後に戦った時も、魔王はオレたちにちゃんと立ち向かって来た。まあ、弱っちいといや弱かったが、それでもオレたちは殺すまではやってない!」

「そう、殺せぬはず。歴代の勇者が皆、口をそろえて言うに、『あれは殺せない』と申しておった。殺しても、殺しても、次に魔王城を訪れればちゃんと玉座で我らを待っている。何をやっても殺したと確証が持てぬのだ。あれは不死の存在、不死身だ。ならば、奪うだけにせよと、国と、教会と、先の勇者の間で密約が結ばれたのが百年の昔……。そのことはそなた勇者に任じられた時にしっかり申しつけられたであろう」


「現にオレたちゃアイツの首に聖剣ガシガシ振り下ろしたぜ? どうせ死なないだろうと思ってさ、実際首は斬れなかった。どこを叩きつけたって血一つ流れねえ。アレが死んだなんてオレは信じないね」

「いや勇者にそんなことされたら魔王でなくても首を折って死ぬだろう……。調子に乗りすぎたのではないか諸君らは」

 そう言って国王が頭を押さえる。


「魔王城は廃墟となった。もう誰もおらぬ。鎧を持て」

 衛兵たちが台車に乗せて魔王の鎧を持って来た。魔王が着ていた、あの禍々(まがまが)しい漆黒の全身鎧である。プルートルの領主からの連絡を受け、至急魔王城から現地に近い調査の者が回収してきたものだ。

 あちこち傷だらけで大きくへこみ、割れ、破損が激しい。

「これが玉座の間に崩れて放置されていた」

 見れば勇者も一つ一つの傷に覚えがある。間違いなく魔王が着用していた鎧であった。

「死体は? 死体はあったのか?」

「無かった。まるで消えたように」

「だったら逃げ出したに違いない!」


 ……その言葉に国王が首を振る。

「あれはそのようなことはせぬ。勇者を送ろうとも、軍を送ろうとも、どんなに劣勢であろうと、たった一人になろうとも、あれは必ず正々堂々、魔王城の玉座の間で我らと正々堂々立ち合った。だまし討ちをしても、わなを仕掛けても、平然とそれを受けるのが魔王なのだ。余も若いとき勇者と共に軍に参加してそれを見ておる。余はその魔王に威厳と尊敬をも感じたものだ。魔王城を訪れて魔王自身が出て来ぬことなど、たとえ相手がどのような者であろうとも、そんなことは歴史上ただの一度も無かったのだぞ」

「そんなのマヌケなだけじゃねえか。弱いくせに毎度毎度格好つけて出てきやがって、あんなクソジジイが尊敬できるかよ」

「クソジジイ? そなた、魔王の顔を見たのか?」

「……いや、見てないけど。鎧どうやっても脱げなかったし」

「だったらなぜクソジジイとわかる」

「何百年も前からいるんだろ?」

「余らもそなたから見れば尊敬できぬクソジジイかな」

「いやそこまでは言ってないけど……」

 あわてて勇者が首を振る。


「とにかく魔王が死んだのは事実。不服があればそなた自分で魔王城に今一度確かめてまいれ。国内にはついに魔王が討伐されたと公表する。さぞかし国民は喜ぶであろうな。そなたは英雄として歴史に名を残すことであろう。勇者の役目は終わった。勇者の任は解くぞ」

「待ってくれ!」

「魔王が死んだ今、その重き任を解き、自由を手にすることに何の不満がある?」

「ぐっ」

「魔王が倒され、世は平和となり、民草は不安なく暮らすことができる。偉業ではないか。そなたがしたこと、そういうことなのだぞ?」


 正論である。物語として完結している。不満が出るわけがない。魔王の討伐物語が、今、終わったのだ。

 正直、国民は大喜びするに決まっているのだ。カネと実力にあかせてやりたい放題やってきた勇者たちパーティーは実は国民に全然人気が無い。嫌われていると言っていい。その勇者が解任されれば溜飲が下がる国民も多いであろう。

 勇者にしてみれば要するに失業である。これを受け入れて今更、平民の生活に戻れるかというやつだ。


「オレたちがグルで魔王をわざと殺さず、財産を奪ってきたこと、バラしてやるぞ!」

「……そんなこと国民はみなとっくに知っておる。毎年のように魔王城から金銀宝石、財産をせしめてどんちゃん騒ぎ。そのような諸君らを見てそれがわからぬ者などいるわけないわ」

「……畜生。オレたちが持ってくる魔王の財産、アンタたちだって喜んでただろうが」

「だが我らはそれを接収したりはしていない。そなたらが国内でそれを贅沢に散財するままにさせていた」

 勇者が魔王の財産を浪費する。それはかまわない。どのみち、国に金を落としてくれるのだからなにも勇者に国が分け前を要求する必要も無い。じゃんじゃん使って贅沢して市場に金を落としてもらえば国も豊かになる。そういうことだ。観光客と同じである。


 大司教が諭す。

「勇者殿。こういう日がいつかは来ること、承知であったはずであろう。その日が来たのだ。さあ、聖剣を女神シャリーテス様にお返しするのだ」

「……イヤだね。返すもんか。オレは勇者だ」

「ではどうする?」

「魔王を探す。ヤツは絶対生きている。何度も戦ったオレにはそれがわかる」

「……同じだ。同じなのだよ勇者殿。魔王が生きていようと死んでいようと、魔王城に魔王として我らと立ち会うあの者はもういない。魔王がどこかでひっそりと逃げ延びて生きていても、それは魔王が死んだことと我らにとってはもうなにも違いがない。それがわからぬか?」

「わからないね、どこにいようと魔王は魔王だ! 生かして置いたらダメな悪い奴なんだよ!」

 そう言って、勇者は勝手に謁見を切り上げて、ズカズカと部屋を出て行った。


「……潮時かな」

「ですな……」

 国王と大司教が、困った顔で頷いた。


 最初、勇者が魔王城から持ち帰った財宝は確かに一財産あったし、それが国を豊かにする資金にもなっていた。だが国内で金銀宝石、石炭などが採掘できるようになった現在では、魔王城の財宝などもう勇者に一年浪費してもらうぐらいの価値しかないのであった……。



◆  ◆  ◆



「ううっ」

 サーパスの横で寝ていた魔王がぶるっと震える。

「お目が覚めましたか魔王様」

「うーん、いや、なんか背筋がすっと寒くなってな」


 ガラガラと荷車を引くファリアも振り返る。

「まだ病み上がりなんだからさ、本調子じゃないんだよ魔王様は」

「そんなことは……、ま、そうかもしれん。しかしこの荷車は乗り心地が悪いな」

「わりい、もっとゆっくり引っ張るわ」

「うーん、この荷車があまりにも粗末なのは事実だな。自分で乗ってみて初めてわかることもあるということか。次、大きな街に入れたら、すこし改造してもらおうか」

「賛成ですわ!」とサーパスが喜ぶ。

 確かに、魔王が全力疾走するたびにサーパスは悲鳴を上げていたし、マッディーはぐったりしていた。もう少し乗り心地を良くする工夫がほしい。


「ちょうどいいですね。次の町は職人の街エディスンです。最新の機械、道具がそろった大きな工業都市ですよ。休みついでにそこで見てもらいましょうか」

 飛んでいって先に街を見てきたベルの一言に、全員が「賛成!」と声を上げた。



 さていつものように警備された正門を通って入領税を払って市に入るわけだが、ここはよくあるような城塞都市というわけではない。

 強固な石壁、レンガ、土壁などを外壁に建てられた建物がぐるりと市を取り囲んであり、それらの工房、住居そのものが城壁として機能しているという変わった形をしている。それは石造りの城塞のように戦争にも耐えられるような規模ではないが、魔物や野盗、盗賊の類の侵入を防ぐ程度には十分であり、職人街らしい合理的な工夫がされていた。


 街はあちこちの工房が栄え、景気が良いようで街並みも明るく、人も多い。

 工業都市で流通が経済のキモとなるためか入領税も一人銀貨二枚と安かった。そんなものの収入より、大量に資材を運び込んでもらい、大量に製品を送り出すことのほうが儲けになるのだ。安いわけである。あちこちから煙が上がり、少し空気が悪いのは欠点だろうが。

 きっちりと整備された街路は規格化された石畳が敷き詰められ、舗装されており、そこを行き交う馬車、荷馬車たちはどれも最新の物である。

「ふうむ、これは興味深い……」

 魔王は荷車をゆっくりと引きながら、路肩に留めてある馬車を一台一台、見て回る。


「ハガネか」

 人を乗せる客車の馬車には、鉄を叩きのばした板の下に車軸が取り付けられている。いわゆるサスペンションである。無人の客車のそばに寄り、手を当てて車体を揺らしてみると、ゆらゆらと柔らかく軽い弾力とともに車体が揺れる。なるほどこうして地面の凹凸のショックを吸収しているわけか。これはいい。


 街の中央まで行くと広場になっており、屋台が出てどこもおいしそうな匂いをさせている。

 四天王たちの目がキラキラしているので、小銭で金貨一枚分の小遣いを全員に与えしばしの自由時間にする。サーパスは今回から病院からもらってきた車椅子を使う。まあこの世界の車椅子なので、小さな車輪が四つ付いていて、サーパスは竿を持ってそれで地面を突きながら進むのだ。さながら渡し舟みたいで扱いが難しい。

 ま、こんな場所だから、ここではスワンやファリアが後ろから押してやることになるのだが。

 みんながバラバラになっていても大丈夫だ。ベルがついていてくれるので、連絡したい場合はすぐに飛び回ってメンバーをあっという間に探してきてくれる。

 物盗り、誘拐の(たぐい)もまず心配ないしなあ、と魔王は思う。

 彼女たちにそんなことをする奴がいたら周りにバタバタと死体の山ができるだろう。


 荷車を引きながらぐるりと市場を見て回った魔王だが、そのうちの一つの客車が魔王から見ても良い鉄を使っていて、部品点数が少なくシンプルで、頑丈そうながら車軸なども削り出しできわめて正確に作られていて、それを気に入った魔王は台車に貼ってある工房のプレートを見た。

 ニューランド商会というらしい。御者の兄ちゃんに工房の場所を聞き、荷台を引いてその工房を訪れた。

「はいいらっしゃい、お客様に最高の乗り心地と抜群の信頼性をご提供するニューランド商会へようこそ……って、馬車じゃないんですかああ!?」

 工房入り口でチョッキを着た営業担当らしい男に挨拶する。


「失礼、街で見回ってこちらの馬車が気に入りましてね、ぜひ荷車の手直しを引き受けてもらいたいんですが」

「お客さん……、うちはお貴族様や御大臣様にも納品している馬車、客車専門店なんですよ? 荷車はいくらなんでもちょっとねえ」

「そこをまげて頼みたい。娘を乗せて旅していますが、少しは乗り心地を良くしてやりたくてね。なに、頑丈さを優先して単純な作りでいいです。カネは出します」

「うーん……、しかし、うちにも店の体面ってものが。最新のクッションを荷車になんて聞いたことがありませんや」


「む、む、む!」

 そんなやり取りをしていると、奥から白髪の作業着の男が現れ、魔王の荷車を見て驚く。

「……あんた、この荷車、鉄樫(てつかし)じゃないのかね!」

「よくわかりますね。そうですが」

「いったいこれをどこから!」

「開拓村で使っていたものですが」

「どこの開拓村だ?」

「プルートルの北、パーソルです」

「魔王城のすぐそばじゃないか……。鉄樫は魔族の魔法植物、魔族領での戦争でぶん獲るしか手に入らない幻の木材だ。わしもコレを見たのは十数年ぶりだ……」


「そんな貴重な物なので?」

 そう言ってチョッキの営業マンも驚く。

「あんた、これをどうして手に入れた?」

「さあ、我が家で代々使っていたものですから誰がどうやって手に入れたかはもうわかりませんが」

「……魔族が使っていたものという可能性もある。どえらいモンだよ。こんな荷車が先祖代々、壊れもせず擦り切れもせず、使い続けられているというのがすでに驚異だ。わかるか?」


 白髪頭が惚れ惚れと荷車を見る。かなり職人気質の男と見える。

「ぜひじっくり見せてもらいたいねえ。で、あんた、これをどうしたい?」

「娘を乗せて引いています。乗り心地をもう少しよくしてやりたいと思いまして」

「それならうちを選んで正解だ。鋼のスプリングに耐久性抜群で軽く回るガタの無い精密な車軸がうちの売りだ。あんた、いくらぐらい出せるね」

「金貨で……百枚」

「たかが荷車にそこまで出すか。あんた、わかってるな。最高の物にしてやるぞ。二百でどうだ!」

「百」

「左右独立懸架(けんか)にしてやるが、それで百五十!」

「百二十。改造は最小限にしてシンプルで頑丈に」

「頑丈さにかけてはうちは並ぶものは無いぜ、心配いらん。百四十だ!」

「百三十で頼みます」

「……しょうがないか。OKだ」

 交渉成立。二日後に一度来てくれということになった。

「親方……それじゃ儲けが全然ないですよ」

「こいつにうちの工房のプレートを張れるんだぞ? そっちのほうを考えろ!」

「荷車ですよ? ああ、はいはい」

 チョッキの営業マンもあきらめ顔で肩をすくめる。


「魔王様――!」

 ベルが飛んできた。続いて四天王たちも。

「おう、満足したか?」

「もうお腹いっぱい。楽しかったですわ」

「このお嬢ちゃんたちがあんたの娘か!」

 美人揃いの四天王を見て白髪親父も、営業マンも驚く。

「まあ、そうです」

「……任せろ。最高の物にしてやるぜ」

「しばらくはこの街に御滞在で? 近くの良い宿をご紹介いたしますよ!」

 チョッキの営業マンも美人姉妹に思わず顔が緩むというものである。



次回、「15.魔王、発明する」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 国と教会は一応は引き際を心得ていたんですねぇ…
[一言] 勇者「何度も戦ったオレにはそれがわかる」って、何か『強敵』と書いて『友』とルビを振るみたいな感動的に聞こえなくもない事を言ってるけど、とってもゲスい動機なのがなんともw
[一言] >だまし討ちをしても、わなを仕掛けても、平然とそれを受けるのが魔王なのだ。 なんでそんなプロレスラーのような真似を ますます勇者と人間がヒールのようだ
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