12.魔王、不治の病にかかる
金鉱山が近い街道だ。野盗も出る。
「待ちな!」
手慣れたふうにばらばらと剣や槍を振り回して魔王の引く荷車の前に立ちふさがる男たち。
「有り金半分置いていきな。それで許してやるぜ!」
景気がいいのか、やりすぎると客を減らしてしまうからか、役人がキレて山狩りされかねないからなのか知らないが、有り金半分とは野盗にしては良心的だ。良心的な野盗というのもヘンな話だが。
後ろにもバラバラと現れて挟み撃ちである。まるでいつものお仕事という感じで連携が取れている。武器も持ってなさそうで、旅の護衛も無いおっさんと女の集団、確かにいいカモネギだろう。
「おういい女連れてるなおっさん。女も抱かせてくれればもっと割安に……」
ドンガラガッシャーン!
これ以上問答しても頭が痛くなるだけだと思った魔王が盗賊たちに電撃を降らせる。面倒事はウンザリだ。
「……っと、やりすぎたか」
全員黒焦げでプスプスと煙を吹いている。炭になってしまった……。
一応死体も探ってみるが、金目のものは持っていない。どこかにアジトがあってそこに溜め込んでいるのだろう。そんな汚そうなところ探してみる気にもなれないが。
「魔王様、やっぱり電撃の魔法、強力ですねえ」
ベルがそう言うと、「ひさびさに見たけど、やっぱりその電撃魔法使うところ、魔王様らしいわ」とファリアも喜ぶ。
火、水、風、土の四天王が使う魔法は魔王も少しは使える。まあ専門職の彼女たちよりヘタだし大した威力も無いのだが。
魔王の本来の魔法属性は電撃系だ。最も得意で最大威力を持つが、残念ながらこれがなぜか女神の加護を受けた勇者には全く効かないのだ。当代魔王が勇者パーティーに勝てない理由である。
「使い所があんまりなくてな。お前たちのように目に見える形で便利に使える魔法じゃないし、戦闘以外では役に立たないんだよコレ……」
ここまでの人命救助で、火、水、風、土の魔法が非常に役に立つのは十分によくわかった。だがそれに対して電撃はどうだ? 電気が人の救助にどう役に立つ?
人助けをして日銭を稼ぐ旅を当面の目標に掲げた今、もう少し役に立つ魔法が欲しいと思う魔王である。こういう盗賊退治も、十分に人の命を救う役立つことには違いないが、儲けにならないのだ。
「……俺は実際に人命救助にも使えるお前たちの魔法のほうが羨ましいよ」
「魔王様もなにか新しい魔法を身につけますか?」
「そうだな……」
四天王たちが期待に満ちた目で魔王を見る。なんなら自分の魔法を教えてあげたい。魔王様の先生になってあげたいという気満々なのだ。
「わたしもなんだかいろいろ経験を積んだせいか、治療魔法が一段上がった気がします。どなたか実験台になっていただけませんかしら」
荷車の上でなんだかサーパスが物騒なことを言う……。
ま、こういう話にノってやるのも、部下とのコミュニケーションというやつなので仕方なく魔王は話に付き合う。
「どんな治療ができるんだ?」
「怪我もそうなんですが、強化したいのは病気なんです。老衰や事故で死ぬより、病気で死ぬ人間のほうがこの世界は多いと聞いておりますから」
「ああ、伝染病とか大発生して村が亡ぶとか、あるからな……」
病気が死亡理由のトップ、これは過去から未来にかけても変わらぬ事実だ。
健康なまま死ぬ人間なんて事故でも無けりゃそういないから、当然と言えば当然なのだが。
魔族も過去、勇者、人間連中が持ち込んだ伝染病で免疫が無いばかりに絶滅しかかった村などがあり、その点でも厄介な話なのだ。
「アタシは病気になんかかかったことが無いなあ」
いつも元気なファリアが言う。
「それは違うな、ファリア」
「え、そうなの?」
「人間であれ魔族であれ、生き物はみな病気にかかる。たいていの生物の体には自分で自分の病気を治す力がある。実際は毎日のように病気にかかっているんだが、それらの免疫、抗体といったしくみが必死にその病気に抵抗しているんだ。我々が『病気になった』っていうのは、その力が病気に負けてる状態でな、それが回復して逆に攻撃してやっつけることを『病気が治った』っていうのさ。たとえば風邪を引くのがいい例だな」
「……へー。じゃ、毎日アタシたちの体の中で病気とソレが戦争してるの?」
「そうさ。ま、ファリアは元気過ぎて病気にかかったことにも気づかないうちに治っちゃってるんだろう。あっはっは」
「……笑わなくてもいいじゃない。いいことじゃない。それ」
「『免疫』ですか。うーん、それ、何か治療魔法のヒントになればいいんですが」
サーパスが考え込む。
「免疫ってやつは、実際に病気にかかった者でないと身に付かなくてね、魔法でどうこうするのは難しいかもしれないな……。ほら、幼いころに一度かかって治ると、あとは一生その病気にかからないってのがあるだろ?」
「ああ、はしかとか、おたふく風邪とかありますね」
「あれ、体に免疫ができた証拠だな。体は一度かかった病気はちゃんと覚えていて、また病気にならないようにしてくれているんだ」
「そうだったんですか。知りませんでした……」
魔族には様々な医術と知識があった。だがそれももう魔族の滅亡とともに失われてしまった。今は魔王の知識にわずかに残るだけとなる……。
そんな話をしながら街道で荷馬車を引いていると、ベルが「オオカミの群れが接近中です」と言う。
「オオカミか。珍しいな……」
野生動物という奴は本能的に自分より強い敵は襲わない。この世界で最強の一人である魔王はおよそ野生動物とか魔物とかという奴に襲われたことが無い。いるとしたら頭がおかしいやつか、あるいは……。
バウッ、ガウゥォオオオオ!
狼の群れが森から飛び出して魔王の荷馬車を取り囲む。
「ファリア!」
「はいよっ!」
魔王が投げた鉄樫の棒をファリアが受け取って構える。一緒に歩いていたスワンは荷馬車に避難だ。
飛びかかってくるオオカミを二、三匹、叩きのめして吹き飛ばすが、様子がおかしい。
どいつもこいつも、よだれがダラダラ、狂ったようにしか見えない。
「……狂獣病だ」
「きょうじゅうびょう?」
「噛まれると感染する伝染病だ。治療法は無い。物を飲み込むときに激痛が走るのでツバが呑み込めずにヨダレがダラダラになるのが特徴だ。全身に走る激痛で狂犬状態になる。気を付けろ」
「うへっ! そんな病気あるのかい!」
「遠慮しないで殺せ、あとで燃やす!」
「了解! でもそれだったら最初から燃やすほうが!」
そう言ってファリアがファイアボールを連発してオオカミたちに着弾させる。
高温度の火球を食らって胴体を炭化させて吹き飛ぶオオカミたち。
ジュワジュワと肉が焦げる匂いが辺り一面を覆う。
逃げようとした最後の一匹を魔王が棒で殴り倒しておとなしくさせ、首根っこをつかんで荷車の前に持って来た。
「よかったなサーパス、実験台だ。思いつくだけの治療魔法を全部コイツにやってみてくれ。治るかどうか見たい」
「……人間にも感染する病気なんですか?」
「そうだ。哺乳類ならほとんど感染するな。死亡率がほぼ100%と猛烈に高いので、群れごと全滅してしまい、そのせいで感染が広がらないことが多いし、なにより動物から動物に感染することは、噛みつき合いでもやらない限りは無いからその点はマシと言えるが……」
サーパスがあれこれ、ぐったりしたオオカミに治療魔法を施す。
さっき習った免疫の活性化もイメージして試すが、どうもうまく行った気がしない。一時間ほどしつこくやってみては様子を見るが、ダメのようだ。
「ごめんなさい……。ダメです。良くなればすぐに元気になるはずなんですが」
ファリアがオオカミの死体を集めて燃やしている横で、魔王が考え込む。
「ベル、この近くに村はあるか」
「あります。ちょっと大きめの農村ですが」
「感染者が出てるかもしれない。ベル、このワンコに催眠かけろ。持っていく」
街道から畑の続く道を全力ダッシュで荷車を引いて走る魔王。農作業中の農民たちがそれを大口開けて見送った。
「この村に医者はいるか!」
「い、い、いるよ」
ものすごいスピードで荷車を引いてきた中年男にいきなり呼び止められて村を歩いていた男が恐怖で顔を青くする。
「どこだ!」
「そ、そこの道の外れだ。看板が出てる」
道を進むと赤と青のグルグル巻きの看板が出ている。昔、病気になった人間から瀉血をしていた頃の名残だろうか。悪い血を抜くという治療法である。もちろんそんな方法で病気が治るわけがなく、悪化しかしないので今は行われていないが、そこが病院であるという目印になっている。なかなか立派な木造平屋の病院だった。
ずっと走りっぱなしだったので、まず荷車を停め、深呼吸して落ち着いてから、紳士的に病院のドアを叩く。
「失礼、こちらは病院でよろしいので?」
「はい、そうですが」
そう言って看護婦らしい、メイド服によく似たナース服を着た中年女性が出てきた。
「こちらで狂獣病の患者は出ていませんか?」
「!」
驚いた顔になった看護婦さん、奥に駆け込んで、「あんたー! あんた!」と叫ぶと医者らしい白衣の中年男が駆けてくる。
「患者か!」
「いや、そうじゃないんですが、患者がいたら診せていただきたい」
「え、あんたも医者なのか?」
「そうじゃないですが、狂獣病なら少し心得が……」
「助かる。診てくれ!」
そうして連れ込まれたのが病室である。毛布を巻いたサーパスを抱いたファリア、スワンとマッディーもついてくる。
老人がベッドに縛り付けられてもがいている……。
「うあ――! がっ! があああ――――!」
苦しそうだ。ベッドに固定されて何重にも巻いた包帯で手足を縛られ、そこは皮がむけて血がにじんでいる。口からは泡を吹いてヨダレが垂れ放題で汚れている。
「遅かったか……。眠らせてやってくれ」
人間である医者の目には見えない妖精のベルが、催眠魔法を展開する。すっと霧のようにピンクの煙が患者の老人の顔を覆い、暴れて苦しんでいた患者がおとなしく寝息を立てて眠りについた。
「し、死んだ? いや、生きてるな。魔法か? 魔法で治療できるのか? あんた魔法使いか」
素早く聴診器や脈でバイタルチェックした医者が魔王を見上げて驚く。
「眠らせただけです。これは狂獣病、数週間前に野生のオオカミに襲われて噛まれ、発症したばかり。こうなると治療法はなく死を待つだけ。そうですね?」
「……そうだ。こうなって助かった奴はいない。致死率100%の恐ろしい伝染病さ。あんたなんとかなるか」
「残念ながらこうなるとどうにも……。他に患者は?」
「まだ発症していないが、別にオオカミに噛まれた少年が一人」
「会わせてもらえますか」
「こっちだ」
これも粗末なベッドの上で少年が虫の息だ。だいぶ発熱している。発症の前兆である。時間がなさそうだ。
「噛まれてからどれぐらい」
「一週間だ」
「うーむ……」
魔王が考え込む。
「仕方が無いな。サーパス、少し症状が楽になるようにしてやってくれ。進行すると脱水症状になるから今のうちに大量に水を飲ませてやって。砂糖と塩を混ぜて飲みやすく吸収が早いようにしてな」
「はい」
そう言って魔王が病室を出て行った。
「……だいじょうぶよ。すぐ楽になるわ」
ファリアに椅子に座らせてもらったサーパスが少年に治療魔法をかける。そうは言っても、今は熱を下げてやることぐらいしかできないが。
「あ……、お姉さん誰?」
「うーん、看護婦、かな? 今はね。大丈夫、私の御主人様がきっとなんとかしてくれるわ。心配しないで」
「あ……ありがと」
バウッバウッ! キャンキャン!
病院の外で犬が叫ぶ声がした。
「何事よ」
病室にサーパスを置いて、四天王が病院の外に出て驚く。
魔王が手から血をダラダラ垂らしている!
その横では黒焦げになって燃えているさっきのオオカミ。
「魔王様! どうしました!」
「すぐ治療しないと……」
スワンとファリアが慌てる。
どう見ても犬に噛まれた傷ではない。これは魔王が自分で切った傷だ。
オオカミごときが魔王に歯が立つわけもなく、そこは仕方ないので自分で傷を作ってわざわざ傷口を噛ませたのである。
「治療はいい」
そう言って魔王が手を押さえて診察室にやってきた。
「先生、狂獣病の犬に噛まれました。私も入院させてください」
「なにをやってるんだアンタは!!」
それを聞いて先生が激怒する。当たり前である。
「治療法は無いんだぞ! 致死率は100%だ! コレにかかって助かった奴はいないんだぞ! すぐに発病してアンタも死ぬぞ! 自分で犬に噛まれるなんて何考えてるんだアンタは!」
どうどうどう、手を押さえるようにして魔王は笑う。
「いや、私は死にませんよ。慣れてるんでね。私が発病して、治ったら私の血を抜いて血清を作り、この子に注射してください」
「そんなんで治るか!」
「治ります」
「狂獣病の血清治療なんて聞いたことが無い」
「そりゃあ狂獣病から治った奴がいないからです。回復して免疫を獲得すれば治療は可能です」
「あんたが発症する前に、この子のほうが先に発症するかもしれない。そうなったらどうするね!」
「とにかく今は入院させてください」
「……どうなっても知らんよ」
そうして魔王は病室に移動し、服を脱いで下着姿になり、少年の隣のベッドに寝転んだ。
※狂獣病は、「狂犬病」をモデルにした架空の病気です。
実際の狂犬病は細菌ではなくウイルスの病気ですので、予防や発症前の治療には血清ではなくワクチンが使われます。
次回「13.魔王、不治の病を治す」