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13.魔王、不治の病を治す


「魔王様……」

「サーパス、病気の進行を早めることができるか? 体に菌を増やすんだ」

「治療も攻撃も使い方が違うだけで同じ魔法ですからできますが……」

「やってくれ。あとじゃんじゃん水をもってきて飲ませてくれ。ベル、俺が暴れそうになったら催眠かけろ。熱が上がっても放っておけよ」

「無茶しすぎですよ魔王様」

「魔王様……」

 サーパスのほほを涙が伝う。

「心配するな。少し寝る。ファリア、スワン、マッディー、俺が寝てる間に村の周囲のオオカミを全滅させろ。死体は全部燃やすんだぞ」

「任せて」


 その夜、うーんうーんと魔王が唸るのを、一晩中サーパスが看病した。

 驚異的な意志の力で、全身を貫く痛みを我慢し、暴れ出したくなるのを必死に抑えている感じである。

「言わんこっちゃない……。狂気の沙汰だよ、自分の体で血清を作るなんて。ジフテリアとかの別の病気でも血清を作るには普通は馬だの牛だのもっとデカい動物を使うんだ。死んでもいいと思ってるのかねこのお人は」

 医者が時々見に来るが、その姿にあきれてしまう。


「……大丈夫です。この人は死にません」

「とても信じられないね。私は医者をやって二十年になるが、狂獣病から回復した人間なんて見たことも聞いたことも無い。そんなやつがいたら人間じゃないよ」

「大丈夫です」

 医者が首を振る。

「いや、まさかとは思ったがそんなわきゃないな。ま、あとは知らんよ。もう好きにやってくれ……」

 サーパスが高熱にうめく魔王の額の汗を拭き、口から垂れるヨダレを拭う。

「魔王様……。大好きです……。がんばって」



 発症三日目。一度は昏睡状態になって四天王をあわてさせた魔王であるが、驚異的な回復力でどうやら山場は越えたらしい。熱が下がって症状は安定したが、目も落ちくぼんで(くま)ができ、げっそりしてまるで別人のようである。

「大丈夫かい魔王様」

 ファリアたち四天王全員がベッドを取り囲む。

「ああ……。オオカミの駆除はできたか?」

「大丈夫。そっちはバッチリさ。全部燃やしたよ。もう安心さ」

「よくやった……。喉が渇いた。水をくれ」

「はい」

 サーパスが水魔法で空中から出した水球をコップに落とし、飲ませてやると、うまそうに飲む魔王……。

 それを見た医者が唸る。

「狂獣病は、別名を『恐水病』とも言う。激痛で水が呑み込めなくなって、水を怖がるんだ。よだれがダラダラ出るのもそのせいさ。そんなにうまそうに水を飲むんじゃ、治ったと認めなきゃならんだろうね……」


「坊やはどうしましたね」

「隣の部屋に移した。あんたが夜中にうんうん唸ってうるさくてね。こちらのお嬢さんがそっちの面倒もよく見てくれたよ。小康状態だ。まだ発症していない」

「じいさんのほうは?」

「残念ながら」

 間に合わなかったか……。それだけ狂獣病という病気が恐ろしいということである。

「これ、先生にいただいたんですよ」

 そう言ってサーパスが車椅子に乗ってその場でくるりと回る。この世界の車椅子だから、木箱に小さい車輪が四個ついているだけというお粗末な物ではあるのだが。

「足が不自由だと聞いたんでね。いろいろ手伝ってくれたお礼だ」

「ありがとうございます」

「そういうわけで、採血させてもらっていいかな」

「どうぞ」


 ベッドから手をだらりと下げて、そこに注射針を差し込んでガラス瓶に血を落とす。

「ありがとう。回復力にも驚いたが、なによりアンタのその知識と勇気に敬意を払うよ。すぐに血清にしてあの子に注射する。任せてくれ」

「アレルギーとかなきゃいいですがね」

「なにをやったってどうせ死ぬんだ。だったらやるべきだとアンタも思うだろ。そこは神頼みさ」

 そう言ってガラス瓶に蓋をして、医者は部屋を出て行った。


「腹が減ったよ。食いもんもって来てくれ」

「はいよーっ!」

 景気よく返事して出て行ったファリアが、果物やらハムサンドやら牛乳瓶やら、大量の食糧を抱えて戻って来た。

「……あの医者大丈夫かね」

「なにがだ?」

「魔王様の血に紐つけて外でぐるぐる回してたよ」

「あっはっは。遠心分離だよ。血清ってそうやって作るのさ」

「飛ばしてガラス瓶割っちゃいそうだよ。危なっかしくて見ていられないねえ」

 もう一回ぐらい、血を抜かれそうだな。そんなことを考えながら、リンゴにかぶりつく魔王であった。



 二日後、血清注射をされてすっかり血色を取り戻した少年の顔を見て魔王たちも安心する。

「いやあ大したもんだ。まさか本当に回復するとは……。驚きだよ。あんた本当に人間かい?」

「さあ、自分でもよくわかりませんが」

「あっはっは。冗談だよ。もう一回血をもらっていいかい」

「どうぞ」

 そう言って医者に腕を差し出す。


「……今度のことは勉強になった。まさか狂獣病の治療法が存在するとは。アンタを引きずり回して世界中の狂獣病患者を治して回りたいね私は」

 先生が注射針を刺して採血しながら、そんなことを言う。

「そりゃご勘弁願いたいですな」

「礼を言うよ。とは言っても、こちらから出せるものは何もないが」

「いえ、お世話になりました。治療費と入院費はちゃんと払わせてもらいますよ。あの少年の分も」

「いいのかい……。そうしてもらえりゃ確かに助かるが、アンタになんの得があるんだい。今回のことも命懸けだろ。どうしてアンタそんなことをするのかね」

「……私にそれができるからでしょうな。先生が医者をやってるのと、たいして違いは無いと思いますがね」

「……なるほどね」

 そう言って先生が頷く。


 マッディーが革袋を持って来た。先生が手を広げて指を十本出す。

 十枚の金貨を渡す。笑って握手する。

「あの子は両親が無くて、じいさんが死んで、これで天涯孤独の身だ。でも心配するな。私のほうでできるだけ面倒見るよ。後は心配しないで」

「頼みます」


 魔王も頭を下げて、病院を後にする。


「さ、乗んなよ病み上がり魔王!」

 病院の前ではファリアが荷車を引いて待っていた。

「女にそれをさせるのはさすがに……」

「病人にさせるよりマシ」

「もう治ったって」

「いいからいいから!」


 荷車の上でサーパスの隣に座り、すぐ眠くなる魔王。

 それを引くファリアと、にぎやかなスワンとベル、今日は荷馬車と一緒に歩くニコニコ顔のマッディー。

「男の子、かわいかった……」

 両手を頬に当てぽっと赤くなるサーパスは少年の看病をしていて母性が爆発してしまったようである。魔王と少年が回復してくると、魔王そっちのけで少年の方の面倒ばかり見ていたような気がするが。


「わたし、男の子が欲しいですわ……、魔王様」

「抜け駆け禁止――――!」

 スワンが怒る怒る。

「ねえ、前から疑問だったんだけどさ」

「なんでしょう」

「サーパスって、卵産むの?」

 ファリアの爆弾発言にサーパスが真っ赤になってぶるぶる震える!

「そんなわけありませんわ! 魚じゃあるまいし!」

「いや、サーパスが生んだ卵に魔王様が()()()のかと」

「……それって恐ろしくつまらないわね」

「わたしは胎生です! ほらちゃんと乳があるでしょうに! 見ればわかるでしょうに!」

 そう言ってブラ代わりの布をはぎ取って豊かな胸を誇示するサーパス。

「乳を出すな乳を。なあんだ。サーパスもヤることはちゃんとヤるんだ」

「魔王さまあああああ――――!」

「抱き着くな――――!」


(……魔王様、そこで寝たふりはいくら何でも無理がないかと)

 飛んでついてくるベルがため息する。

(あんな目に遭っておきながら今回救助できたのは子供が一人、感染拡大を防ぐためにオオカミ駆除をしてた四天王の皆さんのほうがよっぽど働いてましたよ魔王様……)

 まあそれでも、ベルは落胆などしていない。

 それが魔王様だと。魔王様らしくていいじゃないかと、ベルも思う。

 魔王の人助けの旅は、まだまだ続く。「ここは一つ、のんびり構えることにいたしますか」、とベルもにっこり微笑んだ。




次回「14.魔王を追う者たち」

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― 新着の感想 ―
[一言] この少年が次世代の魔王になったりするんですね……
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